トラック転生にまつわる社会問題とその解決案について
思いつきで書いた一発ネタ。
楽しんで頂けたら幸いです。
「………日本国内に限定して、今月だけで46人か、まさかこんな事になるとは。誠に申し訳ない」
真っ赤な髪色をした美女が手に持っていた資料を置き、頭を下げる。
「いえいえ、元はと言えば政府側での制度改正が難しい事が原因でもあるののです。どうか頭をあげて下さい、熾天使様」
それなりに大きな企業とは言え、たかが一会社員に神に仕える天使様が頭を下げるなど問題でしかない。
真剣に受け止めて頂けたのは有難いが、ここは頭を上げて頂かなくてはマズイ。
社運を賭けたプレゼンを終え、質疑応答もひと段落ついた。一度休憩をという事で両者ともに和やかに歓談をしているタイミングだから正式な謝罪とはならないだろうが、天使が人に謝罪するなど本来あり得ないのだから。
「それにしても、まさかこんな事になるとはな。我々としては不慮の事故で亡くなってしまった者達の未練が少しでも和らげば、という善意のつもりだったのだが………」
「私が言うのも何ですが、人の中には善意につけ込む者も珍しくないのです。……誠に申し訳ない」
「うむ。人の愚かさはアダムや、モーセに付き纏っていた馬鹿どもの事で分かっていたつもりだったのだが、やはり認識が甘かったようだ」
昨今問題となっているトラック転生を巡る諸問題。その解決をめぐる神の使者である天使たちと我々運送業者達との間での合意形成の為の会議………今回はその1回目である。
今回の結果を叩き台に、次の会議からは知識人や政府関係者、裁判所関係者、医療関係者なども含めた話し合いが行われる予定なので、今回である程度まで両者の合意形成を行う必要があった。
異世界から帰還した転生者たちによって明らかにされた『トラックに轢かれて死ねば転生できる』という事実。それは神の実在を人間に認知させると共に、とある社会問題を引き起こしてしまった。
転生したいと考える者たちがこぞってトラックに轢かれに来るのである。それはもう一日に何人も。どんだけこの世界ディストピアなんだ。
運転者の中には人を轢いてしまった事で精神を病んだ者がかなりの数出てきたし、飛び込んで来た相手を避けた結果大怪我をし、さらに避けた相手に『何で轢かねぇんだよ!』と罵倒された者までいる。
そして最大の問題は賠償金だ。
相手側から飛び込んで来たとは言え事故は事故。人を殺している以上無罪や軽犯罪になるわけもない。
連日のように起こされる裁判のせいで殆どの運送業者は経営破綻し、次々に倒産。裁判所や警察署もこれまでにない数の事件数にすでに業務の多くが滞ってしまっている。
運送業者の減少によって資材不足に陥っている地域が多い事も大問題で、地域によってはトラックが来れなくなった事で物流が滞り餓死者すら出ている。元々、都会以外ではトラックに生活物資の殆どを頼っている地域が多いのだ……。車社会の弊害である。
トラック以外の交通機関で何とかしようと政府も頑張ってくれているが、運送量や経費の問題もあり、まだまだ上手く行ってはいない。
そのくせ原因である被害者共は死んでいる上に、楽しいチートライフ目指してサヨナラバイバイしていくわけだ。
死者にこんな事を言うのもどうかと思うが、自己中なゴミクズどものせいで社会がめちゃくちゃになっている事に腹が立って仕方がない。
突然増えた転生者達に困っているのは天使側も同じで、異世界の問題もあるし、このペースで転生者が増えられては堪らないと数千年の神秘のベールを脱ぎ、政府側との合意形成に積極的に動いてくれるようになったのは、不幸中の幸いだった。
熾天使様との謝罪合戦している内に休憩時間が終わり、出席者達も皆席に着いたので話し合いを進める。
「此方の案としては、以下のようになっているのですが………」
神学や社会学などの専門家達の意見も借り、何とか作り出した解決案だ。どれか一つでも通ってくれれば良いのだが………。
「事前に拝見した内容からの変更点はありますか?」
メガネをかけたインテリ風の智天使様からのご質問だ。
「いえ、変更はございません」
そう答えると、智天使様の顔が申し訳なさそうなものとなる。
「では、申し訳ありませんが……此方で実行するのは難しいものばかりです。例えば………こちらの『故意に死んだ者を選別し地獄送りにする』という案、トラック自殺の場合故意か事故かの選別をするのは此方でも不可能なのです。直接天使が見ていれば別ですが、数億人を監視するのは……。力不足で申し訳ない」
「トラックによる死者の転生を禁止する、という案は何故ダメなのでしょう」
これが通ってくれれば解決なのだが……。
「此方も同じなようですが、上の者達が皆前例主義でして………。神から直接『転生の禁止など前例が無い』と言われてしまいました……」
すごく言いづらそうな顔をして智天使様が答えて下さった。
天国は階級社会だそうで、神から命じられると誰も変えられないらしい。こうなっては仕方ないのだろう。
………だから熾天使様、『さっさと息子にイス譲れよハゲが』とかボソッと言わないで下さい。貴女は堕天するだけかもしれないけど、こっちは存在を消されかねません。
「では、此方からの案となるのですが……変更点はありません。事前に送らせて頂いた資料のままです。実行できそうなものは……やはりありませんか」
智天使様が残念そうな顔をするが、此方もしても首を振るほかない。
「自殺を禁止する」のも、「トラックを使わないようにする」のも、「トラック専用の車線を作る」のも、実際問題不可能なのである。
一応政府に打診はしたが、政府側からの回答は『全て実現不可。再考を求める』だった。
チッ、政府の権力者どもが……偉そうに国のためとかもっと考えてから喋ってくれとか言うなら、まず代案出すかしやがれよクソが。多少動いてるのは知ってるが、寧ろ現場を混乱させてるだけじゃねぇか。
…………ん?何で私の顔見て震えてるんですか熾天使様?
顔が怖い?はて、何のことやら?
「では、これにて本日の会議を終了させて頂います。また明日もよろしくお願いします」
結局、その後何時間も話し合ったが解決案は出てこなかった。
互いに一番簡単な解決策を上の連中に禁止されてるんだから上手くいく筈もない。何とか期間中には良い案を出したいものだ。
と、部下の力天使や能天使と話し合っていた熾天使様が此方にやってきた。
「お疲れ様でした、斎藤さん。部下の天使達にワインを飲もうと誘われたのだが、そちらの皆さんもどうだろうか?」
もし都合が良ければと熾天使様は仰ってくれているが、社交を欠かせないと思う程度には此方も社会人だ。用事のある者を除き、有り難く受けさせていただく。
天使様と酒を飲むとは、帰ったら会社の奴らに自慢できそうだな………。
「……ングッ…ゴクゴクッ………プハッ………聞いて下さいよ斎藤しゃん!あのハゲ、事もあろうか敬虔な信徒に向かって『あいつどこまで苦しめても俺を信じるか試してみよう』なんていきなり言い出して、皮膚病にしたり生活基盤破壊したりしたんですよ!?しかも責任全部部下に押し付けたし!!そんなクズ野郎りゃからルーちゃんも裏切るんりょすよ!!」
「ははは………それは大変でしたね……」
結論から言おう、熾天使様……めちゃくちゃ酒に弱かった。しかも、めちゃくちゃ絡んでくるタイプだった。手に持っているコップ、まだ三杯しか飲んで無いはずだ。
あぁほら、お酒溢れちゃってますから……注ぎます!私が注ぎますから!!ほら、取り敢えずお水飲んで!
「ふふふ〜斎藤しゃんは良い子れしゅね〜〜〜ほら、飲んで飲んで〜〜」
「ちょっ、分かりました!飲みますから!だから膝に溢さないで!!」
「えへへ〜〜〜天国に来たらオネェちゃんが相手してあげましゅからね〜〜」
さっきから周囲に助けてオーラを出しているのだが皆目を逸らしてこっちを見ない。くそっ、俺に味方は居ないのか!
あっ智天使のやつこっち見て拝みやがった!!『先輩の事よろしくお願いします』って、そうじゃねぇだろ!!お前に人の情はねぇのか!?いや、そりゃ無いよな!天使だもんな!!チクショウ!!
「ほ〜〜んとみんな揃いも揃って〜〜何であんな地獄にいきたがるんでしゅかねぇ〜〜〜人口の三分の一が魔物に食いころしゃれる土地なんれしゅけどねぇ〜〜、てか何りぇトラックだけ転生なんれしゅか〜〜死因なりゃ普通自動車の方が多いんれしゅよ〜〜〜?」
「トラック………だけ…………?」
熾天使さんが酔っ払いながら言い放った一言。それを聞いた瞬間、脳裏に何かが過った気がした。
…………そうか、トラックだ!トラックだからダメなんだ!!
「熾天使さん!!」
「にゃんれふか〜〜斎藤しゃん〜〜」
「トラックじゃなかったら転生させなくて良いんですね!?」
「そうりぇすよ〜〜トラックじゃなかったら別に良いんでしゅよ〜〜〜どんどん死んじゃって〜〜〜えへへ〜〜」
「ちょっ智天使さん!こっち来て!!良い案が思い浮かんだんです!!」
熾天使さんの問題発言は置いておいて、取り敢えず実現可能か智天使さんに聞く。ああ!嫌そうな顔するんじゃ無いよ!!解決案なんだよ!早く聞いてくれよ!!
「………ええ、それなら実行できます!!」
「しゅごいですよ斎藤さん〜〜〜ほら〜〜いい子いい子〜〜〜〜」
あっ、ちょっ、やめて!撫でないで!!顔に当たってますから!独身の中年には毒ですから!!やめて!!
ちょ、助けて智天使さん!え?『因みにEカップです』って誰も聞いてませんよ!!はい?『天国だと胸を触るのは性行為扱い?』『偶然でもアウトだから責任取れ?』何ですかその謎ルール!!
「えへへ〜〜〜斎藤さんいい匂いする〜〜〜」
「ちょ、やめて!離れて!!」
こうして天国と現世を大いに悩ませ大混乱を起こした社会問題が解決した夜は、俺を犠牲にしたまま、随分と締まらない空気の中更けていくのであった……。
◇
「はぁ!?転生できない!?何でだよ!!死に損じゃねぇか!!」
「はぁ〜〜、だから言ってるじゃないですか。貴方『トラック』に轢かれたわけじゃないですよって」
最近減ってきたと思ったらまた出てきた転生希望者を相手に、私はため息をついた。
政府の方でも発表してもらったし、もうほとんどの人は知ってる常識なんだけどな〜〜。ちゃんと『トラック』という名前の乗り物に轢かれないと転生しないとも国会議事堂で明言しておいたのに……。
「おかしいだろ!俺を轢いた車は確かにトラックだったぞ!?ちゃんと確認してから轢かれたんだ!!」
いや、一番おかしいのは貴方の頭では……。確認してから轢かれないで下さいよ。運転手さん、可哀想に………。後で現世の方々にフォローしてもらっておかないと。
「貴方を轢いたのは、『トラック』ではありません。『トルァック』です。法律で名称変えられたの、知らなかったんですか?『トラック』に轢かれないと転生出来ないんですよ?」
つまり自動車関係の事故に関して、少なくとも異世界転生も担当していたうちの部門では、実質的に転生出来なくなったと言う事ですね。
勿論転生を禁止したわけじゃないので、例えば輪廻を廻してらっしゃる、お釈迦様とかヴィシュヌ神様とかの部門なら異世界転生は無いけど転生自体は普通にさせてくれますし、異世界の神々から他文化交流の要望があれば死後の魂達と面談をした上で異世界転生させる事もあります。
クソジジイの部門でトラック転生は出来ないってだけの話ですね。自殺じゃない証拠が揃ってて、かつあまりに状況が酷かったりしたら考えますが。
にしても斎藤さん、いくら碌な仕事してない政府に嫌がらせしたいからって『トルァック』はないでしょう………。政治家の人、真っ赤な顔して発表してたじゃないですか。……面白かったけど。
「はぁ!?何だそれ!ふざけてるのか!?」
「は〜〜、何でもいいですよ。取り敢えず貴方は自殺なので地獄行きです。樹木になって人面鳥に啄まれて永劫の時を苦しみなさい」
今回は本人の供述もありますし、自殺と判断して地獄行きで良いでしょう。日々の行いが良ければ煉獄に行けたんですが……まぁ残念ながらあの転生希望者の罪悪カウントは高めだと連絡が来ています。
これで生前の行いの詳細を見れたら楽だったのに、罪悪カウントの合計値しか教えてくれないんですよね……。まぁもし詳細を見れても、一人の人生を精査するだけで何年かかるか分からないので意味ないんですけど。
大人しく地獄名物の『地獄タルト〜贖罪の果実味〜』の原料になって下さい。あれ見た目に目を瞑れば美味しいんですよね。見た目に目を瞑れば……。
「じゃ、さよなら〜〜」
力天使達に地獄へ叩き落とされる転生希望者を見送って、私も大きく背伸びをします。
今日の仕事終わり〜〜。あー、最後にバカに当たるとかついてないわ〜〜〜。
「随分と機嫌が良さそうですね、熾天使様」
「あら、智天使。そうね……家族が出来ると毎日が楽しくなるって、あれ本当だったのね〜〜。さ、帰ろ」
「お疲れ様でした」
「ええ。貴方もお疲れ様」
まだ会社で残業しているであろう夫のことを思い微笑みながら一人、熾天使は地上へと降りていくのであった。
熾天使さんの話し方がブレブレなのは頑張ってキャラ作りしてるからです。最初のちょっと偉そうな話し方が頑張ってる方、酔った後のゆるーい方が素です。
※現実にある名前がちらほら出てきますが、この物語はフィクションです。現実の団体名などとの関連性はありませんし、法的に若干おかしい所なども「ゆるい世界観だなー」とお目溢し頂けるとありがたいです。ごめんなさい。
※誤字報告、ありがとうございます!
※若干内容を補足する為に追記しました。