第十話
「えっと、えっとね。だいにすてーじによーこそっ!」
「……どこ?」
クロウ君は第二ステージの主を探して周囲をきょろきょろ見回す。クロウ君、だが、ボスは――。
「あの、あのね。したなの。くろうくんのしたなのー」
そう、くろうくんの目線より数十センチ下だ。
「あっ、ごめん……って、小さ!」
考えてみれば、カラスは人間より小さい生き物だし、怪人になってからクロウ君が話した相手は全員身長がクロウ君より上。自分が飛んでいるわけでもないときに人間の声が自分の下方向からするのは初めてだったんだろうな。
「その、そのね。あたしがね。だいにすてーじのぼすなんだよっ。あたしのかだいをくりあしないと、くろうくんはさきにすすめないんだよっ」
説明している怪人の姿をまじまじと見つめるクロウ君。おかっぱから飛び出した茶色い毛が生えた丸っこい耳。手足には白に茶色いぶちの毛が生えている。そしてちょっと出っ歯――。
おや、そういえば少し攻撃がやんでるな。と、思ったら東宮美結ちゃんも画面越しに彼女を見ていた。リカやアルちゃんに対する時とはまた違った目。見とれているという感じか。やっぱり女子というのはこういう生き物が好きなのかね。リカの方が一無量大数倍はかわいいと思うのだが。
「えっと、えっとね。あたしははむたん。ごーるでんはむすたーなんだよ。よろしくねっ」
「よ、よろしく」
すっかりペースを崩されて、はむたんに挨拶するクロウ君。
「んっと、んっとね、あたしのすてーじはねっ。あっちにあるかっしゃ」
はむたんがちっちゃかわいい(飼い主さん談)指で示した方向にクロウ君は目をやる。そこにはハムスター用の滑車をそのまま人間サイズに拡大したものがあった。
「そんなもんどっから入手したんだよ」
ステージの内容はほとんど担当の怪人任せだから私も詳しくは知らない(アルちゃんのサッカーゴールは頼まれたので入れてやったが)。はむたんの飼い主さんは公園の遊具を作る会社の人だからな。おそらく頼まれればやってくれるだろう。
「それで、それでね。あのかっしゃをひゃっかいまわしたら、つぎのすてーじにすすんでいいの。あたし、やくそくはまもるよ?」
滑車百回か、程よい難易度だろう。しかし――
「っと、いけない! 画面に集中してる場合じゃなかったわね。ザ・エンペラー、ザ・エンプレス!」
東宮美結ちゃんが取り出した二枚のカードが青とピンクの西洋風の長剣へと変形する。そして、やっぱり私の方に切っ先が迫る! ――課題はもうちょっと時間がかからないものにしてくれ!
「ちょきっ!」
すぐにハサミで受け止めたリカだが、剣二本対ハサミ二つでは互角、いや、戦闘慣れしていないリカの不利は明白だ。そう思った瞬間、二本の長剣に忌まわしい記憶がダブった。
「や、やめろ、リカ!」
私はリカを止める。二人の間に割って入ることすらできず、ただ声を張り上げることしかできなかったが。
「でも、博士が」
「そんな事を言っている場合か!」
記憶のイメージが消えない。動悸が早い。らしくない。自分らしくないと思う。
「リカまでメアリのようなことになったら、私は――」
っと、こんな時に過去の話なんて、常に未来を志すマッドサイエンティストには似合わないな。
「リカ、早くこっちに」
置き去りにされたコンテナの隙間にリカを誘導する。この幅ならあの剣を振り回される心配はないだろう。ぬぅぁーっはっは! 刃渡りが仇となったな!
「卑怯よ、そんなところに逃げ込むなんて!」
「いやー、負け犬の遠吠えというのは実に見苦しい」
ちょっと悪ーい科学者の演技も様になってきたかな。
でも、妙だな。勢いで逃げ込んでしまったものの、最初に飛ばしてきた星形のカッターならそれほど大きくないので、余裕で追撃できるはずだ。それをしてこないとなるともしかして……。
「君、もしかして一度使った技は二回使えないとか」
「何でバレたの!?」
やはりか。今日も私の超天才的な頭脳は冴えに冴えている。
「そうよ、同じカードは一回の変身中に一度しか使えないわ。だからと言って、負ける気はないけど!」
でも、となると。
「私相手にカードを大量投入して、私と戦ってる間にもし他の敵でも来たらどうするんだ! やっぱり対立してる組織とか居るんだろう?」
そっちに怪我をさせるわけにいかない私としては、むしろそっちの方が困るぞ。
「ご心配ありがとう。でもね、そんな都合よく悪の組織なんかいないの。私は趣味で正義の味方やってるんだから! 本物の大悪党との戦いはこれが最初よ」
大悪党か。そこまで名乗ってないんだが、私の演技も出世したものだ。
「おもしろい」
「博士、笑ってるちょき?」
リカに言われて自分の頬が緩んでいることに気がつく。私は楽しいのか? いや、むしろ嬉しいのかもしれない。こんなに真っ直ぐな少女、正義のヒロイン、アルカナガールの存在が。
「かかってきたまえ」
「ザ・デビル!」
漆黒の光線がコンテナを貫通し私の腕をかすめた。
――彼女のような存在がかつての私のそばにいてくれたら、あのような悲劇は起きなかったかもしれない。
「よんじゅはちー、よんじゅきゅー、ごじゅー! はんぶんー」
この状況にミスマッチな幼い声が響く。そうだ、クロウ君のことをすっかり忘れていた。
「よしっ……なんとか行ける!」
クロウ君もそれほどつらそうではない。飛べる分歩行や走行は苦手なはずなのに、大したものだ。
「じゃあ、じゃあね。ここからむずかしくなるの。はーどもーどなのっ」
「え?」
私も聞いてないぞ。そんな話は。
突然クロウ君の足元の滑車が逆回転し始めた。足をとられたクロウ君は、手をつくこともできず派手にすっ転んだ。
「くろうくんー、がんばんないとだめなの。どんどんかいすうがへっちゃうのー」
「マジかよっ」
簡単なのにしろと言ったのに……。幼い子供というのは無垢故に加減を知らないから困る。今回はさっきみたいに機転で乗り切るのは無理だろうし、私は応援しかできないが。