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1話

 01



 私、高柳詩織という女には彼氏がいない。

 小中高と人生ゲームのサイコロを転がすように学年を進ませていったが、何もイベントは起きなかった。当時の私は待っていれば彼氏はできると考えていたが、周りの女の子は既に大人の階段を歩み始めていた。まだ階段に踏み入れてない私が必死に足掻いて慣れないメイクをしても、中身が伴っていなければ男の子は振り向かないと気づいた。どんなに好きだとアピールをしたとしても、相手が私のことを深く知ろうとしてくれなきゃ意味が無い。私が好きになった人たちは尽く容姿が可憐な女たちに奪われていた。

 恋愛の辛さを知った私は大学に通い、教員免許を取得するために青春を捨てて四年間勉強に費やした。同年代の女の子たちはサークルに入って好みの男と遊んだり、友達同士で青春を謳歌したりしている間に私は自分の夢を叶える為の努力をした。周りは友達がいないぼっちだと揶揄していたが、私は気にしなかった。自分のような辛い悩みに苦しまれる子供を生み出さない為に教員になるという夢があったからこそ辛い四年間を耐えられたんだ。神様はそんな私の想いをわかってくれたのか、教員試験を一発で通してくれた。



 ――――

 ―――――――



 大学を卒業して一ヶ月、私は自分の母校である茗荷谷中学校に赴任することになった。桜が吹雪く中で私は決意を新たにする。



「生徒に信頼される教員にならなきゃ」



 私だけが彼らを正しい道に連れていってあげられるんだ。そう思い込み、新天地に足を踏み入れたが現実はそう甘くなかった。私は一年二組の副担任となったが、運が悪かったのか他のクラスよりも一癖も二癖もあるような子供たちが在籍していた。とは言っても所詮は子供なので、猿でもわかりやすく勉強を怠るとどうなるかを教えると人が変わったように勉強に励むようになっていた。

 放課後、生徒たちから出された宿題を片付けようと職員室に行こうとすると私をからかう悪ガキ三人組が白いシャツを着た女の子の手を掴んでどこかへ行こうとしていたのを見かけた。三人が女の子をどこに連れていくのかと疑問に思った私は後をつけることにした。彼らは人気が少ない教室へ入ると、いきなり女の子を床に押し倒した。



「お前……いつもいつも透かした態度取ってムカつくんだよ!」



 悪ガキの片割れは普段私に見せるような子供らしい笑みを出さずに、鬼の形相で女の子に突っかかっていた。流石に見ていられなかった私は教室に入り込む。



「貴方たち何をしているの!」





 私が教室に入り込むと、悪ガキたちはバツが悪そうにしながら教室を出ていった。




「大丈夫……? 痛くない?」



 優しく声をかけた瞬間、私は目を疑った。シャツからはみ出た真っ白な雪のような肌には女の子らしい丸みは無かった。この子は女の子ではなく、男の子。男にしては艶がかかったふんわりとしたショートヘア、フランス人形を思わせるような容姿から女性だと勘違いしてもおかしくはない。私はあまりの美しさに目を奪われていた。



「……よくあることですから気にしないでください」



 首元を抑えながら彼は教室を出ようとするので私は止めた。いくら恋愛に疎い私でも人並みの知識はある。



「もしかして貴方……彼らに」




「……ただの遊びですから放っておいてください」



 私が伸ばした手は彼には届かなかった。誰かに拒絶されたことが無かった私は空き教室に立ち尽くすことしか出来なかった。





     02



「幸薄そうな美少年……ああ、柊湊くんね」



 どうしても彼の寂しそうな顔を忘れられなかった私は先輩職員に情報を聞き出すことにした。病弱な体質のようで週に二回しか教室に登校することが出来ないらしい、それ以外はいつも保健室にいるらしく、成績は上位に入るレベルらしい。保健室登校している奴が好成績を取っていることで一部の男子から妬まれていると先輩は困り果てた顔をしていた。……なるほど理由が解れば彼らが怒る気持ちも分からなくはないがあれは異常だった。人がしていい顔ではない。



「高柳さん、あまり柊くんに肩入れしすぎないようにね」



「……? どうしてですか」



 彼女は何度も聞かれたことがあるのか、ため息をつきながら私に言った。



「一部の生徒を贔屓にしたらどうなるかぐらいわかるでしょう。それに柊くんは酷い目に合っても口に出さない性格だから逆に反感を買ってるの」




 私以外にも柊くんに興味を持った人物がいたのかと思うと同時に私なら彼を守ってあげられるという謎の自信がついていた。

 保健室の先生から柊くんが保健室にいることを聞き、授業が終わったあと向かうことにした。



「あれ……いない?」



 保健室には私以外誰もいなかった。柊くんと少し話がしたかっただけなのに。私は諦めて次の授業の準備をしに行こうとしたその時だった。誰もいないベッドから声が聞こえてきた。恐る恐る近づき、ベッドを開けてみると柊くんがいた。



「……先生? どうしてここに」



 彼の目には涙が浮かんでおり、私はあまりの美しさに目を奪われていた。



「柊くん、私はね道に迷っている子供たちをできる限り助けたいと思って教師になったの。……だから遠慮なく頼ってほしい」



 柊くんは私からの言葉を聞かないように耳を塞いだ。



「聞きたくない、みんなそう言って僕から離れていったんだ」



 所詮、教師という生き物は仕事さえやっていれば生徒がどうなろうが興味がない。ドラマのような生徒思いの先生なんて存在はしない、でも私は過去の自分のような思いを抱いた生徒を見過ごしたくはない。……私は彼が親から愛されていないことを教師の特権を使って知っている。だから私はズルい言葉を投げかけた。



「大丈夫……私は他の人のように裏切ったりしないよ。柊くんが毎日楽しく学生生活を満喫できるようにずっと一緒にいてあげる」



 人目見たときから私は彼に心を奪われていた。いつ壊れてもおかしくないような儚さを持つ柊湊を……私の手で穢してやりたい。




「本当に……? 本当に一緒にいてくれるの?」



 ずっと堪えていたのか、溢れんばかりの大粒の涙がベッドを濡らしていた。私はそっと彼を抱きしめ、優しく優しく頭を撫でてあげた。

 部活動を持っていなかった私は早々に仕事を切り上げ、急いで職員室を出ていく。茗荷谷中学校は森林に囲まれた自然豊かな学校だ、従って人目につかないようなスポットが少なからず存在していることも把握している。



「お待たせ……待った?」




「そんな時間は経っていないので大丈夫です」



 経年劣化が激しいベンチに座り、柊くんは本を読んでいた。私は彼を自分の物にするために先生たちにはアリバイを作った。夜の仕事で家を空けている柊くんを自宅まで送り届けたあと、可能な限り一緒にいる時間を作るということだ。茗荷谷中学校から彼の自宅までは電車から一時間ある為、私は話題が尽きないように柊くん世代が興味がある話を話し続けた。最初の頃と比べると少しづつだが笑顔を見せてくれていた。私に気を許してくれたのか、彼は自分の話をした。親と二人暮しでいつも夜は一人で過ごしていると、そんなことは知っていると言いたかったが何とか堪えた。



 柊くんの自宅に入ると、部屋は想像していたよりも綺麗だった。私はできる限り、柊くんの話に付き合ってあげることにした。多感な時期である柊くんは私に色々と悩みを話したが、私が大人として的確なアドバイスをしていくと満足気な表情をしていた。



「先生だけです、僕の話を真剣に聞いてくれたのは。本当に嬉しいです」



 私を拒絶した最初の頃と違い、柊くんは私に信頼の眼差しを向けていた。彼の穢れのない目を見て、私は自分の中の何かが消えてしまったことに気づいた。



 ―――――そうだ、私だけしか見れないようにすればいいんだ。



 私に呼びかけられた柊くんはこの後何をされるか知らずに近づいてきた。私は彼が着ていたシャツのボタンをゆっくりゆっくり外していき、雪のように真っ白な肌を拝む。





「せん……せい?」





「これはね契約だよ。私は柊くんに寂しい思いなんかさせない代わりに柊くんは……私を大人の階段に登らせて」



 壁際に柊くんを追い詰め、彼の柔らか唇を触る。抵抗されると思っていたが柊くんは蕩けた表情で私を見つめていた。




「約束です、ずっとずっと傍にいてくれるんですよね」



 その言葉を合図に私は柊くんと唇を交わした。初めてのキスはレモンの味がした。



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