13.
姉さんがファティーン伯爵令嬢とともに家から出ていってから、十日たった。
僕の生活は、劇的に変わった。
あれから台所に立つ頻度は少なくなった。
今までは姉さんに食事を用意する必要があったからやる気にもなったけど、今はもう無理。
全部保存食で済ませてしまっている。
あと家事もほぼ手付かず。
洗濯も、掃除も、やる気がおきない。洗濯物は溜まっていき、家のあちこちに埃が積もっている。
やらなきゃ、と思っていても、体が怠くて結局手付かずになってしまう。
そんな家の中から、姉さんの私物はすでに消えている。姉さんが出ていった翌日に重い体で無理矢理学園に行って、帰ってきたら無くなっていたんだ。
留守の間に伯爵家の人が運んだそうだ。隣家のトラッシュさんが笑顔で教えてくれた。
姉さんの服とか化粧品、小物類、学園で使っている教科書を始めとした勉強道具、そして、父さんと母さんの遺品全部。
……気がついたら、床に座り込んでいた。
両親の部屋には生前愛用していた武器防具類に道具類。衣服に蔵書に訳のわからないお土産と色々と整理して保管してあったのだけど、全部無くなっていた。
何もかも、無かった。
その次の日、学園で姉さんに話を聞こうとしたけれど出来なくて、今も姉さんとは会っていない。
何故なら、学園では僕が悪者になっていたから。
どういう経緯か全く分からないけれど、姉さんがファティーン伯爵家に住むことは学園中に知られていて、その原因が僕が姉さんに暴力を振るった事だって。
そのせいで姉さんの周囲には常に人がいて、僕の姿を見た瞬間に僕へ敵意を剥き出しにして牽制。その間に姉さんを逃がすんだ。
僕は、なにもしていない。
なのに、僕が悪者で、僕の言葉は誰にも届かない。
誰もが僕に嫌悪感をもつようになった。
その中でも特に僕へ嫌悪……もう憎悪の域に達している人たちがいる。
その筆頭がクラリア・ファティーン伯爵令嬢。彼女は僕を殺してもいいと思っている。いや、殺さないといけないと思っている。
校舎内で僕の姿を見つけた瞬間に拳を握っていつでも殴れるように構えるし、剣術の授業中は木剣で僕を滅多打ちにする。倒れても、気絶しても止まらない。
「この……クズがっ! ゴミがっ! 二度と目覚めるな!」
それだけやっても、僕への憎悪は収まらない。
あとはハリタ・マンドーラ。彼女も僕を殺したいと思っている。正確には処理したいらしい。
魔導術の授業でも僕は滅多打ちにされる。逃げ惑う僕に彼女は淡々と術を発動して来た。
「リリア様に仇なす愚か物。消す」
何度も地面が大きく弾けて吹き飛ばされたから、訓練場の床が穴だらけになって、僕への罰としてそれを直すのを一人でやった。
テリア・ファーレス・エデルビア第一王女殿下は僕を退学にしたいらしい。
「女性に暴力を振るう者など不愉快です。学園には相応しくありません」
王女殿下がそう言えば、後は生徒たち、職員全てが付き従った。
教室で僕が使っていた机が片されて無くなっていた。僕の荷物入れが片されていた。中に入れていたものは纏めて裏門に置かれていた。
でも、まだ退学にはなっていない。
それを却下した人がいる。
カリスト・エーデルハイド・エデルビア第一王子殿下だ。
「ヴィシテンの名を汚す愚物がぁっ! その腐った根性を今すぐ叩き直すっ!」
怒声とともに僕の首を締め上げ、訓練場に連行された。
そして、殿下に殴り飛ばされる。
矯正するのは拳骨が最適、というのが殿下の理屈だ。
僕に出来るのは、ただ殴られるだけ。最初は許してと懇願したけれど、王子殿下はますます怒り、僕を殴り続ける。
訓練終了の鐘とともに手を止めるのは意外だったけど。このまま殴り殺されるんじゃないかと思ったのに。
いくら王子殿下でも、授業は真面目に受けなければならない、との事。
その後は全身の感覚がなくて動かない僕を、殿下に命令された生徒が嫌々ながら医務室へと運び込む。
ラプトプソン教諭は治療するのは限界だと言う。毎日医務室へ運ばれる僕へ、教諭は苛立って仕方ないようだ。
治療は雑で、痛み止ももらえない。
いくら学園内での怪我は医務室で治療できると言っても限度があるって。
「お前、おかしいよ。異常だよ。こんな怪我を毎日するなんて。もう来るな。街の医者へ行け。ここはお前のためにあるんじゃないんだから」
僕の訴えは、届かない。耳栓して、無視だ。
ついに僕は医務室を使用禁止にされてしまった。
痣や傷だらけの体を無理矢理動かして、帰る。
学園の人たちも、街の人たちも、僕を見る目は厳しい。
あの日、ファティーン伯爵令嬢の大声で何があったか知ったご近所が、言いふらしたんだ。
元々姉さんはご近所でも出来た人として通っていたから、そんな姉を苛める出来の悪い弟がボロボロになっても、同情はしないって。
家に何とかたどり着いて、それだけでもう駄目だ。
部屋に這いずって行って、ベッドに潜り込む。
運良く真夜中にでも目を覚ませば、保存食を食べて、なんとか体を拭いて、また眠る。
もう、学園には行きたくない。
でも、それは許されない。
朝になると王子殿下の命令を受けた生徒が僕を連れ出すんだ。
ドアの合鍵を使って家に入ってきて、僕を叩き起こして学園へ連行する。
王子とまではいかなくても、彼らも鍛えているから小柄な僕を運ぶなんて簡単だ。それに、彼らも姉さんの味方らしい。
僕は、もう、疲れたよ。




