奇跡の
ある日のことだった。
俺は天井から注ぐ陽の眩しさで目を覚ました。
(天井から、陽……? )
(俺は、外で寝ていたっけ……? )
猛烈な違和感を覚えて目を開くと、そこには巨大な青蛇が俺を見下ろしていた。
「シュルルルル、シュルル……」
細く長い舌を出し入れしながら、青蛇はじっと俺を見ていた。
「え、……まさか、アオ……? 」
呆気に取られながらそう問うと、
「シュルル……! 」
と心做しか嬉しそうに青蛇が身をくねらせた。
(ちょっと待ってくれ……)
(昨日まで赤ん坊だったのに、どうしてこうなった……? )
天井が突き破られたことで、早くも宿の一階では騒ぎが起き始めていた。
(かなり騒動が大きくなってきている……)
(巨大な青蛇が町中に出たとなると、大騒ぎじゃ済まないぞ……)
内心でそう焦っていると、
「……アオ。やっちゃったの? 」
とマトイが目を覚ました。
「マトイ。起きたか」
「……アオ。ずいぶんおっきくなったね」
「そんな呑気な……。どうしよう、宿の主人たちが来ちゃう」
「……アオ。ちっちゃくなって」
マトイがそう叱りつけると、アオは一瞬シュンとなり、それから、シュルシュルと身を縮め始めた。
天井を突き破るほどの大きさだった青蛇は、みるみるうちに小さくなり、部屋の真ん中で6才児ほどの幼児へと変化した。
「……蛇になっちゃ駄目って言ったでしょ。めっ」
とマトイが叱りつけている。
「……はぁい、ごめんなたぁい」
と若干舌足らずに、いつの間にか話せるようになっているアオがそう項垂れた。
「マトイ、アオが大きくなれること、知ってたの? 」
「……うん。何度か変化してたから」
「俺の知らない間に、そんなことがあったのか……」
「ピギー、それより、天井、直した方が良い」
「た、確かに……! 」
俺は慌ててベッドから起き出し、木っ端微塵に吹き飛んだ天井と壁に修理スキルを当てた。
一瞬にして、宿が元の形に復元する。
「ピギーさん、ちょっと開けますよ。良いですか! 」
とちょうどそのとき、店の主人が俺たちの部屋のドアをノックした。
中からドアを開けてやると、
「なにかが天井を突き破って……、あ、あれ……?? 」
と、綺麗に復元された天井を見て店主は呆然としていた。
(危なかった……)
(もう少しで全部見つかるところだった……)
「ゆ、夢でも見たのか……?? 」
と、店主は不思議そうに部屋を見渡して出て行った。
……
店主が去ったあとで、人型に戻ったアオと少し話をした。
「アオ、話せるようになったんだ……」
「はあい、すこし、はなせます」
と言って、アオがぺこりと頭を下げる。見た目はすっかり人間の女の子らしくなっていた。
「青蛇の女王って、人間の形にもなれるんだ……」
「はあい、なれまあす」
とアオが舌足らずに答える。
「聞きたいんだけど、蛇には、成らずにいられないの? 」
「ごしゅじんたまが、やめろっていうなら、やらないですう」
と可愛い顔で、一生懸命アオが話す。
「ご主人さまが、やめろっていうなら、やらない、と言ってる」とマトイが通訳する。
「い、いや、なんて言ってるかは、わかるよ」
と言うと、マトイがこくりと頷いた。
「ていうか、ご主人さまって、俺のこと……? 」
「はあい、ピギーたま、ごしゅじんたまですう」
(ご主人……)
(いつの間にそんな立場に認定されたんだろう……)
(マトイが以前、青蛇の女王は強い者に使役する習性があると言っていたが……)
「それって、つまり、俺に使役されたいってこと……? 」
と聞くと、
「しえきはあ、ちゃんとした、ぎしきがあ、いりまつ」
「そ、そうなの? 」
「はあい。でも、ごしゅじんたまは、ごしゅじんたまですう。あたしが、そう、はんだんしましたあ」
「……だそうです」となぜかマトイも敬語になって頷いた。
「そ、そうか……」
と俺はなにか猛烈に疲れを覚えながら答えた。
(なんかいろいろと良くわからないが……)
(とにかく俺に危害を加える気はないようだ……)
「じゃ、じゃあ、とにかく、もうおっきくならないでね」
と言うと、
「はあい。ごしゅじんたまのめいれい、うけたまわりまちたーあ」
と舌っ足らずに俺の命令は受託された。
(なんだろう……)
(なにか、ものすごく疲れる……! )
……
その後、俺はギルドに顔を出してフリューゲルさんとティスタさんで軽い会議を行った。
エフィーさんのパーティー【茜の三姉妹】に結晶を受け渡したことは伝えたが、それとは別に、さらに二組のパーティーに結晶を渡すつもりだったのだ。
フリューゲルさんとティスタさんが提案してきたパーティーはこのふたつだった。
【鉄の剣先】と【丘の三兄弟】だ。
【鉄の剣先】のパーティーは火力はそこそこあるパーティーなのだが、パーティーの三人が全員剣士という脳筋の集まりだった。
「あいつら、実力はあるんだが、バランスが悪いんだ」
「回復薬がいないのが致命的だよね」とティスタさん。
「そう。それで、冒険のたびにポーションを買い占めている。おかげで、ちっとも資金が貯まらない」
「……それなら、ポーション生成の結晶をひとりに喰わせたらどうです? 」
と言うと、
「……そんな結晶もあるのか……? 」
とフリューゲルさんに呆れられる。
「だけど、それで【鉄の剣先】の問題はかなり片付くんじゃない? 」
「確かにな……。冒険は、かなり楽になるだろう……」
とフリュゲールさんは唸っていた。
それから、【丘の三兄弟】の問題はもう少し複雑だった。
このパーティーはヒーラー、魔術士、弓士で結成されていたが、今度は肝心の火力が不足しているのだ。
「魔術士と弓士の火力がちょっと弱いんだよな……」
「そうね。せめて、タンクがいれば、遠方からちまちま攻撃して敵を殲滅出来るんだけど……」とティスタさんが頭を抱える。
「じゃあ……」
と、俺はこのパーティーに装備重量増大(小)と、魔術量増大(小)、攻撃力増加(小)の結晶を受け渡すことを提案した。
「装備重量増大をヒーラーに喰わせるんです。そうすれば、タンクも出来るヒーラーになる」
「……ほお」とフリューゲルさん。
「それで、魔術士と弓士の火力は魔術量増大(小)と攻撃力増加(小)の結晶でそれぞれ増加させる。そうすれば、彼らでも十分敵と戦えるようになる」
「……いけるな」
とティスタさんが身を起こして呟く。
「確かに、それなら、見えるな……」
とフリューゲルさんも納得していた。
後日、二組のパーティーに結晶を受け渡し、秘密を保持するよう念押ししておいた。
それから数日経ってフリューゲルさんに様子を聞きに行くと、
「ピギー! お前の助言と結晶のおかげでかなり順調だよ! 」
とフリューゲルさんは目に見えて喜んでいた。
「良かった。上手く生活が回るようになったんですね? 」
「回るどころか、今じゃ二組とも有望な成長株だよ。ほかのパーティーたちにも注目されている……! 」
それから、フリューゲルさんがこう付け足した。
「そうそう、それと、エフィーのパーティーだが、Bクラスにランクアップしたそうだ」
「え、もう、ですか……? 」
「ああ。破竹の勢いだよ。こないだまでEだったからな。あいつらも一気にランクを駆け上がっている」
「そ、そうですか」
「……今じゃこのギルドがこの国で注目の的だよ。次々と冒険者達が成長しているってな。……特に、“奇跡のピギー”を筆頭にな」
「奇跡のピギー……? それって、僕のことですか……? 」
「なんだ、知らなかったのか? 今じゃ国中で噂になっているぞ。次々と冒険者の怪我を治して回っている、不思議なスキルを持ったピギーと呼ばれる冒険者がいるってな。そいつはなんでも、奇跡のように失くなった身体を元通りに治すんだとさ」
「いつの間に、そんなことを……」
と呆気に取られていると、
「それと、本部から正式にお前のランクアップが認められた。おめでとう、ピギー。今日から【子豚】はAランクだ」
そう言うと、青蛇を倒したクエストの報酬として、フリューゲルさんが金貨150枚をカウンターの上に置いた。
「さあ、受け取れ、ピギー。お前はもう、有能な冒険者だよ」
フリューゲルさんはカウンターから身を乗り出し、子どもの成長を喜ぶ父親のように、俺に向かって優しく微笑んだ。
現在のステータス
愛称:奇跡のピギー
ギルドランク:A
種族:人間
同伴者:マトイ(忌み子)、アオ(青蛇の女王)
所属ギルド:ハングリー・バグ
パーティー名:【子豚】
所持金:金貨290枚、銀貨46枚
所持品:クレイモア、ブロードソード、バタフライナイフ
ラージクラブ
爛れ馬の結晶×15 尻尾×15 胃袋×15 肝×15
不気味花の結晶、花びら×45 雄しべ×45 雌しべ×8
腐り木の結晶×15
青蛇の結晶×1110 肝×1255
所有スキル:修理士、ポーション生成、調合、魔術フレア
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