第一話
この小説は「ライトノベル作法研究所」2009年度GW企画に投稿させていただいた小説に、
加筆、訂正などを加えたものです。
「ぬぅぁーっはっはっはっは!」
「楽しそうちょきね」
うどん屋の地下にある研究所にて高笑いする私に、リカが水をさした。
「リカ、こういう時は笑いが終わって私のほうから何があったか説明するまで発言を控えてもらえないか?」
「そんなコト言ったって、博士ってばさっきからかれこれ三十分くらい笑ってたちょき」
「そんなにか!? 時間感覚がまるでなかったぞ!」
呆れた風にリカは明後日の方向を向いた。薬品に影響を与えないように色あいを調節した赤い電球の光を反射し、彼女の肩にある薔薇色の甲殻がキラリと光る。
――そう。見た目はほとんど人間と変わらないが、その甲殻や「ちょき」という語尾、さらにはこめかみのあたりから赤髪をかき分け飛び出した触角でわかる通り、彼女は人間ではない。というか、これほどの美女が人間であろうはずがない。この私、蛇柳蝮之助博士の最高傑作! アメリカザリガニ怪人なのだ! ちょきちょき言っているからといって、決して某カスミの所有ポケモンではない。
そんな研究をしている私は悪の秘密結社の研究員――というわけではなく、正義のチームの参謀――というわけでもなく、早い話が趣味でやっているのだ。それならなんでうどん屋の地下なんて場所に研究所をつくるんだと思った者は都内の土地事情をもう少し考えてくれたまえ。
いやぁ、小学校でアメリカザリガニの美しさに惚れ込み、「アメリカザリガニを嫁にする」と決めてから苦節二十年、リカが完成した時はどんなに嬉しかったことか……! 恋愛のほうは皆目ダメで、結局未だに博士と助手の関係を抜け出せんのだが、贅沢は言わんさ。
「博士、また自分の世界に入ってるちょきよ」
「あっ、これは失敬。で、何だったかな?」
「さっきの高笑いの理由を教えてほしいちょき」
「そうそう、ついに完成したぞっ、怪人化薬対ハシブトガラス用!」
私は蛍光グリーンのどろっとした液体が入った試験管を指で軽くゆする。家族にはよく「不気味」と言われる光景だが、なあに、所詮凡才に天才は理解できんのだ。オプションで愛用の眼鏡をフラッシュさせるのも、もちろん光源との角度を綿密に計算した上のこと。本来一般人の怪人化といえば改造手術なのだろうが、そこで薬品を使うのは天才のこだわりであって、べ、別に内臓が苦手なわけじゃないんだからっ! と、ツンデレておこう。げふんげふん。マッドサイエンティストが内臓が苦手では沽券にかかわるのだ。
「で、次の依頼主はハシブトガラスさんちょき?」
「そのとおぉぉぉぉり!」
ビシイッ! と、私はリカの鼻先に人差し指をつきつけた。
説明しよう(ヤッターマン風に)。私はリカが完成した後、自分とおなじ悩みを持ついたいけな青年たちを救うべく、一大事業を立ち上げたのだ。題して「愛すべき動物を怪人化計画」! ネーミングがそのまますぎるだと? そのままのほうが一発で意味が伝わるという利点がなぜわからないのかね凡才は。事業形態は裏のネット通販だ。表だってやるといろいろな団体がうるさそうなのでね。天才は争いを好まぬのだ。しかし、通販では人間以外の生命体が利用することができない。それは博愛主義の私の崇高なる理念にそむく。そこで私は、新たな発明品として「人間に恋をしている人間以外の生命体がわかっちゃうマシーン」を開発したのだ。
「相変わらず他のことに全然役立たないものを作るのだけは得意ちょき」
「うるさいっ! とりあえず今回のターゲットに会いに行くぞ」
「了解ちょき!」
私は勢いよく階段をかけ上がり、重い鉄の扉を開けた。
「まむちゃん! アンタ、わけのわからない遊びばかりしてないで、いい加減に職を見つけなさい!」
「ごめんちょきー」
と、うどん屋厨房にて怒鳴り散らすマイマザーと、関係ないのに何故か代わりに謝るリカを背に、私は悩めるカラス君の巣に向けて、白衣をなびかせ全力疾走する。やれやれ、通販でちゃんと自分の生活費ぐらいは稼いでいるのだが、どうも両親は私にもっと安定した職に就いてもらいたいらしい。これだから天才の志が理解できない凡才どもは。
かなり長い作品なので、例により分割投稿します。
続きの投下はもう少しお待ちを。
ちなみに、最終的な評価では前作(短編版「死にかけ名探偵」)にギリギリ勝てませんでした。
恐るべしヤムチャ。