12.
竈の火を消して、鍋を下ろす。
もう、いいや。食欲もないし。
明日、お腹が空いたら温めればいいよね。
お風呂は、まだいいか。勝手にボイラー止まるし。
玄関の掃除もしなきゃ。
壺の破片を片付けて、飛び散ったジャムを拭き取って。
戸締まりもしなきゃ。
「……ふぅ」
あ、駄目だ。
気を抜いたら泣きそうになる。
動かなきゃ。何かしないと。気をまぎらわせないと。
──お前は何をしていた? 剣の鍛練は? 魔導術の練習は? 勉学は? 何か一つでもやったか? 己を鍛えたか!?
クラリアさんの言葉が、聞こえてくる。
僕は……魔導術を使えない。母さんにも言われた。先天的に、無理だって。
勉強は、頑張っているつもりだけど……どうなんだろう。
家事をしていると、勉強の時間が少なくなる。じゃあ勉強する時間を多くとれば? 食事の準備も、お風呂の準備も、洗濯だって時間がかかる。
両親が亡くなってから、家事はずっと僕がやって来た。
姉さんは泣いていて、僕も悲しかったけど、お腹はすく。家に埃は積もっちゃうし。何もかもが荒んでいく。それをなんとかしたくて。
最初は失敗続きだったけど、何回もやってようやくなんとかなった。
その間に、姉さんもなんとか立ち直って。そうしたら、勉強に集中するようになって。
姉さんが色んな本を読んでいる間、僕が料理をして、洗濯して、掃除して。
それが、当たり前になって。
──はぁ。
いつからか、姉さんは僕を見てため息を吐くようになった。
勘違いだと思ったけど、そうじゃない。
僕が家事をしていると決まってため息。何かあるのかと聞いてみても、何も答えてくれない。
両親の死から、僕たちはあまり会話をしなくなった。いつも僕が話しかけて、姉さんが一言、多くて二言くらいで終わってしまう。あまりしつこく話しかけても、姉さんはすぐに部屋に引きこもってしまう。
両親が生きていた頃は、仲が良かったのに。
……王子殿下たちとは、普通に喋っているのに。笑顔だって見せるのに。
──僕が勉強のできない奴だから、嫌いなの?
──は?
好きでもなく、嫌いでもなく、僕の質問に顔をしかめて、部屋に戻る姉さんの後ろ姿を思い出した。
「……っ」
駄目だ。思い出すな。考えるなら別のことにしろ。何か、別のことを。
頭を振って、部屋を見渡す。
見慣れた台所。ずっと使ってきた竈。汚れが目立ってきたテーブル。家族四人で使う分の食器の入った棚。各種調理器具……。
僕の目が、包丁を捉えて離さない。
ランプの光を反射して、光る刃物。
その光が、先ほど突きつけられたサーベルを思い出させる。
「剣の、鍛練……」
僕は、怖い。
武器というものが怖い。戦いが怖い。命が失われるのが怖い。
力を振るうのが怖い。
小さい頃、両親がいた時はそんなことはなかった。
父さんが騎士だったから、格好良かったから、憧れて、僕も騎士になることを夢見て、父さんの横で木剣の素振りをしたりもした。
今でも木剣は僕の部屋に置いてある。
それをしなくなったのは、両親が亡くなってから。
日々の生活で時間をとられてしまったのも理由の一つだけど、本当は剣を見ると父さんのことを思い出して苦しいから。
何より、武器は戦いに使う物。
戦いで父さんも、母さんも、死んだ。
死んでしまった。
もう、会えないんだ。
死んでしまったら、それまでなんだよ。
──なんでパパはたたかうの?
──それはね。大事な人を守りたいからだよ。
──だいじな、ひと?
──ママと、リリアと、クレッグ、俺の大事な家族さ。
──まもるのに、たたかう?
──ああ、そうだよ。家族を守るためなら、パパは力を使うことを恐れない。
──ちから……。
──そうだ。だからクレッグ。お前も、誰かを守る時にはその力を使うんだ。恐れずに、な。
「父さん……」
シャツを脱いで、包帯やガーゼを取る。
治療を受けた時、すでに赤く腫れ上がっていたり、痣として青くなっていた傷は、全部、綺麗になくなっていた。
「僕の力は」
遠くにあるゴミ箱に手をかざして掴むように指を曲げる。ゆっくりと持ち上げるように腕を動かせば、音もなく浮かび上がるゴミ箱。
引き寄せて、手に持っていた包帯やガーゼを捨てる。
「守る人がいないと」
元の位置に戻そうとしたけど、思わず力を入れすぎて潰してしまった。粉々になって、中に捨てていたゴミが散乱してしまう。
「意味がないのかな……」
僕の問いに、答えてくれる人は、誰もいない。




