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村田2

村田亮二は以前指を失った剣士です。

名前が出てくる古澤はピギーが洞窟ですれ違った元友人です。

残りのふたりは初登場のクラスメイトです。


今回は村田亮二のその後を描いたものです。






ある日、とある荒野にて。


 「おい、さっさと魔術を撃てよ! 」

 と村田亮二の声がこだましていた。


 「は、はいっ」

 と柴田久が答える。

 

 「お前はそっち回れ! ぼさぼさすんな! 」

 と再び村田の声。

 「い、今行きます! 」

 と倉石満が答える。



 村田亮二は指を失ったあと、剣を振れなくなり、自分で戦う代わりに元クラスメイトふたりを手下のように扱っていた。

 もともとクラスでもそれほどカーストの上位にはいない、おとなしい生徒を捕まえて、「俺が指導してやる」と横柄に言い寄って、無理矢理にコーチ役を買って出たのだ。

 気が弱く、人と衝突することを嫌う柴田と倉石の二人は黙ってそれに従っていた。


 

 「お前ら、もうちょっとハングリー精神を見せろよ。弱いなりに、強くなろうとしろよ。まったく……」

 ハングリーウルフ三匹を討伐したあと、ふたりに向かって村田亮二が言った。

 「ごめん」

 と柴田が素直に謝る。

 「……」

 一方、倉石は黙って俯いていた。


 「おい、倉石。なに黙ってんだよ。なにか文句でもあんのか? 」

 目ざとくそれを見つけた村田亮二がそう問いただす。

 「い、いや、なにもないよ」

 と倉石は慌てて両手を振った。

 「じゃあ、俺が話したらさっさと返事しろよ。てめぇ、あんまり調子に乗るなよ? 」

 「……ごめん」

 「クソッ。お前らみてぇにうじうじしたやつを見ると、こっちまで暗くなってくるぜ。こんなんじゃ、今日中にクエスト達成できねーぞ」

 「俺らも頑張るからさ。これからも、指導、頼むよ」

 柴田がそうへつらう。

 

 「……おい、向こうからウルフ2匹が来たぞ。ほら、さっさと行って倒してこい」

 

 まさにふたりを顎で使って、村田はそう命令した。



 ……



 言われるままウルフの方に向かいながら、倉石が言った。

 「……なあ、このままで良いのかよ? 」

 「……しょうがないだろ。あの村田亮二だぞ? 」

 ふたりのうちでもさらに気弱な柴田が、怯えたように後ろを振り返る。

 村田亮二は木に背中を預けて、呑気にあくびしていた。

 「……そうだけど、それはこっちに転生する前の話だろ? 」

 「まあ、そうだけどさ。でも、やっぱり、怖いよ」

 「……古澤からあの噂を聞いただろ? 」

 「……ああ、村田が指を失って今はもう剣を振れないって話だろ? それ、本当かな」

 「……わからない。だけど、あいつ、俺たちと会ってから一度も右手を見せないよな」

 「……それは、俺も思ってた」

 「だいたい、自分で戦えるなら、俺たちなんかと関わろうとするか? クラスでも殆ど話したことないんだぞ? 」

 「……確かに、不自然ではあると思う」


 ウルフに向かって剣を振りながら、倉石が言った。

 「古澤の言うようにさ、あいつ高村美紀子たちにハブられてんだよ、きっと」

 「そ、そうかな……」

 「良くあるだろ? スクールカーストの上のほうにいるやつが、仲間からハブられて、カーストの下にいるやつらに歩み寄っていく、っていう光景が」

 「ああ、わかるよ」

 「今、その状況なんじゃないか? 」

 

 気の小さい柴田が振り返って村田亮二を見た。


 それから、倉石に顔を戻して、言った。



 「……だとしたら、あいつクソだせぇな」

 

 「だよな」


 ふたりは顔を見合わせて、クク……と笑った。



 ふたりは剣士と魔術師の固有職持ちだった。

 それほど優れた才能持ちではないが、街の周囲の魔物相手には苦労しない程度には成長してきていた。

 現れた2匹のウルフも、あっさりと討伐した。



 「……おい、俺が暴いてやるから、見てろよ」

 とウルフを倒し終えた倉石が言った。

 「暴くって、なにを? 」

 「……あいつの右手だよ。本当に指がないのか、確かめてやる」

 「……どうやって? 」

 「……まあ見てろって」

 と意地悪く微笑みながら倉石が呟いた。



 ……



 「おめぇら、ウルフ2匹程度にどんだけ時間かかってんだよ」

 戻ってきたふたりに向かって村田亮二が言った。

 「ごめんごめん、俺ら、弱いからさ」

 と気の小さい柴田が謝る。

 「ほんとだよ。弱すぎるにもほどがあるぜ。……前も言ったけど、俺が指導してやってんだ。クエストの報酬は半分よこせよ」

 「わかってるって。だから、これからも、指導頼むよ」

 と柴田。



 と、そのとき、

 「村田」

 と倉石が言った。

 「ん? 」

 と村田がそっちを向く。

 「これやるよ」

 と、なにかが入った小袋を倉石が投げた。――村田の身体の右側目掛けて。


 「お、おう……? 」

 と、村田は咄嗟に隠していた右手でそれを掴んだ。

 

 ……いや、正確に言うなら、掴もうとして、それを空中で弾いた。

 村田の右手には人差し指と親指が欠落していて、小袋を掴むには指が足りなかったのだ。



 ドチャリ、

 と、硬貨の入った小袋が地面に落ちる。


 

 しいんとした、妙な沈黙が流れる。


 「……噂は本当らしいね」

 大人しくしていた柴田が不気味に笑いながら言った。

 「……だろ? こいつ、もう剣が振れない身体なんだ」

 「……」

 村田は俯いて黙っている。

 「……俺さ、ずっと村田のこと嫌いだったんだよね」

 といかにも嬉しそうに、柴田が言う。

 「へえ、……どうして? 」 

 愉しむように、倉石が問いただす。

 「傲慢で、横柄で、我儘で、自己中心的で、粋がっていて……」

 「……そんなに気に入らないところがいっぱいあるのかよ」とにたにたと笑いながら倉石が言う。「じゃあ、なぜ今まで黙って従ってたんだよ? 」

 「いやあ、こいつが強かったからかなあ。クラスでも強そうに見えたもんなあ……」

 「……それは、俺にもわかるよ。こいつ、喧嘩が強そうだったもんな。とてもとても、逆らえなかった」

 「……だけど、今は……」

 「ああ、今は……? 」

 「こいつはもう強くないもんな」

 「へえ、どうして……? 」

 「だって、指がないから、剣が振れないもんなあ~~」

 

 そう言うと、ふたりは顔を見合わせてけたけたと笑った。



 「てめぇら、良い度胸してんじゃねぇか……」

 黙っていた村田が、突然そう言った。

 「ご、ごめん……! 」

 思わず、柴田がそう謝る。

 「おい、謝るな。……平気だよ。こいつはなにも出来やしない」

 「……チッ。やってやる、やってやるよ……」と村田。

 「お、俺も引かねぇぞ。や、やるなら、掛かってこい」

 そう言って、倉石は腰の剣を抜いた。

 一方の村田も利き腕でない左手で背中の剣を抜き、倉石に対峙した。



 ……だが、


 ガタガタガタガタ……


 村田の足は見るからに震えていた。

 

 青蛇に指を喰われたことで村田の剣士としての心はとっくに折れていて、もはや誰かと戦う精神ではなかったのだ。

 

 「……ククク、おまえ、すっかり怯えているじゃないか……」 

 と笑いを抑えきれず、倉石がそう言う。

 「だ、黙れ……。お前ぐらい、簡単に殺してやる……! 」

 「……やってみろよ。こっちは、いつでもオーケーだぜ」

 倉石はそう言うと、剣を握りしめて村田に向かって構えた。


 

 

 だが、それからも村田は微動だにしなかった。

 左手で剣を握りしめたままその場で俯き、ただがたがたと震えていた。

 

 (クソッ、俺の身体、動け、動け……)

 村田は頭のなかでそう繰り返していた。

 (こんな奴らに舐められてたまるか、動け、動け……)

 

 だが、その身体は恐怖に捕らわれて一ミリも動かないのだった。


 

 と、そのとき、左からの衝撃で村田は横向きに吹っ飛んだ。

 一瞬、なにが起こったかわからなかった。


 「ああ~、気持ち良い~。一回村田のことぶん殴ってみたかったんだよ」

 といつの間にかすぐ近くに来ていた柴田が言った。

 柴田が近づいてきて、村田の頬を思い切りぶん殴ったのだ。

 

 「お前、案外、危ないやつだな……」

 と倉石がにそにそしながら言う。

 「……だけど、そうだな。こんな腰抜け、剣なんか必要ないな。……俺にもやらせろ」


 そう言うと、ふたりは顔に嫌らしい笑みを浮かべたまま村田を蹴り始めた。

 蹴っているうちにだんだんと興奮してきたのか、柴田は馬乗りになって村田を殴り始めた。


 (クソッ。こんなやつらにまで、蹂躙されて、クソッ、クソッ……!)

 と村田は必死に防御しながら、そんなことを思っている。

 そして抗うすべもなく、ひたすら殴られ続けていた。



 

 「そう言えばさ、昔こいつにさ、廊下でむかつくこと言われたことがあるんだよ」

 ひとしきり殴り終えた柴田が言った。

 「こいつって、こいつのことか? 」

 靴の爪先を村田の頬にぺしぺしと当てながら倉石が言う。

 「そう、このカスのことだ……」

 気持ちよさそうに、顔を突き出して、クックッと笑いながら柴田が言う。

 「それで? なんて言われたんだ? 」

 「カーストの底辺にいるやつが廊下の真ん中を歩いてんじゃねぇって、そう言われたんだ」

 「へえ、そりゃひでぇや」

 「それからさ」

 「……うん、それから? 」

 「今後は俺に会う度にごめんなさいって謝れって言われたんだよ」

 「……うわあ、とんでもない注文だな、そりゃあ……」

 「……いやあ、俺が悪かったんだよ。なにしろ、俺は最底辺だったからさあ」

 「……そうか? だけど今は、どう見てもこいつのほうが底辺だよなあ? 」

 「そうなんだよ~」とぱっと顔に笑顔を咲かせて柴田が言った。「今ではこいつの方が最底辺なんだ」

 「……じゃあ、どうする? 」

 柴田はかがみ込み、すっかり腫れ上がった村田の顔に向かって唾を吐いた。

 「なあ、村田……。二度と偉そうにするなよ。いいか、次に俺たちに会ったら、ごめんなさいと謝って、道をあけろよ」

 「おーい、聞こえてんのか? おい、村田」

 倉石が村田の耳を力づくで引っ張る。

 「……いつつつつ……! 」と村田の呻き声が漏れる。

 「なんだ、聞こえているじゃないか、駄目だろう、ちゃんと返事をしなくちゃ」

 にそにそと笑いながら倉石が言う。

 「ほら、言ってみなよ。ごめんなさい、生意気でしたって」と柴田。



 「……ごめん、なさい」

 俯いたまま、暗い声で村田が言う。


 「ん? なにー? 聞こえないなあ」と柴田。

 

 「ごめんなさい。……生意気でした」



 それを聞いたふたりは、顔を見合わせ、大爆笑をした。

 げらげらと笑い、地面を転げ回った。


 「……あー、すっきりした」と涙を拭きながら柴田が言う。

 「……俺もだ。良かったよ、こっちの世界に来て。村田のこんな姿が見られるんだもんな」

 「ほんと、ほんと」


 そしてふたりは声を合わせて言った。


 

 「異世界って、サイコーだな」



 去っていくふたりの足音を聞きながら、地面に蹲り、


 (……クソッ、クソッ……)


 と村田はだらだらと涙を流し続けていた。



 (こうなったのも、全部、指が無くなったからだ……)


 (クソッ、指さえあれば、あんなやつら……一撃で殺してやるのに……)


 そう思いながら、失くなった指を取り戻す方法など、村田には検討もつかないのだった。


 (クソッ、クソッ、クソッ……! )



 誰もいなくなっても、村田はしばらくそこで俯いたままでいた。






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