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苦手な方はご注意ください。

握れなかったアナタの手

作者: のりたま

握れなかったアナタの手


まゆみ※


 太陽の熱がアスファルトに反射し、ムワっとした暑さが体にまとわりつく8月。


 私はさやかとの待ち合わせのため、賑わった町の商店街をトボトボと歩いていた。

 普段は静かな商店街もある噂が流れて以来、この日だけは観光客が押し寄せ、活気に満ちている。


 あ、噂って言うのは、花火が上がる時、手を握り合った二人は結ばれる

 なんてありがちな噂。

 まぁ、手を握り合って居るンだから。それは好意があるってわけで、結ばれるも、なにもないと思うンだけど……

 でも、折角のそんな迷信が出来たからには、乗っかりたいのが女子高生のサガと言うもので、本当に事故でもなんでも手を握って結ばれるのなら、あやかりたいわけで…普通だよね?


 それにしても…

「暑い…」

 

 いつもは5分で抜け出せる商店街も、今日は人混みのせいで8分もかかってしまった。

 商店街を抜けると人溜まりは殆どなくなり快適に歩ける。

 まぁ、それはそのはず。

 この町は駅前の商店街以外は殆ど畑や田んぼで、ドがつくド田舎なんだから。


 舗装された道だって都会みたいにどこまでも続いているわけじゃない。ある場所を堺に、デコボコの砂利や土道に変わるのだから。

 

 体から逃げ出す水分を感じながら歩いて居ると、地域観光組合が立てた錆びついた看板がぽつんと立っている。


 看板には



 “今年こそアナタが思う人と花火を”




 っと書かれているが、人の部分がほぼ消えかかっている。


「今年こそ…か…」


 町の宣伝でも何でも良いから今年こそ言えますように…


 私は古びた看板に神頼みで手を合わせた。

 投げるお賽銭はなし。揺らす鈴もない。聞こえてくのはセミの羽音。それでも叶うならと、手をこすり合わせ祈る私はきっとバカなんだろうな。


 神頼みを終え、歩き出そうとした時、

看板の付け根に結ばれた赤いリボンが目に入った。

子供のいたずらだろうか? でも、赤って縁起いいよね。恋人を連想させてくれる色。


 もしかしたら私以外に、願掛けをした子が居るのかな? 居るよねきっと。

 


 その時、私は学校で一時期、噂になった事を思い出した。

 


 それは今年の4月に入った頃、私の学校と隣町の学校で男同士のカップルが誕生した…という話だ。

 

 噂によると、雨が降っていた中で二人の男子高生がこの看板の前でキスをしていたらしい。


 皆はそれを興味半分で話していたが、私はそれを少し羨ましく思った事を覚えている。

 だって、その二人はきっと幸せだったンだろうから。

 

 私はもう一度看板に手を合わせ


「私も上手くいきますように。」

 そう願って、待ち合わせ場所に向かった。


 看板から更に10分ほど歩くと、2時間に一本しか来ないバス停がある。

 この辺りは小学生のころよく遊んだ場所。いわゆるお決まりの場所というやつ。

 そしてここについたら必ず自販機で大好きなメロンソーダーを買うのが私のお決まりだ。


 キャップをひねると、狭い世界に押し込まれていた液体が、勢い良く外にでようと、音を鳴らす。それを私は逃さないように口に運び、次々と体の中に流し込んでいく。

 喉を十数回鳴らしようやく私は、キャップから口を離し、2時間に一本しか来ないバス停のアルミベンチに腰をおろした。


 青色が雨風で水色まで落ちきってしまった。アルミベンチは少し軋む…

 ココはどんどん古くなっていく…

 私もこのまま、動かないと同じように古く、どんどん錆びついて動けなくなるのかな?

 でも、だからこそ私は今日……

「まゆみ~!」


 錆を払いのけるように私わは、立ち上がり声の方を見た。

 二人乗りの自転車が、ゆっくりこちらに進んでくる、運転をしているのは、さやかの彼氏のこうきが、ペダルを漕いでいたが。あまりにノロノロ走るから辿り着く前に停車した。

 こうきは力尽きたのだろうな…途中から動かなくなったので、さやかは自転車から降り私に駆け寄ってきて、


「じゃあ、始めようっか」


 やる気に満ちたさやかの表情に私はただ、頷いた。


 今日、私はある男の子に告白しようと思っている。そんな私の相談に乗る為に、さやかとこうきはこの暑い中来てくれたのだ。


 さやかは汗を拭うのも忘れ、私に近寄り今日の作戦を説明してくれるが、私は何故か自分以上に興奮しているさやかを見ているとなんだか少しフワついて話がちゃんと入ってこない…


 なんなんだろう? 自分以上に、私の事を思って話してくれる人が目の前に居ると、少し、傍観者に回ってしまう。


 この感覚をなんて言えば良いのかな? きっと名前はあるはずなんだよね。


 ヌルくなり始めたジュースは好きな味でもまずく感じる。


「ちゃんと聞いてる?」

 さやかはブルーの塗装が剥げかかったアルミベンチを、指先で数回叩き、顔を覗き込んだ。


「聞いているよ。え~っと、私はさやかについて行くだけでいいンでしょ?」

 私はなんとなく全体の流れを圧縮し、作戦に必要な最初の行動を答えた。


 さやかは、あからさまに呆れた表情で、ため息なんかも隠そうとしない。

 私の抜けた態度に呆れたのは、さやかだけじゃなく、こうきにも伝染していた。


「お~い。主役さんがこれじゃ会議の意味ないンじゃないの?」


 ゴミ箱に缶を捨てたこうきはやれやれといった様子で私からさやかに目線を移した。

「こうきは黙ってて」

 さやかはこうきに一睨みしたが、こうきの愚痴は止まらなかった。

「だいたい俺はこういう騙すみたいな真似好きじゃないんだよな。」

「その話はこの前済んだじゃん。」

「済んだのはさやかの中だけだろ?」

 ベンチに座っていたさやかは立ち上がって、こうきに詰め寄る。


 私は…ただ、そんな二人を羨ましく思えた。


「いいよってこうきも言ったじゃん?」


 お互い言いたいことを素直に相手に向かって話せる仲。


 私が言えるのはいつも決まって

「ケンカなんかやめようよ。ね?」  


 当たり障りのない、ただの仲裁。

 そんな私に、さやかとこうきは会話をやめ、ベンチから立ち上がる事もしない私に視線を下ろし息をこぼした。

「ねって…まゆみ分かってンの? 今年が最後なんだよ?」

 私を諭すために、言っているさやかの表情は攻めているわけでも、なんでもない。


「分かってる。」


 私はただ、そう返す事しか出来なかった……

 こういう女を私は少女マンガで何度も見た。その度に、はっきりしろよとか、自分の意見はっきり言えよ。って、だから何も話が進展しないんだよって。


 でも、現実はたいていこうやって黙り込んでしまう事がほとんど……

 はるとは来年東京の大学に行くことを、私は先日、さやかから聞いた。

 はるとが何をしたいのか、何になりたいのか私は何も知らない。


「はるとなんで東京に行くのかな?」

「俺にもそれは言ってくれなかった。まゆみが直接聞いてみたら」

 こうきは私にどこか寂しそうな表情で私にそう言う。

 そんなこうきの言葉に、何も言い返せない私に気を使ったさやかは、


「直接聞くにしても、はるとは今日来るの?」


 さやかの何か含んだ問に、こうきはため息を交えて答えた。

「予定あるって断られたよ」

「え? 断られたの?」

私はこうきの言葉を聞くや否や、ベンチから立ち上がって聞き返した。


だってはるとが来なければ、今日の花火大会はなんの意味もない。


「そりゃあ、カップル挟んでじゃね?」

 さやかはようやく立ち上がった私にいじ悪く返し、話を続ける。


「だから私がなおやも来るって言えばって伝えら?」

立ち上がった私を、もう一度ベンチに座らせながらニヤリと笑い、こうきの方へ顔を向けた。


 そんなさやかに、こうきは面倒そうに髪を掻きながら返した。

「じゃあ、行く。って」

 私はその一言に胸をなでおろした。

「よかった……」

「で、なおやは来るんだろうな?」

「もちろん。皆で最後の花火だよって言ったら。感慨深い顔で行くって。」

「最後かもしれないもんな。」

最後かもしれない。こんな田舎から旅立ったはるとは、もう帰ってこないかもしれない。

「中学までは5人で毎年行ってたのにね。」


 私は感傷に浸り、5人が良く遊んだバス停を見回した。


「でもさ、仮にはるとまゆみが、付き合ったら…なおやどうすんのかな?」

 こうきは、今まで自分とさやかが付き合った事で、周りが変化したのを知り、それを知った上でなんとも答えに困る問を投げてきた。


 黙り込んでしまう私達を知った上で、こうきは続ける。

「居心地が悪いだろうな? 自分の連れ全員がくっついたら。」

 こうきは私とさやかを見て今回の、抱合せのような私達の計画に否定の声を強く当てる。


「俺だって応援はしたい。でも、だったらさ、計画立てて仲間外れ作るみたいな事じゃなくて。自然に二人がくっついたら、なおやだって何も思わないと思うんだよ。後から、俺たちが実は仕組んでましたって言うのが……」


 この時、こうきの騙すみたいな真似の意味を理解した。


 私は今日、自分の為に、なおやを騙して花火を見るのか…

「俺出るわ。待ち合わせは18時でいいよな?」


 こうきはそう言いうと、さやかを置いて、自転車のストッパー軽く蹴った。

自転車を押して帰るこうきを眺めていた私に、


「こうきの言ってることは分かるよ。でも、こうきがあそこまで言うのは、なおやもはるとも男友達だからでしょ? だったら私は女友達のまゆみを応援したいよ。」


 私は一度視線を落とした後、小さく溢すように


「ありがとう」


 と、さやかを見つめ返した。



こうき※※


 日が傾き、夕日色が街に馴染んだ頃、俺はあおば公園の滑り台にもたれ掛かり、残りの四人を待っていた。出来る事なら、この花火大会はただの幼馴染が思い出の為に集まった…


 それで終わって欲しい……俺は薄っすら期待を込めて。


「こうき」

 不意に声がかかられ、俺は滑り台から転び落ちた。


 俺は背中についた砂を払いのけながら。

「なおや、早くない?」

「時間前行動は普通だろ」

「まぁ…」


 俺はいかにも罰が悪そうな顔で答えてしまい、取り繕うように


「なおや相変わらず白いな」

 なんてどうでもいい話をなげるだけ。

 今日、俺はお前とはるとを騙してここい呼んでしまった。


 もし、あんなデタラメな作戦が成功していしまうとお前は…

「普通だよ! こうきだけが真っ黒なんだよ。」


 数ヶ月、会っていないなど感じさせないほど慣れた返事だった。

「そうだよ…え?」


 俺はなおやの言葉に違和感を覚えた。


 確かに、4月のクラス替えの後、はるとは月ごとに白くなっていった。学校もクラスも同じだった俺はは、夏休み前、はるとによくスス野郎と馬鹿にされていた事を思い出したが、はるとが白くなったのは、受験勉強で部活を引退したからだ。


 でも、なんでなおやがそれを知っているんだ?


 俺とはるとはサッカーで同じ高校に、まゆみさやか、なおやは別の高校に進学した。


 最初の頃は3人で良く集まってっ遊んだけど、俺とさやかが付き合って以来はそういった事も自然に消滅していっていた。


 なんだ、これなんで俺がこんな女々しい考え方しなきゃいけないんだよ。

 俺は目の前にぽつんと転がった小石を蹴った。


「良く飛ぶね流石、現役サッカー部」

 なおやはこうきの不貞腐れ顔を見て、冷やかしまじりに褒めた。


「うるせ」

「でもさ、皆で花火大会なんて中学以来だね。さやかとは上手くやってるの?」

 

 なおやは公園を見渡し、昔よく遊んでいた鉄棒に手をかけ、腕に力を込めると体を浮かせた。そうだ。元はと言えば、俺とさやかが付き合ったからはるともなおやも、遠慮して祭りごとには来なくなったんだった。


 じゃあ、今回、もしまゆみとはるとが付き合ったら…なおやはどうなってしまうのだろか?


 こうきはそんな疑問を吐き出さずにはいられなく


「その事なんだけどさ……今日の花火大会。実はさ……」

 なおやは俺の思いつめた表情を見て、ゆっくりと地面へ降りた。

「どうしたの?」

 俺が口を開いた瞬間。なおやの後ろから二人を呼ぶ声がした。


「なおや、こうき」


 少し急いで来たのだろうか? 額に汗がジワリと浮かんでいる。

 はるとは、襟元をバタつかせながらこちらにやって来た。

「また、遅刻?」

「ギリギリセーフだって。こうき久しぶり」

 はるととなおやは、中学と変わらない文句を交わす。


 そんな二人を見ていると、俺のスマホがなった。


 スマホにはさやかの文字


『もしもし? もう、俺ら揃ってるけど。うん。分かった。』

 俺とさやかの話しが終わると、はるともなおやもこの後の進展が気になる様子で話を聞いてくる。


「なんだって?」

「どうせ遅れるから。先に神社行ってとかだろ?」

「そんなところ」

「アイツら中学から何にも成長してないのな」

 呆れた顔でぼやくはるとに、なおやは

「いつも遅刻寸前で駆け足で登場する自分はどうなの?」

「お前がいつも早いんだよ」

「そお? 僕は五分前にいるだけだけど?」

「五分前集合は中学生までなんだよ」

「はると意味わかんないよ。しかも、中学の時もそれ守れてなかったからね」



 俺は昔と何も変わらない二人のやりとりをただ眺めていた。

 高校に入っていから部活ばかりで休みの日はさやかに連れ出される。今思えば、高校の思い出なんてほとんど色変わりしていなかった……


 この二人はどうなんだろうか…

 自分と同じように、繰り返し同じ風景見ていたのだろうか……


「はると、なおや。」

 俺はなんだか置いていかれている気がして二人に声をかけた。

「なぁ、お前らさ最近遊んだ?」


 自分と同じであってほしい…


 しかし、突然俺の言葉にはるととなおやは、何故か沈黙してしまった。


「なんで?」

 そう言ったはるとの表情は心なしか強張っているように見えた。

「え、いやどうなのかなって?」


 なぜそんな表情をするのかが理解できない俺は少し上ずった声になってしまう。


「遊んでないよ。」


 俯き答えたなおやは、はるとから離れベンチに座ってしまった。


「やっぱり受験生はそれどころじゃないよな」

 なにかまずい事を聞いてしまったのか? 俺は二人を和ますつもりでこうきは大袈裟に笑って見せた。

「そうだよ。勉強ばっかりでさ」

 俺の笑いを真似るかの様にはるとは、応答したがその視線の先にはなおやがいた。

「なおやは大学どこ行くの?」

「西丘大」

「そんな遠くないじゃん」

「だから、また遊べるよ。はるとも同じだしね」


 なおやがそう言い放つと、ベンチから立ち上がり、神社へ行こうよと公園の出入り口に歩き出した。


 俺はなおやの言っている意味が理解できずはるとの方を振り返った。はるとは黙ったままなおやを見ている。


「え? 一緒ってはるとは」

「こうきは就職だったよな?何するか決めた?」

 はるとは俺の言葉を隠す様に、そう言うとなおやの後に続いて歩き出した。


 あまりにも自然な切り返し、まるでさっき自分が発した言葉は誰にも届いていなかったのではないか? それほど、はるとは自然であった為、なおやはただポカンとする事しかできなかった。


 公園から十分ほど歩いた場所に神社がある。

 既に鳥居の周辺には出店が立ち並んでおり、赤や黄色、紫といったカラフルなのれんの周りには人だかりが出来ていた。


 この神社は鳥居から(やしろ)まで石段が百を超える。そのせいなのか、普段なら参拝客が訪れる事は滅多にない。


 しかし、この時期だけは特別だ。百を超え登った社からは町が一望できる。



 つまり一番高い所から花火が見えるのだ。



 俺達三人は屋台に並ぶ品を眺めながら鳥居に向かった。

 鳥居の前には、他にも待ち合わせをしているであろう、男女が数組いたがさやか達の姿はまだない。


 スマホでさやかに電話をかけようとした矢先、小走りで人ごみの中からこちらに真っ直ぐ走ってくる人物がいる。が…出店のライトが逆光になり顔まで見えない。


 鳥居で待っていた他の組も、走ってくる人物に視線を向けるが、ようやく顔が確認できる距離まで近づいた頃には、数人がため息を漏らした……


 お待ちかねの相手ではなかったのだう。

 俺達も他同様に、口からけだるい息を漏らした。


「何見てたの?」

「うわ! びっくりした。」

 後ろから声をかけられ、俺は肩をびくつかせて振り返った。


 さやかは三人がまた、浴衣姿の女性でも見てたのでは? といった口ぶりで石段から降りてきたがその隣にまゆみの姿はない。


「さやか久しぶり。まゆみは?」


 はるとは久々に合うさやかを見て、なおやの時とは違い当たり障りのない挨拶をした。


 やはり、男女だと空気感が少し変わってしまうのかな?


「もう、来るよ」

 しかし、さやかは昔と相変わらずな素振りではるとに答え、(やしろ)がある先を見上げた。


 俺達はさやかの視線に同調し、石段の先を見た。


 しばらくすると、カラカラと下駄が石段を鳴らす音が聞こえてきた。


「危ないから急がなくていいよ。」

 さやかが闇に向かって声をかける。


 灯りが顔を照らしだし、まゆみは慣れない下駄を鳴らしながら、少し照れた表情で現れた。


 ようやく5人が揃ったと実感し、中学の頃と変わらない笑顔を見せたのは、

なおやだった。



まゆみ※


「やっと揃ったね。とりあえず何か買いに行く?」


 なおやの号令で男子三人は屋台へ歩きだした。 


「ちょっと……」

 歩き出した三人をさやかが呼び止める。


 三人の視線がさやかに集まると、さやかは私の隣に駆け寄って、私達ははると達と向かい合う形になった。

 

 呼び止めたが、何も言わない私達を見て男子達はお互いに顔を見合わせて、頭に疑問の色を浮かべていたので、察しの悪い彼らにさやかはため息を一つ吐き。


「浴衣着てるんだから、ちょっとは褒めてよ」

「あ、そうだよね…二人共すごく似合っているよ。」

「さやか今日なんか雰囲気違うな」


 なおやとこうきは、ハッと思い出した口ぶりで、私達に返したがあまり意味はなかった。



 そんな二人を見て笑っているはるとに、私はドキドキ鳴る心臓に落ち着けと声をかけ、駆け寄った。



「はると久しぶり。」

「久しぶり。」

「少し背伸びた?」

「伸びた……と思う。」

「そうだよね。成長期だもんね……えっと……」

 再会の挨拶にしては、あまりにも下手をうってしまった。そして、なんてつまらない返しをしてしまったのだろうか……


 私って本当にバカ……


 私が自分の裁量のなさに顔を上げられずいると、どこかよそよそしい様子の私を不思議に思ったはるとは

「まゆみなんか変じゃない?」

 と、首を傾けた。


 不意に近づくはるとに、私は思わず一歩後ずさった。

 私はまともに目線を合わせられず

「え? ど、どのへんが?」

「ん~なんかソワソワしてる感じ。なんかあったの?」

「そんな事ないよ。多分浴衣に慣れてないだけだとおもう。」

 私は両手を顔の前で何度も振って赤くなった顔を隠した。

 はるとはまた不思議そうに、そう…とだけ言葉を返した。


「ってか、どうする? 上登る?」

 はるとはこうき達に振り返って聞いた。

「それもいいけど。先に買う物済ませといた方が良いんじゃね?」

「賛成。後からだと面倒だしね。」


 面倒というのは、神社周辺は花火が上がる5分前になると屋台の灯も全て切ってしまう。

 もともと、街灯も道中(みちなか)ポツポツっとしかない町だ。見物前に必要なものを取り揃えて置くのが住民の暗黙了解になっている。



 確か…今年の打ち上げは19時半からのはず。



「じゃあ、19時20分過ぎに(やしろ)で待ち合わせでいい?」

「皆で行かないの?」

 なおやの声に賛同しようと、身を乗り出そうとしたこうきだったが、さやかのひと睨みを受けグッと言葉を飲んだ。


「買い物だけ、ちょっとだけこうき借りていいでしょ?」

「でも、さやか」

 私が言い終わる前にさやかは私の傍に寄り

「良いから。はるとと会話してタイミング見て二人っきりになって」

 っと、耳元で囁いた。

「でも…」

 私もさやかにつられて、小声になるが、さやかは言い終わるや否や

「じゃあ、社で会おうね!」

 そう言い放ち、こうきを連れて人ごみに紛れていった。

 

 えぇ…コレってかなり当たって砕けろ的なやつ…?


 私はただただ、見えなくなって行くさやか達の姿を目で追っていた。

 

 そして、コレからのどのように行動すれば良いのかに頭を回転させていると


「しょうがないから三人で回ろっか。」

 なおやの裏がない優しさに、残された私達はただ頷いた。

 私達はなおやを挟む形で、提灯(ちょうちん)の灯りが強まる方へ歩き出した。

 立ち並ぶ出店のライトが私達を照らす。

 私はライトの明かりで、キラキラ光る食べ物を見るフリをして、はるとの横顔を盗み見る。


 すっと通った鼻筋、くっきりした目に薄い唇。本当にカッコいい…


 私が見惚れていると、はるとの口が動き出した。

「なおや何食べる?」

「ん~なんでもいいよ」

「じゃあ、りんご飴行く?」

 あれ? 私には聞かないの?

「りんご飴はやだ」

 なおやが意地悪に返すのを見て、はるとはやっぱりって笑って返す。

「え~俺食べたかったのに」


 この二人、高校は別なのに昔と変わらない。私はこんなにも、ソワソワしているのに…


 やっぱり男の子同士って、違うのかな…私はなんとか、はるとと話したくて、りんご飴に乗った。


「私食べたい。りんご飴」

「じゃあ、二人で買っておいでよ。」

「え? なおやこないの?」

「僕はそこの焼きそば買うから」

 私はいきなりはるとと、二人きりなれる事に内心舞い上がったが、平静を装い

「後でね」

 っと、なおやに言い残すと下駄をカラカラ鳴らしはるとと先に進んだ。


 屋台の前についたら、思っていた以上に人だかりが出来ている。


「うわ。ちょっとかかるな。俺並ぶから座ってていいよ」

「いいよ。一緒に並んだら…あ、えっと…暇も紛れるじゃん?」

 はるとの、こういう優しさにも私が惹かれた理由。

 

 この列が暫く……出来れば花火が上がるまで続いて欲しいと願った。

 そんな私に反して、はるとは自分が食べたい品が残っているのかが気になるようで、ただ前を見つめている。

 会話が始まらず、私は会話の始め方を伺うように、横目で何度もはるとを確認していた。


「あぁ、それ欲しかったのに。」

「え? どうしたの?」

 唐突に情けない声を出したはるとに、少し驚いて聞き返した。

「いや、欲しかったやつ取られた。」

 子供のみたいだなと、クスリと笑ってしまった。

「そういえばさ、はるとっていつも花火の時に、りんご飴食べてたよね」

「え? あぁ、長持ちだしりんごって美味いじゃん」

「そうだね。りんご美味しいよね。」

 始まった話題を自ら終えてしまった…


 次は何を話そうか考え出店のあちこちに目を向けていたが、中々コレといって話題になりそうな物はない。


「なぁ。」


 そんな私に気を使ったのか、また話しを始めたのははるとだった。

「なに?」

「まゆみはもし好きな奴が遠くに行くって分かったらどう思う?」


「…え」


 私の心臓大きく鳴り、思わず言葉に詰まった。


「……」

「やっぱり辛いよな。」

「…でも、応援したいと思おうよ。だって好きな人には頑張って欲しいもん」

 ただ笑って答えた。

 ウソではない。でも、口に出して良いのなら行かないで欲しい。

「そっか。」

「ねぇ、なんでそんな事きくの?」

「そんな事も話せない奴がいるからかな?」


 私達は列からはみ出す事なく進んだ。

 

 私は何か別の話題を探そうとしていた時、赤いリボンを付けた少女が走り去っていくのが目に入った。


 今朝の看板に縛り付けられたリボンを思い出すと同時につい口に出していた。


「そういえば。はるとの学校でも噂になった?」

「噂?」

「うちとはるとの学校で男子同士のカップルが出来たってやつ」

「あぁ。一時流行ったよ」

はるとは一度視線を落とし答えた。


「凄いよね。誰なんだろうね?」

「…さぁ」

「はるとは、そういうのどう思う?」

「別に良いんじゃないかな? 誰に迷惑をかけてるわけじゃないんだし」

「そうだけどなんか面白いよね?」


 私は何を言っているんだろう、今朝想像していた事とは真逆の自分を演出している。


 でも、男の子ってこういう時、面白おかしく話した方が盛り上がるよね? 


 私がはるとに笑いかけた時、店の先頭まで来た。

 適当に品を選び会計を済ませている間、何故か無言だったはるとは



「まゆみってさ高校で変わったんだな。」

「え…」

「先にソコで待ってる。」


 と、少し物悲しそうな顔で見つめた後、独り先を歩いていった。



「間違え……ちゃった…」



 私は離れて行くはるとの背中を、ただ見つめていた…



 自分が選んだはずの飴からは味がしなかった……


「ふたり遅いよ。早くいかないと電気消えちゃうよ。」

 待ちくたびれた表情で、なおやは私達に返した。

 そんな、なおやにはるとは、私に向けた冷たい答えではなく、優しくなおやを見て笑顔を向けた。

「ごめん。かなり並んでて」

「……」

 私の浮かない顔を見たなおやは

「なにかあったの?」

 っと、私とはるとの顔に向けて、交互に視線を投げた。

「別に。もう行く?」

 はるとは私を見てくれない…きっと、偏見で人の気を引こうとした罰なんだろうな…

 本当はそんな事、思ってなかったんだよ…でも、今その言葉きっとただの言い訳にしかならないよね…

「僕は欲しいの買ったからいいよ。まゆみは良いの?」

 なおやの手にも袋がぶら下がっていた。

「うん…大丈夫」

 はるとの背中は、まだ私に向いたままだった。

 それでも、私はいつものように笑って見せた。


 出店が並ぶ道を横目に私達は(やしろ)の方へ歩き出した。


 なおやが楽しそうに、出店に指をさし何かをはるとに話した瞬間、はるともニコヤカに

話し返している。


 男の子って良いな。しばらく会っていなくても、こんなに変わらず接する事が出来るなんて…

私は羨ましく、二人を眺めていた時、はるとが差し出した飴をなおやが齧った。

 

 その姿に、小学生の頃の自分たちが重なる。


 もし、このりんごを買っていなかったら、自分にもはるとは差し出してくれただろうか? 半分も食べていない、りんごを見つめ、いつもと何も変わらない自分に嫌気がさす。


 こうきとさやかが作ってくれたチャンスなのに…これじゃ何も進まないよね。


 せっかく浴衣を着て、履きなれない下駄を履いたのに、石段を上る度に鼻緒(はなお)が擦れ痛くてしょうがない。


「まゆみ大丈夫?」

 なんでその言葉をくれるのが、なおやなんだろう…はるとは今何を考えているの?

「大丈夫。慣れてないだけだから」

 自分を追い越し上がっていくカップル達が目に入ったまゆみは、


 あぁ…そっか。


 歩きづらいから皆、彼氏の腕を借りて歩くんだと気づいた。


 今独りで歩いている私をこの子達はどう思っているのだろうか。


 (やしろ)まで半分ほど登った所で私の足は限界迎えた…

「ごめん」

 私の言葉にはるともなおやも振り返った。


「どうした?」

「やっぱり腕…借りてもいいかな?」

 足を抑える私に腕を差し出したのは…なおやだった。

「いいよ。」

 なおやの変わらない素振り。でも、今欲しいのはその優しさじゃない。


 私は今の自分に出来る最大の勇気を振り絞り。



「その…はるとの腕…借りてもいい?」



不安のあまり誰の二人の顔が見れない。


 消え入りそうな声は震えていたかもしれない。


 はるとは少し戸惑ってぽつりと

「別になおやと変わらないと思うけど」


 なおやは何を察したように私に問いかける…


「まゆみ…もしかして、」


「もう、じゃあいいよ。」

 私はなおやの言葉を遮り、恥ずかしさから逃げるように、石段から降りようと振り返ったが、慣れない浴衣の上前(うえまえ)に足を取られ体制が崩れる。


 ゆっくり体が宙に浮く感覚にヒヤリとした時、左手を握られ何とか転倒を免れた。


 私は振り返るまでもなく、その手がなおやである事を理解した。


「あっぶな。大丈夫?」

 なおやの手に支えらたまま、呟くように口にした。

「はると。さっき聞いたよね?好きな人が遠くに行くのは辛いか?って…応援なんてでき

 ないよ。だって、傍にいて欲しいから。遠くに行くならちゃんと自分の言葉で言って欲しいよ。知らない友人なんか出さないでよ。」


 私は自分の心が灰色に染まっていくように感じがした。それと同時に涙が溢れてくるのが分かった。自分の感情がコントロールできない。



「はると…東京なんか…行かないでよ。」



 その時、私の手が宙に浮いた。いや、落下した…なおやの手から解放された事により。

「なんで…それ…」

 はるは明らかに戸惑った素振りで、ポツリと返した。

 同じく、同様を隠せないなおやは、ただ私の言葉をゆっくりと繰り返した。



「はるとが…東京?」



 おやはゆっくりとはるとへ振り返った。

 はるとは何も言えずただなおやを見つめている。

「旅行? それとも前に言ってた叔父さんに会いに行くの?」

 はるとの視線がなおやから離れ足元に落ちていく。

「違う…」

「遊びじゃないなら何しに行くのさ?」


「なおや何も聞いてないの?」


「聞いてないよ。」

 私が言い終わる前になおやは消え入りそうな声で答えた。

「はると。東京に何しに行くの?」

「大学」

「何言ってんの? 僕と西丘大行くって…約束したじゃん。」

「ごめん。俺やりたい事があるんだよ。」

「なんで隠してたの?」

「ごめん。言い出すタイミングなくて」

 二人はお互い目を合わせる事すらせず、ただ暗い面持ちで小さく会話を続けた。

 私は二人のそんな歪なやり取りに、違和感と共に、何故かさやかとこうきがケンカの勢いのまま別れ話を始めた時の姿を思い出していた。


「え? どうしたのなおやもはるとも変だよ?」

 さやかとこうきを仲裁した時と同じように冗談はやめてよといった口ぶりで問いかけたが、二人はの顔は一向に晴れない。


「僕…買いたい物あるから」


 なおやは言うや否や石段を降りて行った。

 すれ違ったなおやの顔を見ることが出来なかった。


 それは…


 知りたくなかったから、気づきたくなかったから…



「まゆみ。ありがとう。」

 はるとは今にも崩れてしまいそうな不安な気持ちと、ようやく話せた安堵がグチャグチャ

に交じり合った表情で礼の言葉を私に伝えた。


 まるで自分を見ているよう…


 私はそんはるとから逃げるように背を向け、会話を変えようと試みたけど…

 私ははるとに振り向く事もせず背中越しに会話を探す。

「なおやに言ってなかったんだ。」

「うん」

はるとの足音が近づいて来るが、私は分かっていた。


この音はきっと…私を通り過ぎて行くと。


「戸惑うよね。私も初めて聞いた時そうだったからなおやの気持ちわかるな」

 はるとが私を通り過ぎ、振り返った。


「なんでまゆみが戸惑うの?」

 なんで? そんな事を聞くの? もしも、これを言ったのがなおやだったら同じように聞き返したのかな?

「え? だって…私。私たち…はるとの親友だもん」



 私はきっと今の自分が…一番嫌いな瞬間だと確信した。



「俺、なおや探してくる。」

 はるとは私の気持ちに答える事なく、石段を降りて行った。

 そんなはるとを引き留めたくて

「でも、もうすぐ花火上がるよ?」

 と、声をかけたがはるとの歩みは止まる事はなかった。

「出店もライト消しちゃうし。花火が終わってからでも良いんじゃないかな?」

「それじゃ遅いだろ? 今年が最後かもしれないから。」

 はるとは私を見上げ、迷いが一つもない程の笑みで答え階段を降りて行った。

 ようやく買い出しが終わったさやか達が降りて来る、はると達をみつけ

「はると何処行くんだよ?」

 駆け下りながらはるとは答えた。

「ちょっと」

「え?でも、花火そろそろ上がるよ?」

 さやかはこうきの腕につかまりながら振り返った。

「直ぐ戻るから」

 腕を振り上げ、お構いなくっといった素振りが、私には痛かった。

「まゆみ、なおやは?」

「買いたい物あるって」

 光にかすれ、見えなくなっていくはるとの後ろ姿に俯いてしまう。

「じゃあ、チャンスじゃん早くはると追いかけなよ」

 何も知らないさやかは拳を握って私を鼓舞した。

「え?」

「え? じゃないでしょ? なんの為に今日きたのよ」



 今日…そう…私は今日全て伝える為に来たんだ。


 それは友達としての立場じゃなくただ、はるとに好きと伝える為だ、例えダメでもいい。私がちゃんと、はるとに伝えなくては意味がないんだ。

 私は転びそうな下駄脱ぎさやかに渡した。

「コレお願いね。私行ってくる」

「ちょっとケガするよ」


 下駄を押し付けられたさやかが、私に声をかけたが、そのまま石段を降りて行った。

 そんなまゆみ達の姿を見たこうきは


「いいな。」


 っと、さやかに聞こえない程の声を漏らした。

 今の風景に馴染んでしまったこうきは、走りだし方を見つけられず、ただ降りて行くまゆみを見つめる事しか出来なかった。

 鳥居までもうすぐといった所でアナウンスにより屋台の電気が全て消えた。

 私は暗がりのなかはるとを探し続けた。人にぶつかる度にすみませんと一謝りして先へ進んだ。

 しかし、はるとは何処にもいない。もしかしたら既にすれ違っていたのかもしれない。


 屋台から花火のカウントダウンが始まる。周りは大きくざわめき出した。

 私は歩みを止め、その場に立ち止まってしまう。

 どうせ見つけられないなら。どうせかき消されるのなら私の気持ちを声に出したい。

 私は何処に向けていいか分からない気持ちで、はるとの名前を呼ぼうとした瞬間。



「なおや!」



 数メートル離れた先からはるとの声が届いた。

 それと同時に、大きく打ち出された音とに続いて空に赤い閃光が走る。直後爆音と共に大

 きな花が、星が覗く濃紺(のうこん)に開いた。花びらが放物線を描きながらこちらに近づく時、


             私は確かに見た…

        はるとがなおやの手を両手で力強く握る姿を。

        

         あぁ……やっぱりそうだったんだ…

    

        私の恋は4月のあの時、既に散っていたんだ。

   

      痛む足裏に反して、何故か気持ちは少し晴れやかだった。

   

           二人の姿を見ているのが辛くて、

       周囲の人たちの視線を追うように空を見上げる。


           

           最後の花が空で散っていた。


おわり

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