21.
竜が、首を持ち上げてこっちを見る。
口が前に出っ張った、平べったい顔。杭みたいに尖ってる黄ばんだ牙が並んだ口。黄色い宝石の中に、黒い亀裂が入ったような眼。全身を覆う艶のある鱗。
父さんが、母さんが戦った竜。
大勢の人たちが一緒に戦った竜。
そして、両親を殺した竜。
「あああああああああああああっ!」
体の中から、抑えきれない何かが溢れ出す。
不思議な感じだ。
我慢できない何かに突き動かされて“手”を振り上げる僕。
爆弾を使って竜と一緒に死ななきゃいけないのに、と焦る僕。
僕が二人いるようだ。
心を置き去りにして体が勝手に動く。
振り上げた右の“手”をギュッと握りしめて、思い切り振り下ろす。
轟音。爆発する地面。土煙。竜の声。振りかかる土。それに混じる黒くて硬い石。
見えない僕の“手”だけれど、物を掴んだりすればその感触がある。でも、それは本当の手と比べると大分違いがある。
手は弱い。力もそうだし、ちょっとぶつけたり引っ掻いたりしただけで傷ついてしまうほどに弱い。
でも“手”は強い。力は人間を超えるほどに強い。さらに感覚は繋がっているようだけれど、火で炙っても刃物で刺しても、全然痛くない。指で軽く触ってるようにしか感じないんだ。
だから、竜を思い切り叩いても大丈夫。
叩きつけた“手”を戻す。
────────!
さすが、竜。
あんな程度じゃ全然元気だ。
「うあああああああああああああああっ!」
叩く。叩く。叩く。
体、翼、首、顔。
満遍なく、両方の“手”で。
土煙があがって、“手”でそれを払って、また土煙があがって。
────────!
竜が長い首を持ち上げる。
空に向かって吠える。
今までと違って、怒ってる?
そうだよね。いきなり掴んで落とされて、滅多打ちされれば怒るよね。理不尽だと思うよね。
でもごめんね。
君は僕と一緒に終わってもらいたいんだ。
────────!
ちょっとだけ“手”を動かすのを止めてしまった。
その隙に竜が息を思い切り吸い込んでいく。土煙があってもお構いなしだ。竜巻のように竜の口の中に吸い込まれていく。
僕が三人くらい入れる大きな口がこっちに向かって開かれた。
口の中に炎。
「っ!」
両方の“手”を咄嗟に突き出す。
王子殿下やクラリアさんから何度も攻撃されていたお陰かな? 広げた“手”が竜の炎の吐息を上手く遮ってくれた。
距離があったから良かった。“手”に遮られた炎が周囲に広がっていく。
それにしても凄い勢いだ。“手”じゃなかったらきっと吐息で死んでしまったはずだ。
それじゃ駄目なんだ。
駄目なんだっ!
「やあああああああああああっ!」
吐息を受け止めたまま“手”を押し出す。僕が伸ばそうと思えば、どこまでだって届くんだから。
────────!
吐き出す炎を逆に竜に押し付ければ、熱かったのだろうか、悲鳴のような声を上げた。
炎が消えれば、鱗に覆われていた顔が真っ赤になって、所々肉が爛れた竜がそこにいた。
竜自身も耐えられないほどの温度なんだ……。
顔を背けたのか、右目は無事だけど、左目が完全に焼けて塞がっている。
弱ってる。
今なら近づける。
そうだ。僕は竜と戦うためにいるんじゃない。そんな事は望まれていないんだ。僕のするべき事は背負った爆弾を使って竜と一緒に死ぬことなんだから。
走り出す。
まだ竜は痛くて苦しんでいる。
これなら……。
「────!」
え?
姉さん?
────────!
!?
咄嗟に“手”を翳せば、黒い塊を受け止めていた。
僕の体が浮き上がる!?
空の青と草の明るい緑、地面の黄土色、森の木々の濃い緑。代わる代わるすごい速度で入れ替わって行く。
「あ……がはっ!」
全身が擦り付けられる。
気がつけば、僕は地面に転がっていた。
熱い。
全身が熱い。
これは、今までも経験したことがある。
ハリタさんの魔導術に吹き飛ばされて、今のように地面を転がったことがあった。地面の砂利だとかで全身が擦れて、痛いより熱いと感じてしまうんだ。
力を入れようとしても、うまくいかない。
駄目だ。動いて。お願いだ。
歯を食いしばって、なんとか顔をあげる。
霞んでよく見えないけれど、何かが揺れてる。黒くて、長いものが。
全身が熱い。
あれは、尻尾? そうかぁ、尻尾かぁ。
僕が“手”で叩いたから、そのお返しかな。
力が、さっきよりも入る。
手を付いて、体を持ち上げようとして、気付く。
僕の手から煙が出てる。擦りむいて、血で赤くなった場所からだ。よく見れば、怪我が治っていく。肌がまるで波打っているように動いて、ピンク色の部分を覆っていった。
霞んでいた目もいつのまにかスッキリしていた。
立ち上がる。
竜と、目があった。
「はは」
思わず笑ってしまう。
だって、僕の怪我が煙をあげてすごい速度で治って、今、目の前で竜の傷が同じように治っていっているんだもの。
まるでお湯が沸騰するようにボコボコと肉が膨れて、爛れていた顔が治っていく。塞がっていた左目も開いて、僕を両目で睨み付けている。
ああ、皆と同じだ。僕を憎んでいる。
「あはは」
何かが、込み上げてくる。
「あっははははは!」
笑いながら、僕は走り出した。
竜に向かって。




