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 「本当に、治せるんですか……? 」

 

 と呟いたのはユリだった。


 俺たちはティスタさんのパーティーとフリューゲルさんの6人でギルドのなかで話していた。

 

 「とにかく試してみます。ユリ、じっとしていて下さい」

 「は、はい……」

 神妙な面持ちでユリが右側の肩を露出させる。


 (ユリは右手の指が二本ない……)

 (失くなったのも一年前のことだから、すでに傷には見えない……)

 (切断面も完全に皮膚になっている……)


 「ほ、本当に治るのか……? 」

 とフリューゲルさんが顔を近づけてくる。

 「洞窟のなかでマトイの古傷が治ったんです。だから、もしかしたら……」


 話しながら俺はユリの右手に“修理スキル”を当てていった。


 ……すると、右手の皮膚の表面がぐじゅりぐじゅりとうねり始めた。

 

 「なにか、来た……! 」

 ユリが驚いてそう呟く。

 「じっとして下さい」

 俺はそう制する。


 ぐずり、ぐずり、ず、ずず……、

 

 という音を立てて、ユリの右手に徐々に指が生えてきた。

 

 「んっ、くっ……、あ、あぁん……」

 

 とある種の悦楽があるのか、ユリが俯いて呻いている。


 「あと少し……、じっとしていて下さい……」


 ユリは耳まで顔を真っ赤に染め、苦しそうに必死に何度も頷く。

 身体もびくびくと震え、額には汗が浮かんでいた。


 「こ、これ……、んっ、なんか……、あっ、気持ち、良い……」


 とユリが耐えられないというように声を漏らす。


 一気に生えてきた指は、指先まで完全に復元すると、ぴたりと動きを止めた。

 

 「んんっ……! 」

 

 最後に、びくりと跳ねるようにユリの身体が揺れた。



 ギルド内にしいんとした静寂が張った。


 「治った。本当に、治った……」


 俺の隣に立っていたフリューゲルさんが思わずそう呟く。


 「しん、じられない……ほんとに、生えてる……」


 と生えてきた自分の指を見つめてユリが呟く。

 

 「本当に私の指……。動く、ちゃんと動く……! 」

 

 感激したユリがその指を、まるでトロフィーのように高く掲げた。

 

 「もう、二度と戻らないと思っていたのに……」


 愛おしくて仕方ない恋人を見つめるように、ユリが自分の指を見つめたままそう呟いた。


 「良かった。やっぱり、古い傷でも治せるようになってるんだ……」

 

 喜ぶユリを眺めながら、俺はそう呟いた。


 

 ……


 その後、同じ要領でキースさんの失われた右腕も治してあげた。

 

 「すごい、本当に生えてきた……」


 と完全に元の形に戻った右腕を見つめてキースさんが感嘆していた。


 「信じられん……。こんなの、本物の奇跡だ……」

 俺の肩に手を置いたまま、フリューゲルさんがそう呟く。

 「奇跡じゃありませんよ。ただの固有職スキルです」

 と俺は微笑んで言った。

 「こんな日が来るとはな。傷を負ったキースやユリが、再び元の身体に戻って冒険に出られる日が来るなんて。……考えてもみなかった」


 よほど深い思い入れがあるのか、フリューゲルさんははしゃぐように喜ぶキースさんとユリを見つめて、そう感慨に耽っていた。


 (みんな、本当に喜んでくれている……)

 (これだけ喜んで貰えると、俺も嬉しい……)


 (今なら、胸を張って言えるかも知れない……)


 (最初は嫌だったけど、この固有職、“修理士”が俺のスキルで、本当に良かったと……)


 

 ガタッ。


 と、そのとき、突然黙ってこの状況を見ていてたティスタさんが席から立ち上がった。


 と、そのままドタドタとギルドの外に出ていき、勢い良くドアを閉めた。


 「お、おい、ティスタ! 」

 とフリューゲルさんが声を掛ける。

 だが、その声にもティスタさんは反応しなかった。


 (な、なんだ……? )

 (もしかして、俺に怒ってるのか……? )


 (なにか、マズイことをしたのかな……)


 

 「あいつ、表にもいないぞ。なんなんだ? 急に飛び出して……」

 表を見に行ったキースさんが戻ってきて言う。

 すると、フリューゲルさんが深い溜め息をついた。


 「……あいつの気持ちは俺にはなんとなくわかる。……ピギー。済まないが追いかけてやってくれ。今のあいつには、多分お前が必要なんだ」

 「ぼ、僕ですか? ……だけど、どこに行ったか、場所もわかりませんよ」

 「多分あそこだろう」

 そう言うと、フリューゲルさんはこの街にある高台の丘の場所を教えてくれた。

 ティスタさんは、多分そこにいるだろうと言うのだ。


 「あいつの話を聞いてやってくれ。悪いなピギー。なにからなにまで」

 「は、はあ……」


 今いち釈然としない気持ちのまま、俺はフリューゲルさんに教わったこの街の丘に向かった。



 ……



 「ピギー」

 教わった丘に着くと、本当にティスタさんがひとりで地面に腰を降ろしていた。

 ティスタさんの視線の先に、真っ赤な夕日が落ちていた。

 「ティスタさん、どうしたんですか、急に飛び出して」

 ティスタさんはほんの微かに笑みを浮かべて、黙ったまま俺の方を向いた。


 (ティスタさん……、目が微かに潤んでいる……)


 (もしかして、泣いていたのか……? )


 

 「ピギー。こっちにおいで。隣に座りなよ」

 「は、はい……」

 

 「ピギー、私ほど馬鹿な冒険者はいないよ」

 前を向いたまま、突然ティスタさんが言った。

 「まさか。ティスタさんは、すごい冒険者です。少なくとも、僕にはそう見えます」

 「そう? ……だけどね、ピギー。それはピギーが私の良い部分しか知らないからだよ」

 「……どういう意味ですか? 」

 「……あの二人が傷を負ったのは私のせいだなんだよ」

 「ふたりの傷が、ティスタさんの、せい……? 」


 真っ赤な夕日に染まったティスタさんの顔が、こくりと頷いた。



 ……そして、ティスタさんは一年前になにがあったかを話してくれた。

 

 ティスタさんはもともと、この街の大手ギルドに属していた副リーダー長だったという。若くして冒険者としての才能を認められ、複数のパーティーを掛け持ち、月に膨大な数のクエストをこなしていた。

 だが、大手ギルドに属す有能な冒険者はティスタさんだけではなかった。

 若くして才能のある新人や、時には転生者も現れる。


 「あのころの私は成績のことしか頭になかった。仲間のことも、友人のことも目に入らなかった」

 

 ティスタさんがそう呟く。まるで、遠い昔の物語を話すように。


 あるとき、ライバルのパーティーに差を付けられて焦ったティスタさんは、自分の抱えるパーティー全員を引き連れて、とある難関クエストに挑んだのだという。


 「事故、というか、私の不手際は、そこで起こった」


 そもそもが全員の力不足だったのだ。

 そのクエストを達成するには、関わった冒険者全員の能力が不足していた。

 ダンジョン内で魔物に襲われて全滅の危機に貧したティスタさんは、なんとかパーティーの仲間たちを逃し、ダンジョンから逃れた。

 ただし、最後まで魔物に応戦してくれたキースさんとユリが、二度と治らない傷を負った。


 「……そこからが私の転落だった」

 

 とティスタさんが呟く。


 「たった一度の失敗で、私はこれまで築き上げてきた信用の殆ど全部を失った」


 ティスタさんを慕っていたパーティーの冒険者たちは、次々とティスタさんの元を離れていった。

 なかには失敗を露骨になじる者もいた。


 「エルフというのは残酷だよ。それまで天才と持て囃してくれていた後輩たちが、一斉に手のひらを返して、私を無能だとなじるんだ。……私は学んだよ。私が築き上げてきたキャリアなんて、たった一回の失敗で吹き飛ぶ、下らないものだったんだって……」


 ティスタさんはその後、所属していたギルドを辞め、ショックのあまり家で寝込むことになる。

 外に出るのも嫌になり、ひたすら引きこもっていたという。

 ……明るくて、ユーモラスな、今のティスタさんでは考えられない話だ。


 「そんな中でも私に関わってくれたエルフが三人いる」

 

 「それは……? 」と聞くと、


 「ユリと、キースと、フリューゲルだ」


 ティスタさんの無茶によって傷を傷を負ったキースとユリだったのに、このふたりはしつこくティスタさんの家に訪ねてきたのだという。

 ふたりは何度も家のドアをノックし、「気にしていない。また冒険しよう」と訴えかけてきたのだというのだ。


 「でも、どうしてふたりは、ティスタさんを見捨てなかったんですか? 」

 「……あのふたりは、私が最初に組んだパーティなんだよ」

 と、微かに哀しい顔でティスタさんが呟く。


 「……あの二人だけは、私が未熟な頃から私のことを知っている。言ってみれば一緒に成長した幼馴染みたいなものだ。

 ……そんな二人を、私はそれまで大事にはしなかった。ギルドの成績に追われ、より有能な冒険者探しに明け暮れ、二人のことなんて殆ど頭から消し去っていたんだ。

 ……だけど、自分がしくじった後にわかったのは、最後に残るのは一緒に苦楽をともにした、古い友人だけなんだ。優れた成績や、才能を理由に集まってくる連中は、こっちがしくじれがあっという間に居なくなってしまう。

 ……だけど、あのふたりはそうじゃなかった。私のせいで身体の一部を失ったのに、「そんなことはどうでも良い」と言って、何度も何度も、私がいくら拒んでも、家に来るのをやめなかったんだ。


 ……ピギー、わかるかい? 私にとってあのふたりは宝物みたいなものだ。ほかには代えられない、一番大切なふたりなんだよ。

私にとって本当に大切なものはずっとそばにあったんだ。

だけど、私はそのことに気づくのに、ずいぶん遠回りしたんだ。

 ……そんな馬鹿な女、ほかにいないだろう? 」


 そう言い終わると、ティスタさんは再び夕日を見つめた。

 まるで、あの遠い地平線に、過去の自分を捨ててきたというように。


  

 「フリューゲルさんとは、いつ知り合ったんですか? 」


 「……あの男は不思議な男だよ。私が一番落ち込んでいたときに、突然通りを歩いている私に声を掛けてきたんだ」

 「なんて、ですか? 」

 「飯食うか? って」そう言うとティスタさんは笑った。「喰い終わると、“今回はタダで良いけど、次は払えよ”って」

 「それ、僕も言われましたよ」

 「あはは! 」とティスタさんが上を向いて笑った。「変な男だよな。まるで魔法使いみたいだ。この街で落ち込んだり、落ちこぼれたり、居場所がなくなると、みんなフリューゲルに声を掛けられるんだ。……不思議な男だよ」

 

 再び感慨深そうに遠くを見ると、


 「ピギー」とティスタさんが急にこっちを向いて言った。「さっきは済まなかった。私は驚いて、自分の感情がわからなくなったんだ」

 「自分の感情が、わからない? 」

 「そう。あのふたりは私のせいで傷を負った。……その傷を治すためなら、私はなんだってやるつもりだった。……傷が治せないなら、一生かけて私があのふたりを食わせてあげるつもりだった」

 「そんな覚悟があったんですか……」

 「だけど、そんな私の気持ちを通り越して、ピギーが全部治してくれた」

 「……」

 「私は、少し嫉妬したのかもしれない。正直に言って、悔しかったのかも」

 「ティスタさん……」


 「そんないろんな感情が自分のなかでぐるぐる渦巻いて、わけがわからなくなって、突然飛び出してしまったんだ。……自分でも驚いたよ」


 そして、ティスタさんははっきりと俺を見つめて言った。


 「……だけど、今は自分の感情がなんなのか、よく分かる」

 「そ、それは、なんなのですか? 」


 「……ピギー、あいつらの傷が治って、ごくごく単純に、すごく嬉しいってことだよ」


 そう言うと、ティスタさんは俺に首に腕を巻きつけて、


 「あはは! 」と大声で笑った。「嬉しいよ! またあいつらと冒険できるんだ! ピギー、こんな嬉しいことある? あははは」


 そう言ってティスタさんは俺の身体を強引に何度も揺すぶった。

 

 「ティスタさん、痛い、痛い……! 」 


 と言いながら、俺は顔を上げないようにした。

 それは、笑い声を上げながら、ティスタさんが泣いているのがわかったからだ。


 その後、俺たちは完全に日が沈むまでそこにいた。

 「それじゃ、そろそろ戻ろっか、ピギー」

 辺りが真っ暗になると、ティスタさんが立ち上がってそう言った。

 結局、ティスタさんは最後までこのことで俺に涙を見せなかった。

 

 ふたりで丘を下り、ギルドの前までやってくると、みんながギルドの前で俺たちを待っていた。

 キースさんたちと合流したあとは、みんなが元に戻っていた。ティスタさんとキースさん、ユリは三人がなにかを小声で話していたが、そこにはなにか三人にしかわからない、親密なやり取りが見て取れた。

 ふたりと話しているティスタさんと目が合うと、ティスタさんは、俺にしかわからないささやかな仕草で、微笑み、顔を傾け、「ありがとう」と伝えてくれた。

 俺たちはギルドに入り、ティスタさんを探す間にみんなが買いに行ってくれた食材や、菓子や、酒で、ささやかなお祝いをした。そのお祝いは、結局、朝まで続いた。







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