表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

温もり

 「嘘……つき」


 キャンドルに型どられたライトにそっと呟く。最初から解っていたから、口から出た言葉程、彼に対してそんなことは思ってもいない。


 本日、12月25日。世間一般で言うクリスマス。日本の恋人達が盛り上がるのは、前日のイブから当日の本番にかけて。


 でも私は……日付が変わったというのに、一人だけ。解ってた。必ず日付が変わる前に行くから。その言葉を信じられる根拠がどこにもなかった事。


 ……それでも信じたかった事。


 ねぇ、いつも約束一つ守れないんだから、せめて今回だけは守ってね。


 そう言って何度も何度も念押しをしたのに。……やっぱり今日もダメだった。いつも遅くて。いつも約束を反古にして。







 ――今夜が私達の最後のクリスマス、なのに。







 私は今年29歳。田舎で家の跡取り。……男の子が産まれなかった私の家では、長女の私がゆくゆくは家を継ぐ。と見なされて来た。親戚も親も、信じて疑わなかった。


 その期待が重荷で逃げるように出てきた都会は、私に優しさと裏切りと暖かさと切なさを与えてくれた。そして初めて本気で好きになった人も、与えてくれた。


 だけど。……だから。


 私は言えなかった。帰省する度に結婚と田舎に定住の勧めを受けている、なんて。


 両親の肩身が狭い。そんな思いをさせている事も解ってる。年が明けたら


 本格的に実家に帰る話をするつもり。……だから、彼とも別れる事になる。


 「だから、このクリスマスが最後、だったのに……」


 仕事。と解っているけどついつい期待してしまっていた。でももう……ダメね。テーブルの上にあるパスタにサラダにチキンを見てため息をついた。ラップをして冷蔵庫にしまう。ケーキとシャンパンはずっと箱に仕舞われっぱなし。


 グラスとキャンドルライトを片付けて、寝室に潜り込もう。そう決めた所に、チャイムが鳴った。


 少しの間、私は動けなかった。


 きっともう来られなくて、朝になって詫びの電話で済ませられる。そう思っていたから。


 思い込んでいた私の耳にもう一度鳴るチャイム。……はっとして急いで玄関に向かった。鍵に手をかける前にガチャガチャと音がして、鍵が開く。


 「……なんだ、起きてたのか。それなら開けてくれよ」


 苦笑して彼が入って来る。私は震える手で彼の顔に触れた。……冷たくて、外の気温の低さが直に感じられて、夢じゃないと解った。


 「……遅くなったけど、メリークリスマス」


 ちょっと照れ臭そうに鼻の上を擦りながら彼が言う。私もちょっと笑って「メリークリスマス」と告げた。


 「今、寝ようかな。なんて思っていたから、暖房も切って料理も仕舞っちゃったの……」


 真っ直ぐリビング兼ダイニングに向かおうとする彼に私は申し訳なくて、慌てて頭を下げる。


 「いいよ、俺も遅くなったのが悪かったし。それに料理は朝でいいや。暖房が無くても温まる方法があるし。……今欲しい温もりがあるんだ」


 最後のセリフを耳元で囁いて、唇が触れそうな距離の耳が熱くなる。だけど、唇はまさに直接熱を与えられた。彼の同じパーツから。


 その向こうにある寝室のベッドの上で、私は彼の目に指に唇に身体全ての熱を生まされ、その熱で冷えきった彼の全身を暖めた。


 これほど濃く溶け合う程に触れ合ったのは、初めての夜と同じだったかしら。……いいえ、別れを決意しているせいか、今まで以上に全身で彼を感じて、彼に愛を注ぎ注がれこまれた……そんな感じがしたわ。


 疲れたように眠りに落ちた彼の鼻先に、私は唇を落としてあちこちに散乱している衣服を纏う。それから、そっと寝室を出て、彼へのプレゼントを彼のコートのポケットに仕舞う。


 同時に彼の部屋の鍵をポケットに返して、私の部屋の鍵を回収して。


 彼へのプレゼントは、何年も欲しがっていた有名ブランドの腕時計。限定品で100万以上するもの。


 普通じゃ買えないものだから、私は持っていたブランド品バッグや靴に宝石類まで中古品店に売りに出した。トータルはそれでも足りなくて。貯金をいくらか崩して、彼の為に買った。どうせ田舎に帰るし、そんなに数は多くないけれど、彼以前に付き合った男性からのプレゼントは惜しくない。


 あとは、自分へのご褒美に買った宝石類は名残惜しかったけれど。


 彼へのプレゼントだ。と思えたら、大したことじゃなくて売りに出した。後悔なんてしていない。


 本当に心から愛した男性にプレゼントする為だから。私は最後のプレゼントがようやく買えた腕時計で、良かった。と思えた。


 明日の朝は2人で迎える最後の朝になる。笑って別れが言えるように、今のうちに泣いておこう。


 暖房が切られて寒くなったリビングのソファーで、冷える足先を構わずに声を押し殺して泣いた。彼との思い出が駆け巡る。


 何故だろう。沢山ケンカもしたはずなのに。駆け巡る思い出は、楽しい記憶だけで。それが一層哀しみを強めた。……泣き疲れた私は、いつの間にかソファーで寝てしまったらしい。自分のくしゃみで目が覚めた。


 毛布でも持ってこようかしら。明け方は一番寒い時間帯で。でも目が腫れているのか、良く開けられないからそのまま起きる事にした。ヒーターを点けて、寝室の入り口にあるニットカーディガンを羽織る。


 それから洗面所に向かった。


 冷たい水で目を良く浸すと凄く楽になった。泣いた跡が凄い事に気付いて、シャワーを浴びる事にした。このままの顔じゃ、笑うどころか、彼に顔を合わせられない。


 全身シャワーを浴びて十分に目を覚ました頃、彼の声が聞こえて、目覚めた事を知った。


 一分でも一秒でも先に伸ばしたかったのに。そういうわけにはやっぱりいかなくて。


 大きく深呼吸してバスルームについている鏡に向かって、笑顔の練習。……何度やってもイマイチ笑顔になりきれなくて。でも、いつまでもバスルームにいるわけにもいかないから。


 私はもう一度深呼吸してリビングに向かった。


 「おはよ」


 彼のいつもの笑顔に安心して涙腺が弛みそうになった。


 瞬きをして涙を堪えてから「おはよ」と返す。お腹がすいて仕方がない彼に、昨夜食べるはずだったパスタやサラダにチキンを温めて出した。


 美味しそうに頬張る彼にケーキとコーヒーを出してから、私も相伴に預かる。互いに一息ついて、コーヒーに手を出した時、私は彼に切り出した。


 「もう、付き合って4年ちょっとなのね」


 「そうだな」


 「お互い、十分よね。……私、遊び相手とずっといるわけにいかないの。別れましょ」


 シ……ンとした空気。彼が目を丸くして私を見て、その視線に耐えられなくて俯いた。


 「お前さぁ。言ってたよな。田舎が旧い考え方で、跡継ぎが必要だ。とか」


 付き合い始めた頃の会話。私でさえ忘れていたのに。覚えていた彼に驚いて顔を上げた。


 上げた視線の先に彼が箱を私に見せた。首を傾げる間もなく、その蓋を開けた。……指輪。


 「あんまりこういうベタベタな事ってさ、苦手だし。もう一度やれって言われても出来ないだろうけど。来年はお互い30歳だし。田舎の旧い考え方なら、お前、そろそろ、結婚をせっつかれているんじゃないかな。なんて思ってさ。これでも色々考えたんだぜ? お前の実家、ここから高速で1時間ちょっとだろ? 通えなくもないから、いいかな。って思ったし。だから結婚しよう」


 私が考えている以上に考えてくれていて、嬉しくて頼もしく思えた。


 一つだけ我が儘言うなら。寝る前に流した涙はなんだったの? と聞きたかった。

夏月はタイトル付けが物凄く下手で話の内容を考える以上にタイトル付けで苦戦します。この章タイトルも苦戦した挙句がコレでした……。


お題は「クリスマス」でした。

この作品を書いている時期が12月でした。


夏月は基本的にこういう甘々ベタベタ作品を書くことが少なかったので、かなり甘々ベタベタだなぁと今でも思いますが、思い浮かんだのがこういう作品だったので。書いてて楽しかったのは楽しかったですけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ