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女王様はマゾ?  作者: 橘正巳
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第一章 女王様は後が無い

第一節


「問題は例の件なのですよ。マリア枢密顧問官」

「王室法の解釈でございますね」

「ええ」


 シルヴィアとマリアの間で会話は進む。


「残念ながら……」

「……そう」

「はい。現行法はもちろん、過去の特別立法や前王朝の判例までも調べ上げてみました。姫様が玉座に座ることは叶いません」

「貴女、悔しいけれどやっぱり優秀ですね。でも、そう……。だとすると残念だわ……」


 マリアの報告に、シルヴィアが嘆息する。

 

 一難去ってまた一難、アルフヘイム王国は再び危機に晒されていた。

 ずばり、後継者問題である。

 アルフヘイム王国の王位継承権は、原則として男子しか持ちえない。

 シルヴィアが女王でいられるのは、先王フリードリヒの共同統治者としての地位が生きているからである。

 そんなシルヴィアには娘――エリカ姫しか子がいない。その上、他の王族男子もいないとくれば、王家断絶は時間の問題と言えた。


「王室法の改正は――」

「なりません」


 シルヴィアの台詞を、マリアが遮った。


「それを許せば、他国の蠢動を許すことになりますれば」


 問題を解決する方法が皆無でもない。

 一つは王室法を改正して、マチルダに王位継承権を認めることである。

 とは言え、一度でもそれを許せば、王室の権威失陥は免れない。『法律を改正すれば誰でも王になれる』という状況を生むばかりか、下手をすれば王家の解体にまで波及しかねない。  

魔力資源が枯渇しても、生活資源だけは未だ豊富なアルフヘイム王国である。王家の後釜を狙う輩には、枚挙に暇がない。

 そもそも、建国以来、一度も改正されたことのない王室法である。それはすでに、侵すことの出来ない神聖な物でもあった。


「分かっています」


 シルヴィアが頷いた。


「ですから、この前の議会でも、ちゃんと改正案を否決したでしょう?」


 シルヴィアの言うように、すでに元老院では、王室法改正の話は持ち上がっていた。

 枢密顧問官であるマリアの輔弼を受けて、シルヴィアは自身に残された、数少ない権力を初めて行使したのである。

 だがしかし、そんなシルヴィアもとい王室の深謀遠慮も空しく、この行為は元老たちの強い反発を生んでしまった。

 元老たちはこぞって、『古臭い因習に縛られ過ぎている』とか、『陛下は民意をないがしろにしておられる』といった批判を投げかけたのである。

 変わったところでは、『御自らが女性にょしょうの身であらせられるのに男性優位主義に固執するとは、女王陛下は被虐願望マゾヒストであらせられるか』という嘲笑もあって、これはシルヴィアを酷く激昂させた。


 長期的な視座に欠けた元老たちには、本気で国を憂いている者は少ない。そのほとんどが自己顕示欲の権化か、やはり周辺諸国の傀儡である。

 体制打破を狙う敵は存外に多く、これが目下シルヴィアの頭痛の種となっていた。

 苦肉の策であった法案拒否権にしても、問題の先送りにしかなっていない。

 もはや、王室法改正は時間の問題である。


「そうとなれば、残された方法はアレしかありませんね」

「御意」

「進捗状況は?」

「……」


 シルヴィアの問いに、マリアは答えない。


「やっぱりそうですか」


 沈黙を答えと受け取ったシルヴィアである。


「……残念ながら」


 言いにくそうに、マリアが続けた。


「姫様の縁談は、遅々として進んでおりません」


 もう一つの解決法は、エリカの婚姻である。

 実のところ、現行の王室法でも再度の女王擁立は不可能ではない。他ならないエリカ姫に婿を取らせて、その婿を王に擁立し、再び共同統治者とすればいいのである。

 これはマリアが発見した王室法の抜け道で、彼女が優秀なことの何よりの証左と言えた。

 ただし、最大の問題は、当のエリカ姫が中々首を縦に振らない点である。


「まったく……」


 シルヴィアが再びティアラを外した。


「あ、もういいんですね」


 マリアが姿勢を崩した。


「……」

「何ですか?」


 冠をマジマジと見つめるシルヴィアに、マリアが首を傾げた。


「貴女が気分転換におすすめしてくれた、オンオフを切り替える、この変な茶番なのだけどね――」


 シルヴィアが続ける。


「ひょっとしたら、貴女の忠誠はこっちにあるのかな、と思ったのよ」

「あ、聞きたいですか?」


 女王の御前で堂々と肩こりをほぐすマリアを見て、


「いいえ、結構よ」


とシルヴィアが答えた。



第二節


「それで、あの子のことなんだけど」

「エリカ様ですか?」

「ええ。あれから何人袖にしたのかしら?」

「ここ1カ月で3人になります」

「内訳は覚えていて?」

「ブラッドフォ―ド男爵に、キングストン公爵の次男坊、それにスクリムジョー卿の御三方ですねー」

「スクリムジョ―卿⁉」


 マリアの答えに、シルヴィアが目を剥いた。


「スクリムジョ―卿って、近衛隊長のスクリムジョ―卿? 先王陛下(あの人)に見出された、王国最強の剣聖の?」

「ええ、そのスクリムジョー様ですよー。と言うか、他に誰がいるんですか?」


 身を乗り出すシルヴィアに、呆れるマリアであった。


「そう……」


 椅子に座り直したシルヴィアが、


「手心を加えたのかしら? それとも慢心?」


とブツブツ独り言ちた。


「ブラッドフォード男爵にしても卓越した槍術の使い手……、キングストン公爵の次男坊は、えーっと、ジョナサンとか言ったかしら? 確か彼は、格技レスリングの達人のはず。相手が相手だからと言って、そんなに油断するものなの?」


 そのまま自分の世界に浸るシルヴィアに、


「じょおーさま。じょおーさまってば!」


とマリアが呼びかける。


「はっ! な、何よ?」


 シルヴィアが我に返った。


「ちょっと聞きたいんですけどー」

「だから何よ?」

「最後に姫様と会われたのはいつですか?」

「最後って……、結構頻繁に会ってるじゃないの?」


 マリアの質問に要領を得ず、シルヴィアが聞き返す。


「いや、そうじゃなくて、家族もとい親子としての語らいのことですよー」

「そんなの決まってるじゃない……って、あら? ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 こめかみを押さえて、シルヴィアは記憶を辿った。

 確かに、シルヴィアとエリカはよく顔を合わせている。とは言え、それはあくまで、お互いに主君と臣下という立場である。プライベートな交流は、絶えて久しかった。


「よ、4年前かしら……」


 マリアに目を背けながら、シルヴィアが言った。


「ああ、やっぱり」


 納得するマリアである。その目には、少しだけ軽蔑的な色が浮かんでいた。


「し、仕方ないじゃない!」


 シルヴィアが声を張り上げた。


「先王陛下(あの人)が死んでからバタバタしていたし、落ち着いてからも、毎日仕事仕事で時間が――」

「先王陛下がお亡くなりになったのって、何年前でしたっけ?」

「うっ!」


 マリアの指摘に、声を詰まらせるシルヴィア。

 先王フリードリヒ崩御から、すでに4年が経過していた。シルヴィアがエリカと交流を絶った期間と、ちょうど同じ年月である。


「ああ、姫様お可哀そうに」


 わざとらしく、マリアが壁にしなだれかかった。


「当時の姫様は若干13歳。多感なお年頃で、親に捨てられるなんて……」

「捨ててないわよ! 人聞きの悪い!」


 マリアの非難に、シルヴィアが憤る。


「み、見てなさい! これから親子の交流ってのを見せてあげるから」


 やにわに、シルヴィアが立ち上がった。


 シルヴィアはそのまま、早足で扉へと向かう。


「その意気ですよ、じょおーさま」


 外出用の外套コートを持って、マリアが追いかけた。


「それで、今あの子はどこにいるの?」

「この時間だと、練兵所ですかねー」

「そう」


 受け取った外套を羽織って、シルヴィアが扉を開ける。


「ちょうどいいわ。あの子の真意を問い質すとしましょう」

「それがいいですね。何せ姫様ときたら、『自分より弱い男とは結婚しない』の一点張りですもんねー」


 エリカの結婚話が進まない理由はただ一つ。婿候補の男たちに、特別な強者を求めているからである。



第三節


 王城グリトニルは、メーラ湖と言う湖に浮かんでいた。もっとも、本当に浮かんでいる訳ではなく、島の上に建っているだけである。

 島の最も高い箇所に天守塔キープが設けられていて、そのすぐ下にシルヴィアの執務室がある主館が置かれている。何重もの高い壁を同心円状に重ねて、要所要所には見張り用の尖塔がそびえていた。

 ちなみに等高線に合わせて壁を作ったので、外から見れば雛壇状になっている。

 ある種独特の威容を放つ、それがグリトニル城である。陸からの橋を落とせば、そう易々とは攻め込めない天然の要害でもあった。

 何せメーラ湖には、巨大な水ヘビの魔物が棲んでいる。生半可な小舟では、おちおちと沖合にも出られない。


 そして、このメーラ湖には、いにしえ戦争いくさで出来たという伝説が伝えられていた。

 ちなみに戦争とは言っても、人間同士のそれではない。遥かな昔、神族と魔族が人間界の覇権を争った、『神魔大戦』と呼ばれる人外同士の戦いである。

 この大規模な戦争いくさで神族は天使を、魔族は悪魔を遣わして、傍迷惑にも人界を切り取りにかかったとされている。


 戦いは膠着状態が長く続くも、ある日を境に状況が一変する。

 原因は一体の天使にあった。異常に強く変異を遂げたその天使は、魔族(敵)や神族(味方)などお構いなしに、縦横無尽に暴れ回ったのである。

 なまじ人間より強いことが、神族や魔族の不幸であった。好戦意欲が旺盛な天使の変異体は、弱い人間になど目もくれない。

 気が付けば、尖兵の天使や悪魔は全て蹴散らされ、神族や魔族の住む天界や魔界に攻め込まれていた。

 まさに呉越同舟である。

 いつしか神族や魔族は結託して、この変異体に立ち向かっていた。

 そうして多大な犠牲を払いながらも、彼らは変異体の封印に成功した。

だがしかし、もうその時点で、両者に交戦の意思は無い。疲弊した自分たちの世界を立て直すべく、神族も魔族も人界への干渉を止めた。

 それがおよそ、2000年前の出来事である。


「天使の変異体の攻撃で、このメーラ湖が出来たってホント半端ないですねー」


 階段を下りつつ、マリアが言った。


「貴女、そんな与太話を信じているの?」


 マリアの後ろに付いて、シルヴィアが鼻で笑った。


「言うに事欠いて神話を与太話とか、神官の方々が聞いたら、また支持率落としますよー」

「〝また〟って何よ! 〝また〟って!」


 マリアに抗議しながら、シルヴィアが続ける。


「そもそも、神族とか天使とか言っても、ややこしくてよく分からないじゃない! 一体どっちが格上なのやら……」

「神族や魔族は造物主ですから、身分は絶対的に上ですよー。天使や悪魔は、彼らの被造物で兵器に過ぎません」

「あら? 兵器だったら、強さならむしろ天使の方が上なの?」

「と言いますか、造物主はあくまで創造に長けた方たちですからねー。戦闘力だけで見たら、バラつきが大きいんですよ。平均を取ったら天使たちの方が強いけど、最強同士で比べたら造物主の方が強いかな、って感じです。あ、もちろん変異天使は別格ですよ」

「だとしたら、その変異天使とやらは、色々な意味で厄介だったでしょうね……」


 一応は君主らしく、シルヴィアが異世界のパワーバランスに想いを馳せる。


「と言うか、何でアンタそんなに詳しいのよ?」

「不信心なじょおーさまと違って経典には、あらかた目を通していますからねー。各時代の神学者たちの解釈も、おおよそ頭に入ってます」

「に、憎たらしい……!」

「あ、着きましたよ」


 マリアに言われて、シルヴィアが顔を上げた。高い壁を何度も潜り抜けて、最後の階段に差し掛かったタイミングである。

 果たして、シルヴィアの眼前には200メートル四方の広場――軍の練兵場が広がっていた。


第四節


 陽が沈んで、湖上を赤く照らす。

 西日がグーンと伸びて、グリトニル城を包み込んだ。

 今、アルフヘイム王国では、春も終わりに差し掛かろうとしていた。

 晩春とは言っても、この地方ではまだまだ寒い時期である。

 湖上であれば、尚のことであった。

 もう兵隊もいない、薄ら寒い時間帯である。にも関わらず、1人で鍛錬に励む者が居座っていた。

 果たして、麻で出来た無地の運動着を来た少女が、汗だくになっている。


「ふんっ! ふんっ!」


 木剣で一心不乱に素振りをする少女は、シルヴィアの一人娘――エリカ・ロートシルト・フォン・リントブルムである。

 栗色の短髪ショートボブなエリカは、背丈はシルヴィアと同じくらい。母親によく似た美貌の持ち主であったが、灰色の目は切れ長で凛々しい印象を与えていた。

 もっとも、シルヴィアとは対照的に胸は平べったい――それがエリカ姫である。


「姫様! こちらにおられましたか!」


 マリアが気さくに声をかけた。

 この時シルヴィアが、「やっぱり私の時とはニュアンスが違うじゃないの」と小声で愚痴ったが、マリアは聞こえない振りをした。


「うん?」


 素振りを止めて、エリカがマリアの方を向く。


「ああ、マリアではないか……って、こ、これは女王陛下!」


 シルヴィアを見つけるや否や、木剣を地面に置いてエリカが跪拝した。

 たとえ王族同士であっても、君臣の関係に変わりない。エリカの態度は、きちんと身分を弁えたものである。


「えー……、オホン!」


 わざとらしく咳払いをしながら、シルヴィアがズイっと前に出る。


おもてを上げなさい」

「ははっ!」

「いつもこんな時間まで鍛錬を?」

「ははっ!」

「重畳。褒めて遣わします」

「有難き幸せ!」

「ストップ。ストーップ!」


 歪な母娘おやこの会話を、マリアが途中で遮った。


「じょおーさま、ちょっとこっちへ来てください! 姫様、失礼します!」

「な、何よ?」


 マリアが柱の陰に、シルヴィアを引き摺り込んだ。


「一体どこが家族の語らいなんですか! あれでは伺候の場ですよ!」

「あっ!」


 マリアの指摘に、シルヴィアが当初の目的を思い出す。


「そ、それもそうね。じゃあ、仕切りなおして――」


 納得して、柱の影から出るシルヴィア。

 待ちぼうけを喰らったエリカが、不思議そうな顔で待っていた。


「えーと、エリカ」

「ははっ!」

「今日は女王ではなく、母として話があります……じゃなくて、あるのよ」

「……え?」


 シルヴィアの切り出し方に、エリカが目を丸くした。


「そういう訳だから、そのような跪拝は無用。お立ちなさい」

「わ、分かりました」


 シルヴィアが促して、エリカが立ち上がる。


「結構」


 満足気に頷くシルヴィアである。


「話と言うのは他でもないわ。もう貴女もお分かりよね?」

「……婚姻の件でしょうか?」

「その通り。一体、何故そこまで相手の強さに拘るのかしら? それも、わざわざ自分と試合をさせてまで、相手を追い返しているとか」

「……」


 シルヴィアの詰問に、エリカは答えない。

 強者を伴侶に求めるエリカは、求婚者を自分の腕っ節で見定めていた。


「王室の……いいえ、アルフヘイム王国の危機は、貴女も重々承知のはず。この期に及んで、腕っ節なんてどうでもいいのよ。そもそもの話、伴侶の――王の資質はそんなものではないわ」

「……」

「いいでしょう」


 いつまでも答えないエリカに、シルヴィアが痺れを切らした。


「エリカ。この場で一つだけ母と約束なさい。それさえ守れたら、貴女の好きにして構わないわ」

「約束、ですか?」


 シルヴィアの提案を、エリカが訝った。


「ええ」


 シルヴィアがニヤリと笑みを浮かべた。


「今ここで、貴女の得意な剣術とやらで、この私を打ち倒して御覧なさい!」

「じょおーさま⁉」


 シルヴィアの申し出に、マリアが血相を変えた。


「……分かりました。お受けしましょう」


 エリカが同意して、ここに母娘おやこ間の試合が何故か決まってしまった。

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