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帰還

前話を少し修正しています。


「呪い耐性(中)」の結晶を手に入れた描写を加えています。


数話後のマトイの話に関連するので入れなくてはならなかったのですが、忘れていました。

修正箇所を読まなくても違和感なく続きを読めると思いますが、気になるひとは確かめてください。



 ムール洞穴の奥で見つけた青い身体の赤ん坊は浅く呼吸していた。

 その皮膚は蛇のようになめらかで、どこか艶かしくさえある。

 皮膚の色よりも若干薄い、やや緑がかった青色の髪が数本頭に生えていた。


 「聞いたことがある……」

 と赤ん坊の頬を指で擦りながらマトイが言う。

 「この娘、もしかしたら、青蛇の女王かもしれない……」

 「青蛇の女王? 」

 「うん。青蛇は群れで棲息する種族なんだけれど、ここよりももっと大量に発生したところでは青蛇の女王が観測されている。女王は人間のような形をしていて、言語も魔術も操る高度な知性を持っていると言われている」

 「そうか……。良く知ってるな、マトイ」

 「昔大学で少し習ったことがある。だけど、青蛇は西のミズリの国で良く見られる魔物で、エルフの国で大量に発生するのは初めて。私も女王は初めて見た」

 「だけど、この娘、まだ赤ん坊だよ? 」

 「う~ん」とマトイが考え込んで言った。「いずれ女王になる赤ん坊なんじゃないかな……」


 俺たちは青い皮膚をした赤ん坊を見つめた。

 赤ん坊は無垢な笑みを俺たちに向けている。

 (こんな純真そうな赤ん坊が邪悪な生き物とは思えないが……)


 「この娘、どうしようか? 」

 「ピギーが育てたら? 」とマトイ。 

 「お、俺が?? 」

 「……青蛇の女王は強い者に服従し、生涯仕えるという逸話がある。ピギーは青蛇の群れを皆殺しにしているから、その資格はある。……多分」

 「だけど、この娘からしたら、俺はこの娘の仲間を皆殺しにした敵なんじゃないの? 」

 「……かも知れない」

 マトイはこう続けた。

 「もし恨まれたら、始末すれば良い。いずれにせよ、こんな小さな赤ん坊を洞窟の奥に置いていける? 」

 「確かに……」

 


 (始末すれば良い、というマトイの考えは若干恐ろしいが……)

 (とにかく赤ん坊をここに置いていくわけにはいかない……)


 (育ったときに俺を恨むようなら、どこか元の生息地にでも還してやろう……)


 「……そうだな」と俺は答えた。「一旦俺が引き取って育てよう。成長したときに恨まれたら、そのときに考えるとするか……」

 

 「結構、可愛い」

 物騒なことを言っていた割りにマトイはすでに赤ん坊に愛着が湧いたようで、しきりに頬に指を当てていた。



 ……



 「後は……、この大量の結晶をどう持ち帰るかだな……」

 マトイも頷く。

 「……結晶、多すぎ。どう考えても、バッグに入らない」

 「……そういえば」

 と俺はあることに気づく。

 「採った結晶のなかに“裁縫士”の結晶があったな」

 「……どれ? 見せて」

 「え~と、どれだっけな……これじゃないし、これでもない……」

 結晶だけで1000個以上あるから、“裁縫士”の結晶を探し出すだけでも大変な作業だった。

 「早く、早く」

 とマトイが謎に急かしてくる。

 「ちょ、ちょっと待って……! これじゃないし、これでもない……」


 (帰ったらきちんと分類して、整理整頓しよう……)

 (こんなことを毎回していたら、時間がいくらあっても足りない……)

 

 「あった、これだ」

 ようやく“裁縫士”の結晶を見つけた。

 「これを喰えば、結晶を包むバッグぐらいは作れるんじゃないか? 」

 「……やるね、ピギー」

 

 マトイはそう言うと、俺を衣服の胸元を引っ張って、中腰にさせた。


 「……名案、褒めてあげる」

 

 そう言って頭を撫でてくれた。


 「……? 」


 一瞬不思議に思うが、


 (そういえば……、少しお姉さんぶりたい傾向があったな……)


 (恥ずかしい……、けど、若干嬉しい……)


 「……偉いぞ」

 とマトイは至近距離で俺に向かって微笑みかけた。



 ……


 それからがまた少し大変だった。

 裁縫士のスキルは獲得出来たのだが、バッグを作成するための素材が足りない。

 “裁縫士”のスキルは作りたい物の素材が頭に思い浮かぶらしく、巨大なバッグを作るためには動物系の皮が必要だとわかった。

 それで、一旦、マトイをここに残し、俺は洞窟の外に出て、野生の馬を狩りに行った。

 馬は山辺に生息していてすぐに見つかった。

 討伐にも成功し、すぐに皮を剥いで洞窟に戻った。

 “裁縫士”のスキルを使用して巨大なバッグを作ることに成功。結晶をそこに詰めていった。

 1000個以上ある結晶はすべてそこに収まったが、今度は別の問題が起こった。


 「……も、持ち上げ、られない……」


 あまりの重量で、とてもじゃないが担げなかったのだ。


 「……持てなきゃ、持ち帰れない」

 マトイが残念そうにそう呟く。

 「……待てよ。確か青蛇の結晶のなかに“所持重量アップ”の結晶がいくつかあったな。それを喰えば……」


 と言うと、


 「……その結晶は、このなかのどこにあるの? 」

 とマトイがうんざりしたように呟く。


 「た、確かに……」

 

 「また、この中から探すのか……」


 ふたりでがっくりと肩を落とした。



 ……


 

 所持重量アップの結晶を探しだし、12個あるその結晶をすべて喰い終わり、やっとすべての結晶が詰まったバッグを担いで洞窟を出る頃には、さらに一日が経過していた。


 洞窟を出たときに、ちょうど朝日が昇ってきた。


 「冒険に出てから、何日経ったんだろう」

 と呟くと、

 「5日」

 と朝焼けを見つめたままマトイが言った。

 「ふぎゃ……」

 とマトイが抱き抱えている青肌の赤ん坊も小さく泣いた。

 

 「なんか俺たち、外から見たら家族みたいだね」

 「……な、なにを言ってるの」

 珍しくマトイが狼狽した。

 「だってそうじゃないか。男と女がいて、赤ん坊がいるんだから」

 「……そ、そんなこと、軽々しく言っちゃ、駄目」

 「……そう? 」と俺は呟く。

 こくこくと、マトイが険しい顔で何度も頷く。


 (冗談で言っただけなんだけどな……)

 (マトイ、前髪を弄くりまわして、妙に焦ってる……)

 (なにか、地雷だったか……?? )




 ……



 「おお、戻ってきた、戻ってきたぞ……! 」


 エルフの街の門まで戻ってくると、フリューゲルさんの姿が見えた。

 そこにはティスタさんやキースさん、ユリの姿もあった。

 

 その場所まで近づくと、

 「この野郎、生きて戻って来やがった! 」

 とフリューゲルさんに頭をもみくちゃにされた。

 「ちょ、痛い、痛いです、フリューゲルさん」

 「がはは! こいつ、無茶なクエスト受注しやがって! だけど良かった、生きて戻ってきた! 」

 「こいつめ、こいつめ」

 悪ノリしたティスタさんも一緒になって頭をいじくり回してくる。

 「聞いたよピギー君。青蛇駆除のクエストを受注したって。あんなの、A級の冒険者たちじゃないと達成出来ないよ? 調査してそれが分かっただろ? 」

 とキースさん。

 「……へ? 」と俺は顔を上げる。

 「だから、洞窟まで見に行って、引き返して来たんだろ? 」

 とキースさん。

 「い、いや、討伐して来ましたけど」

 と言うと、ぴたりと全員が硬直した。

 「討伐、した……? 」

 とキースさん。

 「待って、A級の私でも逃げるのが精一杯だった青蛇の群れを、駆除してきたの? 」

 とティスタさん。

 「……ピギー、お前、いつの間にジョークなんて身につけたんだ? 」

 とフリューゲルさんが怖い顔を近づけてくる。

 

 「……ジョーク、じゃない。本当に討伐した」

 と、全員を黙らせる一言をマトイが言った。

 「ピギーが担いでいるバッグには青蛇の肝も大量に入ってる。多分、あとで別のギルドのひとたちが経過観察に行くと思う。それで私たちの言ってることが本当がどうか分かるはず。……とにかく、疲れた。お迎えは嬉しい。けど、私、もう、限界」

 そう言い終わるとマトイはふらふらと揺れ始めた。

 「……っと」

 とティスタさんが倒れかかるマトイの身体を掴んだ。

 「マトイちゃん、相当疲れてるわね。マトイちゃんの言うように、歓迎は後にして、ふたりをホテルに送ってあげましょ。青蛇が駆除されているかも、その間に判明するでしょ」

 「そ、そうだな……」

 とフリューゲルさんはまだいぶかしそうに俺たちを見ている。



 ホテルの前までやってきたとき、

 「明日にでもギルドに顔を出してよ。クエストの報告もあるだろうし」

 とティスタさんが最後に残って俺に言った。

 「それと、ほかにも色々説明してもらわなくちゃね」

 「いろいろって、なんですか」

 「あの赤ん坊とか」

 とティスタさんがにやにやと俺を見つめる。

 「ちょ、あれが、俺とマトイの子だと思っているんですか?? 仮に、そういうことがあったとしても、そんなすぐに、生まれるわけないでしょ」

 としどろもどろになって言うと、

 「うっくっく」とティスタさんが笑いながら言った。「そりゃあそうね。……とにかく、明日ギルドで待っているよ」

 とティスタさんは立ち去ろうとした。


 「ティスタさん! 」

 とつい声を上げてしまった。

 「……なに? 」

 とティスタさんが振り返る。

 「青蛇を駆除したっていうのは、本当ですよ。ジョークじゃ、ありません」

 「……私が疑っていると思っているの? 」

 と、ティスタさんがいつもの、やや余裕のある笑みで俺を見つめる。

 「そうじゃないですけど……」

 と、俺は呟く。


 (フリューゲルさんたちにジョークだと思われても良い……)


 (だけど、なぜか、ティスタさんだけにはそう思って欲しくない……)


 「……そりゃあ驚いたけどね」

 とティスタさんが俺から目を逸らさずに言った。

 「……ピギーが駆除したって言うんなら駆除したんでしょう。私はピギーの言うことを疑ったりしないよ」 


 そして、こう付け足した。


 「良くやった。ピギー。胸を張りな。……私も誇らしいよ」

 

 そう言うと、ティスタさんはぐっと親指を突き立て、にししと笑った。


 「ティスタさん……」


 と、思わず俺の顔も綻ぶ。危うく、泣きそうになる。



 (ああ、そうか……)


 (俺はこのひとを人間として尊敬しているんだ……)


 (だから、クエストを達成したことよりも、なによりも、このひとに認めて欲しかったんだ……)


 「…‥ピギー。とにかく今はゆっくり休みな。それで、また明日会おう」

 

 そう言うと、ティスタさんは今度こそ手を振って去っていった。

 

 ホテルに戻った俺は、マトイをベッドに横たえ、武器を降ろし、手に入れた素材やバッグを部屋の隅に降ろした。

 

 全身が汗と血で泥だらけになっていた。


 (風呂だけでも入ろう……)


 そう思うが、ベッドに隅に腰を降ろすと、そこから一歩も動けなくなった。


 (駄目だ、動けない…‥)

 (いいや、寝てしまおう……)


 動くことを諦めて、俺はベッドのうえに身を横たえた。

 

 (深い穴のなかを落ちていくみたいだ……。猛烈に、眠い……)


 急激に伸し掛かってくる眠気に襲われながら、俺はさっきティスタさんに言われた言葉を噛み締めていた。

 

 


「良くやった。ピギー。胸を張りな。……私も誇らしいよ」 




 とティスタさんは言ってくれたのだ。


 その言葉が俺にとってはなによりも嬉しかった。


 (嬉しい、嬉しい……)


 睡眠へと真っ逆さまに落下しながら、無意識に俺はそう呟き続けていた。





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