序章Ⅳ
「よぉ、アラン」
「よぉ、カイにぃ」
村の中央辺りに位置する広めのの広場に幾らかの人が集まっていた。
その人たちが囲む中には、たった二人の男、アランとカインがいる。
早い話、村長の家であの話を聞いてから満2日がたち、やっとのように開催されたものだ。開催といってもおおっぴらにやっているわけではなく、噂が村中を回った結果だ。
その間スチュワード家ではこう言う噂が回っていた。
アランが村を出て行く、と。
噂の根源がわからないが、アランが村長を認めさせなければならない、ということだけはわかる。
そのことがけわかっていても意味はないが、アランにとってきっと重要なことだ。
そして今、僕もこの地に来ている。
集まった人といっても僕含めて十人ほど、その中には面白半分に観戦に来ている子供もいた。
その中にはもちろん村長もおり、何か思うように石に座っている。
「なあ、アラ〜ン。きょーはクローク倒しに行かないの?」
4人くらいの子供の中から一人の男の子がからかうようにいう。
周りもそれに乗るようにして挑発じみた行為をしている。
「もう行かねーよ」
そう答えると子供達は、わ〜〜こわ〜い、といって走り去っていってしまった。子供達も別に決闘を見に来たわけではないだろう。
別に僕もみる必要もないのだが、何となく行方がきになる。人と人の戦いにおいてモンスターとの違いは何なのか、はっきりさせておきたい。
「おい、アラン」
「ん?」
「そんな貧弱な武器でいいのか?」
カインは手に持つ片手剣を肩にかけ、挑発じみたことをした。
アランの持つものは弓。
こういう一対一の時には似合わない装備だ。
「いいんだよ」
勢いよく弓を持つ手を前に突き出し、カインに向かって微笑んだ。
するとさっきまで石に座っていた村長が身を乗り出す様子を見せる。
そして2人を囲う人たちを退けさせた。
アランが弓を使うのだから近くにいては危険であろうという計らいであろうが、当事者はそんなことに見向きもしなかった。
僕も退けられるべき1人なのだが、そうではなく、そばにいてほしいと告げられるだけだ。
「ミランさん。魔法道具についてはもうご存知ですか?」
となりにいる村長が2人を見たまま言った。
「一応…」
「なら、よく見ておくといいですよ。私たちノーイーストの戦い方を」
感慨深い言い方に少し圧倒されながらも、2人から一定距離まで離れた場所で始まるのを待つばかりだ。
この場所で聞こえてくる2人のかすかな会話は挑発の嵐で、つくづくこの2人は仲が良いのがうかがえる。
「アラン、カイン、準備はいいか」
広場中央にいる2人に聞こえるくらいの声量で言う。もちろん、それに負けないくらいに大きな声で彼らは放った。
「いつでも」
「いけるぜ」
そうしてカインは装備を構え、臨戦態勢に入る。
それと同時にアランの右手にさっきまでなかった弓矢が握られている。その弓矢以外に入れるところがないとするとあれも魔道具であろう。
両者ともに一度距離を取り、いつでも始められる態勢に入った。
「では行くぞ。始め‼︎」
その合図とともに先に動いたアランが弓を放つ。
「おいおい、いっただろ?」
構えた剣を振り、左肩に向けられた矢を叩き落とした。
「そんな武器じゃ、遅すぎるって」
そういうと、カインは距離を詰め始めた。その速さもさながら、さっきの剣さばきも並みではない動きだった。
そしてアランは魔道具の特性を利用した弓さばきを見せる。弓矢の発現をすでに構えた位置にし、ほぼタイムラグなしに射ている。
ただ、その放たれた弓矢が避けて行くかのようにカインは左右に避け、必要な分だけ振り払っている。
「そういえば村長。これの勝つ条件ってなんなんですか?」
「基本的にこういう対決の場合は、相手に降参と言わせるか、武器を破壊されるかですね」
そう答えた村長でさえ今は2人の戦いに夢中であった。
こんなにも激しいものの中で戦っているにもかかわらず、当の2人は笑顔である。
「カイにぃはずっと逃げてるだけでいいのか。もうスタミナ切れてきてんじゃねぇの?」
戦いの中でも挑発をし、未だに余裕を見せている。
「バァカ。待ってんだよ、お前が決定的なミスを犯すところを」
その挑発に返すカインも余裕があるようだった。
そして、それから弓矢が十発ほど放たれた頃、アランの手が少し止まり弓の嵐がやむ。
すると、すかさずにカインは前に出て距離を詰める。そのカインの動きは次の弓を予測したものでもあった。
「おいどうした?手が止まってんぞ?」
その間3秒であれど距離は大いに縮まる。
そして、ニヤリとアランの横顔が応援でいるのが見えた。
さっきと同じように弓を構えたと思うと、上に向け大きく放つ。
カインもその様子を目に追う。
それと同時にカインの足元を狙い素早く放った。
「……っ」
上を向いた状態だったカインにとって、アランの放った弓矢の場所がおおよその位置しかわからなかったようで、上に避ける。
「これで終わりか、カイにぃ」
そう言って空中にいる身動きの取れないカインに向かって弓を向けた。
放った弓矢はすでにカインの体を捉えている。
次の瞬間、カインは体をそらしたのと同時に装備を解除した。すると、その解除した瞬間、わずかだが弓矢の軌道がずれた。
何もエフェクトがないと思っていたが、軌道をずらせるほどの何かが発生しているようだった。
「まだ終わんねぇよ」
そうして体制を持ち直し、地面に着地した瞬間アランに向かって加速し、剣の間合いに入った。
カインが剣を大きく振りかぶる。
弓で反撃するにはもう遅い。
するとアランは手に持つ弓をそこに置くようにして投げつけ、後ろに飛んだ。
「悪あがきだなぁ」
弓が顔の位置あたりにきたところで、その弓をカインは頭ではじき返す。
そして振り下ろした剣の先にはアランも剣先もなかった。
「これで終わり」
背後に回ったアランが短剣を手に持ち、首に突きつけられていた。
「何が起こったんだ……?」
僕の隣で見ていた村長までもが口を開き、驚いた様子である。
かくいう自分も目で追うのが精一杯だった。
「俺の負けだ…」
そうしてカインが両手を挙げ、折れた剣を前に突き出すと一対一は終わりを迎えた。
終焉を飾るように、さっき上に放った弓矢がカインの目の前に落ちた。
「よっし、カイにぃも大したことないな」
勝利を収めた瞬間、さっきの冷徹な様子からいつもの様子に変わった。
人の性格まで口を出せるほどではないが、僕が思えるほどにいつもとは違う雰囲気を醸し出していた。
「にしても、いつそんな技覚えたんだ?」
膝をつけたカインは立ち上がり聞く。
「ははは。カイにぃの剣が折れるとは思わなかったけどな」
「あぁ……」
誇らしく自慢げに語っている。
そして僕の隣にいた村長は2人の元へ向かっていた。
「アラン……」
「父さん。これで問題ないだろ?」
「お前、いつの間に……」
驚く様子が隠し切れないような声色である。
「だから言ったろ?モンスターを倒してきたって」
そういうと、手に持つ短剣を地に刺し、途中放り投げた弓に向かっていった。
その弓を持つと表面についた土を少し取り、傷がないか見ていた。
「いや、あれは嘘じゃ……」
「いや嘘も何も……」
戸惑うような様子を醸し出す。
前者共に静寂に包まれた。
すると、話題を変えるかのようにカインが言う。
「……にしてもアラン。あの短剣はお前のなのか?」
カインはすっかり折れてしまった剣を手に凝視する。
その見ている先はアランが地に刺した短剣であった。
「あぁ。俺がいっつも使ってるやつだけど……」
「俺の剣が折れるくらいだぜ?」
「ん、まぁ確かに……」
二人の近くに寄ってみると、短剣がさっきとは違う視点から見ることができたわけだが、既視感を覚えた。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
そうして見てみるとこの間の感覚が遮るような何かを感じた。
「あぁ〜。なるほど」
カインはなにかを理解したかのように首を縦に振り頷く。
「どーした、カイにぃ」
「お前はしらねぇだろうけど、あの炎の塊を退かせたのはミランさんが魔法をかけたあの短剣だってこと」
……?
「は?それってもう3日も前の話だろ?」
「まあな」
「そんなに魔法がかかり続けることなんてあるのか?」
「俺もよくはわからんが実際俺のが折れてるわけだしなぁ」
その会話を聞きながら、僕は頭を悩ませていた。
さっき言った炎の塊というのは聞き間違えでなければ僕が見ていたものと一致する。ただ、一昨日いや、3日前の時には僕とそれ以外の人たちとその事実だけが異なっていたはずだ。
皆が皆、口を揃えて一人の男の氷の塊、魔法と答えていた。
それが今、カインの口から炎という単語が明らかに聞こえた。
「どうかなさいましたか、ミランさん」
隣に僕と同様二人の様子を見ていた村長が顔をのぞかせる。
「顔色が少々悪いようですが……」
「いえ、ちょっと気になって……」
「また聞くことになってしまうんですけど、3日前現れた魔道士というのは………二人、でしたか?」
こうなってしまうと僕だけでは事実の確認が取れない。なにも真実がどうこうというわけではない。
「えぇ、それはそうですが…」
日を重ねるごとに事実が変化していることが問題なのである。
だから、その村長の言葉でまたもや混乱した。
僕は村人たちが覚えていないのは、カネアツという男が死んだことでなったものだと思っていた。
ただし、このように思い出す、というより存在がなかった事実がなかったことにされているようだった。
何故だか少しの安堵が漏れてしまう。
「……では、もう一人の炎の魔術師は………」
どうなっているのだろう。どんな理由であれ、あの場から突如として消えていたあの存在は今、どうしているのだろう。
「……それは、まぁ、逃げて行きましたよ。覚えて…いませんか?」
「あ、いえ、少し記憶違いしてて……」
存在は村人に認識されていれど、この部分は僕との事実のズレがある。
「まだ疲れてるんでしょう……」
「……そう、ですね……」
心配する様子が横の村長の声色から伺えた。
そして、この僕と僕以外の事実の誤認。認識の変化。これは一体なにを指すのだろう。
ただ、どうであれ僕の考えていたことより上回る結果になっている。
……………
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ。俺に負けただろ?」
ゆっくりと耳へと入ってくる音は、アランのものだった。考えている間もずっと話していたようだった。
「そっちだってギリギリだったんじゃねぇの?次は負けねぇよ」
その二人の間には擬似的にも目の間に電気が走るようなものが見えた。
その間に割って入ったのはさっきまで横にいた村長である。
「ほら、アラン、カイン。ミランさんもいるんだし、もういいだろ」
「…ふ〜ん。じゃあ俺のあの話はどうなんだよ」
「………、わかっている…」
そういうと、アランは手を握り大きくガッツポーズをした。
「じゃ、俺は家戻ってるぜ〜」
すると広場から足早に去って言った。
その様子をやれやれというように見ていたのはカインだ。
そしてすでに村長はゆっくりとだが、そのアランを追い、帰っていった。
◇
それから少しの間、そばにいた二人のうちキッドが後を去り、カインと二人きりの時間が続いた。
その時間があったから気づいたのかもしれないが、カインのその複雑な表情が気にかかる。
「…カインさん」
「…どうしました?」
いきなり話しかけてしまったからか、少し間が空いた。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「答えられる範囲であれば」
そして、その言葉の形はやはりアランに対するそれとは全く違っていた。なんとなくだが、こういうものが礼儀というものなのは知っているが疎外感を感じてしまう。
「スチュワードさんたちがいってたんですけど、アランさんがこの勝負に勝ったら、村を出て行くって」
その話を持ち出すと少しの間空気が固まった。
その空気がカインの表情を作っている原因を示唆しているようだった。
「少し長くなるので座りましょうか」
そうして村長が座っていた石に誘導された。
「まず、このことから話さなきゃいけませんね」
そういうと、カインの口から出てきたのは二年前のことだった。アランの母が死に、自分の仲間も死んでしまったことを言ってくれた。
村長が言うような、悲しい出来事であったことがよくわかった。
「そしてアランは村長、クロードさんに約束させたのです。実力を認めてもらえれば魔法の道を歩ませると。なので、あながち間違っていないかもですね」
そう笑っていた。
この勝負にアランが勝てばこの村を出て行ってしまう。そのことがわかっていながらも、この勝負に臨んだんだ。
きっとカインの中では外に行かせてやりたい気持ちと、行かせたくない気持ちが混ざり合っているのだろう。
「そう……でしたか…。でも、魔法となると魔力が…」
「そうですね…。私も一度新都へ行ったことがありますが、そこは魔法がほぼ全てを占め、実力の介在する余地はほぼ数パーセントでした。そんな世界に行かせたくないっていう気持ちはこの村に住む人は皆わかるでしょう。でも、それと同時に私達は期待もしているのです」
「期待…?」
「はい。先程ミランさんもご覧になったように、魔力量はあの大きな水晶で測ります。そして私達ノーイーストはなにも変化が起きません。ただ、あの子が生まれた時はその水晶は、壊れてしまったのです」
「アランには一度も伝えてませんが、もしかしたら本当は魔力があるかもしれません。ただ、もしなかったりしたら高望みさせてしまいますしね」
少しの苦笑いを見せた。
だからこんなにもカインの顔は複雑なのか。
「そのことは村人全員が知っているんですか?」
「知っていたら憶測で噂なんてたちませんよ」
「それもそうですね」
そして、僕は立った。
少しだけだが、この村のことについて知ることができたかもしれない。そんなことを少しだけ思っていた。
「では、帰ります。ありがとうございました、カインさん」
「こちらこそ」
そして僕もこの広場から去った。その間、カインが動く気配は微塵もしていなかった。
◇
すでに3日も歩いたこの道は歩き慣れていた。
まだ数カ所しか家は知らないが、村人とは出会ったら手を振り会えるほどは距離が近くなったように思える。
小さな子供も手を引き、遊ぼと誘われることもある。だんだんとこの村に慣れてきたからであろう。
きっとこのままでも生きていける。
問題もみんなで解決していける。
でも、だとしても、怖いーーー
◇
そして、その日の夜、僕は村長に呼ばれた。
道はすでに真っ暗で、月の光と所々にある民家の光を頼りに小高い丘に立つ村長の家に向かった。
村長の家に行くのもこれで何度目だろう。
ドアを開くのも慣れた。
「失礼します。ミランです」
そういうと大広間の方から、こっちだというように声がかかり、そこに向かった。
大広間の扉をゆっくりと開く。
「失礼します」
「そこに腰掛けてください」
そして手を伸ばして見せたのはこの村に来た時と同じ座布団だ。
僕はなんとなく同じようにして正座した。
「今日はなんでしょうか」
「少しお願いしたいことがありまして…」
村長の顔が少し曇る。
「増して、迷い人のミランさんに頼むのは少し失礼かと思うのですが……」
そういうと、村長も隣にあった肘置きのようなものも下げ、正座した。両手を膝の前に起き、ゆっくりと頭を下げた。
「どうか、私の息子の護衛をしてやってはくれませんか……」
「そ、そんな頭まで下げなくても……」
「いえ、これは私なりの示し方なのです」
その状態を解こうともせず沈黙の間頭を下げ続けた。
「……わ、わかりましたから頭をあげてください…」
そういうと笑顔で顔を上げた。
だいたい、その行為が責任を伴う行為だと悟ったからか、NOとは返事できない。
「本当ですか?」
さっきまで唇を噛み締めていた様子がわかるように少しの血が滲んでいた。それほどの覚悟なのだ。
「はい……」
「ありがとうございます」
そうしてまた村長は頭を下げた。
今度は感謝で満ちたものを。
「でも、具体的にはなにを………」
「あ、そうですね。ミランさんには本当に申し訳ないのですが、アランが魔法を学ぶ間、共にいて欲しいのです」
「魔法………、ここの学び舎のようなところですか?」
この村の中央より東寄りに大きめの木造の建物があり、そこは小さい子を教育する施設で、昨日そこに訪れている。
「えぇ。それより規模は何十倍とありますが、それが新都に置かれているのです」
カインが話していた新都のことだろうか。
新都では魔力を持たないノーイーストが、はっきり言って仕舞えば迫害されていると言っていた。
「でも、アランさんは魔力を持っているんじゃ……」
少し驚くような顔を見せた。
ただそれも一瞬の話だ。
「カインやキッドから聞いたのでしょうけど、本当に魔力を持っているのかわからない状態です。そんな状況で一人にさせておくのは危険です」
カインから聞いたアランの父親の像とは重なり合わないような、とても子思いな父親である。
その姿こそが家族のあるべき形なのだなと感じた。
「そうですか…。別にいいですよ。特になにも目的はありませんし」
「…、ありがとうございます」
そうしてまたもや村長は頭を下げた。
◇
その日の夜、暗い夜道の中帰っていった。
アランとカインの戦闘も目に焼き付き、眠れない1日を過ごした。
今日の夜はひどく寒い。
まるで…………