第十六話
――彼女と私が出会ったのは私がまだ小学生の頃。
私は、一目で彼女の美しさに恋をした。
その赤銅色の甲羅、ピンと伸びた触覚、うるんだ漆黒の瞳。教科書に載っている通りの、しかしそれよりずっと美しいアメリカザリガニに、私は感動すら覚えた。
当時クラスの輪から外されていた私は、他にすることもないので毎日彼女を眺めて過ごしていた記憶がある。夏休みの間も彼女の世話は一人で引き受けたっけなぁ。
悲劇が起きたのは、夏休み明けのある日のことだった。
前日、私は自由研究として提出したアメリカザリガニの生態に関するレポートに関して、担任の先生からみんなの前で大々的に褒められた。先生としてはクラスになじめなかった私を心配してのことだったのだろうが、結果は逆効果だった。
その日の朝、私が学校の教室に来てみると、メアリの水槽の前に人だかりができていた。他のクラスの連中もいることに気付き、不安に思った私が水槽をのぞきこむと。
メアリの腹部にコンパスが二本の剣のように突き立っていた。
「――そんな」
絶句するクロウ君。
「何でだよ。そりゃさ、一部の人間は残酷だってことは俺だって知ってるぜ? 俺達カラスだって、人間に毒餌で殺されたりしてる。でも、その原因って『俺達がゴミを荒らしたりして人間に害をもたらすから』だって聞いたぜ。もちろんそれだって俺達からしたらいい迷惑だけど、でも、メアリさんに至っては何も悪いことしてないじゃねーか!」
「違うのだよ、クロウ君」
私は彼を制する。
「この事件の原因は、人間ゆえの残酷さではない。子供ゆえの残酷さなのだよ。子供はどこまでも純真で、それゆえに残酷だ。誰かが止めない限りどこまでも暴走しかねない。きっとクラスで外れているにもかかわらず目立った私に制裁を加えた以上の意味はなかったのだろう。もちろん、当時はここまで割り切れていなかったが、あれから二十年、私だって成長したさ。彼らを恨む気はない。しかし――」
私の手が震えているのは、発作か、悔しさか。
「私は怖かった。彼女のような犠牲者がまた出ることも、自分がそれによりまた傷つくことも。そこで私は考えたのだ。人間以外の生き物にも人間と同じ心があることを理解してもらえれば、とな。そして、そのための計画、『愛すべき動物を怪人化計画』を私のライフワークと決めたのだ」
震えを抑え込むために、深く深呼吸した。光源は斜め右上約六十度。眼鏡フラッシュさせるには……この角度か。――涙は見せない。マッドサイエンティストの沽券にかかわる。
「だが、結局私は最後まで臆病でね。マッドサイエンティストを気取り、外される前に自分から周囲を寄せ付けないことでしか研究完了までの間リカを守れなかったわけだが」
「十分だって、まったく、マイナス思考なんかお前らしくないぜ?」
「そうだな、少し疲れているかもしれない」
ガタっ。何かを動かす音に気付き、私はクロウ君を見た。
クロウ君がコンクリート片を少しずつどけてくれている。
「何をしているのかね?」
「ん? 何って、ちょっとでもどけないと、そのうち完全に埋まっちまうだろ? 死にてえのか」
「いや、だが、今回のことはそもそも私が君の家を壊したお詫びで……」
というかそんな大きなコンクリートを動かす体力はもう君には残ってないだろう。
「アホー、家っつったって適当な木の枝とか古雑誌とか集めただけだし、お釣りだよ、お釣り」
「……クロウ君は、優しいな」