20.
大きな、悲鳴にも聞こえる咆哮が響き渡る。
空を見上げれば、黒い何かが王都へ向けて飛んできている。
黒竜。
ぐんぐん近づいてくる。
「き、来た……!」
「竜だ!」
「早い!」
「殿下、退避を!」
騎士様たちが騒ぎ始める。
僕はリュックサックを背負い直して、黒竜をじっと見る。
まっすぐ飛んでくる。
そういえば竜は王都の上を飛んでいくのは見たけど、降りるのかな。
降りてくれないと困るなぁ。
どうしよう。
“手”を使えば大丈夫かな。
──この力は、使ってはダメよ?
──でも、もしも。
──使わなければいけないのだとしたら。
──命を懸ける時だけにしてね。
──お願いね。
うん。
母さんとの約束はずっと守ってきたよ。
だけど、もういいよね。
僕の命はこれまでなんだから。
これも命を懸けるってことだよね。
なら、いいよね? 母さん。
「捕まえる」
そう決めて“手”を広げる。
風が渦を巻く。
さっきよりも近付いてきた竜。大空を飛ぶ魔物を両方の“手”で包み込むようにして掴む。
────────!
ん、翼が邪魔で上手く掴めない。
こうかな。あ、いけた。
暴れないでよ。むん。
────────!
「な、なんだ!?」
「何が……!」
「ク、クレッグ・ヴィシテン、お前か? お前なのか!?」
後ろがうるさい。
ああ、そうか。これを見せるのは始めてだから、皆驚いているんだ。
何せ、今まで空を飛んでいた竜が、浮いたままもがいているんだから。翼を閉じて、長い首と尻尾を振りたくっているその姿は、ちょっと可愛い。
「降りて……こい!」
ちょっとだけ“手”を上に振ってから、地面に向けて思い切り振り下ろす。
竜を地面に叩きつける!
すごい音と振動だ。
うん。これでいい。
「それじゃあ王子殿下。爆弾を使ってきます。姉さんをお願いしますね」
「む、どういう……!」
王子殿下は姉さんと仲がいいから、きっと大丈夫だ。
走り出す。
リュックサックがちょっと重い。
竜を落としたのは王都の門からかなり離れた所だから、急がないと。
────────!
竜が起き上がった。
「まだ寝てて!」
左の“手”で上から竜を叩く。
竜は重い物に潰されるようにして地面に伏せる。そのまま左の“手”で押さえつけたまま、竜の所へ急ぐ。
僕には生まれついての変な力がある。母さんが言うには異能というものらしい。これのせいで僕は魔導術関係の能力が一切ないらしい。
僕はこの異能を“手”と呼んでいる。
僕の手からさらに透明な、見えない手を延ばせるんだ。
普通、人間の手は延ばせる距離に限界がある。力だって、筋力がなければならない。
でも僕の異能である“手”は遥か遠くまで延ばせる。霞んで見える遠くの山の頂上にあった大岩を掴めるんだ。力だって、僕自身以上に力がある。掴んだ大岩を片手で粉砕するほどの力が。
まだ小さかった僕はこれを母さんに見せた。こんなこと出来た! って無邪気に。
でも母さんはこれを使ってはいけないと僕に言ってきた。あの頃は何故なのか分からなかった。分からなかったけど、母さんが凄く悲しそうな顔をしていたから使うのをやめようとした。
やめようとしたんだけど、うっかり使ってしまう事が多々あった。
それを見た父さんが僕に我慢、いや、忍耐の大切さを教えてくれた。それと、この力の怖さも。
大岩を簡単に砕けるということは、人間に使えば、簡単に傷つけられるということ。命を奪えるということ。
痛いのは誰だって嫌だ。嫌なことはしたくない。だからこの力がうっかりで使っちゃわないように出来たんだ。
その矢先に両親が死んで。僕は戦うということ全般が嫌いになって、剣も満足に振れなくなった。
結果、王様に誉められるような凄い両親の子供でありながら、無能の役立たずで、拾われっ子なんて言われる事になったけど。
それも今日で終わる。
無能だって、役立たずだって言われた僕だけど、最後に皆の役に立てるんだ。
ああ、今なら分かる。
なんで僕に異能なんて変な力があるのか。
なんで遠くの物を掴めるのか。
なんで筋力なんて関係なしに岩を砕けるのか。
なんでこうも自在に使いこなせるのか。
「この時のためだったんだ……」
竜がもがく。
“手”で押さえつける。
さらに竜が暴れる。
もう片方の“手”も使って押さえ込む。
「この時のためだったんだ!」
僕が生まれたのは、今日、竜と一緒に死ぬためだったんだ!




