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半身



 莫大な数の青蛇の群れは水の流れに酷似していた。

 まるで、洞窟の奥でダムが決壊したように、青蛇の波が俺たちの元に押し寄せて来たのだ。


 逃げる間もなかった。


 「“麻痺(パラライ)”――」

 

 とマトイが即座に魔術を放つが、硬直したのは僅かに波の先頭だけだった。


 力任せにラージクラブを振り下ろし、少しでも群れの数を減らしに掛かる。


 ドゴォォォッ


 という音とともにある一帯が吹き飛ぶが、次々と押し寄せる青蛇の前では、川の流れに小石を投げかけたも同然だった。

 

 「マトイ、後退しろ! 」

 そう叫ぶが、その頃には無数の青蛇が俺の足に噛みつき始めていた。

 

 「“麻痺(パラライ)”――」

 「“麻痺(パラライ)”――」

 「“麻痺(パラライ)”――」


 マトイが魔術を連発する。

 珍しくマトイが狼狽しているのが伝わってきた。


 足の至るところで激しい痛みが走る。

 足の指の先端に青蛇が噛みつき、骨を貪り始めているのが感じられた。

 

 「駄目だ……、ラージクラブじゃ間に合わない……」


 俺はラージクラブを投げ捨て、クレイモアで足元の青蛇を一気に切り捨てる。


 「……修理」


 噛みつかれてこそげた脛、足の甲、すでに欠けていた指が、一瞬で修復する。


 この一瞬の行動の間にも、押し寄せる青蛇は水の流れのように俺の足元に広がり、横を通り抜け、マトイのところにも集まり始めている。


 (このままじゃまずいぞ……)


 (マジで死ぬ……。ふたりともここで青蛇に殺される……)


 今や青蛇の群れは、見渡す限り洞窟いっぱいに満ちていた。



 ……


 

 そこからは文字通り泥沼の戦いだった。


 青蛇は足元から這い上がってきて、俺の身体のあらゆるところに喰い付いて来た。

 喰われた箇所を片手で「修理」しながら、もう一方の手でクレイモアを振り回し続ける。

 振り返ると、マトイが青蛇の群れに飲み込まれるのが見えた。

 しかしそんなさなかでも、


 「“麻痺(パラライ)”――」

 

 とマトイが魔術を掛ける声が聞こえ、マトイの周囲の青蛇が一斉に硬直するのが見えた。


 (助けないと……)


 (このままじゃマトイが喰われる……)


 (あのままだと骨一本残らないぞ……)



青蛇に絡みつかれたまま、マトイのいる数歩先まで歩いて行こうとする。

だが、数十匹の青蛇が足に絡みついているから、沼の中を歩くように足が重たい。

その間も青蛇は俺の足の肉を喰らい続けている。

 膨大な数の虫を払うようにクレイモアで青蛇を振り払い、よくやく見えた皮膚に手を当てて「修理」を掛けていく。


 「死ぬ……」


 「死ぬ……」


 といつの間にか勝手に呟いていた。


 思考が思うように動かず、マトイのところまで歩いていくことだけを考えている。


 狂ったようにクレイモアを振り回しながら一歩ずつマトイのところまで近づき、ようやくマトイのところまで来ると、完全に青蛇の群れに飲み込まれたマトイは、その異様な塊のなかで、


 「“麻痺(パラライ)”――」

 「“麻痺(パラライ)”――」

 「“麻痺(パラライ)”――」


 とまだ魔術を繰り返していた。


 「マトイ……」


 「今助ける……」


 そう呟き、マトイの身体にまとわり付いている青蛇にクレイモアを振り下ろしていく。


 数回振り下ろすと、やっとマトイの身体が見えてきた。


 マトイはすでに片足がほぼすべて喰われていた。

 

 その身体を青蛇の群れから無理やり抱き上げ、倒れるように洞窟の壁にへたり込んだ。

 座ったまま俺はクレイモアを振り回し、もう一方の手でマトイの失われた片足を修復した。


 「……ピギー、ここからは、我慢比べ。青蛇と、私たちとの……」


 と、俺に抱きかかえられたマトイが、俺の胸元で呟く。


 (マトイ、まだ戦意喪失していないのか……)

 

 (相変わらず、すごい女の子だ……)


 「……わかった」

 

 と俺は呟く。


 「……とことんやろう」


 そう言うと、マトイは俺の胸元で頷き、


 「“麻痺(パラライ)”――」


 と、俺たちを取り囲む青蛇の大群に魔術を放った。



 ……



 いったい何時間、そこで剣を振り回していただろう。


 いったい、何度修理スキルを自分の身体とマトイに当てていったのだろう。


 足の指を喰われ、マトイが足を齧られ、何度「死にたい」と思ったかわからない。

 体力はとっくに限界を越えている。

 持ってきていたポーションもとっくに使い果たしていた。

 恐らくは、俺たちが洞窟に入ってから数時間が経過していた。


 

 (ダメだ……)


 (頭がぼーっとする……)


 疲労の激しさのあまり、靄がかかったように視界も霞んでいた。


 

 (眠い……)

 

 (喉が乾く……)


 (早く、家に帰りたい……)


 ふと、さっきからマトイの魔術を唱える声がしないことに気がついた。


 「マトイ」


 剣を振り回したままそう問いかけるが、返答はない。


 「はあっ、はあっ……」


 ついに疲れ果てて剣を降ろすと、いつの間にか青蛇の猛追も終わっていることにが気がついた。


 (あれ……、なにも襲ってこない……)


 重たい腕を上げて目を擦ると、自分たちの身体の周りに莫大な数の青蛇の死骸が落ちているのが見えた。

 土を重ねたように青蛇の死骸で至るところに小山が出来ていたのだ。


 (いつの間にか……)


 (こんなに殺したのか……)


 青蛇はまだ無数に生きていたが、群れは分裂し、俺たちからやや離れたところでただ威嚇を繰り返していた。


 「マトイ」


 もう一度そう呟くが、やはり返答はない。


 (身体が……重たい……)

 

 (汗をかきすぎている……。動けない……)


 錆びついた身体を動かすように、やっと胸元のマトイを見下ろすと、マトイの身体は上半身だけとなっていた。

 腹から下が失われ、その切断面からだらりと内蔵が溢れている。


 「修理」


 ……。


 だが、なにも起きない。


 (損傷が激しすぎるのか……? )


 マトイの顔を見ると、微かに目が動いている。

 口もぱくぱくと小刻みに動いている。


 (だけど、このままじゃ、マトイが死ぬ……)


 

 俺はマトイをその場に残し、ずりずりと這いずりながら少し離れたところに落ちている自分のバッグに向かった。

 その間に威嚇してきていた青蛇数匹が脇腹に喰い付いてきた。

 

 (もう……、クレイモアを振る体力もない……)


 (バタフライナイフで、応戦しよう……)


 ナイフでどうにか青蛇を追い払いながら、、ずるずると、バッグまで前進していく。


 (ポーションを入れる瓶があれば……、ポーションは作れる……)


 バッグをまさぐると、なかに無傷の瓶が残っていた。

 

 (良かった……)


 「ポーション生成」


 瓶に水が溢れていくのが見える。

 それを寝そべったまま一気に口に流し込んだ。


 (これで……、立ち上がれる……)


 それでもまだ重たい身体を無理矢理に奮い立たせ、至るところに見られる皮膚の欠損箇所に修理を当てていく。

 屈み込んで、もう一度ポーションを生成する。

 それを飲み込むと、落ちていたクレイモアを拾い、残っている青蛇を切り落とした。


 「マトイ」


 マトイのところに戻り、もう一度そう声を掛けるが、返答はない。

 上半身だけとなったマトイは、虚ろな目でどこか遠くを見ている。


 (このままじゃ、マトイが死ぬ……)


 「修理」

 「修理」

 「修理」


 だが、何度修理スキルを当てても、マトイの身体は修復されない。


 (欠損が大きすぎると治せないのか……? )


 傷口はいつものようにぐじゅぐじゅとうねるのだが、それが復元へと向かわないのだ。


 (こんなにも大きな身体の損傷を治すには、俺の修理スキルが足りないのか……? )


 

 ふと、あることに思い至った俺は、バタフライナイフを片手に近くの青蛇の死骸を弄り始めた。

 青蛇を一匹ずつつまみあげ、修理スキルを当て、中から結晶を取り出していく。


 (これ違う……)


 (これも駄目だ……)


 すでに俺の全身は汗と血でどろどろに濡れていた。


 必死に作業を続けながら、焦りと涙が、激しく込み上げてくる。


 (いやだ……)


 (マトイを死なせたくない……)


 (いやだ、いやだ……)


 俺は癇癪を起こして青蛇の死骸の山をクレイモアで薙ぎ払う。

 

 「はあっ、はあっ……! 」


 (クソッ……)


 (どこかに……、どこかにあるはずだ……)



 そして作業を続けたあるとき、俺はついに求めていた結晶を見つけた。



 ランクA、


 《ボーナス》 固有職スキル上昇(大)


 

 の結晶を。



 (見つけた……)


 (これで……、俺の修理スキルが上昇するはずだ……)


 それを口のなかに放り込み、一気に噛み砕いて飲み込んだ。


 そして、


 「修理」


 とマトイの身体に当てると、まるでぐじゅぐじゅと無数の青蛇が這うようにマトイに下半身が生えてきた。


 「マトイ」


 抱きかかえたままそう呟くと、さっきからぱくぱくと動いていた口から微かに声が聞こえた。


 「……てるよ」


 (なんだ……? )


 (なんて言ってるんだ……? )


 「……信じてるよ」


 「……マトイ? 」


 マトイの目に輝きが戻り、俺の顔に焦点が合うのがわかった。


 「……ピギー、私を助けてくれると、信じてるよ」


 「……マトイ」


 そう言うと、


 「……ほらね」

 

 と確信に満ちた顔でマトイがにやっと笑った。



 

 ……



 マトイを洞窟の壁に休ませたままポーションを飲ませ、俺も何度かポーションを飲み干した。

 「青蛇はほぼ倒したの? 」

 元気を取り戻したマトイが言った。

 「ほぼ倒したみたいだ。多分、数時間は戦っていたんだろう」

 「……勝ったんだ。あの膨大な群れに……」

 とマトイが噛みしめるように呟く。

 「‥…ああ、勝ったんだ」

 と俺も呟く。

 「残っている単体の青蛇を駆除して、街に戻ろう」

 「……あとは、ここに残っている膨大な数の青蛇を結晶化しようね」

 とマトイが楽しみそうに呟いた。

 「そうだな」

 と俺は洞窟を見渡した。

 

 そこには、恐らく千匹近い青蛇の死骸が積もっていたのだ。


 「……これが全部結晶に……。私、楽しみ……」


 とマトイが呟いた。






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