何者
街道を進み、ムール荒原に差し掛かったときのことだった。
「マトイ、あそこになにか見えないか? 」
ムール荒原の特有の砂埃のなかに、小さな影のようなものが揺れているのが見えたのだ。
「……見える、なんだろう、あれ……」
マッチ棒ほどのサイズのその影は、不気味な感じで左右に揺れていた。
まるで、見えない人混みを掻き分けて進む通行人のように、ぎこちなく左に揺れたり、右に除けたり、しばらく立ち止まったりしていたのだ。
「あれ、人だな……」
「……うん。そう、みたい……」
その影は徐々に近づいてきていた。
やがて、砂埃を抜け、俺たちの前に現れた。
その影が言った。
「良かった……。冒険者か……。なにか、水をくれ……」
男はそう言うと、もう限界だというように地面に倒れ込んだ。
「ほら、これを飲んで」
俺は男の口元に水筒の水を注ぎながら、激しく損傷した男の全身を眺めた。
(凄まじい傷だ……)
(右足は膝から下が喰われて失くなっているし、脇腹もかなり深くえぐれている……)
(多分、低級冒険者が無茶をしてここまで来たんだろう……)
(相手は……爛れ馬と、不気味花かな……。馬に蹴られて、花に噛みつかれたか……)
片方の手で男の口元に水を注ぎながら、もう一方の手で男の脇腹に修理スキルを当てていった。
(よしよし……。時間もそれほど経っていないから、傷は治せる……)
じゅる、
じゅる、
……と肉片が再生されていくのが見えた。
(……さて、足はどうかな……)
そのまま足の修理を始めると、こっちも上手く治り始めた。
(さすがに……、損傷した箇所が大きいが……)
(時間は掛かるけど治せなくはない……)
ぐちょぐちょと肉片が躍る音を立てながら、男の膝から下が生えてきていた。
「……え、あれっ? 」
と、突然男が体を起こした。
「足が……。あれ、脇腹も……」
と男はびっくりした様子で体に手を這わす。
「……君がやったんですか? 」
と男が俺の顔を見つめる。
「そうです。治しました」
「治したって……いったい、どうやって……? 」
男は一瞬の間、呆然としていたが、突然、ハッとなって言った。
「それより……、大変なんです。仲間が、――俺の仲間がこの先に……! 」
「ほかに怪我をしたひとがいるんですか? 」
男は深刻な表情でこくりと頷いた。
……
男に先導されて砂埃のなかを進むと、しばらく行った先にふたりのエルフが地面に突っ伏しているのが見えた。
「あれです、仲間です! 」
とさっき助けた男が叫ぶ。
「マトイ、魔術を頼む」
俺がそう言うとマトイが前を向いたまま頷いた。
「――“麻痺”――」
……倒れていたふたりのエルフの周囲には三匹の爛れ馬と一匹の不気味花が集まっていた。
爛れ馬たちは餌を喰うようにエルフに齧りついていた。
爛れ馬の一匹がひとりのエルフの肩に噛みつき、貪り喰うのが見えた。
それを別の爛れ馬が奪い取ろうとエルフの左腕を噛み付いて引っ張っている。
……マトイの“麻痺”によって爛れ馬3匹と不気味花は突然硬直し、エルフの体にかがみ込んだ姿勢のままピタリと静止する。
(マトイの麻痺が範囲拡張出来たというのは本当らしいな……)
(四匹が、一斉に静止した……)
そこに向けて俺は勢い良く駆け込み、ラージクラブを振り上げ、軽く跳び上がった。
(敏捷、スタミナ、筋力が上昇しているから、身体がかなり軽い……)
(いける……、これなら、一撃でいける……)
そして俺は思い切りラージクラブを一匹の爛れ馬の頭部に叩き降ろした。
フバッ、
という音とともに、爛れ馬の頭部が吹っ飛び、粉々に消し飛ぶ。
そのまま、振り向きざまに二匹目の爛れ馬の頬に向けて、バットをフルスイングするように、ラージクラブを叩き込んだ。
フッ、
という軽い音とともに、さっきまでそこにあった爛れ馬の顔が消失する。
(あと二匹……)
(麻痺も、まだ解けそうもない……)
残った爛れ馬のつぶらな瞳と目が合う。
麻痺によって硬直はしていても、その感情だけは揺れ動いている。
(今から殺されるのがわかったみたいだな……)
俺は鉄球を投げるように身体を一回転させ、残り一匹の爛れ馬にフルスイングした。
その一匹は、体ごと少し離れたところに吹き飛んでいった。
(よし、あとは不気味花だ……)
身体を斜めにした妙な立ち姿の不気味花の花びらの中心目掛けて、俺はラージクラブを掲げ、全力で振り下ろした。
ズダン、
という激しい物音ともに、不気味花の身体が地面にめり込んだ。
「す、すげえ……、つ、強い……! 」
とさっき助けた男が隣でそう呟いた。
「それより、彼らの傷を見ましょう! まだ生きているなら、助けられる! 」
「そ、そうですね! お、おい、大丈夫か、おい! 」
男はそう言うと、急いで倒れているエルフの元に駆け寄り、その頬を叩いた。
「……お前か。も、戻って来たのか……? いいから、に、逃げろ……。俺たちは、もう、助からない……」
ひとりが目を覚ましてそう呻く。
「魔物はもう倒した。大丈夫だ。……おい、寝るな。起きろ……! 」
「見せてください」
俺は倒れているエルフに屈み込む。
(さっきの男よりさらにひどい傷だ……)
(両腕が半分近くもぎ取られ、足も腿から先が千切れている……)
俺は男の腕に修理スキルを当てていった。
(さすがに……、量が多いな……。時間が掛かる……)
だが、ずぬり、ずぬり、という音を立てながら、徐々に腕が生えていく。
2,3分も経つ頃には、男の腕は両方とも完全にもとに修復されていた。
「……ピギー。こっちのエルフも、目を覚ました」
マトイがそう言う。
「わかった。こっちを治したら、すぐ行く」
そう言いながら、男の足を修復していく。
……
結局、10分ほど掛けてふたりとも快復することに成功した。
ついさっきまで生死の境目を彷徨っていたふたりは、不可解で奇妙な事象に遭遇したように地面の上で呆然としていた。
「俺は……。もう死にかかっていたはずじゃ……」
助けた男のひとりが手と足を眺めて言う。
「このひとが助けてくれたんだ。嘘みたいだ、奇蹟だよ……! 」
最初に助けた男が涙ぐみながら叫んだ。
「……助かったのか……。俺たち……」
もうひとりの男も、呆然とそう呟いた。
そして三人は俺を見つめると、
「いったいどんな能力を使ったのですか……。失くなった身体を修復するスキルなんて、聞いたこともない……」
となにか怖がるような顔で言った。
「僕の職業は修理士なんですよ。修理スキルを用いただけです。それより、多分あなたたちは冒険者としては低級ですよね? ムール荒原に来るには実力が足りないのでは? 」
そう聞くと、男たちは面目なさそうに俯いて事情を話した。
……
男たちの話では彼らの問題はフリューゲルさんのギルドと良く似たものだった。
低級クエストをこなす毎日を繰り返していたが、武器を直す経費がかさみ、なかなかうえのランクの武器を購入する資金が貯まらないのだ。
資金が貯まらないから、武器も良くならない。
武器が良くならないから、より高いクエストもこなせない。
この悪循環のなかで、一発逆転を狙ってより難易度の高いクエストを受注してここに来たのだという。
(なるほど……)
(うちのギルドでも聞いたあの問題はこの辺りの冒険者みんなの問題でもあるのか……)
(それでわかったぞ……)
(そうやって無理をする冒険者が多いから、この街の近くにはやたらと死体が落ちているんだ……)
「要するに武器や防具が無償で直せれば良いんですよね? 」
と俺は言った。
「そりゃあそうですが……」
そう言って戸惑う男たちを尻目に、俺は先頭に居た男のロングソードに手を這わした。
「……これで新品の品質に戻ったはずです。
良いですか、街に戻ったら良く眠ってください。それから、低級のクエストから抜けられないなら、フリューゲルという男の運営する“ハングリー・バグ”というギルドに向かってください。そのギルドなら無償で武器、防具の修理を受け付けてくれます。それなら、いずれ低級から抜けられるはずです」
「武器を無償で……? まさか。それが出来ないからみんな苦労しているのに」
と男は思わず吹き出す。
「本当ですよ。僕がやりますから。ほら」
そう言って彼のロングソードを渡すと、
「……? ……え? 嘘だろ……? 直ってる……。完全に、新品に戻ってる……! 」
と男は剣を見つめて唖然としていた。
「これでわかりましたね。良いですか。ハングリー・バグというギルドです」
俺がそう念を押すと、
「あなたは一体……」
と男たちは困惑した顔で俺を見つめた。
「何者なのですか……? 」
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