07.
学園のシンボルでもある大鐘楼が、太陽が中天に来たことを告げる。
学園はお昼までは授業があるけれど、それ以降は自由だ。
学園は知識と技術を習得するための場所だけど、それだけで一日使える訳じゃない。
ここには貴族・平民問わず通っていて、それぞれに事情や都合がある。
貴族は勉学も大切だけれど社交も重要だと言うことで、午後からは茶会を開いて人脈を広げたり、共通の趣味を持つ者同士で集まったりしている。
逆に平民は日々の生活のために仕事に行ったり、自習や教師に頼み込んで補習を受けたり、貴族の生徒に取り入ったりと忙しい。
要は、午後の自由時間は有効に使って好きに動けと言うことだ。
まぁその前に、腹拵えするために生徒たちは一斉に動き出す。
昼食は僕のようにお弁当を持ってくる生徒もいるけれど、食堂も完備されているからそちらで食べる生徒の方が多い。
食堂は平民でも手が出しやすいものから、貴族が食べるような高価なものまで幅広く揃っていて、出来立てを食べられる。テーブル席も広くて友人たちと楽しく食事ができるので、大変人気だ。
ただ、僕は食堂を使う気になれない。
いくら安くても、毎日通うとなるとそれだけ出費が嵩む。それなら商店街で材料を買って自炊した方が安い。だって、一番安いセットメニューの金額と二日分の食費が同じなんだから。
両親が残してくれた遺産があると言っても、限りがあるんだ。節約はしないと。
そんなつまらなくてケチ臭いことを考えつつ、持ってきたお弁当を食べ終える。
教室には数人、同じようにお弁当を持ってきて食べている同級生の姿がある。でも話しかけても無視されるから特に交流もない。
皆、午後に何をするか楽しそうに話している。
そんな声を聞きつつ、お弁当を鞄にしまって帰宅準備する。
学業も大切だけれど、家に帰って洗濯物や掃除、食事の準備などやることは多い。あと食材が心許ないし、生活必需品もいくつか買い足さないといけない。
胸ポケットからお買い物メモを取り出しつつ、廊下の端を歩く。
廊下には大勢の生徒たちで混雑している。皆思い思いのペースで行動しているから中々進まない。
なんとか外に出れば、後はスムーズだ。
学園内は手入れの行き届いた庭園の間に道が通っている形をしているから、一定間隔で配置されている木のベンチやシートを広げられる芝生スペースは満席状態。
しばらく歩けばある、食堂のすぐ側にあるオープンテラスも同じく満席状態だと思う。
楽しく、騒がしく、和気藹々と。
皆、昼食を食べている。
「…………」
少しだけ、ほんの少しだけ、歩く速度を上げてしまう。
この後は商店街に寄って買い物をしなきゃいけないんだ。一度じゃ持ちきれないから何度か往復しなきゃ。
そうだ。今日の夕飯の献立も考えなきゃ。
「ハッハッハッ! それは傑作だ!」
ビクリ、と体が震えた。
周囲の喧騒をものともせず、聞こえてきたその声は。
王子殿下のものだ。
辺りを見渡せば、いままで喋っていた生徒たちが皆黙ってある一点を見ている。
僕もそちらに視線を向ければ……いた。
王子殿下と姫様の御兄妹。仲良くオープンテラスの席に座っていた。
それと向かい合うように、僕からは背中しか見えないけれど相席している人たちがいる。見知った後ろ姿だから、すぐに誰だか特定できた。
一人は、クラリア・ファティーン。
一人は、ハリタ・マンドーラ。
そして、リリア・ヴィシテン。
姉さんだ。
そういえば、姉さんは今日は食堂でお昼を食べると言っていた、と思い出す。
恐らく、姫様にお誘いいただいたんだろう。だったら断れないし。いや、姉さんが誘ったのかな?
僕なんかと違って、姉さんは人気者だから。
学業も魔導術の腕前も学園ではトップクラスの成績。礼儀作法なども完璧で、将来貴族に嫁いでもやっていける程だと聞いたことがある。
学園じゃ姉さんと会うことがないし、家でも踏み込んで会話することがないから、実際は分からないけれど、これ程称賛されているのだからすごいんだろう。
さすが、ヴィシテン殿の実子。だそうだ。
……あの集まりは、そういう繋がりだろうか。
王子殿下と姫様は僕の両親の信奉者だし、クラリア・ファティーン伯爵令嬢は父同士が親友で、ハリタ・マンドーラも女性魔導師ということで母さんを尊敬しているし、姉さんは言わずもがなだし。
「ハッハッハッ! やはり、リリアは聡明だな!」
「そんなこと、ありませんわ」
姉さんが王子に答える声は、とても朗らかだ。家では聞いたことないくらい。
「ふふ、リリアさんが照れていらっしゃる」
クラリアさんも、淑女のように丁寧な言葉遣いだ。いつもの命令するような厳しい口調じゃないんだ。
「リリア姉様、可愛いです」
誰だろう……ってハリタさんか。抑揚なく淡々とした喋り方しか聞いたことないから誰だか分からなかった。
しかも姉様って……。
「わたしなど、まだまだです」
「リリアさんは謙虚ですね。わたくしも見習わねばいけませんね」
姉さんの言葉に、姫様が微笑む。
皆、楽しそうで何よりだ。
立ち止まって聞き耳を立ててしまったけれど、僕は校門へ向けて再び歩き出す。
時間は有限なんだから。
急いでお買い物をしなきゃ。