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売買

 

 


 店のドアを開き、なかに入るだけのことなのだ。

 だが、そのことに――正直に言って――ものすごく躊躇していた。

 

 これまで俺は、ここに来るまでに「嫌な顔」をされ続けてきた。

 「なんて醜い顔だろう」と目を逸らされ、ひそひそと悪口を言われ、軽蔑した目を向けられてきた。

 さすがの俺でも、美男美女しかいないこのエルフの国で、自分が異質な存在だということはわかっている。

 だが、ここで躊躇しているのはそれが理由ではない。というか、「それだけ」ではない……。

 

 「そのうえ」俺は、死体から装備を奪ってきたのだ。

 武器屋の店主がそれを知るはずはないが、俺はそのことが疚しくて仕方ない。

 もしそんなことがバレたら、もっと嫌な顔を向けられるのは目に見えている。

 しかも今度の軽蔑は、俺の「見た目」ではなく、「内面」を疑われるのだ。

 「こいつ、死体から装備を拾って来やがった、なんてクズやろうだ……」

 と思われるに違いないのだ。

 ……そうなったときの心理的なダメージは、容姿を蔑まれるより、遥かにきついものがある。

 ……そのことに俺は耐えられるだろうか。

 俺の心は、今にも折れ掛かっていた。

 指でそっと押しただけで崩れるくらい、ぎりぎりのバランスで今を保っている。

 

 (逃げて、しまおうか……)


 そう思い、さすがにハッとする。

 

 ここで逃げたら、もうこの世界で生きていけないのだ。


 昼間遭遇したウルフのときと同じくらいの緊張感で、俺はそっと店のドアを開いた。


 

 ……



 店のなかはエルフの店主がひとりいるだけだった。

 店内は明るく、こじんまりとしている。

 

「いらっしゃ……」

 そう言いかけて、店主が俺を見て、黙る。

 これも、いつもと同じ反応だ。

 明らかな「絶句」。

 そんなにも俺の顔は醜いのだろうか。

 ――いや、たぶん、それくらいに醜いのだ。

 こんなにも美男美女しかいないこの国では。


 「すいません、これ、売りたいのですが……」

 そう言って、ごとり、とカウンターに拾ったブロードソードを置いた。

 店主は黙ってそれを受け取ると、しげしげと眺めた。

 (なにも言わないな……。そういうものだろうか……)

 

 「お兄さん、これをどこで……? 」

 店主がやっと、そう口を開く。

 やばい。

 その質問に対する答えを用意していなかった。

 考えてみれば、そう聞かれるのも当然のことだ。

 なのに、なにも考えずに剣をカウンターに置いてしまった。

 昔から俺にはそういうところがある。

 くよくよと考えすぎる反面、常に準備が足りないのだ。

 そういう自分がまた、猛烈に嫌になる。

 この世界ではもっと慎重に行動しないとな。

 

 「あの……、森のなかで拾ったんです。その、そういうのって、良くないですかね……」

 正直にそう聞いてみた。

 というか、それしか思いつけなかった。

 「……」

 店主は再び黙り、剣に魅入っている。

 それから、やっと口を開いた。

 「褒められたことではないでしょうね。まあ、うちとしては、売ってくれるって言うなら、どこから持ってこようが、あれこれ言いませんよ。仮に死体を剥いで来たって、いちいち文句は言いません」

 「まあ、個人的にはそういうやつは気に入りませんが」

 ……多分バレているのだろう。

 軽い嫌味を言われたのだと思う。


 だが、買ってくれさえすればあとはなにを言われても良い。

 「それで、いくらぐらいになりますか」

 「……結構ものが良いんですよね。まるで新品みたいだ」

 「これなら、銀貨三枚で良いですよ」


 (銀貨三枚……。そう高くはないが……)

 「じゃあそれで。お願いします」

 銀貨一枚で食事付きの宿に一泊泊まれるから悪くはない金額だった。

 とにかく、これで三日分は宿と飯を確保出たのだ。


 店主がカウンターに銀貨を三枚置く。

 がっつかないよう気をつけながら、それをポケットにしまう。

 (よし……この世界に来て初めて、自分の手で金を稼いだぞ……)

 そのことが普通に嬉しい。

 よく考えたら元の世界でもバイトもしたことないから、人生で初めての収入だった。


 「お兄さん、……この品質のものが定期的にもってこれるなら、うちで融通するよ」

 融通、……どういう意味だろう。

 多少は金額を多めに払ってくれるということだろうか。

 “品質”に関して言えば、俺のスキルを使えば良いだけのことだから、自信がある。

 問題はこの次も生きて戻ってこられるかだ。

 「わかりました」

 とだけ答えた。

 「じゃあ、次も見つけたら、ここに持ってきます」

 「ああ。頼むよ」

 店主はにこっと笑った。

 ここに来て初めて向けられた笑みだ。

 それだけで、膝から崩れ落ちそうになるほど嬉しい。

 ちょっとだけ涙がこみ上げた。

 それを見られたくなくて店を出た。


 

 

 宿に向かい、一泊分の金を払い、飯を食った。

 

 (ふう、やっと、眠れる……)


 この日はこうして眠りについた。




 現在のステータス


 愛称:ピギー

 職業:修理士

 所持金:銀貨二枚




 

 


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