婚約
グレンフリードを拘束した俺たちは、一旦城に戻った。
王や王妃たちを集めて、俺たちは彼らにこれらの事情を詳しく話して聞かせた。
エディーガーデンの国に魔族が侵入し、カラミと共謀してこの国の転覆を図っていたという事実は、彼らにとってかなりの衝撃らしかった。
「そ、そんなことが……」
と王も絶句していた。
「カラミ、お前、本当にそんなことをしたのか……? 」
観念してすっかり大人しくなっているカラミは、うなだれてこくり、と頷いた。
……その後、カラミは事情聴取を受け、より詳しい内情を話した。
カラミがマトイに呪いを掛けた(その手助けをした)というのは確からしいが、やはり、ユウリス渓谷の壁に関してはなにも知らないようだった。
実の妹を罠に掛けようとしたのだから、許されることではないが、魔族にうまいように利用されたことを考えると、カラミへの同情を抱く者も多かった。
兵士のひとりに事情聴取の行方を聞くと、おそらくは多少情状酌量されるだろうという話だった。
「ただ、少なくともカラミ様は、もう王妃にはなれないでしょう」
「こんなことしたんだから、そりゃそうか……」
「……」
いろいろと思うところがあるのか、マトイは黙って聞いていた。
……
夕方になって穏やかな風が出てきたころ、王が、俺たちのいる会議室を訪ねてきた。
「マトイ、ピギーくん、少し良いか」
そう言うと、王は城の裏手にある小さな湖の畔に俺たちを呼び出した。
「……マトイ、今回の件は、本当に申し訳なかった」
大きな古い木のしたで、王がそう言った。
「気にしていない、……というと嘘になるけど、大丈夫です。仕方のないことです」
「お前が呪いにかかったときも、私たち親は、なにもしてやれなかった……」
「それも、仕方ありません。エルフたちは、“忌み子”に厳しい。……呪いに掛かったとき、私は、お父様にも、お母様にも、お会いできませんでしたから……」
「……ふむ」
王は俯き、湖の澄んだ水を見つめた。
「……私は、もうじき王の座を退こうと思っている」
ふいに、王が言った。
「今回のことで、自分の体力の限界を感じた。病に伏していたせいばかりではない。私はもう歳なのだ。家族を守れないようでは、国を守ることも出来んだろう」
「……そんなこと、ありません」
マトイはそう言った。だが、その口調はかすかな諦めを含んでいる。
「……本来であれば、カラミが王妃の座を引き継ぐはずだった。だが、今回の件で、カラミにその能力はないと確信した。そうなると、マトイ、お前がこの国の正式な王位継承者となる。わかるな? 」
「はい、わかっております」
「……その覚悟はあると、そう思って良いのだな? 」
「……はい」
静かに、マトイがそう答える。
「……マトイ、私はお前に、正式な婚約者を持ってもらいたい。出来れば、私にとっても信頼できる男と、ふたりでこの国を治めて欲しい」
「……はい」
「その婚約者として、私はピギーくんを推したい。マトイ、本人の前で言いにくいかも知れないが、嫌なら嫌と言ってくれ。どうだ。ピギーくんと結婚するのは嫌か? 」
マトイはしばらく黙っていたが、顔を上げて言った。
「いいえ。お父様。私は、ピギーが好きです。その、……生涯、一緒にいたいと、そう思っています」
言っているうちに恥ずかしくなったのか、マトイの耳が、みるみるうちに赤く染まる。
「……そうか。それを聞いて私も安心した。どうだ、ピギーくん、君の方では? 」
「ぼ、ぼくも……! 」
と、若干どもりながら、俺も答える。
「……マトイのことが好きです。結婚してくれるなら、一生、一緒にいたい……! 」
王は、しみじみした顔で俺たちを眺めていた。
「そうか……」
と言うと、急にぽろぽろと涙を流し始めた。
「……いや、もう、嬉しいなあ、まったく」
と、突然あられもなく泣き始めた。
「いやもう、父親として、こんな嬉しいことはないよ、ほんとに……」
嬉しいのか、悲しいのか、笑ったり泣いたりしながら、王が顔を拭っている。
「じゃあ、正式に、ふたりは婚約者ということで良いね? 」
若干気を取り直して、王が言った。
「……はい」
とマトイが答える。
「よろしい」
と王が頷いた。
(マトイと、正式な婚約者か……)
(そして、俺はいずれ、この国の王になるのか……?? )
俺は急に、事態の急速さに慌て始めた。
(この世界にやってきて、修理士だと――無能職だとばかにされ、それが、あれよあれよと言う間に、マトイと婚約、そしてこの国の王になることが決まっている……)
(……だめだ、話の展開に、ついていけない……)
そんなくらくらした気持ちでいると、
「……ですが、お父様。ひとつお願いがあります」
マトイがそう言った。
「なんだ、言ってみろ」
「ピギーと結婚するのは、異論はありません。いずれ、この国をふたりで治めることにも、反対はありません。ですが、その日は、もう少し先にして欲しいのです。お父様には、もう少し頑張ってもらいたいのです」
「……なぜだ? 」
「それは……」マトイが少し考えて言った。「グレンフリードのことがあるからです。……魔族たちは、どうやらなにかを企んでいる気がします。それに、この国に魔物が押し寄せてきた根本原因である、精霊の樹のことも気がかりです。精霊都市で、なにか異変が起こっているような気がしてならないのです。……世界が混乱しつつあるなか、私達だけが幸せになるわけにはいきません。もっと調査して、もっと世界のために、尽くしたいと思います」
マトイはそう言い終わると、最後にこう言いたした。
「ピギーと一緒に……」
そして、微かに赤らんだ頬で、ちらりと俺の方を見る。
俺も照れつつ、こくりと頷く。
……マトイの言うように、ティスタさんたちの向かった精霊の樹でなにが起こっているか、俺も確かめたかったのだ。
……俺が頷き返したことが嬉しかったのか、マトイが、俺の指先を握った。
それが可愛くて、思わず、俺は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
横を見ると、マトイの顔は、俺よりさらに赤くなっている。
それが可笑しくて、俺はくすっと笑った。
すると、マトイも、恥ずかしそうにではあるが、少し笑っていた。
「そうか……」
王は、足元の小石を拾い、それを湖に投げつけた。
「……マトイ。お前が生まれたとき、“原初の魔術士”だと聞いて、私は心の底から嬉しかった。……お前と違い、私には大した才能はない。そんな私のもとに、お前のような天才が生まれて来ることが、信じられなかったくらいだ。
……だが、お前は、その才能に溺れることなく、立派に成長してくれた。多分、お前は、私には想像もつかないような、偉大なことを成し遂げるのだろう」
すると、王は立ち上がって言った。
「行っておいで、マトイ。お前が帰ってくるのを、いつでも待っているよ」
そして、俺に頷くと、こう付け足した。
「ピギーくん、君にはいろんなことで感謝している。この国を立て直してくれたこと、魔族の陰謀から救ってくれたこと、マトイを、呪いから直してくれたこと……。君には、いくらお礼をしても、し尽くせない。……だが、そんな君だからこそ、私は娘のことを安心して任せられる。どうか、マトイをよろしく頼む……! 」
そう言うと、王は深々と俺に頭を下げた。
……そのとき、俺の手をマトイが強く引いた。
「……? 」
その力に促されて、マトイを正面から見下ろすと、マトイが俺の両手を握った。
そして、その両手を静かに引張り、俺を屈み込ませた。
「……どうした、マトイ? 」
マトイは、ほんの少し背伸びをすると、目を瞑り、俺にキスをした。
「〜〜〜!?! 」
それは、初めての感触だった。
柔らかくて、すべすべしていて、果物のような甘い匂いがした。
「……ピギー、ずっと好きだった。婚約してくれて、ありがとう。これから、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそっ……!? 」
まだキスの衝撃に呆然としたまま、俺はそう頭を下げた。
するとマトイは真っ赤になった顔で、目を潤ませて、俺を見つめたまま、こくりと頷いた。
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