序章 女王様はシルヴィア様
序章 女王様はシルヴィア様
「女王様、こちらの書類にサインを」
「はい」
「陛下、こちらの書類にもお願いします」
「はいはい」
「女王陛下、隣国の大使との晩餐会ですが……」
「はい。では、そのように取り図らってください」
豪勢な城の執務室で、女が一人、書類仕事に悩殺されていた。
もっともこの女、周囲に言われるままペンを走らせ、ただ相槌を打つのみである。
女は長い金髪をシニョン結びにまとめた、妙齢の美女であった。
赤紫色のナイトドレスは豊満な双丘を支えており、男の視線を釘付けにして憚らない。
緑色の瞳はカンラン石のようで、整った顔立ちと相俟って、会う人間に強烈な印象を与えていた。
身長もスラリと高く、170センチ程もあって手足もスラリと長い。
そんな容姿端麗、スタイル抜群な美女であるが、日頃の激務を反映してか、目元に隈が出来ており、眉間の皺が珠に瑕である。
宝石だらけの冠を被る美女は、この魔法の世界におけるアルフヘイム王国の女王――シルヴィア・アレクサンドラ・フォン・リントブルムその人であった。
ちなみに今年で33歳と、最近肌の張りが気になるお年頃である。
「それでは陛下、私はこれにて失礼します」
「……ご苦労様でした」
去って行く部下を見届けて、シルヴィアは微笑んだ。
パタンと黒檀のドアが閉まると同時に、
「ふう……」
と人心地くシルヴィアである。
そのまま冠を外して、3分ほど魔法の光を放つシャンデリアを眺めていたシルヴィアであるも、
「そうだわ」
と何かを思いつき、呼び出し用のベルをチリンと鳴らす。
「お呼びでございましょうか……って、ああ、今はそれですか。どうしました、じょおーさま?」
程なくして、年若い女が入って来た。
「毎度のことだけど、アンタのその『じょおーさま』って呼び方には、今ひとつ敬意が感じられないわね……」
「そんなことないですよ、じょおーさま」
シルヴィアの苦言を否定する女は、茶色のスーツを纏った女官である。
女官と言うだけあってこの女、メイドのような単なる召使ではない。砕けた口調とは裏腹に、枢密院付きの歴とした役人、すなわち顧問官であった。
平民の身から出世した稀代の才媛であり、名前をマリアと言った。
シルヴィアに比して、身長は150センチ程と低いものの、顔立ちは相応に整っている。
黒髪のショートボブに眼鏡がトレードマークのマリアは、今年で21歳とかなり若い。
「常日頃、じょおーさまを敬愛しておりますよー」
「まあいいわ……」
飄々としたマリアに呆れながら、シルヴィアが椅子に深くもたれた。
「それにしても、じょおーさまっていつもお疲れですねー」
「まったく、その通りよ!」
労いの言葉がかかるも、シルヴィアは憤りを隠せない。
「大体何よ! 女王は判子押すだけの機械じゃないっつーの!」
怒れるシルヴィアが、机をバシバシと叩く。
「仕方ありませんよー。お飾りとは言え、じょおーさまの決裁が無ければ、進まない話もありますし」
「お飾りとか言うな! そもそもお飾りだったら、ちゃんと大事に飾っておけばいいじゃない! 何でこんなに毎日毎日疲れるのよ!」
人に言われるままの単純作業でも、その量が問題であった。
シルヴィアの実働時間は、長い日では半日に及んでいた。
臣下に言われるまま判子を押し、儀式が行われる度に誰かが考えた言葉を述べ、延々と続く会議に襟を正して座り続ける――それがシルヴィアの仕事である。
その上、自分に大した発言権がないとくれば、ストレスは想像に難くない。
「文句があるんでしたら、先王様に言ってください」
「ぐぎぎぎ……」
おざなりなマリアに、シルヴィアが歯噛みする。
ちなみにマリアの言う先王とは、シルヴィアの夫――フリードリヒである。今は病没したフリードリヒであるが、そのカリスマで王室廃止の流れを食い止め、王政を存続させた敏腕であった。
かつては魔法王国と名を馳せたアルフヘイム王国であるが、現在は魔術師そのものが殆どいない。一昔前に鉱物を主体とする魔術的資源の枯渇したこの国は、魔術師を繋ぎ止める程の魅力を維持できず、人材流出に歯止めが効かなかったのである。
その結果、王室が槍玉に上げられ、アルフヘイム王国は元老院重視の国家へと生まれ変わった。王に残された世俗の権力は、一度だけの法案成立拒否権くらいである。
だがしかし、王室の権威だけはしっかりと残された点だけは、不幸中の幸いであった。その帰結が、矢鱈と増えた形式上の決裁やら儀式への参加義務である。
「まったく、亭主としても申し分のない素晴らしい人だったのだけど……。残される者のことも、もう少し考えて欲しかったわ」
「いやー、ホント毎日お疲れ様です。ハードな単純作業に邁進するじょおーさまのマゾっぷり、マジ半端じゃないですね」
惚気るシルヴィアを、マリアが茶化した。
「マゾって言うな! つーか、アンタ官僚登用試験を一位で突破した秀才なんでしょ? 何でいつも、そんなに暇そうなのよ!」
「むしろ、優秀だからこそ、仕事を選べるんですよー。特に枢密院なんて部署、実態はじょおー様の話相手だけで暇そうだったから、競争率高かったんですからね? いやはや、ホント目論見通りに運んでご馳走様でした」
「ク、クビにしたい……!」
青筋を浮かべるシルヴィアであったが、生憎と人事権すらも持ち合わせていない。
「で、何の御用ですか? どうでもいいお話なら、そろそろ定時だから帰りたいんですけど」
「……いいえ。枢密顧問官の本分を果たしてもらいます」
「……っ!」
途中で冠を被り直したシルヴィアに、マリアが居住まいを正した。
「はい、女王陛下」
恭しく頭を垂れる礼容は、堂に入った見事な物であった。
『サラとジーン』が中々進まない中で恐縮ですが、リハビリがてらに書いてみました。
評判がよければ続くかもしれません。




