百年の孤独
正式な婚約を交わしたあと、王は俺たちを残して城に去っていった。
マトイとふたりきりになると、俺たちは、湖の畔に腰を降ろした。
「マトイ、……本当に、俺で良いの? 」
「良いよ、……というか、ピギーが良い……」
マトイは、俺の肩に軽くこめかみを乗せて、そう言った。
「だ、だけど、俺、なんにも出来ないし、ブサイクだし、クラスでも、ずっと虐められていたし……」
すると、
「……それが、なに? 」
とマトイがこともなげに呟く。
それから、こう続けた。
「……転生してくる前のピギーのことなんて、私は、知らない。私は、こっちの世界に来てからの、ピギーしか、わからない。……私が見てきたピギーは、その、ずっと格好良かったし、その、優しかった……」
若干照れながら、恥ずかしそうに、ぽつりぽつりと、マトイがそう言う。
こんなふうに、マトイはいつでも俺のことを評価してくれていた。
それが、俺にとってはものすごく嬉しかった。
だが、学校やクラスの端っこに生きていた人間というのは、そんな簡単には自信を取り戻せないのだ。
ここまで言われても、俺は未だに、自分に自信が持てずにいた。
「でも、俺なんかじゃ、マトイに釣り合わないよ」
俯いて、俺はそう言う。
こういういじけたところが良くないのだと、自分で分かりつつ。
「……マトイは美人だし、可愛いし、頭も良いし、魔術の天才だし、意志も強いし、生き方も格好良いし……。俺なんかじゃなくて、もっと良い男が、多分、たくさんいるよ。……もし、婚約破棄するなら、今のうちだよ。絶対、後で後悔することになるんだし……」
そこまで喋ったとき、マトイが黙って俺を見ていることに気がついた。
「どうして、そんなこと、言うの? 」
マトイは泣きそうな顔で、俺を見つめている。
「どうしてって……だって、全部、ホントのことだよ。俺、ホントに、駄目なやつなんだ」
「ピギーは、全然、駄目なやつなんかじゃない」
マトイが必死に首を振る。
「……ピギー、これを見て」
マトイがそう言って、着ているローブの足元をめくった。
そこには、呪いによる痣が見えている。
と言っても、痣は当初より遥かに減少し、今はもう膝下に少し残っている程度だった。
「今はもう、私からは、呪いはほとんど消えかかっている。……だから、呪いに掛かったときのことも、もう話せると思う」
「呪いに掛かったときのこと……? 」
「そう」マトイが頷く。「ピギーに出会ったとき、私が使える魔術はひとつしかないと、エイラさんにそう言われたと思う」
「うん、覚えているよ。マトイは、“麻痺”の魔術だけ使えたんだ」
「でも、本当は、もう一つ魔術が使えたの」
「もうひとつ? いったい、なんの魔術を……?? 」
「それは、超級怨式のなかにある、“ループの業”という魔術で、……私はその魔術を、ずっと自分に掛けていた」
「ループの、業……? 」
「そう」
マトイはそう頷くと、呪いに掛かった当初のことを話し始めた。
……
約一年前、この国の調査をしていたマトイは、あるとき突然、何者かに眠らされた。
カラミの証言と合わせると、恐らく、マトイを眠らせたのは、カラミの側近の兵士のひとりだった。
近くの小屋に担ぎ込まれたマトイは、グレンフリードの力によって呪いを受けることになる。
そして、目が覚めたときには、全身が呪いの痣に覆われていた。
……エルフの国では、見た目が劣悪になった者には、容赦のない差別が待っている。
それが事故や理不尽な攻撃によるものであっても、関係がない。
エルフは見た目がすべてであり、それを損なえば、すぐさま最下層の生き物として蔑まれてしまう。
このことに、例外はなかった。
呪いを受けたマトイは、城に戻ろうとするが、入り口の門番に引き止められた。
「おい、どこへ行く? 」
「……私がわからないの? 私はマトイ。中に入りたい」
そう言うが、門番はにたりと笑って、こう言い返した。
「お前がマトイ様? バカを言え。どう見ても“忌み子”だろう。さあ、さっさとここを離れろ。でないと、叩きのめすぞ! 」
「……!?? 」
何度か見かけたことのある門番が態度を急変させたのは、マトイにとってもショックだったが、そのときのマトイに、相手をひれ伏させる力はなかった。
魔術の力は失い、腕力でもこの男に勝てそうもない。マトイは悔しさに唇を噛んだが、この状況を覆す力もなかった。
その後、門の近くを離れたマトイは、誰か頼れるひとはいないかと、城の周辺を彷徨った。
「シウさんに頼めば、なんとかなったんじゃないの? 」
そう聞くと、マトイは首を振った。
「あのころ、シウは辺境の調査に出かけていた。それも、どこだかは良くわからない。今思えば、そのあたりのことも計算に入れて、グレンフリードとカラミは私に呪いを掛けたのだと思う。とにかく、私が仲良くしていた人たちは、ことごとく城から離れて、居場所が掴めなかったから」
何度試しても、城に入れなかったマトイは、その後次々と迫害に合う。
街では石を投げられ、通りでは突然暴力を振るわれ、歩いているだけで、「薄汚い忌み子! 街を立ち去れ! 」と罵倒された。
マトイは、完全に無力だった。
魔術はほとんど一切使えず、頼れる人も誰もいない。城には入れず、両親には会うことも出来ない。
マトイはこの国を離れようと決心するが、それもすぐに挫折する。
当時のエディーガーデンの国では、すでに周囲に魔物が溢れはじめ、魔術の使えないマトイでは、到底生きていける世界ではなかったのだ。
「それ……どうやって生き残ったの?? 」
どう考えても八方塞がりなその状況に、思わず、俺はそう尋ねる。
「なんの手立てもなかった。だから、私は、そこで一度死ぬことになる」
「一度、死ぬ??? 」
「そう」マトイが頷く。「呪いに掛かって約一年が経った頃、行く宛もなく、城の裏の森で眠っているところを、何者かに襲われた。暗くて良く見えなかったけど、あれは多分、グレンフリードだったのだと思う。私は喉を搔き切られ、血を撒き散らし、そこで一度死んでいる」
「一度って……だって、マトイはまだ、ここに生きているじゃないか……」
「そう。それは私が自分自身に掛けた、超級怨式、“ループの業”があったから」
そう言うと、マトイはこの魔術について説明を始めた。
「呪いに掛かる前、私はある魔術を発明していた。その魔術は、時間を操作する高度な魔術で、発明するのにかなりの時間を要した。
“ループの業”は、その魔術に掛かった人物を、特定の時間まで戻すことが出来る。発動条件は、死。……つまり、簡単に言えば、私は、私自身に、死んでしまったら一年前に戻るよう、強力な魔術を掛けていた。……多分、よっぽど強い魔術だったのだと思う。この魔術は魔族による呪いの影響を受けなかった」
「ってことは、グレンフリードに殺されたマトイは、それから、一年前に、戻ったということ……? 」
マトイが頷く。
「……一年前は、ちょうど私が呪いに掛かったすぐあとだった。私は痣だらけの身体で、通りを歩いているところで、目を覚ました」
「……やっぱり、八方塞がりじゃないか」
「そう。……でも、少なくとも、何度でもやり直せる」
「ちょっと待って。マトイ、一体、何度やり直しているの……?? 」
一呼吸おいて、マトイが言った。
「……百回。今回で、ちょうど百回目」
マトイはそう言うと、あの強い眼差しで俺を見つめた。
そして、ふいに、遠くの景色を見つめた。
その視線の先では、今まさに夕日が沈みかかっていた。
「……これまでの99回で、グレンフリードは必ず同じ日に私を殺しに来た。……それが、今日。そして、グレンフリードはいつも、陽が落ちたその瞬間に、私を殺した」
マトイがそう言ったまさにその瞬間、地平線に日が沈んだ。
あまりに急な話に、俺たちは互いに黙っていた。
しばらく時間を置いてから、マトイが俺に振り返って言った。
「……今日この日、グレンフリードが私を殺しに来るはずだった。陽が落ちた、まさにこの瞬間に。
……でも、見て。今回、あいつはここに来なかった。あいつは今、城の牢に幽閉されているから」
そして、深々と深呼吸して、こう言った。
「ついに、……ついに乗り切った。私はやっと、この地獄を生き延びた」
「マトイ……」
……そのときに、俺はようやくわかった。
出会ったときから感じていたが、マトイの目には、いつも強靭な意志の宿った炎が煌めいている。
そして、その意志の強さは、本当に尋常なものではなかったのだ。
グレンフリードに殺されては、一年前に戻る。それを100回も繰り返し、それでも折れることなく、生きようともがき続け、そして、ついに本当に乗り切ったのだ。
「死んでは一年前に戻るを繰り返していたということは、マトイは、そんなことを、百年間も行っていたということ……? 」
そう聞くと、マトイが深く頷いた。
「そう。……私は、百年間もひとびとから迫害され、罵倒され、差別され、誰とも話すことも出来ないという生活を、し続けた」
「良く、そんな生活で、まだ生きようと思えたね……」
壮絶過ぎる話に、思わずそう零す。
だが、マトイは、そんなことは当たり前だとばかりに、力強く頷く。
「なにがあっても、私は乗り切るつもりだった。……城を離れた私は、それから、いろんなことを試した。シウを探したり、洞窟に籠もってみたり、呪われていても話してくれるひとを手当たりしだいに探したり……。そして、ループを繰り返しながら、徐々に最適解を見つけていった」
「それで、最終的に、ムルナグルの街に来ることにしたの? 」
「そう。ムルナグルの街に行ったのは、86回目からだった。城の外の荒野は魔物だらけだったけど、調査を続けるうちに、一定のエリアには魔物が現れないことがわかった。それで、安全地帯を進みながら、私はあの街に向かうようになった」
「そこで、エイラさんに出会った? 」
「そう。……でも、あのひとに会ったのは、今回が初めて。私が茂みに潜んでいるところを見つけてくれて、ご飯を持ってきてくれた。……エイラさんは優しかったけど、正直に言って、若干迷惑そうにしているのはわかった。忌み子を抱え込むなんて、多分、面倒だとも思っていたのだと思う」
あのころのマトイに、そんな背景があったなんて、俺はひとつも知らなかった。
エイラさんに連れられたあの小屋で、マトイがそんな気持ちで過ごしていたなんて、俺は知るよしもなかったのだ。
「……独りで過ごした百年間のなかで、私はしみじみと孤独を味わった。
エルフは、とことん“忌み子”に厳しい。醜いものに、差別意識が強い。
私は百年間の間、ほとんど誰とも話もしなかった。やっと話せたのが、せいぜいエイラさんだけだった。
あとの全員は、私のことをゴミを見るような目で眺めた。
でも……、ある日、あの地下室に、あるひとが現れた。
そのひとは、ほかの全員とまったく違う目で私を見ていた。
初めて会ったとき、一瞬、私の痣にはぎょっとしたようには見えた。
……でも、差別しているひとの目ではなかった。それからも、まるで痣のないひとに接するみたいに、私に接してくれた」
マトイは少し胸を落ち着かせて、こう続けた。
「私は、そのひとの冒険に付き合った。ふたりで近くの森に行き、ハングリーウルフを狩った。
……以前の私からすれば、考えられないくらい、簡単な冒険だった。
だけど、私もそのひとも、同じくらい無力だった。
私たちは必死に力を合わせて、なんとか、ザコ敵に過ぎないハングリーウルフを、ようやく一匹狩った。
そのあとで、そのひとが、私にこう言ったの。
マトイ。俺も手伝うからさ。いつかマトイの呪いも解こうよ。
……百年の間で、そんな言葉を言ってくれたのは、その人だけだった。誰一人、そんな優しい言葉を掛けてくれたひとはいなかった」
マトイは俺を見つめると言った。
「そのひとが、ピギー、あなたよ。
……正直に言えば、ピギーといることで、呪いが解けるなんて、考えても見なかった。私がループしたなかでピギーに出会ったのも、これが初めて。……すべては偶然だった。ピギーに会わなければ、私は今もあのループ世界に幽閉されたままで居たと思う。
……ピギー、私が以前言ったことを覚えてる? 私にとって、あなたは特別。百年間のなかで、この世界にあなたみたいなひとはひとりもいなかった。唯一、優しかったのはあなただけ。だから、ピギー、自分のことを下らないだなんて、言わないで。
私が見てきたこの百年間で、あなたほど特別なひとは、ひとりもいないのだから」
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