お守り
今年の流行はコレ!
あなたもこの指輪でオシャレを楽しもう!
「……。おい、木谷っ。お前、なんだこの記事タイトルはっ」
女性誌の編集部に、編集長・水野の雷が落ちた。創刊15周年を迎えるこの女性誌は、発行部数5万部を下回った事は一度も無い、この中堅出版社の安定した貴重な収入源の1つだ。
その立役者は当時の名物編集長だが、現在の編集長は、その名物編集長の右腕だった女性。彼女――水野編集長は、創刊当初の名物編集長に一から叩き込まれて育て上げられた編集長で、創刊当初から他の部署を担当していない、まさにこの女性誌の生き字引みたいな人。
で、今、彼女の目の前で雷を落とされているのが、俺――木谷。入社して最初に配属されたこの女性誌編集部で、今年4年目を迎えた。
「あ、の……、な、何って来月号の特集記事のタイトルです」
恐々と俺が言うと、水野編集長の眉が跳ね上がった。……恐い。めちゃくちゃ恐い。
「お前、こんなタイトルで読者の注意を惹き付けられる、と思っているのか?」
静かに尋ねられて、俺は唾を飲み込む。……マズイ。こういう言い方をする時は、嵐の前の静けさだ。ま、間違った返事をしたら、雷が鳴るだけじゃなく、気持ちをズタズタにされる稲妻がもれなくついてくるっ。
そんなオマケ要らない。小さい頃、お菓子についていた小さなオモチャがオマケであったけれど、大人になった今は雷鳴だけじゃなく稲妻まで、なんてちぃっとも嬉しくない。
もう一度唾を飲み込み、俺は口を開いた。
「思っていません!」
途端に稲妻付きで再び雷が落ちた。
「バカっ。お前は自分の記事に責任は無いのか! 私に怒られまいとして、びくついた返事なのが見え見えだ! この雑誌は誰が読むんだ! 私じゃないだろうがっ。それとも何か? お前は適当に作って私が喜べば中身の責任を負わなくても良い、とか思っているのかっ」
全くもって正論で、俺は黙る。正論だけど怖いから、アルバイトの女の子が何人もこの編集部を辞めて、他の編集部へ行くのを見て来た。
でも、俺は知っている。水野編集長は、アルバイトの女の子達に一度も雷を落とした事が無いのを。そして、ここを離れて初めて水野編集長の良さに気付く女の子達が多い事を。
水野編集長が、アルバイトの女の子達に雷を落とさないのは、彼女達がきちんと与えられた仕事をやっているから。でも、やれなければ、編集長じゃなくて、俺達編集者を通して注意をする。
俺が雷を落とされても辞めないのは、自分がアルバイトにも怖がられていることを承知している水野編集長が可愛いからだ。本人には口が裂けても言えないけれど。
「何をにやけているんだ、このドアホ! 私の話を聞いているのか!」
俺は慌てて顔を引き締めて、足りない言葉を足した。
「責任は、有ります! そういう意味では、このタイトルに自信を持っています! ただ、読者目線で読んだ時にインパクトが足らない、と、今気付きました!」
俺がそう言うと、水野編集長は「なんだ、解っているじゃないか」と、トーンを落とした。
「タイトルを考え直します!」
俺の宣言に編集長は軽く頷いて、記事に目を通していく。
「記事自体はまぁまぁだな。あとは、指輪をする指にも意味がある、なんていうのも載せておくと売れるかもしれない」
記事そのものは、今年人気がある石やデザインなどの紹介と、誕生石の意味など。あとは全体の半分を使うくらいの写真を掲載すれば、と思ったのだが。
「指輪をつける指に意味があるんですか?」
俺の質問に、編集長が眉間に皺を作った。
「お前、知らないのか?」
「す、すみません! 直ぐに調べますっ」
また雷を落とされる前に慌てて回れ右をした。
「まぁ、女性でも知らない人もいるわけだし、仕方がないかもしれないな」
打って変わった柔らかい口調に、そっと振り向くと口の端が緩んでいた。笑ってくれた? と思う間もなく、
「だからと言ってお前の勉強不足は確かだがな」
と睨まれた。あ、あはは……と愛想笑いを浮かべて自分のデスクに戻った。
「しっかし、つける指に意味が有ったとは」
ネットに繋いだパソコン画面に、指輪と意味で検索をかける。……出て来た出て来た。
親指に指輪を着けるのは、権力などの意味。……へぇ。王様とか親指に着けるのが当たり前だったって事か。小指は、自分を変えるとか、お守りとか、魔除けなどの意味がある、と。ふんふん。
……あれ?
俺は気付いてしまった。水野編集長の小指の指輪、の意味。
実は、指輪を特集記事にしたかった理由の1つが、水野編集長の小指にある指輪だ。毎日着けているのを見て、カレシがいるのか。なんて思いながら、指輪の特集記事なんか書けたら、発行部数が伸びるかなぁ。とぼんやり思っていた。
で、今、調べてみたら……編集長の小指の指輪は、当然、カレシからじゃない。
多分大抵の男って
指輪=カレシ
の図式が成り立っていると思うんだけど。……俺だけか?
だから、カレシ欲しいって言う女の子を見て、その指輪はなんなんだ! って心の中で突っ込んでいたんだけど。
指輪って……奥が深い。
その日の夜、居残りの俺と、一番最後に帰ろうとしていた水野編集長との2人っきりになった。
「編集長、その指輪って、カレシから貰ったものじゃなかったんですか」
帰りがけの編集長に声をかけると、「うん? ああ、これな」と少し寂しそうに小指の指輪を見た。なんだか聞いてはいけない質問をしたらしい。
「これは、お守りだ。お前達が考えているような甘いモノじゃないな」
そう言って微かに笑った編集長は、俺なんかじゃ太刀打ち出来ない、大人の女性、だった。
甘いモノじゃない。
じゃあやっぱりカレシからじゃない。それなら誰からなのか。訊ける雰囲気じゃなくて。「じゃあな。頑張れよ」と、いつの間に買っていたのか、然り気無く缶コーヒーを置いてってくれた。
「お守り、かぁ……」
1人になった編集部のデスクで、貰った缶コーヒーに口をつけながら、俺は呟く。いつも俺が飲んでいる微糖ブラックが、今日はやけに苦く感じた。
何故だろう。
編集長にあんな切なくて大人の女性の表情をさせた指輪の主が、癪に障った。甘いモノじゃないなら、なんであんな表情をするんですか。お守りなのに、なんで寂しそうなんですか。
苛々してしまう。編集長にあんな表情は似合わない。編集長は、時に鬼と呼ばれる程厳しくて、仕事を離れれば、皆から姉御と呼ばれる程慕われていなくては、ダメだ。
それなのに、あんな表情をするなんて――
俺の知らない編集長なんて、他の誰にも見せないで欲しい。
タイトルを変えて、指輪を着ける指の意味も付け加えた俺は、一番に編集部へやって来た編集長に、原稿を見せた。
「ふぅん、今度はインパクトがあるじゃないか。よし、これで行こう!」
まるで、昨日の帰りの質問など、気にも留めていない編集長に、俺は攻めてみた。
「編集長!」
「なんだ?」
「その指輪の主は誰ですか?」
俺の真剣な表情に、何か余程の事か、と思っていたらしい編集長は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「は? なんだそんな事か。これは、引退された名物編集長が、引退記念に私にくれたものだ。コレをやるから、男も結婚も諦めて仕事に打ち込め、と言われてな」
俺は、予想外の返事に黙った。……名物編集長との思い出を切なく思い出していたらしい。
「確かに、甘いモノじゃないですね」
「だろう。そして言われた通り、男も結婚も諦めたからな」
苦笑いをする編集長に、俺は深呼吸して宣言をした。
「じゃあ、俺が編集長を貰います」
もう一度、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を見せた編集長が、俺がここに来て初めて見る満面の笑みを浮かべて
「朝から面白いヤツだな。なんのゲームだ」
と完璧にスルー。
「ゲームじゃないです。本気です」
真剣な俺に、編集長も真顔になった。
「ふん、言うじゃないか、半人前が。言っておくが、本気なら私を負かすつもりで仕事をしろ! 私が参ったなら、お前の事を考えてやる」
もう1つ、初めて見た編集長の顔は、真っ赤だった。
お題は「指輪」でした。
コソッとお題を盛り込むこともあればこの話のように分かりやすく書くのも好きで書いてましたね。




