指
今回は元クラスメイト視点の話です。
高村美紀子、第一話でピギーにフレアを撃った高慢な同級生です。
村田亮二、同じく第一話でピギーをからかっていた同級生です。
あとはその取り巻きたちの話です。
とあるダンジョンにて――。
高村美紀子とその取り巻き四人衆、村田亮二とその仲間たちは魔物の討伐に来ていた。
ダンジョンの中間に辿り着くまではのんきな旅だった。
7人はピギーの悪口で盛り上がりながら歩いていた。
「ほんっとに、あいつが同じクラスにいるっていうだけで、気持ちが悪い」
高村美紀子が言う。
「ほんと、ほんと。まず顔面が無理。気持ち悪い」と取り巻きの片岡早紀。
「こっちの世界に来る前に、あいつに腐った牛乳を飲ませたことがあるんだよ」
いかにも愉しげに村田亮二が言った。
「あった、あった」
と高村美紀子が頷く。
「飲んだ後、あいつトイレに駆け込んでさ。一時間も個室から出てこね―の」
ドッ。
7人は手を叩いて爆笑した。
「あいつ今頃どうしてんだろうな」
村田が言った。
「外れ職引いてたから、街でホームレスでもやってんじゃない? 」
いかにも勝ち誇った笑みを浮かべて高村が言う。
「あり得る」と取り巻きの片岡。「今度あったら、一枚ぐらい銀貨を恵んであげよっか」
「おいおい、銀貨も貴重なんだから、あんなやつにあげてる余裕、ないっての」
「それもそっか。じゃあ、一枚もあーげない」
再び7人は、手を叩いて笑い合っていた。
……
その三十分後のことだった。
「ねえ、ちょっと、ここなんか、おかしくない? 」
周囲の異変に気がついた高村美紀子が囁く。
さっきからなんの物音もしなければ、魔物一匹の姿も見えないのだ。
それにあまりにもダンジョン内は暗く、たった一メートル先さえもほとんど見えなかった。
「……おい、なにか聞こえないか? 」
先頭に立っていた村田亮二が立ち止まって言った。
ダンジョンの奥から、ざわざわと風に葉が揺れるような音が迫ってきていたのだ。
「いてぇ……、なんだ……? 」
村田がそう呟いて足元を見ると、一匹の蛇が脛に噛み付いていた。
慌てて引っ張り上げるが、そのときに脛の肉の一部が剥がれた。
「いてぇ……! 」
村田の脛から、どぷっと血が溢れる。
「やばいぞ、蛇だ、こいつら、噛み付くぞ! 」
村田がそう叫んだときには、すでに7人の足元に膨大な量の蛇が絡みついていた。
「ななな、なにこいつら?? 痛い、噛み付いている! 」
「やばいやばい、肉が持ってかれた! こいつら、肉を食うぞ! 」
「おい、さっさと逃げろ! なにやってんだ! 」
「いてぇ、いてぇ! ふくらはぎの肉が持っていかれた……! 」
7人は口々にそう叫んだ。
「快復役がいるから、傷はなんとかなる! 身体にまとわりついた蛇だけ振り払いながら、入り口まで逃げろ! 」
村田はそう叫ぶが、右手の親指の異変に気づいた。
じゅぶじゅぶと奇妙な音が近くで聞こえていた。
見ると、右手の親指に蛇が食いついている。
「……! 」
青色の蛇がこっちを見ていた。
その歯が親指の肉をしゃぶり、今まさに自分の指の骨を噛み砕こうとしているのが見えた。
そしてガ、ガ、ガという音が何度か聞こえると、最後に「ガリ」という音がした。蛇が指を食い千切ったのだ。
村田は息を飲んだ。
痛いというより、目の前で指が食い千切られたショックで、身体が動かなくなっていた。
そうする間に、蛇はするすると移動して、人差し指の肉を噛み始めていた。
慌てて引き剥がそうとしたが、その勢いで人差し指も食い千切られる。ガリッ……。
さらに蛇が移動すると、さっきまで指のあったところが断絶しているのが見えた。
そしてそのあいだにも、足から別の蛇が這い登ってきている。
村田は剣で指に噛み付いていた蛇を切り裂いた。
無くなった二本の指から血が大量に吹き出た。
「どけ、どけ、邪魔だ。どけぇぇぇ! 」
そう叫びながら、村田は仲間を押しのけて、ダンジョンの入り口まで駆けていった。
「ちょっとちょっと、なんなの、危ない! 」
「きゃあ! やめてよ、押さないでよ! 」
「おい、村田。あぶねぇだろ! 」
「いいから、村田に続いて、みんなも逃げろ、逃げろ! 」
口々にそう言いながら、残りの6人もダンジョンの入り口へと逃げ出していった。
……
ダンジョンの外まで来ると、蛇は波が引くように奥に帰っていった。
「信じらんなーい。なんなの、あの蛇! 」
高村美紀子がそう叫ぶ。足の至るところから、血が流れている。
「あんなにたくさんいたら、とてもじゃないが対処できねーよな」
「そうだ、そうだ。こんなダンジョン、おかしいよ」
「……ていうか、俺たち、全然前に進めてないよな? 」
「だって、しょうがないじゃん。敵が強すぎるんだもん! 」
「うわ~ん! 」
女のひとりが泣き出してしまった。
「いいから、俺の指、治してくれよ……」
怒りを隠さずに村田亮二がそう愚痴を零す。
「はあ? いくらヒーラーだからって、無くなった指が元に戻せるわけないじゃん」
ヒーラー職の片岡早紀が言った。
「は? ちょっと待てよ。じゃあこの指、このままだって言うのかよ」
「傷を負ったのはあんただけじゃないでしょ。我儘言わないの」
「我儘って、おま……」
村田亮二は思わず言葉を失う。
そしてやっと続けた。
「利き腕の親指と人差し指が無くなったら、これからどうやって、剣を振るうんだよ? 」
「しらなーい。油断してたの、私のせいじゃないし」と片岡早紀。
「おい、ふざけんな……」
と言おうとするが、無くなった指の痛みがあまりに激しく、村田は悶絶する。
ほんの僅かに身体を動かすだけで、気絶しそうなほどの痛みが指に走るのだ。
服を裂いて、二本の指の付け根に巻きつけていく。その間もどぷどぷと血が漏れ続けている。
「く、くそ! くそぉぉぉ! 」
怒りと痛みで、村田は涙が出てきていた。
「クソッ、なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけねぇんだ……! 」
「剣豪職を貰って、今頃は順調に最強の剣士に成長しているはずだったのに……! 」
「ねえ、あのさ~」
と高村美紀子が立ち上がって言った。
「さっきからぶつぶつ言ってるけどさ~。あんた、今後は剣を振れないっていうんなら、もう私たちにつきまとうのやめてくれない? 」
「はあああ??? いつ俺がお前らにつきまとったんだよ? 」
「いいから、もう付いてこないでー」
「はあ? はあああああ??? 」
「ね? みんな」
高村美紀子がそう言うと、みんなが一斉に、
「そーよ、そーよ」
と声を挙げた。
村田は愕然として、手をぶらりとさせた。
そこから、巻きかけていて包帯がずるりと地面に落ちた。
「みんな、そんな使えないやつ、ほっておいて行こー」
「うん、行こー、行こー」
指が二本も食い千切られたというのに、まるで遠足に出かけるように呑気に高村たちは去っていった。
「じゃあ、俺らも、行くわ」
村田の取り巻きのひとりが言った。
「……はあ? おい、ふざけんな! お前らまで、裏切るのかよ? 」
「まあ、そう取るならそれで良いからさ」
かつての仲間だった男たちは、村田の指を見つめてにやにやしている。
「お前ら……ふざけんじゃねぇ! 」
村田がそう叫んだ。
「今までどれだけ俺がお前らを助けて来てやったと思ってる! それが、剣が振れなくなった途端それか! ふざけんな! 殺すぞ! 」
村田はそう喚き散らすが、仲間たち二人はそのあいだもずっとにやにやしている。
「ま、せいぜい頑張ってよ」
取り巻きのひとりが笑いながら言った。
「剣も振れないお前じゃ、生き残れないと思うけど」
「……」
あまりの怒りで、村田は声が出せなかった。
真っ赤になってただ震えていた。
「くそぉぉ! 殺す、絶対、殺す……! 」
そう言いながら村田はかつての仲間たちに歩み寄り、剣を振り下ろした。
……だが、その剣はあっけなく手からすっぽ抜け、村田の後方へと飛んでいった。
「あぶねー! こえー! 」
かつての仲間のひとりが楽しそうに言った。
「殺される、殺される! 」
そしてふたりはふざけたように笑いながらその場を去っていった。
ふたりが去ったあと、
「なん、だよ……」
「ふざ、けんじゃねぇよぉぉお」
そう叫んだ村田は、膝から崩れ落ちた。
そして誰もいなくなった原っぱでわんわんと泣き始めた。
「これからどうすりゃ良いんだよぉぉ」
「どうやって戦えば良いって言うんだよぉぉぉお!? 」
村田は空に向かってそう叫んだ。
まるでデパートで母親に駄々をこねる子どものように。
「うわぁぁああ。このままじゃ俺、死んじゃうよぉぉお! 」
だが、仲間たちはすたすたと去っていったまま、戻っては来ない。
「うわあぁぁあ! 誰か、助けてくれよぉ~! 」
だが、その悲鳴を聞いても、かつての仲間たちは助けに戻って来てはくれないのだった。
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