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僕の結末  作者: 鷹村紅士
10/23

10.

 気がついたら、家の台所に立っていた。

 目の前のテーブルには、籠がある。

 オリックさんが入れた、書類も。


「…………っ、う」


 駄目。泣いちゃ、駄目だ。約束、したんだ。父さんと、母さんと、しっかり、しなきゃって。

 姉さんを、守るんだって。


「あ」


 そうだ、姉さんが帰ってくる。

 慌てて見回せば、家の中は薄暗くて。


「急がなきゃ……」


 姉さんは、毎日陽が暮れる頃、夕飯の前くらいに帰ってくる。

 いつも、何をしているのか。聞いても教えてくれないけれど。

 でも、ファティーン伯爵家のだったり、紋章はないけど豪華な馬車で帰ってくるから、心配はない。

 さすがに、護衛の人もいる馬車を襲うような悪人はいないと思う。王都の治安って、いいし。

 火打箱から火種を蝋燭へ。火の灯った蝋燭から家の中のランプへ火を移していく。姉さんなら、魔導術であっという間に火を灯せるけれど、僕には出来ない。

 明るくなった家の中は、火が燃えているにも関わらず、冷えている気がする。

 腕を擦りながら足を動かす。

 行くのはお風呂だ。

 小さな家だけど、家には身を清めるためのお風呂がある。母さんがかなり拘ったらしい。父さんが苦笑していた。

 でも、父さんが一番その恩恵を受けていた。

 仕事から帰って来た父さんは汗と土埃で結構汚れていたから、井戸まで行かなくて済んだし。特に寒い時期はお湯が使えるから重宝していた。

 あの頃は、父さんと一緒にお風呂に入ったなぁ。

 まず体の汚れを落として。じゃないと湯船に汚れが浮くからって母さんに怒られたっけ。髪の毛を父さんが洗ってくれて。目を閉じていると大きな手で頭を揉まれて。

 ……いつから、自分で洗えるようになったんだっけ。


「綺麗に、しないと」


 湯船を擦って、掃除する。

 これをしないとお湯に汚れが浮く。いくら洗っても、汚れは無くならない。最初はムキになっていたけれど、いつの間にか妥協している自分がいた。

 掃除が終われば後は水を入れる。裏庭にある井戸から外にあるタンクに入れておいて、弁を開けばパイプから水が出る。

 溜まるまでしばらくかかるから、その間に夕飯の準備だ。


「何を作ろうか……」


 いくつか献立を考えたけれど、どれにするかは決めてなかった。


「野菜と、お肉を切って、後は母さん秘伝のスープジャムを入れて……。そうだ、腸詰めがあったんだっけ。これと、あとパンを用意して」


 忙しい母さんが料理をもっと簡単に出来るようにと作ったのがスープジャム。ドロリとした見た目だけど、これを溶かすと美味しいスープが短時間で出来るようになるのでとても重宝している。

 のだけど。


「あれ? ジャムが……ない?」


 ジャムは小壺に詰めて保存していたんだけど、その小壺の数が足りない。

 十種類の内、三つがなくなっている。

 使って、元に戻さなかった? ならすぐ側に置いてあるはずだ。これは台所から持ち出すことはないのだから。

 落っことした? 床には壺もジャムも見当たらない。綺麗なままだ。


「う~ん?」


 具材を全て入れた鍋を火にかけて、ちょっと悩んだけれどお風呂の様子が気にかかる。

 湯船にはちょうどいいくらいに水が溜まっていたから弁を閉めて、急いで裏庭に出る。裏庭には薪を切ったりするスペースや、母さんが作ったボイラーなんていう道具がある。

 僕には原理がよく分からない道具だけれど、これのお陰でお湯が作れるんだからとてもありがたい。

 母さんは熱いのが好きで、ボイラーを動かすともうその温度になるまで止まらないようになっている。だから湯船に最初溜める水の量は少なくして、後は水で温度を下げる。

 僕にとっては熱すぎるから。

 姉さんは、熱いのが好きなようだけど。


「……あれ?」


 ボイラーを動かして、家の中に戻ろうとしたら馬の嘶きが聞こえてきた。この距離で聞こえてきたのなら、姉さんが帰ってきたんだな。

 裏口から台所に入って、そのまま玄関へ。

 すると、玄関の扉を開けたまま誰かと喋っている姉さんの後ろ姿が見える。


「姉さん、お帰りなさい」

「……っ」


 声をかけると、姉さんは大きく体を震わせた。

 そんなに驚くことかな? いつも馬の嘶きが聞こえるから出迎えているのに。

 それを忘れるほど、話に夢中だったのかな。

 それとも、出迎えてることなんて、そもそも覚えてないのかな。


「…………」

「どうしたの?」


 何で、そんな、怖い物を見るように。

 僕がいるのは、そんなにおかしなこと?


「……はぁ」


 姉さんは僕の姿を上から下まで見て、それから、ため息を吐いた。

 それは、安心とかじゃなく、落胆の。

 ……胸が、苦しい。


「何様のつもりだ、クレッグ・ヴィシテン!」


 思わず胸を押さえたら、姉さんを押し退けて入ってきたのは、クラリア・ファティーン伯爵令嬢だった。


「私は爵位を振りかざすことは好かんが、あえて言わせてもらおう。実の姉を怯えさせ、伯爵家の者であり、客でもある私を無視するとは、礼儀もしらんのかお前は! 恥を知れ!」


 陽が暮れた街に、とても大きな声が響き渡った。


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