17.
僕は日記を書いている。
父さんも、母さんも、日記を書いていた。
人が覚えていられる物事はそんなに多くないと言われた。あとは、優先順位があるってことも。
痛いことだったり、とても驚いたことは印象が強くて、いつまでも覚えていたりするらしい。
逆に、誰かに親切にされたり、何か嬉しいことがあっても、そういったものは忘れてしまう事がある、と。
だから、記録をつける。
この日に何があったか。何をしたか。どう思ったかを書き記しておけば、後で読み返せば思い出せる切っ掛けになる。
日記とは、思い出の保管庫だと、両親は言っていた。
実際、それは正しかった。
僕の日記を読み返すと、 それまで忘れていた事がいっぱいあった。日記に書いてなかったら絶対に思い出せなかっただろう、僕の日々。
ただそれは、印象に残るはずの、いつまでも覚えていると言われた苦痛に満ちていた。
──人はね、嫌なことは忘れてしまうの。
そうだ。
痛いのは嫌なことだ。苦しいのも嫌なことだ。
だから忘れていたんだ。
──なんでおぼえてるのに、わすれちゃうの?
──人間はね、そうできてるの。矛盾してるの。それが人間なのよ。
母さんは、笑いながらそう言っていた。
母さんは頭がよくて、色々な事を知っていた。たまに良く分からないことを捲し立てていたけれど。
ああ、母さんがいてくれたら、聞いてみたいな。
「なんでいつの間にか、僕が養子になってるんだろう」
皆が僕を拾われた子だと決めつけているけれど、本当は姉さんだ。
僕が物心ついた頃に、姉さんは家に来た。
母さんと手を繋いで、玄関に入ってきた光景は今でも覚えている。
確か、母さんの先輩の娘だったはず。先輩が病気で亡くなって、 一人娘だった姉さんを引き取ったんだ。
僕も一人っ子で、家族が増えたことを喜んだ。両親は仕事に行ってしまうと長く留守にすることがあって、一人で家にいるのはとても寂しかった。
でも、姉さんがいてくれたから、寂しくなくなった。
……寂しくなかったんだよ。
なのに、両親が死んでしまってから、姉さんとの距離は遠くなった。まるで同居する他人だ。
家族なのに。
いや、姉さんにとっては違ったのかも。
両親がいなくなって、姉さんは僕と一緒に家に住みつつ、勉強に集中しだした。さすがに剣は持たなかったけれど、母さんの蔵書をひっきりなしに読んで、何かを書いて、学園でもトップクラスの成績優秀者になった。
勉学と一緒に魔導術の修行もしていた。姉さんの実の母親と母さんが魔導師だったから、その手記や持っていた魔導書とか、豊富な資料を読み込んで自主練習していた。
それで宮廷魔導師も驚くくらいの腕前になれたんだから、姉さんには魔導師としての才能があったんだ。
かたや僕は剣も満足に振れず、魔導師としての力もなく、勉強もできない。人に自慢できるような特技も技術もない。
王子殿下の言うこと、つまり王族の命令を聞かないし。
王女殿下には完全に嫌われてるし。
伯爵令嬢には、今度は殺されるだろう。
次期宮廷魔導師長の娘さんは、僕を人として見てない。
学園には、もう僕の居場所がない。僕は姉さんに暴力を振るうクズ人間だから。
街の人たちにとってもそう。
ほら、聞こえてくる。
皆の声が。
『ここかぁ!』
『出てこい!』
『お前のせいだ!』
『責任とれ!』
『ここから出てってよ!』
『この疫病神が!』
『死ねー!』
『そうだ死ね!』
『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』『死ね!』
僕にはもう。
これしかないんだ。




