プロローグ
ーーおはよう。ようこそLifeへー
ーー今日は光暦七十二年。波形推定睦月。今日も良い一日をー
ゲームは起動された。前方に映し出された世界はいわゆるゲームの世界。
周囲の状況は現在問題なし。この映し出された部屋内の安全は確保されている。
体を起こし朝の調子を整え、扉を開ける。廊下を渡ると周りには誰もいなかった。
そして、もうこの地には人が残っていないのを思い出した。
昨日、全てが消え去ろうとした日。全身全霊をかけて救ったつもりでいた。その後、自分の行いによって周りの人々は消え去った。
弟も、帰りを待つあの人も。
これはただのゲーム。Lifeと言う名の人生。ゲームでありながらその登場人物に執着するのも、全てが愛おしく見えるのも、これがもう一つの人生のようだからだ。
テレポートシステムで中央都市に飛んだ。
普段は疾走感に溢れる乗り物に乗るのだが、今では歩いているのが最適だと感じた。こないだまで高層ビルが多く佇んでいたのに、今では荒野である。どんなにも冷たい都市であってもこうなってしまっては名残惜しい。
冷たく吹く風が、遮るものもなくただ吹き通る。
都市の押し付ける重圧もなければ、責任感もない。
こうもなくなっていった世界が、次に標的にしたのは僕とでもいうのだろうか。
こんなに寂しい世界は、これからどうなっていくのだろう。
ーー………クリア………ー
自動音声のクリア音が聞こえた。この荒野で佇む僕の頭上にはクリアのマークさえ見えた。
ーー今日も良い一日をありがとう。この世界が救われたのはあなたのおかげです。ー
救った実感なんてなかった。
ーー、一時ログアウトしますー
視野が狭まる。周りがどんどんフェードアウトしていく。
ゲームが、終わったのだ。
Life。
人生というゲームはその名の通りシステム上不可能であるほど多くの選択肢や、世界観、描写がある。その最果てすら見たものはいないという。
実際やって見たことがあるものからすると、選択肢は表示されず自分の発言が全てで、幾万もの世界が存在している。
このゲームは元来機では実現しなかった本格的なVRであるようで、NPCではありえないような感受性などがシステムにあるのだ。
三年前、突如に何者かによって何かのゲームが提供された。そのゲームを所有している日本人は約一万人。その一万人の中でも現在ゲームを遊んでいる人など半数もいない。
最初は新たな感覚と操作性、世界観の違いに興奮を覚えていたが、時間が経つにつれそれも冷めていった。なぜならそれが人生だったから。ゲームでありながら、ゲームのような容易なシステムではないと気付き始めていた。二つの人生を歩むのはどちらにも影響を及ぼしかねない。だからこそLifeは一年もしないうちに半分の利用者が消えた。
ただ、このゲームは世間には都市伝説としか捉えられていなかった。
Life利用者が売りに出していたゲームは、その人徳からオークションによって高値で競られていた。それで競り勝った人は後にこういった。
"Lifeなんて存在しない"と。
ゲームの説明書にはしっかりと記載されていたのだ。
ーこのゲームはあなたにしか使えないー
そのオークションによって買った人の発言によって、これまでブログや2ちゃんで騒がれていたLifeというゲームが都市伝説とされ、集団の詐欺とも称されてしまった。然るべき機関に渡ったゲームからも何も根拠になるものは出てこなかったらしい。
この事実によってLifeというゲームの証明が難しくなり、Life利用者のプロブロガーなどは大きな批判を受け、なくなくLifeへと浸水していった。
その中で遊んでいてもわかっていないことはあった。
ーこのゲームのクリアとはー
Life利用者が団結してゲームの情報について共有した。だが、ただ一人として同じ世界を辿るものなどいなかった。
ある人はゾンビが伝染した世界に。ある人は原始時代の世界。ある人は普通の人生。
どうすればクリアできるのか、何をすればクリアできるのか一つ一つの世界で違っていた。
その中でも王道勇者のいる世界に行った人によると、「自分が勇者なのではなく、世界がどのようなものなのか散策している中で勇者が魔王を倒してしまった」という。そんな世界の中で、魔王を倒すという目的を果たしたのにもかかわらずクリアとされないことがより悩ませていた。
現在ではLife利用者でもクリアという概念はないという結論が出されていた。
そして、クリアのためではなく現実よりも良い生活を求めて仮想現実から帰ることのなくなった人物もいるという。
そんな中、今日こっちで言えば八月二十日。
僕はLifeをクリアしてしまった。
でも、クリアした達成感などなく、この現実に戻った中でもただうなだれることしかできなかった。
少しの空腹感が襲ったと思えば衝動的にすぐ動くようになった。
これもLifeのせいだ。
「……九百二十円になります」
財布を覗くと二千円札と小銭しかなかった。カップ麺五個か二千円札か…。
考えるまでもない。
「…お釣り、千百円になります」
コンビニの店員のお釣りを渡す手が現実味をまさせるが、きっともう僕は変わってしまった。
お釣りを手に取り、去り際にレシートを置いて颯爽と出ていった。
出て正面に見える高層のマンション。あそこの十階あたりに住んでいると思うと、毎度場違いな雰囲気がしてしまう。
ーーLife起動ーー
ーー独立システム起動ーー
ーー分離適切容量の解放完了ーー
ーー世界の構築…完了ーー
ーーコンバート体の生成完了ーー
ーーステータスの移行…完了ーー
ーー適正化…完了ーー
このマンションで最初に入るロビー。広く、大画面テレビが本当にでかい。
このような場所にガキは用じゃない。
足早にエレベーターに乗り、ただ待った。
自分の部屋はエレベーターから遠い部屋。一応角部屋ではあるがその立地は生かしきれていない。
その部屋に戻っても自分の部屋のように感じたことはない。
自分の足音が大きく感じ、ドアをゆっくりと開けた。
やけに重かったこのドアを今でも覚えている。
ーー全システムオールグリーンーー
ーーLifeを開始しますーー