彼の岸(カノキシ)
「あの世って信じる?」
麗奈が唐突に言った。ルームシェア相手の久実は口の中のパンを呑み込んで答えた。
「何、急に」
2人は高校時代からの友人で、大学からルームシェアをしている仲だ。かれこれ8年くらいになるだろうか。その間、オトコの話とオシャレの話と仕事の話はしたけれど、そんな哲学めいた話は一切した事がない。
いきなりそんな事を言えば、久実じゃなくても目を丸くする。
「ん~。実はさぁ……最近、夢に見るんだよね」
あの世という単語と夢という単語がかけ離れていて、麗奈の思考についていけない久実。
黙って続きを待つ。
「言ったっけ? 私の父方の祖母が先日亡くなった事」
「だからこの前、お通夜とお葬式に私参列したはずだけど」
久実は意図が解らないまま、答えを返した。
「あ、そうだったよね。その節はどうも。……祖母、病気で。病院で息を引き取ったんだけど。結構苦しかったみたい。闘病生活が」
普段、互いの家庭に関して話さないが、それでも麗奈が時折病気の祖母を案じている事は知っていた。無意識に「大丈夫かな」と一人言を言っていたから。
「大変だったみたいだね。麗奈も行ける時は病院に行っていたもんね」
麗奈のしんみりした表情に、久実もしんみりとする。
「うん。ありがとう。ただ、ね。夢を見てさ。もう大丈夫なのかな。って思うわけ」
「夢?」
「私は、なんだか階段を上がっているわけ。で、長い階段なんだよね。昇りきれないかも。なんて思いながら、それでも階段を上がってね。でも気付いたら、見渡す限り花が咲き誇る場所へ出るの」
久実は麗奈の話を聞きながら想像を働かせる。
「で。私がそこにいると、祖母の声が聴こえるの。楽しそうに笑う声が。私は、ああ、ここは、あの世ってところなんだな。って思うの。それが昨夜で3回目の夢」
なんとなく、久実は麗奈の言いたい事が解った。
「つまり、麗奈はその夢を見る事で、あの世があるのか知りたいって事なんだ」
久実の言葉に麗奈が力強く頷いた。
「そうねぇ。私はあの世を見た事が無いから。有るか無いかは解らない。でも信じているよ」
麗奈が久実を驚いたように見た。
「嫌だ。そんなにまじまじと見ないでよ。変な事を言ってるつもりじゃないわよ」
久実が苦笑する。
「あ、ごめん。自分で切り出しておいてなんだけど、久実に笑われるか、と思ってた」
麗奈がちょっと気が抜けたように言った。
「私達、これだけ長く一緒なのにこういう話をした事も無いからねぇ」
久実がまた苦笑して、自分と麗奈の分のインスタントコーヒーを淹れた。今日は日曜日で、2人とものんびりと起き出して遅めの朝食タイムだ。
「そうね。こ難しい話は、互いに敬遠していたから。立ち入らなかったものね」
麗奈はコーヒーを受け取り、ありがとう。と言って久実を見た。
「私も見た事があるわ。ただ、人じゃなくて飼い猫だけど」
久実が軽く笑う。
「ああ、写真を見せてもらった?」
麗奈は久実の机に置いてある写真立てを思い出した。
「そう。ブチがミー。茶トラがリン。ミーの方が先に、数年経ってリンが死んだの。中学と高校の話だね」
懐かしそうに久実は目を細めた。
「ミーが死んだ時、次の日に、ね。ミーとは全然違う姿の真っ白い子猫が、実家の階段の真ん中付近にいて。なぜか階段の上の方は光が射し込んでいて。その子猫が階段の一番下まで来てそれから階段を駆け上がったの。そんな夢を見たわ」
久実はその夢を今でも鮮明に覚えていた。
「それって、私の夢に似ているわね」
「そうでしょ? 起きた時、ああミーは成仏したんだって解った。リンは、死んでから1ヶ月後だった。いつもあげているご飯を食べていて。座って食べなさい。ってお尻を撫でてあげて。そしたら座って食べてるの。一生懸命。私は笑っていて。そこで目が覚めたわ」
久実の目には涙が浮かんでいた。
「そうなのね」
久実の涙を見て、麗奈がぽつりと言う。涙を拭って久実が続けた。
「リンの時は周囲が光で包まれていた。それ以来、ミーの夢もリンの夢も見ないから、きっと、あれがあの世に行った証なのよ」
久実が断言する。麗奈も頷いた。
「そうか。そうかもね」
「もちろん、人と動物の違いは有るけど。でも、大切に慈しみ、愛したもので有るのに違いないから。だから私も麗奈もそういう夢を見たのよ」
「自分は大丈夫って合図なのかしら」
「さぁ。ただ、私達が願っただけの願望の夢かもしれない。でも、願望だとしても、私達はその夢を見られて良かった。そう思うでしょ?」
2人はにこりと笑った。
「ねぇ、麗奈。今度の三連休。お彼岸になっているでしょ?」
久実がカレンダーを見ながら麗奈に話しかける。
「うん?」
「納骨はまだだろうから、仏壇に拝みに行ってくれば?」
麗奈がまた目を丸くした。そんなセリフが出てくるとは思わなかったから。
「何、急に。……さっきと逆ね」
クスクス笑って、久実を見る。久実もクスクス笑ってから真面目な顔で言った。
「きっと、そういう夢を見たって事は、おばあさまが麗奈に会いたがっているのよ」
「祖母が会いたがっている……?」
久実の言葉を反芻する麗奈。そういうものだろうか? と首を捻った。
「だって、そういう夢を見たわけでしょ? 麗奈はおばあさまの事が心配だった。亡くなる直前まで苦しかった事をあれほど気にしていたじゃない。そんな麗奈の為に、おばあさまは麗奈に心配しないで。と夢に出て来たわけだから」
久実の説得力ある言葉に、麗奈も、う、うん。と引っ張られる。
「ちょうど良いタイミングじゃない。行ってみたら?」
久実に熱心に勧められて麗奈もその気になった。
「でも、なんで春彼岸と秋彼岸があるのかしら? 不思議ね」
麗奈がまた首を傾げた。
「多分、昼の時間と夜の時間が関係しているんじゃないかな」
久実は空になったコーヒーカップにもう一度コーヒーを作って、続きを話す。
麗奈は食べ終えた食器をシンクに置いて水で冷やしておく。それから久実の話を待った。
「春分の日と秋分の日って、昼と夜の時間が同じ長さだって言うじゃない?」
「言うわね。それが?」
「私も聞きかじりのうろ覚えだから確かな事とは言えないけれど。陰と陽のバランスがピタリと合う時っていうのは、此岸と彼岸が近付くらしいわ」
「しがんとひがん?」
久実の話がやけに難しくなって、麗奈は眉間に皺を作る。
「つまり、この世とあの世の事」
此岸と彼岸の漢字を教えて説明を続ける。
「大学時代、哲学の講義で聞いたけれど、ちょうど同じ長さになる事で、この世とあの世の境界も曖昧になるとかって考えられているみたい」
久実が眠っている記憶を掘り起こしながら話す。
「曖昧になるとどうなるの?」
「うん。亡くなった人がこの世に現れやすいらしいわ。お盆なんかも似たような事ね。昼夜の時間は同じではないけれど。でね。亡くなった人がこの世に現れやすい時だから、お墓参りなどをして、亡くなった人を偲ぶのにちょうど良いみたい」
「成る程ね」
久実がそんな知識を持っている事も驚きだったが、その話を聞いて納得する麗奈。
「まだ祖母の遺骨は仏壇にあるから、参るならそっちか」
「そうそう。ちょうど三連休に何も予定が無いって言ってたわけだし、おばあさま孝行を兼ねて実家に帰ってみたら?」
「久実はどうする?」
「私もたまには実家に顔を出してみるわ」
早速、互いの実家に連絡を取った。
麗奈も久実もその三連休は、互いに実家で過ごし、麗奈は祖母に挨拶を。久実はミーとリンに挨拶をしたのだった。
お墓参りとは、残された人が亡くなったものに、語りかけに行く事なのかもしれない。
お題は「三連休」でした。
このお題なのにこんな内容の話って……。当時から夏月は残念な思考をしています。
でも個人的にこういう話が好きなんです。自分で書いて言う事じゃないですが。




