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児戯

「いやはや、噂にたがわぬお若い姿ですなあ」

「ええ、羨ましい事です」

「それにしても、ブロワさんもお美しい。普段は凛々しいお姿ですが、今日は華やかだ」

「普段はドゥーウェ様のお傍に控えている貴女も、今日は淑女として夫に守って貰うわけですな」

「それにしても、これでウィン家は安泰ですな。実に羨ましい、あやかりたいものです」

「いやあ、照れますなあ……」

「今後もぜひ我が一族と懇意に……」


 とまあ、中身があるようでない会話が飛び交うパーティー会場。

 それはもう多くのお客様が集まって、俺やブロワを褒めたたえつつブロワのご両親に媚びを売っていた。

 こういうのは本来お嬢様が受けていたものなので、正直俺は落ち着かなかった。

 しかしまあ、この場に実際お嬢様がいたら、俺たちなど忘れて媚びを売られていただろう。

 お嬢様の護衛であるというだけでここまでもてはやされるのだ、お嬢様ご本人がいたらどうなるかなど考えるまでもない。


「……なあサンスイ、この中の誰がどのぐらい、私達の事を祝福している?」

「ブロワ、そういうことを気にしだしたらキリがないぞ。ただまあ……お前の両親も、お客さんたちも、皆喜んでるよ。それは本当だ」

「そうか……まあそうだろうな」


 お姫様のようなドレスアップをしているブロワは、少々警戒していた。

 なまじ、喜んでくれるはずの姉や兄が自分を嫌っている、という事実が効いているのだろう。

 とはいえ、俺はそこをちゃんと保証する。


「考えてみろ、そこまで羨ましい縁談か? レインの事も、みんなちゃんとは知らないんだろう」

「……そうだな、お前の事も国一番の剣士だしな」

「ただの職場結婚だ。それも、俺みたいな身元がはっきりしない相手との、な。そこまで妬まれることはないだろう」


 これが、直でアルカナ王家との結婚とかだったら、そりゃあ妬まれるだろう。

 しかし、そんなことはない。彼らは彼らで喜んでいるし、少々の損得勘定があるものの、俺達の結婚が上手くいくことを望んでいる。

 ご両親の親戚とか友人程度である彼らにとっても、ソペードと近い関係の俺達は、今後も失敗することなく上手くいってほしいのだ。

 ちょっと『あんな猿と結婚して嬉しいのかしら』とか思われてるが、まあそれは仕方ない。実際、森の中で猿みたいに過ごしていたし。


「大体多くを望みすぎだぞ、ご両親もあんなに自慢そうじゃないか」

「そうだな……」

「ブロワお姉ちゃん、綺麗だよ!」

「そうか……レインはいい子だなあ」


 実際、心にもない祝福をされているのではないかと気にする方がおかしい。

 じゃあ自分は、めったに顔を合わせない親戚の婚約披露パーティーとかに招待されて、心の底から祝福できるのかということだ。自分にできないことを押し付けるのは間違っている。忙しい中でこうやって顔を出してくれて、形として祝福してくれているのだ。これ以上を求めてはいけない。

 そもそもお嬢様じゃないんだから、他人から妬まれたり羨まれたいのかという話になる。

 ちなみに俺は無関係でいたい派だ。そもそも仙人が社交的なわけがない。五百年ホームレスだったしな。

 

「素直に褒めてもらえよ。いいじゃないか、こういう時ぐらいは」

「そうだな……というか、お前この婚約発表の時もそんな恰好なのか……」

「仕方ないだろう、こればっかりは」


 俺は未だに生地がいいだけの着流しだった。もちろんこの格好が一番楽だし、今更他の格好なんてできないが、それでも完全に周囲からは浮いている。もちろんそれは、逆に言って目立っているという事でもある。

 これもキャラづくりの為、という事だろう。俺は未だに、この格好をするようにとお嬢様から命じられていた。


「まあいいじゃないか。流石に結婚式ぐらいは許してくれると思うし、今は今で自慢しよう。こういう時ぐらい、皆に優越感を感じてもいいだろう」


 普段、それはもう辛い目にあいながら酷使されているブロワである。

 こういうお披露目パーティーでは、デカい顔をしても罰は当たるまい。

 ホスト役はご両親にお任せするとして、ただちやほやされようではないか。


「ほほう、貴方が高名な『童顔の剣聖』ですか。貴方の武勇伝はこの地にも轟いておりますぞ」


 と思っていたら、俺にも注目が集まっている。

 なんか遠くから嫉妬の目線も集まっているが、愛想よく振舞えばさほど問題ではあるまい。どのみち、嫉妬されても仕方がない立場と言えるのだし。


「これも、ご当主様や先代様、お嬢様の厚遇あればこそ。お三方には感謝の念が絶えません」

「いえいえ、ソペードの御本家と言えば、不当なやっかみや要らぬ不満を抱くものが多いでしょう。それを、ブロワ嬢と一緒にお二人で守り抜いたのです。その実力を疑う者はおりませんよ」


 お嬢様から好んでトラブルに飛び込んでいくことが多かったので、それを思えば恨みからくる犯行は極めて少なかった。

 その辺り、説明しても仕方ないので黙っておく。


「今や、貴殿はソペードにとどまらぬ我が国の誇り。どうかその武勇伝をお聞かせ願いたい」

「ええ、その通りです。王都に並べられた敵の『首級』の話など、は少々刺激がお強いでしょうが……」

「是非お伺いしたいですな、我が国最強の剣士と恐れられる貴方のお話、実に興味深い」


 と、俺の話を聞きたいと人が沢山群がってきた。

 というか、ブロワのご両親もとても興味深そうにしている。


「そうですね……私は見ての通りの田舎者ですので、華やかな場ではお嬢様のお傍にいられませんでしたが、少々刺激が強い話であれば。……語りが上手というわけではありませんので、ご期待には沿えないかと思いますが」


 なんというか……この人たち暇だ。

 テレビもないしネットもない世界である。そりゃあさぞ暇を持て余しているだろう。

 考えてみれば、ソペードの御令嬢の傍にいた俺達の話は、さぞ刺激的なはずだ。


「では……カプト周辺で起きた、ドミノ共和国との騒動、の前の話でも致しましょう。丁度、あちらの本家の方から依頼を受けて、亡命貴族とのトラブルを解決しておりますので、話せる範囲でよろしければ」


 意外なことに、多くの来賓の方は俺の話を真面目に聞いていた。

 真面目に聞いた方が面白い、ということもあるのだろうが、それ以上にソペードの前当主であるお父様、現当主であるお兄様を知っているからかもしれない。

 俺とブロワは、あのお二人から厚遇を受け続けている。それが、俺たちへの裏付けになっているのだろう。


「ソペードに属する皆さまは、ドミノ帝国から逃れてきた亡命貴族のことを、その醜態をさぞご存知かと思います」


 こういう言い方をしていいのか、俺にはわからない。

 話を盛り上げるためだとしても、『ドミノの亡命貴族』をひとくくりにしていいものなのか。

 とはいえ、今では国家単位でドミノの亡命貴族は排除された。変なことを言えば、ブロワの立場も悪くなるだろう。

 ここは場の空気を読んで蔑むしかあるまい。


「皆様もお噂をしているであろう、遠い国マジャンの王子、マジャン=トオン。彼は我が国のカプト領地に武者修行として訪れ、その地であるがままに振る舞っていました。異国の王子である彼は、男の私が見ても見惚れるほどであり、あの厳しいドゥーウェお嬢様でさえ……これは失礼。ともかく、男子が憧れる者をすべてお持ちの、素晴らしいお方でした」


 実際、あいつはとんでもなくハイスペックだったからな。

 王気を宿していないことがコンプレックスみたいだったが、それもこの国に来て大分解消されているらしいし。

 お嬢様はつくづく引きがいい。


「その彼に、亡命貴族の男は嫉妬を隠せなかったのでしょうな。手勢をけしかけて、彼を貶めようとしたのです。しかし、そこは一国で最強とされたほどの剣の技。希少魔法を用いるまでもなく撃退し、貴族の顔へ逆に泥を塗ったのです」


 女性達、或いは少女たちがため息を漏らす。

 彼女達の脳内では、きっと理想の男性像が描かれているのだろう。

 実際にはもっといい男、身も心も最高級という想像を超えたイケメン、というのが真実である。


「しかし、亡命貴族はあの手この手でかの王子を陥れようと躍起になっておりました。その状況で、トオン王子が我が国に不信感を抱くこともやむなきこと。異国の法を信じられなくなっていた彼は、ならばせめて剣の技で打倒されたい、と願いこの国最強の剣士を呼ぶように言いました」


 自分で言って恥ずかしいな。自分で自分を最強って。


「そこで、私が呼ばれることになりました。お嬢様と共にカプトの領地へ赴き、あの方と刃を交わすことになったのです。トオン王子の操る希少魔法『影降ろし』も、彼自身の剣術も見事の一言。私が戦った相手の中でも……一、二を争うほどの実力者でした」


 なんだか、物凄い嫉妬心を感じる。しかも、複数名から。


「実体がある己の分身を生み出す彼の希少魔法は、実に見事でした。剣の達人でもある彼が使用すれば、眼前で一人の達人が無数に増えたに等しく、同時に死を恐れぬ達人のそれです。達人を死兵として意のままに操れる彼の戦いは、凡庸な魔法使いや騎士では及ぶことはありませんでした。事実として、彼を殺そうとした亡命貴族の手勢は、何人でかかっても返り討ちにあっていました」


 『魔法』使いにとって、影降ろしはとても相性が悪かった。

 なにせ魔法は人間一人を殺すには十分すぎるほどの殺傷能力を持つが、彼はその人間を無数に生み出せる。壁にすることも特攻をさせることも自由自在なのだ、学園長先生ほどの実力者でも間合いが近ければ相手にならないだろう。


「とはいえ、私もドゥーウェ・ソペード様の護衛であり、国一番と認められたもの。そのご期待に沿うべく微力を尽くし、トオン王子を傷つけることなく抑え込むことができました」


 しかし、考えてみるとお嬢様はとんでもなく無茶な注文をしていたのだな。

 だって、そんな達人を傷つけることなく倒せなんて、それこそ無茶ぶりもいいところである。


「そうなれば、当然待っていたのは呪術師を招いた裁判です。私はお嬢様の供として見学いたしましたが……やはり、呪術師とは恐ろしいものでした。彼の術もそうでしたが、顔色一つ変えずに相手を石に変える所など……この場で話すことは憚られます。とはいえ、亡命貴族の取り乱しぶりも、この場では品がなさ過ぎて語ることはできませんが」


 呪術師であるドウブ・セイブを悪し様に、恐ろし気に語ることは余り楽しくない。

 しかし、それは彼が望んでいることであろうし、この場で求められていることだと思っていた。


「その裁判が終わった後に、ようやくトオン王子は己が遠方の王子であることを明かし、我らもバトラブの次期当主殿の婚約者であるマジャン=スナエ様の兄であることが分かったのです」


 それにしても、祭我は今頃ランの事を口説いているのだろうか。

 正直そうしてくれた方がいいような気もするが、狂戦士がハーレム入りって、ヤンデレどころの騒ぎじゃないような気がする。ちょっとかっとして、そのまま猟奇殺人が発生する可能性もある。

 その場合、抑えられるのは祭我とツガーなだけで……。


「お二人の関係の進展に関しては、もうしばらくすればよい報告ができるかと思います」


 何とも楽しそうに、俺の話に満足している貴族の方々。

 おそらく、この話をまた別のところで自慢げに話すのだろう。

 あるいは、俺と話したこと自体を自慢するのかもしれない。

 ある意味、全員田舎者だからな。都会の人と話をしただけで自慢になるのだろう。

 いや、そんなことを言ったら俺が一番ぶっちぎりで田舎者、野蛮人ではあるのだが。


「いやはや、信じがたいお話ですなあ」


 そんな言葉を、嫉妬交じりに言った貴族がいた。ブロワのお姉さんやお兄さんよりは少し年上の、貴族としては若い部類に入る男性だった。

 まあ確かに、そうそう信じられない話ではある。気持ちはわかるが、口にするのは如何なものか。


「地方の貴族である私には、想像もできない世界です。本当に、そのようなことがあるとは、是非目にしたいものですな」


 失礼と無礼の間を行ったり来たりしている彼は、普通の貴族だった。少なくとも、ブロワのお姉さんほど無茶な気配は出していなかった。

 ブロワや俺の様な年下が、皆にちやほやされているのが気に入らないのだろう。

 その気持ちは大変よくわかるし、見逃してあげてもいい気はする。

 問題は、これをレインが聞いているということと、俺達がソペード本家の直臣であるということだ。


「そうですね、自分でも信じてもらえる自信がございません。なにせ、詩吟など学んだこともない無知浅学の身ですので。果たしてこの拙い言葉で、どれほど伝わったか」

「いやはや、できれば貴殿の武勇を、何時か目にしたいものです」


 ソペードは武門の名家。

 ならば、売られたケンカは買わねばならない。

 要するに、目の前での軽口は見逃せないのだ。


「私の武勇伝など、首をかしげるものばかりでしょう。さぞ尾ひれがついているに違いありません」

「噂とはそういうものですからな……ご当人も赤面されることがしばしばだと?」

「実戦の場で全員の首を落しただの、名のある剣士や騎士を殺さずに倒しただの、と。目にしなければ信じられないのでは?」


 自然と、俺とその軽口を叩いた貴族の間に立っていた面々が離れていく。

 俺が不快そうに振る舞っている、と判断した皆が危険を感じたのだ。

 そういう言葉遣いをしているので、当然と言えば当然だが。


「そ、そうですな……できれば、生きているうちに、その技を目にしたいもの、です」

「私の剣を見たいとおっしゃりますが、しかしこの場は祝いの席。血で汚れるようなことは避けたいですね」

「え、ええ! 残念です」


 脅しだろう、虚勢だろう、実際には大したことができないだろうと思っている。しかし、もしも無礼打ちにされたらと、今更のように危機感を感じていた。


「いやはや、この場にお嬢様がいらっしゃらなくてよかった。もしもお嬢様がいらっしゃったならば……いえ、勝手に意をくみ取るのは不敬ですね。では……祝いの席の余興ということで、一つお相手をしていただけませんか」


 仮に、この場で彼の軽口を笑って流せば、きっと後日彼はお嬢様の怒りに触れるだろう。

 なにせ、ここはソペードの領地、この場の全員がソペードの傘下。

 であれば、彼は自分の主が自慢している護衛の、その武勇を疑ってそれを口にしたのだ。

 それは許されることではない。特に、ソペードでは。


「お、お戯れを!」

「ええ、戯れです」


 お嬢様は、殺していい相手ならいくらでも殺させるのだ。

 それこそ、完全に戯れで。


「では失礼」


 縮地で移動し、貴族の男性の脇へ移動する。

 俺が消えたことに驚く周囲が、慌てて俺に睨まれた貴族の男性を見て、その傍らに立つ俺を見つけて驚愕する一瞬を見切った。

 注目を集めたことを確認してから、隣の男性の腕をつかみ軽身功で軽くして、天地逆転させながら持ち上げる。


「お、おおおおおお?!」


 周囲から見れば、俺は見た目に見合わぬ怪力を発揮したようにしか見えないだろう。

 実際には相手を軽くしているのだが、その辺りはわからなくて当然だった。

 喰らっている本人も、まるで分っていないだろう。


「相手を殺さずに倒す、それは意外と難事でして。私も試行錯誤しているのです」


 一瞬で気絶させると、大抵の場合油断しただけだとか、相手が卑怯なことをしただけだとか、もう一度戦えば勝てるとかそんな言葉が出てくる。

 実際のところは、油断することも未熟であり、卑怯なことを見抜けないことが未熟であり、気絶させられた相手に二度目があると思っている時点で未熟。

 つまり総じて修行不足なのだが、修行が足りない相手の方が多いので仕方がない。


「何が何だかわからない内に倒す、気絶させる、というのは悪手なのです」


 視界がひっくり返り、浮かび上がった体に慌てている貴族の男性を、俺は両足から着地させて重量を戻す。ふらつくその彼に、誰もがわかるように手刀を喉に当てていた。


「こうやって誰の目にもわかるように、あえてゆっくりと敗北を伝えることが肝要なのだと最近は思うようになりました」


 まさか、このまま殺すのか。誰もがそう固唾をのむことを確認してから、再びの縮地でブロワの隣に戻る。

 しばらく目を放していた者がいれば、きっと何が起きたのかまるで分らなかっただろう。

 とはいえ、突然消えて、突然現れる俺を誰もが見ていた。

 何度も交互に、何が起きたのかを理解しようとしていた。


「戯れですので、ここまでということに」

「……お見事です」


 血の気が引いている貴族の男性は、青ざめながらそういうのがやっとだった。

 何度も言うが、この程度で済んでよかったと思っていただきたい。

 この場の誰もが俺の希少魔法『仙術』の恐ろしさを理解してくれたようであり、同時に俺の武勇伝のすべてが嘘ではないと理解してくれていたようだった。

 これならお嬢様にも満足していただけるだろう。多分、おそらく、だといいなあ。

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