喫茶店
ボコボコに殴られた。顔が腫れ上がっているのがなんとなく解る。口の中が切れたのか、血の味がした。抵抗? そんなものする気も失せていた。……いや、とっくに捨て去った。オレが実の親から見捨てられた時点で。
オレの父親がどんな人なのか、知らない。物心ついた時には、母親と2人きりだった。けど。オレはその母親からある日捨てられた。化け物、と蔑まれて。
どこで捨てられたかも覚えていない。ただ宛てなどなく彷徨って(サマヨッテ)いたオレを誰かは知らないが、施設とやらに連れて行った。
母親が冬のある日にお誕生日おめでとう。と言いながらプレゼントをくれたのは、手袋。確かそれが3歳だった、と思う。それから2年。オレは5歳の誕生日に母親から捨てられた。
だから、その施設に15歳までいた。けれど、扱いはやっぱり化け物、だった。今ならオレが化け物と呼ばれる理由が解る。そして、母親も施設の奴らも誰も近付かない理由が。
施設の職員達は、化け物扱いしても、お役所の目が怖いから、という理由でも食い物を与えて、義務教育を受けさせてくれた事は感謝している。その分以上に暴力を振るわれて育っても。
だが15歳でそこを飛び出した。一方的な暴力を受け止めているだけの日々から脱け出したかった。15歳にもなれば、多少なりと力はつく。義務教育を終えた分、多少なりと知恵も周囲との付き合いも覚えた。
あとは、化け物扱いされる事を言わなければいい。それだけだった。年齢を誤魔化して、夜の商売に足を踏み入れた。顔の造りが悪くない事をこの世界で知った。
1人で生きていく為に、金は必要だった。稼いで稼いで稼ぎまくってやる。そう思ったオレは、夜の商売の掟を破った。先輩の客にチョッカイを出した。別に身体の関係になったわけじゃない。ただ、同伴して欲しい、と誰彼構わず、頭を下げまくった。
それがお気に召さなくて、先輩達から袋叩きにされた所だった。皮肉にも16歳の誕生日を迎えた夜だった。オーナーからも掟を破った事で店から追い出されて追い討ちをかけられた。
「チッ……。ッテェなぁ。手加減抜きで殴りやがって。でも、まぁいっか。オーナーも先輩ガタも、そのうちそれ相応の報いがありそうだから」
化け物扱いされるから言わなかった。まぁこんな事をする奴らに言う気なんか無かったが。相当、女達の恨みを買っている人達だと解った。
「女達の幽霊に恨まれてろ、ザマァ」
ヘヘッと笑うと頬が痛かった。身体中のあちこちも痛い。人なんか通らないだろう路地裏で死ぬのも悪くない。そう思った。
どうせオレは化け物だ。
オレの目には、他人には見えないモノが見える。幽霊とかって呼ばれるやつだ。別に見えたいわけじゃない。見えてもいい事なんか何一つ無い。むしろ、見えない方が良い。だが。
残念なことに、両目の視力とは全く関係なく見えるらしい。目を閉じても気配なんか当たり前だ。目を開けると形がはっきり見えるだけで。だったら、視力は有った方が良い。
ただ黙る事を覚えた。母親にしろ、施設の奴らにしろ、オレがいつも、誰もいないはずの空間に誰かいるように見えていたことが、怖かった。今ならそれが解る。だから化け物扱いしたのだ。
人は、多数の方が正しい。と思いたがる。少数の意見は異端と見なして、排除したがる傾向がある。
普通の些細な論議でもそうなのだ。オレみたいに、人には見えないモノが見えるヤツは尚更異端で、排除したいに違いない。
死ぬ事なんて山程考えた。
でも、今のオレが死んでも誰も悲しまない。オレ自身、見返していない。オレを捨てた母親を、暴力を振るった施設の奴らを。だったらこのまま死ぬのは、癪だ。癪に障る。
そう思っていつも歯を食いしばった。たった1年。されど1年。でももう良い。どこにいても、何をしても排除されるなら生きていくのもめんどくさい。
冷たいアスファルトの上でのたれ死ぬ。
誰も悲しまない命、オレだけ惜しんで生きてきたのも限界だ。のたれ死にがオレには似合いの死に方だ。……本気でそう思っていたのに。
「……い。おい。オイッ!」
耳障りな声がする。閉じた目を無理やり抉じ開けると、うっすら視界にスキンヘッドが見えた。
「……せぇ……なん……だよ、おま……」
うるせぇ。なんなんだよ、お前は。そう言った。相手に届いたかどうか、知らない。だが、相手はいきなりオレの身体を担ぎ上げた。身体が宙を浮いた気がしたから解った。
少し驚いて、目を先程よりも開ける。視線は地面だ。だが、胸から腹にかけて何かに支えられている。ゆっくりと視線をずらすと、身体が見えた。……視界で見えたのはそれだけ。
それだけで十分だった。オレは誰かの肩に乗っけられていた。いくら世間では子どもとはいえ、オレは16歳だ。犬や猫じゃねぇのに。誰かは知らないが、解ってやっているのか。
降ろせ。そう叫ぶ前に、オレの意識が限界だった。肩に担がれたオレは、そのまま意識を失った。
「……うっ」
痛みが身体を襲って目が覚めた。覚めたと解って、生きていることを理解した。ゆっくり身体を動かすと包帯が見えた。……手当てされたのだ、と理解した。途切れる意識の直前で、誰かがオレを担ぎ上げた気がしたのは、夢では無かったらしい。
天井は見た事が無い。というより、シャンデリアなんて店でしか見なかったが、ここは店じゃない事くらい認識していた。
チラリと見れば、白い天井に白い壁。ドアはダークブラウン。カーテンは黒。……いや、違う。シャンデリアの光で判った。黒と間違えそうなモスグリーンだった。
「どこだよ、ココ……」
口が痛くてあまり喋りたくないからボソボソと言った。
「ああん? 俺の店だ。なんか文句あるか?」
独り言に返答があって
「うわっ! ……ッテェ……」
思わず飛び起きた。……身体中が悲鳴を上げた。そんなオレの耳に「ぶわっはっはっはっ……」と遠慮無しに豪快な笑い声が聞こえた。その笑い声の方を見ると、記憶の片隅に引っ掛かっていたスキンヘッドがいた。
「……あんた、誰だ?」
「おいおい、ご挨拶だなぁ。拾って手当てしてやったのに、礼も無しか」
警戒したオレに苦笑して、だけど近寄ってこない所はオレを尊重しているように見えた。
「余計な真似を。あのまま死にたかった」
オレの言葉に、スキンヘッドはふぅん、と漏らした。
「んじゃ、今から死ねば? 見届けてやるよ。俺は見た目通り、坊主だから弔いは任せとけや」
スキンヘッドが、両手を合わせた。今からって言われると、助かった命。惜しくて仕方がない。見届けてやるよって言われても、逆に死ぬ気になれなくなった。というか、見た目通りって、ただのスキンヘッドにしか見えない。服装はタキシードだし。……オレが行動しないでいると、スキンヘッドが言った。
「死なないのか? 死ねないのか? 死にたくないのか?」
ズバリとど真ん中を射抜かれたオレは、正直に「死にたくない。生きたい。オレくらい、オレを惜しみたい」と言った。
「ふん、我が儘なガキだな。行く宛てはあるのか?」
スキンヘッドの問いにオレは首を振った。
「ふん。何か悩みもあるみてぇだし、行く宛てがねぇんなら俺んとこで働けや。ここは、執事喫茶店だ。俺1人じゃあ手が足らねぇ。住む場所はこの店があるビルの上だ。ここは地下だからな。解ったか?」
オレはとりあえず頷いた。
「お前、名前は?」
「牧人」
母親がそう呼んでたから多分本名だ。
「じゃあマキトって名前で働け。俺はアオイだ」
こうしてアオイさんに拾われたオレは、執事喫茶店「ファントム」の店員・マキトとして、働き出した。まさか、アオイさんが本当にお坊さんで、そんでもってオレと同じように、普通の人には見えないモノ――幽霊が見える人だなんて、思いも寄らなかった。
その事実を知るのは、もう少し先の事。
本作はエブリスタさんで【ウェルカム トゥ……】という短編小説を書いたその作品に関連した作品でした。
坊主が執事喫茶なんてって話ですが以前テレビでお坊さんがバンド演奏みたいなのしていたのでそれがアリならこれもアリじゃね?と書いたのがウェルカム トゥ……って話でした。その派生作品。
お題は「白い壁」でした。




