睡
だんだんとこの国のことがわかってきたが、この国にはごく少数ながらエルフ以外のひとも暮らしている。
獣族、人間、ドワーフも一応はこの国のなかにいるのだ。
だが、その多くは日陰のなかで暮らしている。
言ってみればこの国では「エルフ」の地位が以上に高く、残りの人種はみんな最下層を生きているのだ。
だから街に出ていても、滅多にエルフ以外の種族を見かけない。
みんな隠れるように暮らしているか、たまに旅行者や冒険者がこの国にやってきても、すぐに去ってしまうのだ。
(これはスクールカーストに良く似ているよな……)
(外見が整っていて、口が上手くて、運動が出来て、要領の良いやつらが頂点に君臨していて、残りの、醜い、俺みたいな、運動神経の悪い、要領の悪いやつらが最下層を生きるんだ……)
(要するにこの国はエルフがカーストの頂点に君臨していて、残りの種族は俺みたいに底辺で生きている……)
(例外は転生者ぐらいだな……。あいつらはある意味でエルフと同等か、それ以上の地位として扱われているもんな……)
俺は隣で眠っているマトイを見た。
(多分、エルフたちにとっては、外見が美しいということが、すごく大事なことなんだろう……)
(だから、マトイみたいに、呪いを受けて外見が悪くなると、一気にカーストの最底辺まで落ちてしまう……)
俺は胸糞の悪い気分がこみ上げてくるのを感じた。
(気持ち悪い話だ……)
(なんで誰かを下に見たり、醜いという理由で迫害したりするんだろう……)
(いっそ、俺みたいな顔が美しいとされて、エルフの顔立ちが醜いとされるような、大逆転が起これば良いのに……)
俺はそんな世界を想像して、身体がぶるっと震えた。
(この国で一番美しい男として、俺が扱われる世界か……)
(ま、そんな日が、来るはずないか……)
俺はそうにやりとすると、ベッドから起き出して、やると決めていた今日の作業を開始した。
……
今日は魔物の結晶を喰うことに決めていた。
結晶は全部で26個ある。
まず、試しに、ハングリーウルフの結晶をひとつ喰ってみる。
「……ああ、美味しいな……」
思わず、そう声が漏れた。
魔物の結晶は噛むと、中から液体が溢れてくる。
それが最高級の果実に似ているというか、とにかく口のなかにしあわせが広がるのだ。
(ああ……うめぇ……)
口のなかにとろとろとしたものが広がる。
ずっと結晶を口のなかで噛んでいたい。
(魔物の命を今まさに奪っているのはわかるが……)
(そうとわかっていても、ものすごく、美味い……)
結晶のじゃりじゃりした破片はキャンディーのようで、中から溢れてくる液体は、果汁とか、肉汁に似ている。
それが口の中で混ざり合うと、ちょうど良い歯ごたえと、汁気があって、絶妙に美味しい。
顔をとろけさせながら、俺は結晶を噛み続けていた。
……
宿の庭に出て、持ち帰ったクレイモアを振ってみる。
(さすがに、簡単には、振れないか……)
クレイモアは結構重たいから、持ち上げることは出来るが、とてもじゃないが、振れない。
(結晶をひとつ喰ったぐらいじゃ、こんなもんか……)
どうやら結晶の効果は、水晶になんの表記もなければ、喰えば筋力が増量するらしい。
だから多少は筋力もあがっているのだろうが、ひとつだけでは、クレイモアが振れるほどにはならなかった。
(ちょっとはマシになっている感じがあるが……)
(もっと大量に、結晶を喰ってみるか……)
部屋に戻った俺は、続けて結晶を喰らい始めた。
ところが、三つ目を口にしたときのことだった。
(なんか……、ぼおっとしてきたな……)
部屋のなかの景色が、ゆらゆらと揺れているのだ。
(これは、酔っ払っている状態に、似てるのかな……)
なんとなく、顔も火照っている気がする。
(だけど、ああ……、気持ち良いな……)
「……ピギー、大丈夫……? 」
心配して、マトイがベッドから起き上がってきた。
「らぁいじょうぶ」
「……大丈夫、じゃない」
「ららぁいろうぶらって」
「……いや、全然、大丈夫じゃないから」
マトイが台所から水を持ってきてくれた。
「……ほら、飲んで」
「いららぁい。ほんろに、らいろぶらから」
イラッ。
……と、マトイがする音が聞こえた。
いや、本当に聞こえたわけではないだろうが、それが伝わってきた。
「……飲めって言ったら、ちゃんと飲んで。お願いだから」
明らかに、口調が厳しくなっている。
「はあい。ろみます……」
俺はマトイの持ってきた水を飲み干し、言われるがまま、しばらくベッドに横になった。
(結晶は、喰いすぎると酔うのか……)
(あんまり立て続けに喰ったら、良くないのかもな……)
(ああ~……気持ち良いが……ふらふらして、立てる気がしない……)
「……酔いが覚めるまで、寝ていた方が、良いよ」
ベッドの縁でマトイが言った。
「しんぱいしてくれれんの、マロイ」
顔を起こしてそう聞くと、
「……心配するのは、当たり前。なに言ってんの。せっかくピギーと仲良くなれたのに、こんなことで体調不良になって欲しくない」
「ほ、ほうか……」
マトイはこう付け足した。
「……私、エイラさんと、ピギー以外に、頼れるひとがどこにもいないから……。だから、ピギーに死なれちゃ困る」
「こんらことで、しららいよ」
「うん。でも、私は心配」
そう言えばマトイは俺よりも二歳歳下だったんだな、と思い出していた。
(いつもしっかりしているから、忘れそうになるが……)
(なんか、心配させて、悪いことしちゃったな……)
「ごめんれ、マロイ、ちょっとやすめば、よくらるから……」
ゆらゆらと揺れる景色のなかで、心配そうに俺を見つめるマトイの顔が見えた。
(そう言えば、マトイには、両親や家族はいないのかな……)
(頼れる人がいないって言ったけど……)
「……ピギー、欲しい物があったら、言ってね。私、買ってくるから……」
マトイのその声を聞きながら、その言葉に甘えて、俺は夕方まで眠ったのだった。
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