表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

凍てつく風






 俺にとって、人間関係とは


 騙すか――

 騙されるか。


 その二択しか無かった。





 幼少の頃、小さな工場の社長をしていた親父は、不景気と言われながらもなんとかやっていられた。契約をしている会社が名の知れた有名なところだったから、支払いもしっかりしていた。


 銀行からの借金の返済も滞りなく進んでいて、残りは300万より少なかった。このまま行けば数年で完済出来る、というところだった。


 貧しい、とまではいかないけれどテーマパークに行った事は無かった。外食をした事も無かった。その程度には、金に不自由をしていたのかもしれない。


 だが、不幸だ、と思った事は無かった。


 親父もお袋も俺と兄貴を大切にしてくれたし、小学校に入ってからは、俺に肩身の狭い思いをさせないように、兄貴のお下がりばかりじゃなく、俺用に服を新調してくれることも有った。


 もっとも、俺はお下がりでも気にならなかったが。


 俺が中学に入った頃には、銀行の借金は完済していて、今度は少しずつ貯金が出来ていた。兄貴はかなり俺と年が離れていて、その頃はもう働いていたから、実は家計に少しゆとりが出来ていた。というのは、後々知った。


 事が起きたのは、俺が中学を卒業した頃だった。


 親父の弟が、酒に弱い親父を酔わせて印鑑の在処を喋らせたらしい。そうして俺達家族の目を盗んで、印鑑を勝手に持ち出した叔父は、親父を連帯保証人にして一千万もの大金を借りた。


 返す宛てが有ったのか、そんなものは知らない。


 おそらく、無いからこそ、泥棒みたいな真似をして金を借りた挙げ句、トンズラ決めたのだろう。知らない間に親父は、デカイ借金を背負っていた。


 なけなしの貯金は、当然あっという間に消え失せた。焼け石に水程度の返済にしかならない。


 親父が働いて返すしか無かったが、不運というより不幸というしか無い出来事に見舞われた。親父が倒れてそのまま帰らぬ人となった。


 葬式は出せた。保険が下りた分は、全部借金の返済に充てた。それでも全然足りなかった。お袋もフルタイムのパートに入ったが、それでも間に合わない。


 兄貴を一人立ちさせて、お袋は俺をなんとか高校に行かせようとした。だが、その道を俺が蹴った。そんな状況じゃない事くらい、解っていた。


 高校も出ていないヤツにとって、働く場所なんて限られていて。肉体労働か夜の世界か。そのどちらかしか無いか、犯罪に手を染めるしか無かった。


 叔父が憎いから犯罪に手を染めても良かったが、お袋の泣き顔がちらついて離れなくて、仕方がないから夜の世界に飛び込んだ。


 そこからは、女を騙すのが半分以上の仕事の連続。先輩にしごかれて一人前になっていくのに必死だった。冬の凍てつく風が、俺の心にずっと吹いていた。


 とにかく、女に夢を与えるという名目で騙しまくって金を稼いだ。裏切り者の恨み言を聞くのも当たり前。人生の転換となったのが、騙される事だったから、今度は俺が騙す番だとばかりに騙す生活が続いた。


 騙す事に罪悪感などまるで覚えなかった。


 そのおかげでトップにはならなかったものの、それなりに稼ぐ事が出来た。お袋には、俺の仕事について話す事は無かったが、それなりに稼いでいる俺を見れば、薄々は気付いていただろう。


 だが、何も言わなかったのは、俺と兄貴の稼ぎが有ってなんとか一千万の借金が返済出来ていたから。


 だが。完済をしよう、と働いていたお袋も倒れてしまった。


 幸いにも、入院は3日程だった。だが、無理がたたっているから無理はさせないように、と医者から言われた。


 無理はさせないように、と言っても、誰が連帯保証人の責任を取るというのだろう。勝手に背負わされた借金を誰が払ってくれるというのだろう。


 結局、お袋は無理に働こうとしていた。


 そんなとき、兄貴が俺を呼んでお袋を交えて話し合いの場を持った。内容は、弁護士に相談をする、ということだった。連帯保証人だから、と働いて返済をしてきたが、親父が死んでからも返済をする義務があるのか、ということなどを。


 さすが、マトモなサラリーマンは言う事が違う。俺ではそんな知識すら無かった。俺とお袋は兄貴に一任をした。







 しばらくして、兄貴が俺とお袋に話したのは、親父が死んだ時に相続放棄をする方が良かった、ということだった。





 親父が死んだ時に相続放棄をしておけば、借金を返済しなくて済んだ、ということだった。今は支払っているために、支払い能力があると考えられて、今から放棄は出来ないという。


 ……。そういうことは知らないだろう。普通。


 日本は、意外と弱者に対しては冷たいわけだ。まぁ、そうだよな。俺だって女を食い物にしている。女という弱者を、だ。俺の生活は日本の負の部分の縮図だな。


 とりあえず、返し始めたものは仕方がない。最後まで返すしか無いだろう。ただ、お袋に無理はさせるわけにはいかないために、負担は当然こちらになる。


 それがお袋は嫌なのだろう。この頃の口癖は、早く死にたい。だった。早く死んで、相続放棄をしろ、と俺達に言っていた。


 お袋は、早く死にたい。と言っていたせいなのか、生きる気力が無かったのか、本当にあっという間に死んでしまった。皮肉にもお袋の言った通り相続放棄をした俺と兄貴は、やっと借金地獄から抜け出せた。


 その代わり、今度は何を目標とすればいいのか、解らなくなった。兄貴は直ぐに彼女が出来た。……もしかしたら、前々からいたのかもしれない。だから、弁護士に相談、なんて考えが生まれた……ということも考えられる。


 もう、終わったことだが。ただお袋には、せめて紹介くらいしてやって、死ぬ時は、少しくらい穏やかな気持ちにさせても良かったんじゃないか、とは思った。


 結婚式を最後に、兄貴とはあまり会わなくなった。元々年が離れていて、兄弟ゲンカさえしたことが無かったくらいだから、こんなもんだろう、と思っていた。







 裏切りと騙しの連続だった俺の人生。親を亡くし、兄貴との交流もほとんど無くなった俺の人生。いつか、逆転ホームランのような幸運の人生が送れるのだろうか?


 いや、そんな人生は俺には似つかわしくない、だろう。







お題は「裏切り」でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ