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末妹

 末の妹の発言は、中々過激だった。

 少なくとも、ブロワにとってはとても衝撃的だった。俺だって、それなりに硬直している。

 しかし、ライヤちゃんの言葉は真実に聞こえた。少なくとも彼女は、一切嘘を言っていない。


「長くこの家を離れていたお姉さまには、その辺りの事がわからないんでしょうね。ああ、もちろんお父様もお母様も、その辺りの事は気づいていないけど」

「な、なぜだ?! 私がお嬢様の所で護衛をしていたからこそ、この家は良い領地を回してもらったのだろう?! なぜ私が嫌われる?!」

「だから、よ。だから二人はブロワお姉さまの事が嫌いなの」


 よくわからん理屈だった。少なくとも、顔を見せていないのにどうやって嫌われるのか、俺にはわからない。


「シェットお姉さまは、昔からたいそう美しくて、社交界では注目の的だったそうよ。顔も良かったけど、所作に気品があったそうね。だからお姉さまはとても良い人と結婚できた。ヒータお兄様は昔から聡明で、領地の次期当主として期待されていたそうよ。これは家族からの欲目ではなく、ソペードのご当主様からの意見でもあるから、ほぼ確実なんでしょうね」


 戦う事しかわからない俺とブロワだが、目の前のライヤが年齢不相応の賢さを持っていることはわかる。

 そして、おそらくブロワの兄と姉が相応のスペックを持っていることも察しがついた。

 それで、何故ブロワが嫌われる。


「わからないのかしら? ブロワお姉さまは風の魔法と剣の天才。その腕を見込まれて、ソペードの御本家のお嬢様の護衛となった。その時、調度都合よく、今のこの領地を治める貴族に、隠せないほどの汚職が発覚した。だから、ウィン家は配置換えによって栄転したのよ。それがお兄様やお姉さまにとって、どんな意味があったと思う?」

「喜んで、くれなかったのか?」

「喜んだわよ、私もお母様もお父様も。私は物心ついた時からお姉さまの献身の恩恵を受けていたし、お母様やお父様に裏表なんて大したものがあると思うの? お兄様とお姉様が、変にこじらせているだけよ」


 ライヤは語る。

 美しい一番上の姉と、賢い兄がどうなったのか。


「当たり前だけど、シェットお姉さまが結婚した相手は『当時のウィン家』が望める一番の相手だったわ。それはそうよね、いくら美しいと言っても、結婚できる家の格には限度がある。そしてブロワお姉様が才能を見出されたのは、既にシェットお姉さまが子供を産んだ後だった」


 そこまで聞いて、ようやく理解できた。

 どうやらブロワも、その意味が理解できたらしい。

 しかし、それはいくら何でも八つ当たりではないだろうか?


「そうよ、ブロワお姉さまのおかげで我が家の格は上がった。相対的に、シェットお姉さまの結婚相手の家の格が下がったのよ。もちろん、それはシェットお姉さまが嫁ぎ先で発言権を確保したということだし、相手の家からは好印象を受けたでしょうね。でも、シェットお姉さまはそう思えなかった。もっと早くに家が成りあがっていれば、自分は……と思ったのよ」

「そんな……」

「もう一度言うけど、はっきり言って癇癪もいいところだから気にしないで。シェットお姉さまは最近お肌が曲がり角で、唯一の取り柄が失われていくことに恐怖しているのよ。どんなに美しくても、新しい、若い女性にはかなわない。いつまでも社交界の中心でいたい、それどころか自分だけが注目されるべきだと思っているシェットお姉さまにはさぞつらいでしょうね」


 呆れていた。

 一番若い、幼い娘は自分の姉に呆れかえっていた。


「シェットお姉さまの旬なんて、結婚した時にもう終わっている。美しい、気品がある、隣にいると誇らしい、優越感が得られる。そんな女の価値は、もちろん高い。でも、それは一時だけ。花の命は短い、そうでしょうサンスイお兄様」

「否定はしないが、人は花ではない。また別のものだ」

「そうかもしれないわね。でもまあ、今更のように慌てているシェットお姉さまはずれていると思わない? 自分が美しければそれでいい、なんて時期はとっくに終わっている。シェットお姉さまに求められているのは、母として子供を育てることよ。それが分かっていなくて、何時までも栄光に縋り付こうとしている。滑稽だわ」


 自虐に近かったのかもしれない。

 末の妹は、同じ女としての姉を軽蔑し、それが自分の親族であることを嘆いていた。

 一種小ばかにしているのは、そう振る舞わないとやっていられないからかもしれない。

 こう言っては何だが、彼女は彼女で辛そうだった。

 

「それじゃあ、ヒータお兄様はどうなのだ? 何故私を嫌う?」

「それはもっと簡単よ。ヒータお兄様は平凡以下のお父様から領地を引き継いだら、自分が領地を盛り立てるつもりだった。実際、それができるだけの才覚があったのかもしれないわね。でも、自分の努力とは全く無関係なところで、その問題は解決してしまった」


 貧しい領地から、優良な領地への栄転。

 それがヒータお兄さんにとっては嫌なことだったのか。


「子ども扱いで、まだ領主の跡取りとしての仕事さえ一切させてくれなかった、昔のお兄様。そのお兄様よりもさらに幼かったブロワお姉さまのおかげで、家の暮らしも一気に良くなったのよ? その上、領民たちも過剰に私腹を肥やしていた領主から、凡庸な政治家であっても搾取を徹底しないお父様のことを歓迎した。これで、妹であるブロワお姉さまになんの劣等感も抱かないと思う?」


 これは、ブロワは悪くないぞ。

 完全に、逆恨みというか、やっかみというか、言いがかりだった。

 それを聞かされて、ブロワはとても辛そうだった。

 そりゃそうだ、自分が頑張っているから家族がいい暮らしをしていると思っていたのに、実際にいい暮らしをしていたうえで自分を嫌っていたのだ。これはさぞつらいだろう。


「お兄様は焦っているのよ。だって、自分の妹はこの国では最上級の武力を持つ者として、最高に近い評価と地位を得て、そのまま『引退』しようとしている。にもかかわらず、自分は未だに次期当主のまま。なまじ頭がいい分、思うところが沢山あるのでしょうね」


 憎まれているわけではないし、怒っているわけではないし、恨まれているわけでもない。

 ただ、嫌われている。


「言っておくけど、お兄様が何かをするまでもなく、現時点で既にこの領地は安泰よ。ここはそれぐらい条件がいいの、それこそ特に訳の分からないことをするまでもなく、普通に運営していればそれで十分税収が見込める。とはいっても、お兄様の目からはお父様の執政に不満があるようだけど、お父様も今回の件で鼻が高いから、当分は引退しないでしょうね」


 シェットお姉さんと違って、ヒータお兄さんはなんだか哀れだった。

 誰も悪くないのに、ひたすらみじめな思いをしている。


「だから、お兄様が執政を行うようになっても、正直そんなに変わらないのよ。ここは条件がいいから、現状維持でも失敗の内だし、成功しても当たり前。つまり、お兄様がどんなに頑張ってもお兄様への評価にはつながらない。お兄様の人生はそれで終わり、そこから先に何かが起きることなんてない。お兄様は世に名を残すことなく一地方領主として死ぬの」


 そう言って、俺を指さしていた。


「貴方と違ってね、サンスイお兄様」

「そうは言われてもな……」

「噂になっても伝説になっても、その語り手が全員死んでも生き続ける貴方にしてみれば、大したことには思えないのかもしれないわね」


 ただの事実として、俺の師匠も二千年ほど前には最強の剣士として知られていた。

 しかし、二千年前の師匠の事を伝えていたのは、テンペラの里ぐらいだったという。

 この国の歴史に名を残しても、それは俺にとって大したことではない。

 この国が滅びて、皆が俺の事を忘れても、俺は師匠と一緒に修行しているだろう。


「でも、お兄様にとっては死活問題だったわ。妹であるブロワお姉さまは己の才覚で立身出世した。だからこそ、自分はその上を行かねばならない。でもまあ、長男としてこの領地を継ぐお兄様にそれはない。だって昔の領地を盛り立るならいざ知らず、この領地をどう治めても、それこそ大失敗しない限り、お兄様が評価されることはない」


 それは、残酷な話だった。


「お兄様は唯一の男子であり、それ故に一切揉めることがなくこの家を継ぐ。だからこそ、この領地から離れられない。せめてもう一人上に兄弟がいれば、王家やソペードで評価されることもあったでしょうに」


 ここに祭我がいたら、正蔵がいたら、どう思うだろうか。

 少なくとも一時代に大きく名を売り、国家から特務を帯びる切り札である彼らはどう思うだろうか。


「それは仕方のない事だし、ブロワは何も悪くない。もしもそんな言いがかりでブロワを傷つけるのであれば、その時はブロワの実兄実姉でも容赦はしない。それだけだ。それに、実の妹である君も……それなりに気を使ってほしい」

「あらあら、妬けちゃうわ。お姉さま、貴女のことはこの国の歴史に残るでしょうね、ソペードの切り札、その伴侶としてね。女として嫉妬するわ」


 なんか、ねちっこい様で清々しい振る舞いだな。

 どうやら、この子は本当に、この子なりに気を使ってここに来たらしい。


「お兄様はあれで結構理性的な方だし、非もない相手に当たり散らすほど落ちぶれていないわ。自分の行く末まで読んでなくて、未来への希望も抱いているしね。見返してやるって、できもしない競争心をぶつけてくる程度よ。でも問題は……もう言うまでもないほどに、シェットお姉さまよ。正直、手に余るわ」


 そうだな、全面的に同意する。

 ブロワも、実は兄と姉に嫌われていたことが気にならないほど姉を問題に思っていた。


「一応聞くけど、本当にないのね? 若返る魔法って」

「あるかも知れないが、俺は使えない」

「そう……あったら困るから、そういうことにしておいて。キリがなさそうだもの」


 この子は、俺以上に見た目としぐさが不相応だった。

 この子実は転生者かなんかじゃないか? 中身は女の子じゃなくて他の誰かだったりしないだろうか。

 もしくは彼女こそが若返ったお婆さんだとか。


「というか、こういう風に迫られたのって、お姉さまが初めてなの?」

「ああ、シェットお姉さまが初めてだ。おそらく……ほとんどの者が若く、永遠の命に興味がないからだろう。ご当主様も先代様も、ありていに言って不老長寿よりも先にサンスイを知っていたからな。ある種の畏敬があったのだろう。それに、学園長先生ももう老いを受け入れていたからな……」

「そう……羨ましい話だわ、お姉さまたちは頂点とばかり関わっていたのね」


 そう言って卑屈に笑うライヤ。

 確かに、俺がこうして頂点以外と深くかかわったのは、あの亡命貴族であるヌリやハリぐらいだろう。

 他の面々は才能や実力が認められる、この国でも頂点に近い者たちだった。

 それはつまり、ライヤが関わってきた面々のような鬱憤を貯めなかったのだろう。

 もちろん、頂点には頂点の不満や不快さがあったのだろうが。


「とにかく……シェットお姉さまに関しては、私もヒータお兄様も細心の注意を払うわ。できるだけお父様やお母様の前以外で、シェットお姉さまに会わないようにしてね。今のお姉さまは、正直普段より……酷いわ」


 じゃあ隔離しようよ。

 婚約の報告に来たのだから、こうしてブロワの実家のトラブルに巻き込まれるかもしれないとは思っていた。

 しかし、アレはもう完全にホラーである。仙人である俺が言うのもどうかと思うが、この世界で初めて出会った怪物だった。特殊メイク不要なレベルで、そのまま主演女優になれそうだった。それぐらいの迫力が目に宿っていた。

 多分、夜中こっちをあの目で見ていたら、恐怖で斬り殺してしまいそうだった。もちろん、修行によってそれを制御している俺にはあり得ないミスだが。

 しかし、仮にランがあの目で見られたら、ランは怯えて倒すだろうな。その場合、俺は彼女を咎めることができない。


「一応、明日になればお姉さまの旦那さんである義理兄様も来るから、その人に全部押し付けましょう。それまではなるべくこの部屋を出ないように……それから」


 利発なブロワの妹は、自分の姉に対して少しうらやましそうな顔をして訊ねていた。


「ねえ、ブロワお姉さま、いつも仕事ご苦労様。貴女のおかげで、私もいい暮らしができているのよ。やっぱり、ドゥーウェお嬢様のお世話って大変?」

「……そうだな、とても辛い。だが、お父様もお母様も……妹のお前も喜んでくれている。そのために、今日まで頑張ってきた」

「そっか……やっぱり大変なんだ。ありがとう、本当に感謝しているわ。それで、童顔の剣聖、シロクロ・サンスイはどう? 婚約出来て幸せ?」

「……ああ、幸せだ」

「ふ~~ん、いいな……婚約おめでとう。幸せになってね、お姉さま」


 そんな、ブロワが求めていた細やかな姉妹の会話を交わして、ライヤは部屋を出て行った。

 自分たちのために頑張ってくれているのに、こんな実家で申し訳ないと言わんばかりに。

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