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辞令






 アメリカ・ニューヨーク支社

 3年間


 の期限付きで辞令が出た。





 一ヶ月の間に引き継ぎ・荷物をまとめて、今のアパートとの契約解除も行って……。新聞とかガスとか電気とかそういうのも有って。向こうは、向こうの支社が契約しているアパートを借りられるらしい。


 ……じゃなくて。いや、それも大切だけど。もう1つ大切な事が有った。


 水野編集長。俺の事をどう思っているんだろう?


 いや、俺、そもそも水野編集長にきちんとした言葉を伝えていない。


 ……言えなかった。言えるわけがなかった。でも、一ヶ月後には俺はニューヨーク支社。3年間だけど、3年は長い。


 ……伝えるタイミングは今、じゃないのか。


 でも俺は見てしまったんだ。水野編集長が、初々しく微笑んで顔を赤らめた表情を。


 数日前。俺は水野編集長の叔父さんの友人って人に声をかけられ、伝言を頼まれた。水野編集長にその事を伝えたら、珍しく驚きの表情を見せてから顔を赤らめて頷いた。


 嫌でも解る。


 あの人が水野編集長にピンキーリングをあげた、有名な編集長だ。って。


 あんな表情(カオ)されたら……水野編集長の良さを知って、女性として意識していた人のあんな表情を見たら、ダメだって解っていても気になるじゃないか。


 でも、後をつけるとか、そんな一歩間違えればストーカー紛いの事も出来なくて。


 結局、その後どうなったのか、水野編集長に尋ねる事さえ出来ないまま、数日が経っていた。でもある意味これはチャンスなのかもしれない。


 水野編集長の気持ちを確かめる。


 俺はその日、水野編集長を食事に誘った。呑みに誘いたかったけど俺自身も忙しくて、ゆっくりしている事など出来ない。


 しかし限られた時間の方が、かえって良い気がした。


 「珍しいな。お前が食事に誘うなど。……ああ、そういうことか。成る程。ニューヨーク支社への転勤に不安があるわけだな。何が不安だ?」


 水野編集長がズバリと核心をついてくる。……逆にそれが良かったのかもしれない。俺は先に尋ねられた事で意を決した。


 「編集長。前に俺が言った事を覚えていますか?」


 「前にお前が言った事……?」


 完璧に忘れられている。もしくは、本気にされていなかったらしい。首を傾げる編集長に俺は言う。


 「俺、編集長の事、本気です。本気で、水野……さんに惚れました。だから。3年待っていてくれませんか? 俺を」


 水野編集長がポカンとした表情で俺をマジマジと見る。……そんなに見つめられたら俺の顔に穴が開きます。


 「本気、だったのか」


 編集長がポツリと言ったのは、俺が頼んだピザと編集長が頼んだパスタがテーブルの上に置かれた後だった。


 「本気ですよ」


 「……年下のからかいだと思ってた。……そうか。本気、か」


 何度もそうか、と呟く編集長を見て俺は不安になる。


 「……迷惑、ですか?」


 俺の質問に編集長は黙って、困ったように首を傾げた。その仕草がなんとも愛らしくて、こんな場所じゃなければ、無理やり唇を奪っていたかもしれない。


 「迷惑……だとは思っていないな。困惑しているが。……木谷。私のどこが良いのか解らないが、気持ちは嬉しい。だがな? 冷静に考えてみろ。私とお前はそもそも10歳近く年が離れている。こんな年上じゃなくても良いじゃないか」


 多分、後から思い返してみたら編集長の言い分は、冷静に考える一環として足しになれば……と思っての発言だったのだろう。


 だけどこの時の俺には、火を点けるだけの発言にしか、聞こえなかった。


 「俺が年下だから、ですか? だからそんな年齢を引き合いに出すんですか? 俺、確かにまだまだ半人前だし、20代だけど、編集長の良さを知ってるし、女だと思ってますよ。年下でも俺、男ですよ?」


 何を言っているのか解らなくなってきた。


 「そんな年の差なんて大したこと無いじゃないですか。10歳近く離れている俺がダメなのに、15歳以上離れているあの人は平気って、なんでですかっ」


 声が震える。そこまで言ってハッとした。おそるおそる編集長を見れば、目を見開いている。


 「……すみません」


 我に返って謝った。編集長が「いや……」と呟いて首を振る。


 「食べてしまおう。この話の続きはその後だ」


 気を取り直したように編集長が言う。それには大賛成だった。もう冷めてしまってあまり美味しくないピザとパスタ。俺も編集長も黙って食べた。


 食べている時間が冷却期間だったのか、俺は店を出る時、少し落ち着いていた。


 「木谷。少し、歩こう」


 編集長に誘われて歩き出す。さっきの話の続きだと解った。


 「編集長、俺じゃあダメですか?」


 静かに切り出すと編集長の肩がビクリと跳ね上がった。


 「……木谷。なぜ、日比野さんが私の想い人だと解ったんだ?」


 「解りますよ。編集長、顔に出やすいし。あんな切なくて優しい顔で思い出なんか話されたら解るじゃないですか」


 「……そうか」


 俺の言葉に編集長が肩を落とす。……もしかして、解るなんて思ってもみなかったのだろうか? あんなに解りやすい態度なのに? また編集長が可愛く見えた。


 「この前の……バーで待ってるって言ってた人が日比野さん、ですよね?」


 俺の爆弾に編集長は俺の二歩前を歩きながら、縦に首を動かす。


 「どんな話をしたのか、聞いても良いですか?」


 編集長が今度は横に首を動かした。


 「じゃあ……俺の事、男として真剣に向き合ってもらえますか?」


 編集長がバッとこちらを振り返る。顔が赤い。なんてそそる表情をする人なんだろう。


 「編集長、顔、赤いっすね。……でも、俺を見てくれた。編集長、本気ですよ。好きです。時間とか、年齢とか、そんなのは問題じゃない。俺にもチャンスがあるって考えちゃ、ダメですか?」


 編集長の目を捉えたくて、両頬を優しく引き上げる。目を逸らさない編集長は凄い可愛くて、その身体を俺の方へ引き寄せた。


 「何をするっ」


 俺の腕に収まった編集長がじたばたする。それも可愛くて仕方がない。だけど編集長に足を踏まれて、俺は編集長を離す。


 その隙に俺から逃げ出した編集長は、急いで回れ右をした。


 「全く油断も隙も無いな。お前がそんなに手が早い男だとは思ってもみなかった」


 そんな事を言っても、俺から離れる時に顔を真っ赤にしていたから、言葉に説得力が無いですよ。


 俺はそう言う代わりに、編集長に違う言葉を投げかけた。


 「手が早い男、ですか。じゃあ俺の事、少しは男として意識してもらえているって思っても良いですよね」


 編集長が足を止める。……少し意地悪な言い方だっただろうか。


 「……そうだな。少しは、男として意識した。……だから、少し待っていて欲しい。どうして良いのか解らない。初めてだしな。……考えさせてくれ」


 やっと聞き取れるくらいの声量で、編集長が言う。仕事なら即断即決の人、なのに。恋愛は不器用らしい。それもなんだか、この人らしい。


 「解りました。じゃあ俺が向こうへ発つ1ヶ月後までに返事を下さい」


 編集長が頷いた。本当はそんなに待てる程、余裕なんて無い。けれど俺を男として少しは意識してくれた編集長に、あまりガツガツした所は見せたくない。


 只でさえ、俺は年下というハンデを背負ってる。編集長の想い人の日比野さんは、編集長より15歳以上年上。……俺とじゃあ親子みたいなもの。


 だったら、少しくらい余裕ある男でいたかった。

お題は「一ヶ月」でした。


毎日うんうん悩みながら書いてイルたので無い脳みそがこれでもか、と搾った記憶ばかりです。

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