緑
この日、城下町の中央広場には、大量の食材が運び込まれていた。
国民たちには予め通達しておいたおかげで、すでにかなりの人数の民衆が集まっていた。
「さあ、さあ、皿を持って並んでくれ! 食料はいくらでもある! 好きなものを選び、好きなだけ食べてくれ! 」
兵士のひとりが、料理用のおたまを掲げて、そう叫ぶ。
俺の修理スキルに“浄化”の効果が発動したおかげで、今まで城に溜め込んでいた魔物の死骸が食えるようになったのだ。
……あとで聞いたところによると、国民たちが肉を食うのは、実に一年ぶりのことだったらしい。
それだけに、この催し物は大成功だった。
民衆はこぞって集まり、満面の笑みを咲かせ、口々にこの日の幸せを笑いあったのだ。
「ピギー様、ぜひ、おひとつどうぞ! 」
いつの間にか、屋台で手に入れた牛串のようなものを持って、ムラサミが隣に来ていた。
「俺は良いよ。みんなに食べてもらおうよ……! 」
「いえ、ピギー様がひとつ食べたくらいでは、到底なくならないほどの食材が余っております。それに、エディーガーデンの料理と言えば、もともと古今東西にその名が響くほどの、絶品と歌われておりました。本日の料理も、すべて名うての料理人が拵えたものばかりです。ぜひ、これを! 」
「そ、そう……? 」
ムラサミの熱意に押されて、その料理を食べてみた。
「う、うまっ!! 」
思わず、驚いてそう叫ぶ。
「そうでございましょう! 」
とムラサミもにやりとする。
「ほ、ほんとうに美味いよ。なにこれ……! 」
「手に入れた肉を丁寧に炭で焼き、この国で採れる特殊な岩塩をまぶしたものでございます。下味はハーブを付けており、古酒で臭みを飛ばしているので、……絶品であります! 」
「すごいよ、こんな豊潤な旨味、味わったことない……! 」
「……料理人の腕前が素晴らしいのもあるのですが、さっきシェフのひとりに聞いたところによると、ピギー様の運んだ食材が大変素晴らしいものだと話しておりました! 」
「ああ、確かに、そうかもね……」
考えてみると、俺は魔物の死体を修理し、浄化したのだ。
死体としては“新品”と同様の鮮度に戻るし、傷による劣化も消え失せる。
そうなると、食材としてはかなり良い部類のものになる。
とすれば、当然、その肉は美味いに決まっていた。
「ピギー様、御覧ください。集まった民衆たちは、みな誰もが、涙ぐむほど喜んでおります! 」
そう言うムラサミ自身が、目に涙を浮かべていた。
確かに、こんなに嬉しいことはなかった。
いつの間にか、この広場は夏祭りのような騒ぎになっていて、みんな、かつての不幸を忘れてくれているかに見えたのだ。
「ピギー様、食事が終わったら、城の高台に来て下さい。見せたいものがあります! 」
民衆を眺めている俺に、ムラサミが言った。
「見せたいもの……? なんだろう」
「はっ、ピギー様はこのところ、ドワーフの方々と、補給部隊の整備につきっきりであったようでございます! ですから、あの景色もまだ知らないかと思うのです! 」
「……?? 」
なんのことかわからずに首を傾げると、
「……楽しみにしていて下さい」
とムラサミが微笑んで、丁寧に頭を下げた。
……
一度自分の部屋に戻り、食事を取った。
いつの間にか国の立て直し役をしていたから、俺は食事は質素を心がけていた。
国の中枢にいる人間が、あまり豪勢な食事を取るべき出ない気がしたのだ。
まして、国民たちが飢えかけているというのに。
……もっとも、シウやムラサミは良いものを食べてくれ、と必死に食事を勧めてはくれたが。
約束してあった通りに、城の高台に向かった。
すると、そこにはすでにムラサミが来ていた。
「おお、ピギー様、来られましたか! 」
「それで、見せたいものって、なんなの、ムラサミ? 」
「はっ、これでございます! 」
そう言うと、ムラサミは右手で高台から見える風景を指し示した。
そこには、一面にエミルの農場が広がっていた。
高台から見える360度の風景が、見渡す限り、地平線にまで、延々と緑に染まっていたのだ。
「すごい……いつの間に、こんなに広がっていたんだ……」
「はっ、すでに、この国のプラント士は100人を越えております! 農場は今も拡大を続けており、エミルの実は採れ続けております! 」
確かに、あれからも“プラント士”の結晶は採れ続けていたのだ。
俺は別の仕事で忙しかったから、農園管理に関しては、シウとムラサミに委託していたが、
「ここまで進んでいたなんて……! 」
(やばい……)
ぐっと、涙が込み上げてくる。
(泣いちゃう、……やばい……)
とそう思ったとき、
「ぐおおおお! 」
と、突然怒声を上げて、ムラサミが泣き始めた。
「ここまで緑が回復するなんて、このムラサミ、感動であります! 嬉しい、私は、心底、嬉しい……!! 」
と、俺が見ているのもはばからず、ムラサミは男泣きを始めた。
確かに、泣きたくなるほどの、圧巻の風景だった。
この国に来たとき、エディーガーデンには緑が全く見当たらず、見渡す限りが荒野に覆われていたのだ。
……それが、今や、この高台から見える風景は、完全に緑に染まっている。
俺は、マトイが以前言っていたことを思い出した。
エディーガーデンの国は、もともとは緑豊かな国だった、という言葉を……。
「うおお! ぐおっ、ぐおおお! 」
熊のような声で泣いているムラサミを見て、無理もないのかもしれない、と俺は考えていた。
多分、もともとこの国に住んでいる彼らにとっては、この緑豊かな風景は、この国の“本来の姿”なのだ。
そんな“本来の姿”を取り戻したことに、心の底から感動しているのだ。
「ピギー様、現在プラント部隊では、エミルの実以外の作物も続々と植えております! 」
「そうか、エミルの実以外も植えられる余裕が出来てきたんだね」
「はっ、それどころか、食糧問題に関しては、事実上、克服したかと思われます! 」
「そうか、ついに、食糧問題は解決、か……! 」
「それだけではありません、あちらをご覧ください! 」
俺はムラサミの指し示す、西の方角を眺めた。
そこは本来、大量繁殖した魔物によって倒壊した、瓦礫地帯だったのだ。
……だが、そこに、密集して、約5,60件軒ほどの緊急避難施設が建てられていた。
「孤立した村から救出した国民たちを、あそこに住まわせております。……そしてこの間も、続々と救出作業は続けられております……! 」
「そうか……」
いよいよ、俺はこの国が建て直って来たことを実感した。
土地は快復し、飢えは克服し、住む為の家屋は増え続けているのだ。
(突然任されたこの立場だったけど……)
(俺にも少しは、この国の――マトイの故郷の――役に立てたのかな……)
俺はしばらく、ひとりで、そんな感慨に耽っていた。
……
そしてその夜、久しぶりにマトイと“思考共有”で話をした。
――マトイ、久しぶり。そっちはどう? ――
――うん、調査はかなり進んで、私たちは今、北にあるユウリス渓谷に来てる――
――魔物の大量発生の原因は、わかったの? ――
――……うん。大体のところは……。それについては、帰ったら話す。それより、そっちはどう? 復興は、進んでる? ――
――少しは、進んだかな……。そうそう、今日ちょうど、食糧問題は解決したよ。エディーガーデンの国民は、もう飢えには苦しまないと思う――
――ほ、ほんと……!? ――
耳元に、マトイの喜びの声が響く。
――本当だよ。マトイも、きっと驚くよ。今は、この国の土地は緑に染まっている――
マトイが、驚いて、沈黙するのが伝わってくる。
それから、
――ピギーなら、やれると、信じてた……――
ぽつりと、マトイが言う。
――ピギーは、人の上に立つのが、向いてる。……自分で気づいていないみたいだけど――
――そんなことないよ。毎日が、いっぱいっぱいだよ……! ――
俺は、慌てて否定する。心底、自分にそんな能力はないと感じていたのだ。
――ううん。ピギーは、そういうのが、向いてるよ。みんな、ピギーなら、信頼してくれる。ピギーなら、きっとどうにかしてくれるって……――
――あ、ありがとう……――
ほかのひとに言われるとにわかに信じがたいのだが、マトイにそう言われると、俺は心の底から嬉しかった。それに、恐る恐るではあるが、自分への自信にも繋がった。
――明日、そっちに戻るよ……――
マトイが、少し嬉しそうな声で、そう言った。
――え、ほんと!? ――
そして、
――うん、早く、会いたいな……――
とマトイが呟いた。
――お、俺もだよ。早く、マトイに会いたい……――
そう言ってから、自分たちがなにを言っているか、唐突に自覚した。
思わず、顔が真っ赤になる。
――まるで、十年もピギーに会っていないみたい――
マトイが、ぽつりと言う。
――明日、楽しみにしてるね――
――うん、俺も、楽しみに待ってる……! ――
こうして、マトイとの久しぶりの“思考共有”を終えた。
マトイの声が聞こえなくなっても、俺はしばらく、その声の懐かしさのなかに、浸っていた。
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