11.
「あの、夜で」
「お前はリリア殿に何か隔意でもあるのか!?」
「そんな」
「何故彼女を怯えさせる!? 何もないなら温かく迎え入れるのが常識であろう! 違うか!」
「すみま」
「男のくせに性根が腐っていると思っていたが、ここまでだったとは! 本当に救いがないな!」
………僕の声は、彼女に届かない。
彼女の声量はとても大きい。僕のが小さいだけかもしれないけれど、簡単に掻き消されてしまう。
もっと大きく叫べばいいのだろう。
その時は、彼女の腰にあるサーベルが引き抜かれるけれど。
「リリア殿はな、今の今まで勉強の予習復習をこなした後に自己鍛練に励んでいたのだ! そんな彼女にお前は!」
そう、だったんだ。
「お前は何をしていた? 剣の鍛練は? 魔導術の練習は? 勉学は? 何か一つでもやったか? 己を鍛えたか!? していないだろう!」
「おちつい」
「だからお前は駄目なんだ!」
ああ、近所の人達が集まって来ちゃった。
視線が、痛い。
「おねが」
「黙れクズが!」
ヒッ。
サーベルを抜かないで!
「羽虫のように耳障りな! 言葉を言う暇があったら! 素振りをしろ! なんだそれは!? 何をしていた! 答えろ!」
「りょ、料理を」
「馬鹿が!」
僕がエプロンをしているのが、そんなに悪いことなのかな?
そこまで罵倒されなければならないこと?
「でも!」
「口を開くな!」
「わぁっ!」
銀色が。サーベルが、本物の刃が、目の前に。
尻餅をついてしまった。逃げなきゃ。下がらなきゃ。腕が、足が動かないと。
「男のくせに、言い訳ばかり! 何だ? どうした!? 立て! 立ち向かってこい!」
無理言わないで! 動けば喉に刺さるじゃないか!
「クズが! この程度の事もできないのに、リリア殿にお前は! このような素晴らしく聡明な女性を! ああっ!」
お願いだから落ち着いて! 剣が! 剣が!
「行きましょうリリア殿! こんな所はあなたに相応しくない! こんなクズの世話をする必要はない!」
「え、ちょ」
「前から言っていたではないですか。あなたはヴィシテン様たちの正統なお子なのです。こんなどこの生まれとも知れない怠惰な奴に構っていてはなりません! 損失です! 我が家で暮らして下さい! 歓迎しますから!」
「ま」
「さぁ!」
サーベルが引かれて、全身から力が抜けた僕を放置して、クラリアさんは姉さんの手を引いて家を出ていこうとする。
「……あ」
姉さんの持っていた木の籠が、床に落ちて、何かが割れる音がする。
「リリア殿を馬車へ。我が家に逗留していただく」
「はっ!」
ファティーン家の護衛の人が、姉さんを連れていく。
ちょっとまって。
お願いだから。
「ヴィシテン様に拾われたからと、図にのった愚か者め。二度とリリア殿に近づくな」
なんで……!
「身の程知らずめ!」
大きな音を立てて、ドアが、閉められた。
さっきまでのうるささが、嘘のようだ。静かなのに耳が痛い。
僕の視界に、姉さんが落とした籠が入る。
中身は……見慣れた、小さい壺。それが三つ。どれもが、割れてた。
見当たらないと思っていた、スープジャムの容器。
「……なんで?」
スープジャムは、母さん秘伝のもので。
作るの大変だったって、母さんが笑ってて。レシピはそう簡単に教えちゃ駄目だって。
姉さんだって、知っているはずなのに。
……黙って持ち出したの?
それで、中身を全部使ったの?
三つも?
母さんとの約束、破ったの?
「う……ふ、ぐ」
全身が震える。我慢、できない。
視界が、滲んで。
「うううううっ」
ごめん、とうさん、かあさん。
なくの、がまん、できないよぉ……!




