テイム
王宮を追われ、城下町に出た。
王から聞かされていた通り、この国には本当に美男美女しかいない。
通りを歩く男はみんなモデル並みに背が高く、顔も整っている。女もアイドルか女優にしか見えない。
まるで映画の撮影のなかにひとりだけ混ざったみたいだ。
……歩いているだけで、エルフたちが異様なものを見るような目つきで俺を見てくる。
耐え難い苦痛だった。彼らの歪んだ顔が、明らかに俺の容姿への不快感から来ているのがわかるのだ。
逃げるようにして通りを抜けていく。
ひと目を避けるために俯いて歩いた。
誰にも顔を見られたくなかった。見られれば笑われるか、不快そうに顔を歪められるのはわかっているのだ。
とにかく今晩泊まるところを確保しなければならない。
それしか頭になかった。
「ピギー」
……やっと宿屋の前まで来たとき、何者かに呼び止められた。
振り返ると、そこに同級生の幸村健児、加納満、浦田遊矢、衛藤香織が立っていた。
こいつらはクラスで一番目立つ高村美紀子みたいなタイプとは違い、どちらかというと優等生タイプだった。
こいつらは元の世界ではそれほど見た目の良い方ではなかったが、こちらの世界ではエルフ並に整った容姿に変わっていた。
要するに「そこそこの見た目」をしていれば美しく転生出来るのだろう……。
それはつまり、クラスで俺だけが、突出して醜い見た目をしていた、ということだ。
「お前ら……どうした? 」
そう聞くと、衛藤香織がにやにやしながら近寄ってきた。
そして俺の耳元に口を近づけた。
思わず、赤面する。当然だろう。衛藤香織に関してはもとの容姿も綺麗だったし、転生した今は以前よりも遥かに綺麗になっていたのだ。
「……ピギー、あなたをテイムする」
「……へ? 」
……すると、不思議な紋章が宙に浮かび、俺の身体を補足した。
「な、なんだこれ……? 」
そしてその紋章はすっと俺の体内に入り、――なにか心の一部に大きな変化が起こった。
「……ぷっ」
「……あはははははは! 」
突然、衛藤たちが爆笑し始める。
「ピギー、おすわり」
――と、そう言われた途端、俺の身体が“勝手に”動いて、おすわりをした。まるで犬みたいに。
そして再び爆笑が起る。
「すげえな、ほんとに出来ちゃったじゃん」
幸村健児が嬉しそうに言った。
「モンスターにしか効かないって話だったのにね。ピギー、あんたほんとにモンスターなんじゃないの? 」
衛藤が涙を拭きながらそう笑う。
「これってさ、どんな命令でも聞くのかな」
幸村が目を輝かせてそう言う。
「聞くんじゃない~? ピギー、服を脱いで」
……すると、俺の手が勝手に動いてするすると服を脱いだ。
「すげえ(笑)、ほんとになんでも言うこと聞くじゃん」
「じゃあピギー、次は土下座ね」
まるで祭りの出店に来たみたいなテンションで、ふたりがそう話す。
……そして素っ裸にされた俺は、自分の意志と無関係に土下座をさせられた。
沈黙。
衛藤たちが激しい優越感に浸っているのが、わかる。
多分今、あいつらは震えるほど気持ちが良いのだろう。
他者を思うがままに操り、その相手の自尊心を徹底的に踏みにじる。
その暴力的なまでの自分の万能感に、酔いしれているのだ。
「……じゃあピギー、謝ろっか」
「な、なにを……? 」
地面に額を擦りつけたまま問う。
「決まってんじゃん。醜くてごめんなさい、って」
「……すいませんでした」
俺の意志と関係なく口が動く。喉が開く。
「……こんな醜い姿していて申し訳ありませんでした」
そしてまた爆笑が起こった。
俺は涙が溢れるのを抑えられなかった。
どうしてこいつらはここまで他人に対して非道になれるのだろう。
すこし容姿が整っているとか、すこし他人より優れているというだけで、
なぜこうもひとの感情に無頓着になれるのか。
それに、俺がこいつらになにをしたというのだろう……。
「……可哀想だから、テイムは解いておいてあげる」
すると俺の身体から冷ややかなものが通り抜け、
紋章が身体のそとに出て行った。……やっと自由が戻ってきた。
「じゃあね~」
そう手を振ると、衛藤たちは振り向きもせずに去っていった。
正直に言って、後ろから斬りかかりたかったが、足が動かない。
……恐ろしい力だ、と足が震えていた。
俺以外の同級生たちはみんな、あれくらい特殊な能力を得たのだろうか。
俺だけが醜い容姿のまま、なんの特殊能力も持っていない。
あるのは「修理士」という、戦いに向かないスキルだけだ……。
あいつらと戦っても勝てるはずがなかった。
――そのとき、通りの奥からエルフが歩いてきた。
俺は慌てて服を担ぎ、さらに通りの奥に走った。
路地の奥に誰も居ないのを確認し、急いで服を着る。
……あまりの惨めさに、涙が溢れてきた。
「なんて、情けないんだろう……」
と呟く。
そして窓に映った自分の顔を眺めた。
……そこには笑ってしまうほど醜い自分の顔が映っていた。
「はは、これじゃあまるで、オークだ……」
薄っすらと口元に笑みを浮かべた窓の中の自分が、小さな声でぽつり、とそう呟いた。
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