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街角

 「いらっしゃいませ」


 ここは、街角にあるテナントビルの1階にある小さな花屋。けれどもこの店を訪ねれば、どんなオーダーに対しても、お客様が望む花束を生み出す。


 店主・花梨がいるこの店に、ほら、今日もお客様が現れた。


 「あの、今日は彼女にプレゼントをしたいのです。何か良い花束を」


 「かしこまりました」


 20代前半くらいの若い男性。これから彼女に会うのか緊張で震えている。こんな抽象的なオーダーでも、彼女にかかれば思い通りの花束が。


 「お客様、その女性はお優しい方みたいですね?笑顔も素敵な方でしょうか?」


 ほら、始まった。店主・花梨のイメージ固め。抽象的なオーダーでも、こうして尋ねてイメージを固めて、プレゼントされる相手にピッタリの花束を生み出す。


 「優しい……部分も有りますが、多分。どちらかというと、俺よりかなり年上で……30代半ばなんですけど……姉御肌って感じですかね。上司で、その誕生日プレゼントを何も考えていなかったので、花束なら邪魔にならないかなって」


 男性は照れくさそうに彼女について話す。それを聞きながら、花梨の花をチョイスする視線が定まった。可憐なピンクのチューリップやガーベラより、溌剌さを与える黄色やオレンジのチューリップやガーベラとかすみ草を中心にセレクトするみたい。


 「上司で恋人なんて素敵ですね」


 会話を更に伸ばして、切り口を綺麗に揃える指先は、とても美しい。花を慈しみながら束にする姿は慈愛に満ちた聖母のよう。


 「い、いや、恋人じゃなくて、片想い、です」


 男性がちょっと俯く。


 「あら、ごめんなさい。それは失礼しました」


 花梨はすまなそうに謝りながら、花束を整えた。いくらくらいの花束……と金額を言っていなかった相手には、大体相場を5000円くらいにしているから、きっと今日もそれくらい。


 「お客様、メッセージカードもお付けしましょうか?」


 「メッセージカード、ですか?」


 男性ってそういうところが疎いのよね。何ソレ? って顔をしている。


 「誕生日おめでとう。とか、そういったメッセージをカードに認めるわけです」


 優しい笑顔で花梨は勧める。花梨に言われたら、カードも付けたくなる。そう思わないかしら。


 「あっ。じゃあお願いします。誕生日おめでとう。木谷って」


 花梨は言われた通りのメッセージをつけて、木谷というお客様に花束を渡した。きっと大丈夫。だって花梨が生み出した花束だから。


 贈られた女性はみんな笑顔で幸せになる。


 一仕事終えた花梨が花々に声をかける。綺麗に咲いてくれて、ありがとう。なんて言葉を。花々も喜んでいるように見える。これほど花を慈しむ事が出来るのは、きっと花梨しかいない。


 「……コラ。何を覗き込んでいるの? 宿題は終わったの?」


 しまった。花梨の仕事姿を見ていたことがバレちゃった。仕方なく私は素直にまだやっていない事を謝るしかない。


 でも仕方がないの。花梨の仕事姿は、惹き付けてやまない姿だから。


 「ごめんなさい。花梨お姉ちゃん」


 素直に謝ると花梨が頭を撫でてくれた。仕方がないわね、と言うように。花梨はお母さんの妹で本当は叔母さんだけど、お姉ちゃんって呼びなさい。と明るく笑われたからそう呼んでいる。


 憧れ、なの。お母さんはキャリアウーマンで、花梨はお母さんに憧れているみたいだけど、娘から見れば会話が無いお母さんより花梨の方がずっといい。


 「あのお客さん、きっと好きな人に喜んでもらえるね」


 「どうして?」


 花梨が不思議そうに首を傾げた。


 「だって花梨お姉ちゃんが作った花束だもの。もらった人は幸せになれる」


 「そう言ってくれて嬉しいわ。ありがとう」


 花梨が優しく笑った。


 この優しい笑顔は、その奥にある哀しみが生み出している事を知ってる。花梨は、付き合っていた人がいたけど。でも夢を忘れられずに花梨を置いて行っちゃった。


 お母さんに話していたのをこっそり見た。透明な滴が、はらはらと流れていくのを見た時、人ってこんなにも綺麗で哀しい涙を流せるんだって知った。まるで恋愛小説の主人公みたいに。


 花梨が泣いたのは、多分その時だけ。だけどその時から、花梨の生み出す花束は優しくて綺麗な花束になったの。きっと、哀しみを知っているから生まれる優しい花束。


 自分が哀しい想いをしているからこそ、お客様には少しでも幸せになってもらいたい。と花束を生み出す事を知っている。花束だけじゃない。鉢植えもそう。







 花梨のお店には、優しさがたくさん。幸せがたくさん。






 だから、大きくなったら花梨みたいになるの。優しさがたくさんの、幸せがたくさんの花屋さんに。


 きっと花梨みたいに好きな人に置いていかれて、哀しいけれど、その分、人が幸せになれるように。


 ……そう思って、前に花梨に言ったの。花梨みたいになる。って。哀しい想いをして、優しくなれるように。って。


 そうしたら花梨は嬉しくなさそうだった。苦しそうな顔で、哀しい想いをするのはあまり良い事じゃないって。そう言ったの。花梨は哀しい想いをしたから、素敵な花束を生み出すのに、そうなってはダメ。なんて、ズルいと思う。


 だからズルい。って言ったら、そう。ズルくてごめんね。って言ってくれた。


 それってきっと、哀しい想いをして優しくなると良い。って事を許してくれたんだ。って思った。それをお母さんに言ったら、初めて頬っぺたをぶたれた。


 「なんて酷い言葉を言ったの」


 って。その意味は全然解らなくて、お母さんなんか嫌い。って思ったけど、花梨に謝りなさい。って泣きながら言ったから。お母さんが泣いてそう言ったから。仕方なく、花梨にごめんね。って言ったの。


 花梨は良いのよ。って許してくれた。それはそう。だって花梨は優しいんだもの。


 ……ずっとそう思ってた。だけど、つい最近、やっと解ったの。


 どれだけ酷い言葉を言ってたのか。哀しい想いなんて、本当はしちゃいけないの。優しくなりたいために、綺麗な花束を作りたいために、哀しい想いをしたい。なんてバカだったの。


 1ヶ月前、お母さんがお父さんと離婚した。お父さんは、もう家に戻って来ない。って知って、最近はお母さんの前で泣かなかったのに、沢山沢山泣いた。


 それで解った。花梨はこんな想いをしているんだって。お母さんがいてくれるから、頑張ろうって思えるけど、花梨は1人なんだ。って解ったら凄く凄く酷い言葉を言ってた。って解ったの。


 だから今度はきちんと謝った。花梨は嬉しそうに許してくれた。それから、花梨の仕事姿を見ていたくて、学校帰りにここに寄るの。


 相変わらず、花梨は哀しい想いを奥にしまいながら、優しく笑って、魔法を使うみたいに優しい花束を生み出す。


 でも最近、思う。花梨が哀しい想いを心にしまった優しい笑顔と花束を作るんじゃなくて、本当に優しい笑顔と花束を作れないかな。って。


 その機会は、中学校へランクアップする日にやって来た。入学祝にお母さんと2人分の花束を生み出してくれた花梨。その笑顔が優しくて……ちょっと哀しい事をもう知ってる。


 でも、花梨に電話がかかって来て。それは花梨を置いて行っちゃった人で。


 凄い図々しくて、ズルくて、花梨が許しても、許したくないけど。


 花梨が本当に優しい笑顔になったから、仕方なく許してあげるんだ。


 それからは、花梨が生み出す花束は、もっともっと優しくて綺麗になった。……でも、最近、気付いたの。花梨みたいに優しくて綺麗な物を生み出す人になりたかったけど。ここまで優しくて綺麗な花束を生み出す花梨みたいになれそうもないって。


 仕方がないから、お母さんみたいなキャリアウーマンでも目指そうかな。

お題は「小さな花屋」でした。


一応主人公の女の子は小学6年生のつもりで書いていた話です。

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