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僕の結末  作者: 鷹村紅士
5/23

05.

 唸りを上げて迫る剣を、必死に避ける。

 訓練用の刃を丸めた物とは言え、鉄の塊には変わらない。

 それが勢いよく当たれば、骨折は必至。

 一応は金属で補強された硬い革の防具を着ているけれど、年季の入ったものだから過信なんて出来ない。


「どうした!? 避けているばかりでは訓練にならんと言った!」


 そう言い放ち、剣を自在に操るのは、この国の王子殿下だ。

 カリスト・エーデルハイド・エデルビア第一王子殿下。金髪を短く刈り上げて、鍛練を欠かさずにしているためかガッシリとした体格をしている。

 武人として十代で騎士団の猛者すら圧倒する実力者。さらに剣に魔導術を纏わせる魔導剣という高等技術すら習得している。

 噂では竜の硬い鱗ですら切り裂ける、伝説の鱗裂きをも体得しているとか。

 そんな御方と何故向きあっているのか。

 自らが稽古をつけると言い出したからだ。


「フンッ!」

「ひっ」


 王子殿下の大剣が、僕の片手剣を弾き飛ばす。

 僕は片手に剣、もう片手に盾というオーソドックスなスタイル。

 殿下は盾を持たず、両手で剣を持つスタイル。

 全身を躍動させた一撃はその余波だけで僕の体勢を容易く崩し、手の痛みと凶器が眼前を通過する恐怖で僕は地面に身を投げ出すように倒れる。


「つぅ……ま、まいり」

「ぬぁっ!」

「げぶぁ!」


 追撃の蹴りが、僕を吹き飛ばす。

 がら空きのお腹を勢いよく蹴られて、耐える間もなく吐瀉物を地面へ撒き散らしてしまった。


「ぉ……げ、がは……」

「この、軟弱者がっ! これしきのことで降参するだと!? 実戦で降参などする暇などない! 立て! 立って戦え!」


 ぶおん、と大剣を振り回すと、王子殿下は苛立ちを、怒りを隠そうともせずに僕へ怒鳴る。

 そんなことを言われても、僕には答える余裕がない。朝食べたものを吐き出して、それでも収まらない嘔吐感。えづくだけで苦しい。痛い。息が出来ない。


「立てと言った!」


 いつまでも動かない僕に業を煮やした王子殿下は、剣を地面に突き刺したかと思えば大股で近寄ってきた。

 その逞しい腕が、僕の襟首をむんずと掴んで、引き起こされる。


「どうした!? 立て! 立って剣を取り立ち向かってこい! さぁ! さぁ! さぁ!」


 王子殿下の顔が近い。

 でもまともに見えない。涙が滲んで、全てがボヤけてしまう。


「げふ……で、んか、おゆ……るしを」

「ぬぅん!」


 必死で紡いだ言葉も、殿下の怒りを更に煽るだけだったみたいだ。

 捕まれた襟首から繊維が千切れる音とともに、浮遊感。


「がはっ!」


 受け身もとれず、土の地面へ叩きつけられる。

 いくら土でも、多くの生徒たちが踏み締めたこの場所は、石畳とまではいかなくとも、硬くて、冷たい。

 でも僕の体はまるで燃えるように熱い。熱くて、痛くて、怠い。

 頬にザラついた感触。口の中にも。


「弛んでいる! なんだその様は!? 無様! なんたる無様! それでヴィシテンの家名を名乗るか!?」


 王子殿下の中では、僕の父はとんでもない大英雄となっている。

 幼い頃に助けられたことで騎士というものに憧れ、数々の戦いを征して国王陛下にまで認められたこともあって、王子は、こう言ってはなんだけれど、父の信奉者だ。

 だから許せないんだ。

 僕が剣もまともに振れない、いや、人を傷つける事や物全般に対して忌避していることが。


「ヴィシテンの! その家名を! 名乗る意味を考えよと! 何度言った!? お前は! 何度考えた!? その結果がこれかぁっ!」


 すぐ側に斬撃がきた。

 地面が弾けて、土砂が僕にかかる。

 凶器が目の前にある。恐怖で動けない。


「こ、の……!」

「殿下!」


 再び振りかぶられた剣は、振り下ろされる事はなかった。

 声がかかり、未だに険しい顔つきのままそちらを向く王子殿下。

 僕も、のろのろとそちらを向けば、そこにいたのはクラリア・ファティーン伯爵令嬢。

 彼女も革の防具に剣と盾の訓練用の姿をしている。


「何だ、ファティーン」

「お時間です。次の領政学は第五棟で行われますので、急ぎませんと」

「チッ」


 本当なら今の時間、三つ年上の王子殿下は別の訓練場で授業を行っているのだけれど、学園では相手になる人がいないこともあって自由に行動できるように取り図られている。

 だからこうして授業時間内にも関わらず下級生の僕を相手にすることができる。

 ただ、無制限じゃない。剣術の授業以外はきちんと受けなければならない。いくら殿下とは言え、ここでは生徒という立場なのだから。


「ふぅ……! 今回も実りのない時間であった」

「お疲れ様です。後はこちらで。殿下はどうぞ次の授業の準備へ」

「うむ。では頼む」


 ごう、と剣を振ってから剣を鞘へ納めた殿下は悠然と去っていく。

 ファティーン伯爵令嬢は恭しく頭を垂れてそれを見送る。

 僕は、未だに立てないでいる。


「……さて。いつまで寝転がっているつもりだクレッグ・ヴィシテン。さっさと立て」

「ちょ、まってく」

「立てクレッグ・ヴィシテン! それでも男か! 情けない! 恥を知れ!」


 吐き気は治まりつつあったけど、体に力が入らない僕を、ファティーン伯爵令嬢は怒鳴り付ける。

 彼女は腰の剣をスラリと抜き放つ。


「殿下はお時間が限られている。その貴重な時間をお前は無駄にする」


 一歩、こちらへ近付いてくる。


「立てクレッグ・ヴィシテン。殿下のご厚意を無下にする不敬な男。その性根、叩き直してやる」


 残り二十分ほど。

 授業は、まだ終わらない。


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