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死体探し




 エルフの城下町を出て、宛もなく荒野に出る。

 どうにかして宿代を稼がなくてはならなかった。

 持っている武器はたった一本のナイフだけだった。

 剣や弓や槍など、同級生たちの持っている武器は俺には支給されていない。

 街の外に出たのは、もしかしたら近くに誰かの落とした武器がないかと思ったのだ。

 街の近くで魔物にエルフが殺されたというニュースは毎日聞くし、実際に外の世界は物騒なのだ。

 魔物に殺されて武器や防具を落としたままにしている死体があるのではないか。

 それを拾って、街の武器屋に売りに行くつもりだった。

 ……自分でも嫌になるほど汚い稼ぎ方だが、ろくなスキルも武器も持たない俺は、それしか手がなかった。


 街道をまっすぐ歩き、10kmほど歩いたところで森に入った。

 森のなかにはハングリーウルフが棲息している。

 数匹に囲まれてしまえば、俺などあっけなく殺されてしまうだろう。


 森のなかを慎重に歩いていく。

 なるべく物音を立てずに歩いた。

 魔物は人間やエルフより遥かに耳が良い。

 すこしの物音でこちらの存在に気づいてしまう。

 

 道に迷わないように、木の幹に印を付けておく。

 十本ごとに十字を刻んでおく。

 慎重すぎるとは思うが、こうでもしないと、簡単に道に迷いそうなほど森は深い。

 

 30分ほど丁寧に歩いていると、ついに遠くにハングリーウルフを見つけた。

 偶然、水場で水を飲んでいるウルフが目に入ったのだ。

 「ひとが……死んでる……戦ったあとだ……」

 水を飲むウルフのすぐそばに、地面に突っ伏している人間の死体が見えた。

 首に噛みつかれたのか、頭部が身体から取れかかっている。

 欠損したその箇所から、大量の血が土に沁みていた。


 「はあ、はあ……」

 猛烈に動悸が激しくなる。

 ひとが死んでいるのを目の当たりにして、息が苦しくなる。

 「死というのは、こんなに重たいのか……」

 額に、冷や汗がにじみ出てきた。


 ウルフは水を飲み終えると、再び人間の死体の場所に戻った。

 そして、「ぐちゃ、ぐちゃ……」と音を立てながら、屍肉を食い始めた。

 時折、顔をあげて周囲をうかがっている。

 その口元から、真っ赤な血がねとり、と垂れている。

 幸いまだ俺の存在には気づいていないようだ……。


 「このまま、食べ終わって、去ってくれれば良いが……」


 ……だが、それから三十分以上、ウルフは屍肉と水場を往復し続けた。

 屍肉を食っては、飽きたように水場に行き、水を飲む。

 そしてしばらく周囲を窺い、再び屍肉を食らうのだ。


 そのあいだ、俺は一歩も動けずにいた。

 茂みに隠れてはいたが、姿勢は中腰のままだった。

 

 「ダメだ……この姿勢が辛い……。腰を、降ろそう……」


 だが、静かに腰を降ろしたつもりだったのに、


 ぴくっ……。


 ……あっけなく、ウルフが硬直する。


 「気づかれ……たか……? 」


 茂みのなかで、ウルフを見つめる。

 ウルフは耳を立て、はっきりとこちらを見つめている。


 「ああいった生き物は耳は良いが、目は良くないはずだ……。見えてはいないはず……」


 (ダメだ……息をしているのも、辛い……)


 さっきから、自分の呼吸音がうるさい……。

 だが、息をしないと、あまりの緊張に、息切れしてくる。

 ウルフは俺の方を見つめたまま、一歩も動かない。

 (俺の存在を、確信しているのだろうか……)


 ウルフの目が、銀色に光っている。

 その身体は大型のゴールデンレトリーバーぐらいの大きさだが、比較にならないほど、獰猛な見た目をしている。

 体全体に筋肉が籠もっていて、靭やかなボクサーのように引き締まっているのだ。


 (た、戦って、勝てる気がしない……! )


 極度の緊張が続いたために、全身が汗で濡れきっていた。

 さっきからぽたぽたと、顎から汗が垂れている。

 その音も聞かれているのではないかと怖くなるが、かといって、手で拭うのはもっと怖い。

 目にも汗が入って来ていたが、痛くても、開けたままにしていた。

 閉じた瞬間に、ウルフがこっちに走ってくる気がして、とても閉じれない……。

 皮膚と皮膚が触れる音が聞かれれば、完全に見つかる気がする……。



 ……さらに二十分経った。

 すると、ウルフが突然、向きを変えて、森の奥に去っていった。


 (……去ったのか……? もう、行ったのか……? )


 (……いや、慎重に行こう……。まだ、もうすこし、待とう……)


 そこからさらに二十分待った。

 ウルフが戻ってくる気配はない……。

 森のなかは、静かな平和だけが満ちている。

 

 「ふぅう~……」

 深く息を吐く。

 激しい疲労を感じる。

 まるで、フルマラソンを走ったあとのように、身体の芯が疲れている。

 「し、死ぬかと思った……。殺されるかと思った……」

 安堵から、涙が溢れてくる。

 生きているという安心で、身体がどんどんと解きほぐれてくる。

 だが、それと同時に、この先に不安を覚える。

 あんな魔物がうようよしているこの世界で、どうにかして、生計を立てねばならないのだ。

 ハングリーウルフは決して強い魔物ではない。

 こんな低級の魔物に遭遇しただけで、震え上がり、「生き延びた」と安堵しているのだ。


 (こんなんじゃ、とても、生きていけないな……)


 不安を払うように額の汗を拭い、立ち上がった。



 ……



 ウルフの居た場所まで歩いていく。

 近づくと、冒険者の屍体は半分近く食われていた。

 首元から食ったのか、すでに頭部は身体から離れ、身体は左半分が無くなっている。

 ギザギザとしたその身体は、作りかけのジグソーパズルのようだった。

 

 (凄まじい匂いだ……。吐きそうになる……)


 生の肉の持つ猛烈な生臭さ。

 溢れるほどの血が放つ獣臭い悪臭……。

 

 (ここにいるだけで……だめだ、くらくらしてくる……)


 ここで死んだ冒険者の装備は充実しているとは言い難かった。

 軽装の衣服に、たった一本の剣を持っているだけだ。


 (多分、俺と同じで、なんの才能も無かったんだろう……)


 かがみ込み、剣を冒険者の手から引き剥がす。

 すでに死後硬直が始まっていた。

 (くそ……結構、硬いな……)

 力を込めて手を解くと、手は土にどさり、と落ちた。


 「……」


 その音を聞いて、猛烈に嫌な気分になる。

 まさに俺は今、死体を漁っているのだ……。


 (だけど、こうでもしないと、生きていけない……)


 無理矢理に自分を納得させて、そう頷く。



 ……


 冒険者の持っていた剣は思いのほか大きく、重たかった。

 (たぶん、ブロードソードだな……)

 戦闘スキルを持たない俺には重厚過ぎるのか、試しに肩まで上げてみるが、それだけで手が震えてくる。

 (ダメだ……とてもじゃないが……振れない……)

 出来れば今のナイフと交換したかったが、使い切れないなら仕方ない、こっちを売るしか無い。

 ……良く見ると、剣はかなり刃こぼれしていた。

 (たぶん、粗悪品を買ったんだろう……。よほど、貧乏な冒険者だったんだろうな……)

 そう思い、再び冒険者を見下ろす。

 名も知らぬ冒険者は、横向きに突っ伏し、目を剥いている。

 「……」

 地面に膝をついて、そっと瞼を閉じた。

 「……ごめんなさい、これ、いただきます……」

 そう呟き、一応、深く頭を下げた。


 辺りを見渡した。

 ウルフは戻ってくる気配はない。

 「早いとこ、この場を去るか……」


 木に刻みつけた印を頼りに、来た道を戻っていく。

 さっきウルフに遭遇した恐怖から、ずっと動悸が止まらない。

 (とにかく、街まで、戻ろう……)

 走っているわけでもないのに、はあはあと息を継ぎながら、静かに、ゆっくり街に戻っていく。


 ……森を抜け、やっと街道に出たときには、思わず深いため息が出た。

 (ふぅぅ~……、なんとか、戻ってこれた……)


 街道はほかの冒険者や、商人たちが歩いていた。

 彼らは俺を見ると醜いものを見た衝撃で眉を潜めたが、それすら、安堵の材料になる。

 (嫌な目を向けられたって良い、とにかく、生きている方が良い…)


 ウルフに遭遇した恐怖でまだ足を震わせながら、なんとか街まで戻った。

 その足でそのまま、武器屋に行く。

 「武器屋は確か、街の東だったな……」

 街を真っ直ぐ横切り、川の向こう側にある、武器屋に向かった。

 こじんまりした、エルフの経営している武器屋があった。

 その店の前で、腰を降ろす。

 もう疲れ果てていたのもあるが、自分のスキルを試してみたかったのだ。


 (修理スキルとか言ってたな……。この刃こぼれも、直せるのだろうか……)

 

 (どうやるんだろう……手を当ててみる、とか……?)


 地面に降ろした剣に向けて、手を這わしてみる。

 ……すると、

 微かに手のひらが発光した。

 (どうやら……上手く行っているみたいだ……)


 五分ほど時間を掛けて、ゆっくりと刃の表面に手を這わし続けると、剣にあった刃こぼれは綺麗に消え去っていた。

 (よしよし……だいぶ、綺麗になった……)

 剣を掲げてみると、見違える刃先になっていた。

 明らかに、表面の輝きが違う。

 (これが修理スキルか……。じゃあこの剣を、武器屋に売ってみるか……)

 





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