18.
全部書き終えて、日記帳を閉じる。
あとはこれも置いておこう。
うん。これでいいな。
椅子から立って、窓まで歩く。
閉めっぱなしだったカーテンを開く。
陽の光が眩しい。
ちょっと汚れた窓の外には、道を埋め尽くす人、人、人。
『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』
敷地には入ってこないんだね。
あ、門の所にいるのは、トラッシュさんか。
あの人も僕の事が嫌いだから、こうなってすごく嬉しそうだ。あんな笑顔は見たことない。
ご近所の皆もいる。眼が血走ってる。
さらに後ろには商店街の人たち。ああ、学園の制服も見える。
知らない人もいっぱいいるなぁ。
ああ、あの遠くにいるのは姉さんかな。すぐ側にはファティーン伯爵令嬢もいるし、見えづらいけどハリタさんもいるっぽいし。あれ? 姫様もいるのかな。王族なのに人混みに紛れるなんて。
必死な顔で、口許に両手をあててる。遠くまで声を届けたい時にするやつだ。
僕という邪魔者がいなくなる絶好の機会だからね。熱が入ってるのかな?
大丈夫。あなたたちの願いはすぐに叶うよ。
二階の高さから見ていなかったら絶対に分からなかった。遠くから馬車が来る。馬に乗った騎士が囲んでる。護衛かな。見覚えのある豪華な馬車だし、きっとそうだ。
人混みを掻き分けてやってくる。
その馬車に誰が乗っているのか皆気付いたらしく、道をあけていく。
すごいな。
あ、道を開けた人に押されて姉さんたちが苦しそうだ。
馬車が家の前までやって来て、停まる。
ここまで来ればその馬車に刻まれた紋章が僕にも見えた。
この国の、王家の紋章だ。
トラッシュさんたちご近所さんが騎士に道を譲って場所を開ければ、出てきたのは王子殿下だ。
鎧と剣を身に付けてる。
王子と騎士が敷地に入ってくる。騎士たちは慣れたものだ。なにせ僕を学園に運ぶために毎日やってたことなんだから。
玄関の扉が荒々しく開かれる。振動がこの部屋にも伝わってくる。続けて伝わってくるのは足音。鎧を着てるからかすごい音と振動だ。
「クレッグ・ヴィシテン!」
部屋のドアが吹き飛ぶと思うくらいに蹴り開けられた。
王子殿下だ。いつもの大声が狭い部屋に響いて耳がいたい。
あ、ドアの蝶番が外れてる。
「やはりいたか、クレッグ・ヴィシテン」
いつも堂々としている王子殿下。僕を見つけると睨み付けて剣を抜く殿下だけど、今日は余裕がなさそうだ。
汗びっしょりで、肩が上下して息が切れてる。
殿下でも疲れるんだな、なんて思う。僕の中じゃ王子殿下は疲れることのない体力お化けだったから。
生きているのに、お化けって。
思わず笑ってしまった。
「……なにがおかしい?」
「お出迎えできず申し訳ありません、王子殿下。ようこそ我が家へ。本日はどのようなご用件で?」
学園で習った、王公貴族への対応の仕方を思い出してやってみたけど、どうだったろう。
あ、駄目だったか。王子がすごい顔してる。僕みたいな劣等生の所作は見れたものじゃないんだろう。
「お見苦しい姿をお見せしました。すみません」
「……構わん」
「それで、いかがされました?」
いつもなら直球で、僕に喋る暇も与えないくらい怒鳴るのに。
「殿下、お早く。あまり手間取りますと」
「わかっている」
本当、どうしたんだろう。
「……クレッグ・ヴィシテン、お前に、命令がある」
「かしこまりました」
「……なに?」
今まで王子の言うことを全然聞かなかったから、驚いたのかな。
本当、ご免なさい。
「王子殿下に御命令されるなら、平民の僕に拒否権はございません。なんなりと」
「……そうか」
「殿下、お早く!」
「分かっている! 少し黙っていろ! ええい、クレッグ・ヴィシテン! お前に名誉挽回の機会を与える! 竜と戦え!」
「はい」
なんだ。そんなことか。
「……お前」
「王子殿下の御命令をお受けします。」
「な」
「竜はどこにいるのでしょうか?」
何だろう。
何でそんなに困ったような顔をするんだろう。
「騎士様、僕はどこに行けばいいのでしょう」
「あ……いや、その」
「王都の外でしょうか? さすがに街中はありえませんよね。それと」
「何故そこまで落ち着いている!? お前は何を考えている!」
……本当に何なんだろうか?
僕を竜に差し出すために、連れていくためにここに来たんじゃないのかな? 竜と戦え、なんて言うからにはそうなんだろう。そう命令したのは殿下なのに。
何故怒るのだろう。
「僕はいらない人間です。竜に食べられて王都の皆が満足するなら、そうした方がいいのでは? 外の人たちは僕に死んでほしいと叫んでいるではありませんか」
皆からいらないと言われる僕。せめてこれくらいしないとね。
だから、王子殿下。
「竜はどこにいるのでしょうか?」
僕の命くらい、最後に役立てさせてください。




