表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

食堂警備隊

食堂警備隊3─探偵社をクビになったので自営業で飲食店の警備を始めました─

作者: 髙橋朔也

《前回のあらすじ》

 探偵社をクビになった俺(宮本(みやもと)誠二(せいじ))は、無理矢理実家に転がり込んで飲食店の警備を行う『食堂警備隊』という自営業を始める。そして、田中食堂という飲食店で警備をして得たお金を親父に家賃として盗られそうになったので戦いが巻き起こった。

───────────────────────

 くそ親父との家賃争奪戦は荒れに荒れた。というのも、親父はなり振り構わず扉を蹴破り、俺の部屋へと侵入してきたからだ。

「テメェ、俺の部屋を荒らしやがって!」

「ここはアパートだと何回言えば良いんだ!」

「何回でも言ってみろっ! 親父だって年金暮らしの無職のくせに」

「子供の分際でよくも言えたな!」

 この喧嘩(?)は、母さんが帰宅して仲裁に入るまでの三時間も続いた。結局、田中食堂の店長からもらった30万円から5万円も引かれた。酷い話しだ。

 次は水道光熱費としてお金が()られそうだ。ちなみに、俺は実家ではほとんど水道光熱関係は使っていない。親父がクズだから、風呂にすら入らせてもらえないから近くの銭湯に出向く始末だ。トイレ何かもお断りらしく、コンビニは遠いから漏れそうになった時は困った。

 失敗談の数々はさておき、田中食堂の一件から三日も経過した。だが、食堂警備の依頼が入らない。このまま親父に、食堂警備隊から自宅警備隊に転職したい、と言いたいくらい仕事をしない日があった。

 これではさすがに暇だぞ。ということで、俺は休暇を楽しむことにした。

「休暇だし、どこに遊びに行こうかな」

 俺は腕を組みながら、スマートフォンで地図を見た。周囲には行きたいような場所はないし、遠出でもするか。遠出するとしたら、じゃあ、あそこしかないか。同級生が営んでいる『倭寇(わこう)カレー』っていう店だ。倭寇カレーを営む谷村(たにむら)一樹(かずき)によると、一番人気は『海賊一味のカレー』っていうスパイスの利いたカレーらしい。一度行ってみたかったんだ。

 俺は早速、準備を始めた。リュックサックに、念のために食堂警備隊の道具も詰め込んで、スーツに袖を通す。

「よしっ!」

 俺が階段を降りると、親父が仁王立ちしていた。

「どうした、親父!?」

「どこに行くんだ?」

「倭寇カレーっていう店だ」

「仕事か?」

 ここは仕事と言った方が良いのか!? うん、仕事ということにしておくか。

「ああ、仕事だが?」

「そうか。なら、まあ良いか」

 仕事と言ったのが良かったのか。

「んで、どんな用事だったんだ?」

「いや、遊びに行くんだったらお金を渡そうと思ってな。最近、誠二は遊んでなかったし」

 ぐぁー! 遊びに行くと言ったらお金が貰えたのか!

「ま、仕事行ってこいよ」

 親父は廊下の奥へ消えていった。

 俺はショックを(おさ)えて、ミラジーノの運転席に乗りこんだ。ナビで目的地をセットして、車を発車させる。

 ふと、谷村のことを思い出した。俺が高校生の時、谷村は同じクラスだった。中学校も同じだったこともあって、仲も良く、二人で頻繁(ひんぱん)に悪さをした。谷村も『青春』の『せ』の字もなく、彼女いない歴=年齢だ。それも、仲が良かったことを加速させた。だが、谷村は馬鹿だったから東大に受かることは出来ず、大学は別々。自然と話さなくなったが、今でもたまにメールのやりとりはある。俺の唯一無二の友達だ。


 前言撤回、谷村は友達なんかじゃない! なぜかと言うと、こいつ、ちゃっかり結婚してやがった。

「久しぶりだね、宮本」

「お、おう。谷村、お前......何で俺を結婚式に呼んでくれなかったんだ!」

 俺は谷村と再会して一分程度で、結婚式に俺を呼ばなかった理由を尋ねた。

「何言ってんだ、宮本?」

「いや、谷村の横にいる美人。奥さんだろ?」

 谷村の横にある椅子ですやすやと眠る女性を指差した。

「ハハハ。宮本は面白いな」

「谷村、何が面白いんだ!?」

(あかね)従姉(いとこ)だよ」

「あ? 従姉!?」

 谷村によると、木元(きもと)茜さんは谷村の父さんの姉さんの娘らしい。たまに倭寇カレーの手伝いにやって来るとのこと。

「ね? 俺が結婚するなんて、あり得ないよ」

「まったく、谷村。脅かすなよ」

「宮本の勘違いが原因だろ? ハハハ」

「でも、こんな美人なら谷村もアタックするんじゃないか?」

「宮本も知っているはずだ。俺は二次元の女の子しか愛せないんだ」

 そう。谷村は自他共に認めるアニメオタク。それゆえに二次元の女の子相手にしか愛は芽生えない。端から見なくても変態な谷村だが、料理の腕は確かだ。高校生の時に、谷村の手料理を食ったが非常に美味だった。あの味は忘れられない。

「さて、谷村。せっかく来たんだから、無料で飯を食わせろ」

「了解! そう言うと思ったよ」

 椅子で寝ている茜さんは放置しろ、と谷村に言われたのであくびをしながら素通りした。

 倭寇カレーは今日は定休日とのことで、椅子に行儀悪く座って料理を待った。十分ほどすると、薄い黄色のカレーがご飯に乗ってやって来た。良い香りがする。

「はい、宮本。倭寇カレー名物『海賊一味のカレー』だ」

「おぉ! 名前はおかしいが、それ以外は満点だ。あとは味だ」

「名前、そんなにおかしいか? 茜さんもそれを指摘していたが」

「どう考えても『海賊一味のカレー』って名前はおかしいぞ! もう少し考えてみろよ」

「嘘だろ......」

 (へこ)んでいる谷村を無視して、スプーンで一口を口に運ぶ。甘過ぎないし、スパイスも利いている。口コミ通り、名物と呼んでも差し支えはないだろう。

「味は悪くないな」

「当然だ。俺はカレーに命をかけて作ってんだからな」

「カレーに命までかけるなよ」

「そうか?」

 谷村は厨房に行って、料理の仕込みなどをしていた。これでも谷村はちゃんと、店長してんだな。俺も真面目に働かないとまずいか。まずいな。働くか。

 俺が働くと言っても、やっている仕事は食堂警備隊しかないからな。それなら、谷村のこの店を警備すればいいのか?

「なあ、谷村」

「どうした?」

「俺は食堂警備隊っていう自営業してるんだ」

「食堂警備隊だぁ? 何だその自営業は?」

「食堂警備をする仕事だ。それで質問なんだが、この店に狂者が来たりしたことはあるか?」

「いや、この店にはそういう被害があったことはなかったけど......」

「何だ? 心当たりあるのか?」

「最近な、この店の中を覗いている変な男がいるって近所の人から言われるんだ」

「被害あるじゃん!」

「そんなことでも被害になるのか?」

「なるだろ。なら、俺が食堂警備をしてやろうか?」

「良いのか?」

「その代わりに」俺は親指と人差し指の先を付けた。「これを貰うぞ」

「なんだよ、金を取るのか? 俺と友人なのにか? 俺がカレーを無料でお前に食わせたのに?」

「食堂警備隊は人気だからだ。まあ、友人だから値引いてやる」

「それは(ふところ)に優しい」

 谷村は自分のサイフを取り出して、中を覗き込んでいた。顔は真っ青になっている。おそらく、思ったよりお金が入っていなかったんだろう。俺もそういう時があった。

 実家に無理矢理転がり込んですぐ、俺はこっそり親父のサイフを盗んで中を覗いた。そして金欠だと知ってから、またこっそりとサイフを元の場所に戻した。まさか、親父のサイフに十円玉が二枚しかないとは......。

「宮本!」

「何だよ、騒ぐなよ」

「金がねぇです」

「マジですか......」

 谷村がお金を持ち合わせていないなら、俺への借金という形にしておこう。あ、うん。もちろん、利子とかはないよ!? 俺が、この俺が親友から利子までも取ると思うか? 何、思うだと!? 俺はそんな残忍な奴だと思われているのか!? ちょっと待てよ。おかしいだろ、おかしいだろっ!

「谷村、お金はいらない。無料でかまわない」

無料(タダ)で良いのか?」

無料(タダ)で大丈夫だ」

 俺が最低の野郎だと思われているようだから、これで汚名返上だ(諸君に気を遣って『名誉回復』という言葉を使用しなかった俺って超優しい! まあ、元々名誉なんて俺にはないからな)。

「それよりさ、宮本」

「何だよ」

「前は探偵してたんじゃなかったっけ?」

「探偵だったけど、最近クビになった。だから、食堂警備隊を始めたんだ」

「大変だな、お前も」

「そうだな。マジで大変だよ」

 それから一時間程度、谷村と昔のことを話していた。すると、谷村の従姉だという茜さんが目を覚ました。

「一樹! 知らない人がいるっ!」

「茜さん、そいつは俺の友達だから安心しろ」

「おう! 宮本誠二って名前です」

 何だかんだあったが、茜さんは疑うということを知らないようだ。すぐに打ち解けて、三人で談笑をしていた。しかし、谷村が何かに気づいて椅子から立ちあがった。

「誰だ、そこにいるのは!?」

 谷村が叫んだから、俺は驚いて椅子からひっくり返った。急いで立ち上がると、谷村を見る。谷村は店を飛び出して、男を追いかけていた。チャリンチャリン、と鈴を鳴らしたような音がする。谷村が追いかけている音が鳴らしている音だ。ポケットにでも鈴を入れていたのだろう。

 そんなことより、谷村が追いかけている男を捕まえなくては。谷村が追いかけている理由は知らないが、何かあったのだな。

 俺はバックから警棒を取ると、右手で握って店を飛び出した。

「谷村、加勢する!」

 俺は谷村の後を追った。けれど、すぐに谷村は引き返してきた。

「どうした、谷村?」

「奴を見失った」

「あの野郎が何をしたんだ?」

「いつもこの店を覗いている奴だ。近所の人から報告が多々あったから、今日こそ捕まえようと構えていたんだ」

「あいつはいつも鈴を鳴らしているのか?」

「いや、たまに鳴らしている時はあったな、くらいの頻度(ひんど)でしか鳴らしていなかったよ」

「あの(やから)が誰かはわかるのか?」

「それすら突き止められていないんだ」

 なるほど。倭寇カレーも、それなりに被害を受けているのか。なら、親友として放っておけない。

「谷村。『倭寇カレー』の食堂警備は任された。いつまで警備をしてほしい?」

「急だな! えっと......なら一ヶ月くらいを目安に警備をお願いするよ」

「一ヶ月か。わかった」

 一ヶ月もあれば、あの男を捕まえることも出来るはずだ。無償の仕事が一ヶ月も続くのは辛いが、実際は快適な室内で飯を食らっていればすぐに終わるのが食堂警備だ。こんな楽な仕事で、今までお金を貰えていたことが不思議なくらいなのだ。

「今日は店は定休日だけど、今日も警備するのか?」

「ああ、それは当然」

 俺は谷村より先に、店の門扉に戻った。そこでしゃがみ込んでいると、谷村は首を傾げた。

「何をしてんだ?」

「俺は元々は探偵だろ? 現場で証拠品探しは常套(じょうとう)手段だ」

「足跡でも見てるのか?」

「それもあるけど、犯人は何か落としていないか確認してたんだ」

「何かあった?」

「足跡すらない」

「そいつは残念だ」

 俺と谷村は一緒に店内に入り、ポカンとしている茜さんを見つけた。

「「あ、茜さん!?」」

 俺達は同時に声を上げてから、唖然(あぜん)として行動停止している茜さんを見てあたふたした。

「一樹、宮本さん。どこ行ってたんですか?」

「いや、すまん。変な男が覗いていたから、宮本と追いかけてたんだ」

「変な男?」

「鈴を鳴らしていた」

 現場に証拠品がなかったから、これから犯人を突き止めるにしても論理で(あぶ)り出すしかない。だとすると、倭寇カレーの立地の場合は推理がやりやすい。

 推理をするとしたら、重要なのは奴が鈴を鳴らしていたことにある。だとしたら、かなり犯人も絞り込めるな。

「谷村。覗いていた男を突き止めるから、倭寇カレー周辺の地図を寄越せ」

「地図? ちょっと待って......地図なんて持ってたかな」

 谷村はどこからか引っ張り出してきた地図を受け取り、胸ポケットから取り出した赤ペンで丸い印しをした。

「地図に印しを書いた部分にある神社は、何という名前だ?」

「あ、ちょ、地図に勝手に書いちゃ駄目だろ。しかも、油性ペンじゃねーかっ!」

「そんなことはどうでもいい。この神社の名称は?」

「んーと、確か『二葉(ふたば)神社』だった気がする」

 二葉とは、ここら辺の地名だ。

「二葉神社か。早速、そこに行ってみよう」

「何で? 何か説明しろよ」

「二葉神社に犯人がいる可能性があるんだ。これで説明終わり。行くぞ、二葉神社」

「もっとくわしく説明しろ!」

「説明するほどのものでもない推理だぞ?」

「それでも、説明してくれないことには何が何だがさっぱりだぜ」

「仕方ない。説明しよう」

 谷村なら説明しなくても理解出来るとは思ったけど、さすがに無理だったか。それに、茜さんに関してはチンプンカンプンの様子だ。俺の推理を説明するしかないか。

「まず、犯人が鈴を鳴らしていたことから推理を進めることが可能なんだが、谷村ならどう推理する?」

「犯人が鈴を鳴らしていたことから推理するんなら、そうだな......鈴が鳴ってたら、その鈴音を便りに俺と宮本が延々と追いかけるはずだろ? つまり、鈴が鳴っていたら捕まる比率が格段に上がるわけだ。なのに鈴程度を捨てずにポケットに入れていたということは、鈴が相当高価な物だったということだ」

「ってことは、谷村は『犯人はお金持ちか何か』だって言いたいのか?」

「そんなところだな」

「ま、そういう推理も出来なくもないが、俺は『犯人が鈴に思い入れがあった』と推理した」

「思い入れ、か。それなら、鈴を捨てなかった理由も理解出来なくはないが鈴に思い入れがある奴なんてたくさんいるんじゃないか? まったく絞り込めてないぞ」

「谷村、まだ推理は続くんだよ。探偵の基本は現場での証拠品探しと、推理に尽きる」

「鈴に思い入れがあるって程度で、どうやって推理を進めれば良いんだ?」

「推理ってのは本当に重要だ。なぜ鈴に思い入れがあったのか推理することによって、最後のピースが符合する」

「だから、どんな推理だ?」

「まずは鈴に思い入れが芽生えた理由が、職業だと推理する。すると、倭寇カレー周辺はかなりの田舎だから鈴に思い入れが芽生える職業は自然と限られてくる。その一つが──」

「神社ってことか?」

「正解! 神社で働く神主(かんぬし)さんは、神職(しんしょく)とも呼ばれて文字通り神の職業だ。神を敬うことを重視する。それでもって、神職は鈴を使う。神を敬い、鈴を使い続ければ鈴を大切にするようになる」

「面白い推理をするな」

 同じ推理で、お寺で働く奴らも鈴を大切にして捨てることが出来ない。お寺で酷使される者どもも、一応は()に仕える仕事で鈴も使ったりするからだ。

「んじゃ、一番近くの神社である二葉神社に車ですぐに行って、店を覗いていた奴を探してみようか」

「二葉神社には車で行けないぞ」

「マジ!?」

 谷村によると、二葉神社には駐車スペースもない。また、二葉神社に一番近い駐車スペースはかなり遠いから、倭寇カレーから歩いて二葉神社に向かった方が早く到着する。

 さて。俺と谷村、茜さんの三人で倭寇カレーの店の戸締まりをしてから歩き始めた。

「宮本さんの推理だと、神社仏閣で働く人が店を覗いていた可能性があるということですよね?」

「まあ、そうなんですが推理が間違っている可能性もありますから何とも言えませんね」

「食堂警備隊は楽しいですか?」

「楽なのに儲けられますよ」

「それは良いですね」

 茜さんは食堂警備隊に興味があるように、仕事のことをいろいろと尋ねてきた。

「武器は何を使ったりしているんですか?」

「百均の警棒とか、以前はパーティーグッズの手錠を使っていました」

「拳銃とかは持たないんですか?」

「一般人が拳銃を所持したら銃刀法違反になっちゃいますからね」

 どんな話しの内容だよ、などと思いながら歩みを進めた。三十分ほど歩いたら、二葉神社が見えてきた。俺は土踏まずの痛みを我慢し、境内(けいだい)に入った。

 谷村は周囲を見回した。「住職さんがいないな」

「おい、谷村。住職はお寺だろーがっ! 神社で働いてる人を呼ぶ場合は『神主(かんぬし)さん』で良いんだよ」

「わ、わかった。神主さんだな?」

「そうだ」

 谷村は境内をほうきで()いている神主に声を掛けた。

「神主さん、二葉神社で鈴に思い入れが強い人っていますか?」

「いやぁ、神社で働いていれば皆が鈴を大切にするはずだろうし、一人には絞れないな」

「特に思い入れが強い人とかはいますか?」

「特に......あえて一人に絞るなら、二葉神社の宮司(ぐうじ)が一番鈴を大切にしているよ」

 宮司はお寺で例えると住職になる。この神社の宮司は、鈴を大切にしているのか。

「あの、宮司さんと話しをさせてもらっても良いですか?」

「まあ、良いと思うよ。宮司を呼んでくる」

 谷村は、掃いていた神主に頭を下げてから俺達の元に帰ってきた。

「宮司さんって人が鈴を大切にしているらしい。怪しいんじゃないか?」

「谷村、決めつけるのは良くない。アリバイの確認諸々が重要だ」

「アリバイって、俺達は警察じゃないんだぞ?」

「警察じゃなくても、アリバイ確認は捜査の鉄則だろ」

 その後、出てきた宮司さんにアリバイを尋ねたりした。そして、倭寇カレーを覗いていた奴ではないことがわかった。宮司には完璧なアリバイがあった。

「宮本、これじゃ無駄骨だよ。ですよね、茜さん?」

「無駄骨と言えば無駄骨ですね」

「これからここら近辺の神社仏閣で犯人を探すんだぞ? これくらいで弱音を吐くんじゃない」

 俺は地図を取り出して、赤ペンで寺社に印しをしていった。数えてみると、二葉神社を除いて九個も寺社があった。さすがの俺もため息をついて、それでも次の神社に向かって歩き始めた。


「あー! 今日は疲れた!」

 今は実家近くの銭湯でお湯に()かって、今日の疲れを()やしていた。

 二葉神社を出た後も、残り九個の寺社を巡った。けど、これといって怪しい人物を発見することが出来ずに本日は解散となった。

 それから実家に戻って、徒歩で銭湯へと行って今に至る。

 実家のお風呂に入れてくれれば良いのに、くそ親父に『アパートの大家が入居者をお風呂に入れる必要があるのか?』と言われたので仕方なく銭湯に来ている。あのくそ親父め。いつか、寝ている時にイタズラの一つや二つしてやる。

 そもそも、俺の推理が間違っていた可能性はないのか? 犯人が鈴に思い入れがあるという推理そのものが間違っていたから、犯人を発見することが叶わないんだ。だとしたら、正しい推理は何なんだ? 鈴だけでどうやって推理を......おっ! そうか、わかった。明日、谷村に新たな推理を披露する必要がある。

 のぼせてきた俺はお湯から抜け出して体の水分を拭き取り、着替えてから銭湯を出て実家に入った。

「誠二、帰ったのか」

「ああ、風呂に入ってきた」

「そうか。んじゃ、寝てこい」

 少しイラッとしたが、我慢だ。また数時間も口論になって疲れるだけだ。今日はヘトヘトだから、口論をする気力もない。早く眠ってしまおう。


 目が覚めて、俺が廊下で力尽きて寝ていたことに気付く。そして、時計に目を向けた。寝坊してしまった。

「あぁーっ!」

 大声を発して実家を走り回り、急いで身支度を整えて実家を飛び出して倭寇カレーに車で突っ走った。何とか約束より一時間オーバーで到着した。遅刻は遅刻だが、頑張った方だな。

「谷村、遅れた」

「遅ぇよ、馬鹿め」

「それより、昨日の俺の推理の件だけど、間違っていたかもしれない」

「くわしく話せ」

 俺は椅子に座って、肩を落とした。「フゥ。新たな推理ってのを話す」

 咳払いをしたら、店の奥から茜さんも出てきて椅子に腰を下ろした。今日もいるのかと驚いたが、もう一度咳払いをして話し始めた。

「谷村が推理した『犯人はお金持ち』ということは、俺は早い段階で除外した推理だった。けど、それが一番正しいかもしれない」

「犯人はお金持ちってことなのか?」

「少し違う。お金持ちが高価な鈴を持っていたら、逃げ切るより鈴を捨てないことを選ばないはずなんだ。お金持ちだったら、高価な鈴でも何回でも買えるから逃げ切るために真っ先に音が鳴る鈴を捨てるはずなんだ。だけど、犯人は捨てなかった。つまり、一般家庭より少しお金持ち程度の中堅の家の奴が犯人だ。中堅の家なら、高価な鈴を買うことは出来ても捨てることには躊躇(ためら)うはずだからだ」

「なるほど」

「ついては、谷村。ここら辺の中堅の家の名前を紙に書き出してくれ」

「書けば良いのか?」

「そういうことだ」

 谷村はシャープペンシルを一回ノックしてから、紙に書いていった。

「ここら辺の普通より少し金持ちの家系はこれくらいだ」

「こんなにいるのか。今日はこの中から推理で犯人を突き止めてみようか」

「推理だけで突き止めるのは難しいんじゃないか?」

「かもね」

 推理をして容疑者を一つ一つ潰していくより、確かに直接この家に行った方が手っ取り早い。まあ、推理で突き止めることが出来なかった時の最終手段としておこう。

 谷村が書いた紙を眺めていたら、背後から気配を感じて椅子から立ちあがって店の外に出る。すると、音が走って逃げていった。また覗き魔か。

「谷村、追うぞ! 茜さんはそのままで大丈夫ですっ!」

「わかった」

 覗き魔を追いかけていて、わかったことがある。昨日と鈴が違う気がした。鳴っている音が微妙に異なっていた。このことは、推理をする上で非常に重要なことになってくる。なぜ鈴が昨日と今日で別物なのか。これを推理して解決しなくてはならない。

 本日は谷村が書き出した家系を調べるだけで終わり、翌日は三人で話し合って推理を重ねていった。しかし、いっこうに犯人を発見するに至らない。

 なぜ犯人が捕まえられないのか、その理由を知ったのは俺が初めて覗き魔を見た日から三週間ほど経過した時だった。それから、すぐに三人で犯人の元へ向かった。谷村が言うには、犯人の狩野(かのう)浩介(こうすけ)は倭寇カレー近辺で一番の貧乏家らしい。

 谷村が率先して、狩野宅のインターホンを押す。すぐに扉が開き、浩介が出てくる。そして、谷村を見てから発汗する。犯人で確定だな。

 俺は小銭を何枚か浩介に見せる。「狩野さん。あなたは小銭をポケットに入れて何回か倭寇カレー店内を覗いていましたね? その理由は聞かなくてもわかります。谷村は朝早くからカレーの仕込みをしますから、その香りに()かれて覗いていたんですよね? あなたは貧しく、お金もない。香りにつられて覗いてしまう気持ちはわかります。そして、追いかけられた際にポケットに入っていた小銭が当たって鈴のような音が鳴ります。日別で鈴の音が異なっていたのは、ポケットに入っていた小銭がそれぞれ違っていたからです」

 俺は音の正体が鈴ではなく小銭だとわかると、小銭をポケットに入れて走って、音の違いの実験を繰り返した。その実験を参考にすると、浩介のポケットに入っていた小銭は多く見積もっても二百円か三百円程度。俺達から逃げ切るより、音を発して俺達に居場所を教えてくれた三百円を捨てなかったということから推理を発展させて、三百円でも大切にするから貧乏と推理が出来、浩介が捜査線上に急浮上した。

 谷村は口を開いた。「狩野さん。定職がないんですよね?」

「は、はい......」

「倭寇カレーで働きませんか? うちの店は人手が少ないので」

「良いんですか!?」

「ええ。働き次第で、給料も上がります」

「ぜひ、働かせてください!」

 こうして浩介は谷村の店で働き始めた。谷村は、よく働いてくれるから助かる、と言っている。

 俺は事件解決の夜に、車に乗りこんで、帰ろうとした。すると、パワーウィンドウをノックされたので扉を開けたら茜さんがいた。

「どうしたんですか?」

「今までの活躍ぶりを見て、私も食堂警備をしたいと思いまして......」

「え?」

 食堂警備隊は本日めでたく、一人の働き手を獲得した。

 次回作、投稿済みです。下の方のリンクからどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ