第四話
話によると、クロウ君は猫に襲われて大ケガをしていたところを応急処置してくれた少女に一目惚れしてしまったそうだ。実に初々しいね。小学校の授業で初めてアメリカザリガニに触れた日を思い出すよ。彼女が亡くなった時に私がどれほど嘆き悲しんだか――
「博士、また自分の世界に入ってるちょき」
「ああ、スマンスマン。それで、時折彼女を見かけては上空からストーキングしているが、彼女の名前はわかってないってわけか」
「ストーキングって……鴉聞き悪いな」
「あっ、そんな時はアルちゃんにたのむといいちょき」
リカがぽんと手を打った。彼女の場合、元がザリガニだからかチョキでやるので音が微妙に情けない。まあ、かわいいので許す。
「アルちゃん……ああ、アルマジロトカゲのアルちゃんか。彼女の飼い主さんは確かお巡りさんだったな。それなら家の位置から住人の名前ぐらいわかるかもな」
「警官が闇通販に手ェだしてんのかよ」
「む、お巡りさんは正義の味方なんて、いまどき小学生でも信じないぞ。男はみんな自らの愛を貫く生き物なのだ」
「そんなベクトルのおかしい愛の貫き方をするのはお前ぐらいだろ」
ちなみに私のサイトで注文をした者は一種の運命共同体なのでその後の計画にも時折協力願う事がある。
「もしもし? アルちゃん、元気ちょき〜?」
リカはすでに奥にある電話でアルちゃんと通話を開始していた。女性同士の電話というのはすぐに横道にそれがちなので時間がかかるんじゃないかとひやひやしていたが、数分後にはファックスでクロウ君の巣周辺の地図が住人の名前入りで送られてきた。
「えーと、この家だ」
クロウ君は地図上の家を指さす。普段から上空視点で町を見下ろしている鳥だけのことはあり、ほとんど一瞬で見つけていた。
「どれどれ、東宮さん……か。回転寿司のチェーン店で働く父親と中学生の娘の二人暮らしだから、娘さんのほうで間違いないな。というかここにきて父親の方と言われても困る」
「さっき女ってちゃんと説明しただろ」
「これは失敬。うっかりしていた。娘さんの名前は東宮美結。かわいらしい名前でよかったな」
リカには負けるが。
「ふーん、人間の名前のかわいいかわいくないとか正直よくわかんねーけど」
クロウ君はそのあとになにかもごもごと続けた。聞き取れなかったが、「あいつの名前ならかわいくねえハズがねえか」と言っていると勝手に解釈しよう。
「で、協力って言うのは名前教えるだけか?」
「あとはしばらくの間、住居の世話はするさ。作り直すにしたって、もう鳥の巣には住めんだろ。マイマザーはその辺理解があるから」
「理解があるんじゃなくて、あきらめてるだけちょき」
「横やりを入れないでくれないか。とにかく、上にあがってくれれば、うまいうどんを食べさせてもらえるだろう」
「割にあわねェ……」
クロウ君はため息をついて階段をあがっていった。上からマイマザーの「あらあら、あなたも? ごめんね、うちの息子が迷惑かけちゃって」とかなんとか言う声が聞こえてきた。
「――さて、と」
クロウ君が去った後、私は肩を回し気合いを入れなおした。協力できるのは名前の調査だけだと? 天才科学者蛇柳蝮之助をなめてもらっては困るな。ただ、ここから先は私の独断と偏見でやらせてもらう。
「偏見は関係ないちょき」
今のツッコミは聞かなかったことにして。
「『クロウ君と東宮美結ちゃんの恋を応援しちゃうぞ計画』! 始動だ! ぬぅぁーっはっはっはっは!」