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嫌悪

「ソペードの御本家と比べると流石に貧相でしょうけど、当家も精いっぱいの歓待をさせていただきますわ」

「至らぬところがあったら何でも言ってほしい」


 和やかな雰囲気を作りつつ、俺たちは晩餐会を開くことになっていた。

 もちろん、晩餐会ということは食事をすることになる。一応、テーブルマナーそのものは既にソペードで仕込まれており、食事の『フリ』はしたことがある。

 食事自体もここに来るまでの道中でしているし、そもそもスプーンもフォークも使ったことがないわけではないのでどうにかなっていた。


「……」


 ですがご両親、お二人には食事に一切手を付けずこちらを凝視している長姉の方を、食欲がない様だからとどこかへ隔離していただきたい。

 ご両親以外の全員が、一番上のシェットお姉さんにおびえている。


「ご、ゴホン! サンスイ殿、聞けば貴殿やブロワは、ドミノで国主となったフウシ・ウキョウ様にお会いしたことがあるとか」

「はい、とはいっても本当に少々お会いしただけですが」

「私もそうですね、所詮護衛の身ですから……バトラブの方々は深くお話ができたと伺っています」


 話題を作ろうとするお兄さんに、俺も乗っかっていた。

 確かに、隣国のお話というのは興味深いだろう。

 俺は右京の護衛をしていたトオンから聞いた話を思い出していた。


「私はマジャン王国の王子や次期バトラブの当主にも剣術の指導を行っているのですが、その御二人が調度右京様とお話をされたそうです」

「ほほう、どのようなお方でしたか?」

「国を一身に背負う、責任感にあふれた方だったそうです。何が何でも生きねばならない、という強い意志を持っていたそうですね」


 まあそれは、聖杯エリクサーの所持者として当然の事ではあるらしいが。

 少なくとも俺には、そうした強烈な意思はない。加えて、国家なんて大それたものを背負う気概もない。

 そういう意味では、彼の方がよほど強いのだろう。


「一国を攻め落とすほどの気概を持った方だけに、とても苛烈だったとも伺っております」

「そうですか……年齢はとてもお若いと聞いていますが?」

「ブロワより少し年上という程度ですね。国王という意味では……とてもお若いかと存じます」

「……そうか、そんなに」


 話題をそらしたかっただけではなく、実際に興味もあったのだろう。

 確かに、一国一城の主を地で行く彼だ。アルカナ王国と違ってほとんど独裁政権だというし、次期地方領主の方から見れば憧れだろう。

 もちろん、革命とかクーデターとかは抜きにするのだが。彼は戦争がしたいのではなく統治がしたいのだろう。右京だって戦争よりも復讐がしたかったらしいし、そっちに比べれば大分まともだった。


「お兄様、ソペードの当主様がおっしゃるには、ウキョウ様は戦争をためらわない果断さと、引き際を心得た器量の持ち主だそうです。和平の為とあれば、自ら死地に臨むことも辞さない方とうかがっております」

「……そうか、ご当主様が」


 見方によっては、戦争をふっかけておきながら負けそうになったら即頭を下げる憶病者と罵られるだろう。

 とはいえ、相手が爆撃機じみた魔法使いでは、さっさと諦めるしかあるまい。英断、という他ないだろう。


「まあ、遠くの国の王子様ともお知り合いなのですね? 私はそちらの方に興味がありますわ!」


 ライヤちゃんが話を途切れさせまいと、こっちへ話を振っていた。

 確かに、右京の事よりはトオンの事の方が俺も詳しい。なのでそちらへ話を変えようとして……。


「サンスイさん」


 再び口を開いたシェットお姉さんによって話を区切られた。

 その迫力は、有無を言わせぬ勢いがあり、何もかもを断ち切っていた。


「失礼ですが、サンスイさんは仙人として五百年ほど生きていらっしゃるとか」

「え、ええ……」

「私は、以前に貴方を見かけました。遠くから見ただけなので貴方も憶えていらっしゃらないでしょうが、まだ貴方がドゥーウェ様の護衛について間もないころです」


 五百年ほど生きている、という言葉を信じるには、それなりに根拠が必要だろう。

 俺の場合見た目が若いので、ご両親にしてみれば本当だろうが嘘だろうが、どっちでもいいに違いない。

 だが昔俺の事を見かけたというシェットお姉さんにしてみれば、それはもう大問題なのだろう。

 なにせ、俺の見た目は完全に子供である。四、五年経過しているのであれば、ブロワのように大きく変化しているのが当たり前だ。

 お嬢様を始めとして、ずっと一緒にいるとあんまり気にならなかったようだが、五百年生きているという事前情報を聞いたうえで俺と向き合った彼女には、思うところがあるらしい。


「妹と一緒にドゥーウェ様をお守りしている子供、と聞いていたのですが……五百年も生きている方だとは思いませんでした」

「はっはっは! いやはや、全くですな!」

「ええ、その若さの秘訣を教えて欲しいぐらいだわ」


 まだ空気が和やかだと思っているご両親、その純朴さが今は恐ろしい。

 お母さんは冗談めいて若さの秘訣を聞いているが、シェットお姉さんは呪い殺しそうな眼力でこっちの言動を見ようとしている。


「若さの秘訣、と申しましても……我ら仙人は、仙気を宿す希少魔法の使い手です。私達の成長や老化の一切が停止しているのは、仙術を学ぶ過程で自然に到達することなのです。少々嫌味に聞こえるかもしれませんが、何か特別な術を発動させている、というわけではありません」


 俺自身、五百年前の事なんで記憶があいまいだが、老いないための努力などしたことがない。

 強いて言えば、仙術の修行というか剣術の修行をしていたら、自然にこのままになっていたのだ。それが『自然』かと言えば否なのだが。


「魔力ではなく仙気を宿すものであれば、深い森や人里離れた高山で過ごすうちに自ずと自然の気と一体化し、寿命の鎖から解き放たれるのです」


 自分で言ってて思うのだが『何言ってんだろうな、コイツ』。本当に、妖しい宗教そのものである。だが事実なので仕方がない。


「こうして美味しい食事をいただいている身では説得力もないでしょうが、人との縁を断ち切って一切の飲食も行わずに過ごし続けることによって、こうして山を下りて森を出ても、時が止まったように見えるのですよ」

「ほほう、では別に、定期的に自分を若返らせる術が使えるわけではないと?」

「ええ、その通りです」


 結論を出そうとしたお兄さんに、俺は全力で乗っかっていた。

 そうなのである、俺は他人を若返らせる力など全くない。

 まあ師匠ならそういう術が使えるのかもしれないが、生憎と習っていない。

 加えて、習うとしても膨大な時間を必要とするだろう。彼女が生きている間には確実に覚えられない。

 そもそも仙人というのは歳をとらないのだから、若返る術とか若返らせる術とかがあっても習うのは最後の方だろう。


「あら、残念ねえ」

「いやいや、お前は今でも十分綺麗だよ! 昔よりも色気が増しているぞ」

「あらあら、若い子の前で恥ずかしいわあ」


 幸せそうなご両親に対して、シェットお姉さんは睨み殺しそうな視線を俺に送り続けている。

 レインなんて今にもおしっこを漏らしそうだった。


「レイン、もしかして具合が悪いのか?」


 俺はそこで閃いていた。

 そう、レインの体調が悪いということは、この食事会もお開きになるべきだという事!


「えっと、大丈夫だよ、パパ……」

「いやいや、顔が真っ青だ。どうやら長旅の疲れが出てしまったようですね、申し訳ありませんが、娘を退出させたいのですが……」


 俺の提案に対して、誰もが反応していた。

 確かに事実としてレインの体調が悪いのだから、それで食事会を中止しても誰も咎めまい。


「確かにそれは一大事だ」

「まあ大変!」


 流石に、俺たちへ普通に気を使っているご両親は常識的な反応だった。

 そもそも、俺達は既に婚約が確定している。ここで妙に焦った対応をしても無駄に嫌われるだけなのだ。

 そりゃあレインの体調を気にするだろう。もしもなにかあったら、俺も嫌だがこの家にとっても死活問題だ。


「お父様! こうなれば大事をとって法術使いを呼びましょう!」

「私もそう思うわ、お父様! もしもの事があったら大変だもの! 食事会は中止ね!」


 皆の心が一つになって、この食事会が中止になった。

 ありがとうレイン、お前は孝行娘だよ。

 あと、ごめん。



「なあブロワ。お前のお姉さんはなんか精神的に不安定すぎやしないか?」


 医療に特化した法術使いに診断してもらい、心労ですと言われたレインを寝かせた俺達は、来賓用の部屋でそんな話をしていた。

 はっきり言って、執着が異常過ぎる。確かに不老長寿は年頃の女性にとって魅力的だろうが、その程度というものがあるはずだ。

 明らかに、彼女の執着は振り切れている。


「おかしい……昔のお姉さまは、あんなではなかった……」

「そりゃあ五年以上前の話だからな、記憶も美化されてるんだろう。それに五年は十分な変化をするだろうし……」


 自分で言ってて悲しくなってくる。

 だとしたら、ブロワに何を言ってもむなしいだけだった。


「多分、肌年齢を気にしているとは思うが……ほぼ確実に、加齢以上に生活習慣が原因だな。改善すれば大分肌の調子も良くなると思うが」

「具体的には?」

「規則正しい就寝時間と、栄養バランスの取れた食生活。具体的には早寝早起き、適度な運動。肉を食べ過ぎず酒を飲み過ぎず、葉菜を多めに……。あとは、ストレスかなあ」


 仙人としての感覚で分かるのだが、人間という生き物はなんか薬を飲んだり塗ったり注射した位では体調が良くなることはない。

 そんなささやかな投薬よりも、日ごろの生活習慣が体に現れるのだ。要するに、不摂生ということであり、修行が足りないということである。

 もちろん、それが難しいことも憶えている。


「それは、貴族として無理だろう」

「そうだな、それはそう思う。なので諦めてもらう他ない」


 それこそ、それ専用の希少魔法を探す方が手っ取り早いと思う。

 あるのかなあ、他人の体調を管理する希少魔法。あったらさぞ珍重されるに違いない。


「とにかく、お前のお姉さんの気持ちはわからないでもない。が……ちょっと苛烈すぎる気もするな」

「そうだな、なぜああも……」


 領民の生娘を攫って血を抜いて、バスタブを満たして肌を余計悪化させそうな生活をしているのかもしれない。

 そんな迫力が彼女からは感じられた。この世界でここまで不老に反応されたのは初めてである。


「嫁いでいるんだろう? 向こうで上手くいっていないのかもな」

「そうだな……それとなく確認してみるか。あんなお姉さまの姿は見るに耐えない」

「と、俺達の話はここまでにするか。そこの子にも聞いてみよう、入ってきてくれ」


 俺は扉の向こうで息をひそめていた、ブロワの妹に声をかけた。

 どうやらこちらに対して情報提供してくれるらしい。


「……本当にあっさりバレちゃった。流石に国一番の剣士ね、私が隠れてもお見通しか」


 ブロワの妹である彼女は、大分幼いように見えた。流石にレインよりは年上だが、それでも俺の見た目よりも子供である。

 その割に、表情には悪戯心と知性が見えている。それを、あえて晒していることも、なんとなく察しがついていた。


「ブロワお姉さまとサンスイお兄さまには、ちょっと忠告しに来たの。ヒータお兄さまとシェットお姉さまには、二人は関わらないでほしいのよね」


 なにやら根拠があるのか、ませたところのある少女は俺達に手を出すなと言っていた。

 まあ出すべきではないのなら、正直関わりたくない相手ではある。

 ただ、理由を知りたいところだった。お姉さんはともかく、お兄さんにも関わるな、とはこれ如何に。


「だって、お兄様もお姉さまも、ブロワお姉さまの事が嫌いだもの」

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