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家族

 男装の麗人、風の魔法使いブロワ。本名、ブロワ=ウィン。

 あのドゥーウェ・ソペードが護衛として認めた最初の一人であり、あの白黒山水が信を置く、魔法と剣の天才である。

 およそ、この世界では最高水準の実力者であり、若年の身ではあるが武門の名家であるソペードの前当主が娘の護衛として認めるほどの存在である。


 もちろん、評価規格外というほど壊れているわけではない。

 この世界で真に『生まれながらの天才』と呼ばれるのは、ランのような生まれながらにはちきれんばかりのエネルギーを宿す者であり、習うまでもなくその身に宿した魔法を使用できる者ぐらいである。

 とはいえ国家単位で見ても、数世代に一人現れるかどうかという突然変異中の突然変異であり、彼女の株が下がるというわけではない。

 八種神宝を持っているわけではない、神から才覚を与えられたわけではない、数千年間修業に明け暮れていたわけでもない。

 ごく標準的な意味で最高の才能を持った彼女は、当然それ以外のすべてを下に見ている。

 国家における最精鋭部隊、近衛兵にも参加できる彼女は、彼女の実家にとって誇りと言ってよかった。


「お前達。ソペードの当主様と隠居なさっている先代様からのお手紙をいただいたので、その内容をこの場の、ウィン家の者には伝えようと思う」


 ウィン家当主、ブロワの父、センプ・ウィン。

 領主を任されている彼は、当然ソペードの当主であるドゥーウェの兄から、多くの情報を与えられていた。

 もちろん公言することは許されない機密ではあるが、ブロワの母、姉、兄、妹には伝えることが許可されていた。

 その辺りは、ソペードの価値観であり一線である。その点に関しては、政務に関わらないドゥーウェでさえ『厳守』している絶対の掟だった。

 つまりは、筋を通すという単純な話である。

 ブロワの家族にはブロワの結婚相手の事をちゃんと説明する、という当たり前のことをしようとしていた。

 それは実家の両親に無断で結婚を許していた謝罪の意味も込められているし、その秘密を守れるという信頼の証でもあった。


「ドゥーウェ様の護衛を務めているブロワが、婚約することになった。相手は同じくしてお嬢様の護衛であるシロクロ・サンスイ、養子のレインともそのまま繋がりを維持することになるらしい」


 というよりは、ただ黙っていればいいだけの秘密を守れないような相手には、そもそも土地など任せられるわけもない、ということでもあった。


「お前達も聞いているだろうが、シロクロ・サンスイはソペード家の切り札と呼ばれるほどに国家でも屈指の実力者であり、ソペードの前当主様からの信も厚い。今回の婚約に関して、ご当主様は相応の爵位を準備なさるそうだ」


 実際、センプ・ウィンはもたらされた情報を極めて単純に受け取っていた。

 与えられた情報をすべて受け入れ、内容を理解したうえで、今回の婚約を喜んでいたのだ。


「また、サンスイは希少魔法である仙術の使い手であり、その特異な効果によって不老長寿を得ている。見た目こそ年若いが、実際にはアルカナ王国の建国以前から生きているらしい」


 信じがたい情報も多かった。実際不老長寿と聞いて、事前に聞かされていた妻はともかく、子供たちは真偽を疑っていた。


「また、我が家と親戚関係になるレインは、ドミノ帝国の皇族の最後の生存者であり、彼女の子供や孫はドミノ共和国の最高権力者の元へ嫁ぐことが決まっているそうだ」


 だが、そんなことをブロワの両親はまったく気にしない。

 何故なら、ソペードの当主や前当主がそう言っていたのだから、そんなことを疑う意味がない。

 仮にウソだったとしても、この家には何の問題も起きないからだ。

 それはソペードの傘下としては極めて正しい考え方である。

 それを建前としてではなく、本心から両親はそう考えていた。

 つまり……。


「これで我が家は安泰だ!」


 この一言に、センプ・ウィンの結論と人柄は集約されている。

 とんでもない重大情報をもたらされたのに、結論は物凄く小さかった。


「ええ、本当にいい縁談だこと。ブロワは本当に孝行娘ねえ」


 そんな夫の言葉を、妻であるケット・ウィンは全肯定していた。

 心の底から夫と同じ考えにしか至らず、そこから先は全く考えていなかった。

 不老長寿の仙人とか、帝国最後の皇族とか、そんな人物と縁続きになるのに『偉い人とつながりが強くなった』としか思っていなかった。

 もちろん、それは一般的な貴族にとって非常に重要なことではあるのだが、それしか考えていないのは娘や息子には驚愕だった。


「ち、父上! それで本当に良いのですか?!」

「何がだ、良い縁談であろう。ヒータよ、これよりも良い条件をお前は用意できるのか?」


 第二子であり、跡取り息子であるヒータ・ウィンは父親に叫んでいた。

 皇族の生き残りであると『保証』されている、隣国の最高指導者と縁続きになることが『確定』している娘を取り込める好機であるのに、その辺りのことを全く考えていない父に驚愕していた。


「確かにこの上ない条件です! ですが、ブロワは嫁入りするのでしょう? これでは肝心の娘、皇族の娘が外の親戚扱いになってしまいます! こちらへ婿に来てもらうことはできないのですか?!」


 ウィン家の第三子にして次女である『ブロワ・ウィン』が、シロクロ・ブロワだかブロワ・シロクロになってはせっかくの縁が薄くなってしまう。

 元より血の繋がりがないとしても、レイン・ウィンとレイン・シロクロでは周囲からの扱いはまるで違うのだ。


「そんなことを言って、向こうの機嫌を損ねたらどうするのだ!」


 センプの言葉は、ある意味もっともで訂正の余地がなかった。

 確かにソペードの決定したことに、傘下でしかないウィン家の者が口を挟むことはおかしい事である。

 でも、交渉せずに押し付けられた結論へ頷くのは、どう考えても無能だった。


「ブロワもいい年だ、これを逃せば次があるのかさえ分からん! それにソペードが土地を任せてくださっているのも、ブロワの奉公あってこそ! そのブロワの縁談に口を挟むとは、お前はブロワに恩義を感じていないのか!」

「それは、そうですが……」

「今の我らの暮らしがあるのは、すべて、才能あふれるブロワのおかげなのだ!」


 その情けなくもきっちりとした言葉に、妻は頷いている。

 実際、父親の対応こそブロワの望む対応であろう。

 だが次期当主であるヒータとしては、ウィン家のより一層の発展のために、ここは危険を承知で交渉するべきだとは思っていた。


「しかし、父上……」

「黙れ! これはソペードの当主様がお決めになったことであり、同時に家長である私が決めたことだ! 逆らうことは許さん!」


 しかし、当代の当主はヒータの意見を全面却下していた。

 粘ればもっといい条件になるかもしれないが、そんなことよりも今の暮らしを守らなければならない。

 そんな凡庸さが、ヒータを否定していた。それはそれで間違っていないし、父親が暗愚でも暴虐でもない分、異議申し立てをソペードにすることもできなかった。


「とにかく、これからブロワが婚約者とその養子を連れて帰ってくる。無礼は断じて許さんぞ!」


 怒りながら父親は去っていった。

 その後を妻が追い、子供たちだけが残っている。


「お兄様、馬鹿ねえ。お父様たちにそんなこと言ったら、怒られるに決まっているじゃないの」


 末の妹である少女、ライヤ・ウィンは兄を笑っていた。

 確かに両親の対応は馬鹿過ぎるが、そんな馬鹿に向かって馬鹿という兄の阿呆さがおかしかったのだ。


「黙れ、ライヤ! 今言わねばならないことなのだ! 俺が家を継いだ後ではどうにもならないことだぞ!」

「馬鹿なお兄様。あのソペードの当主様たちの決定したことに、お父様風情が欲張っても頑張っても、結果は見えているじゃない」


 確かにライヤとしても、ここまで能天気な両親には呆れてしまう。

 しかし、その一方で全面的に従うという判断は間違っていない。確かに両親は無能な対応をしているが、無能なりに正しい対応をしているともいえる。

 はっきり言って、器量相応、地位相応の考え方なのだ。心の底からそう思っていることはともかく、悪い考えではないだろう。


「クソ……俺があと一年早く当主になっていれば……!」

「本当に馬鹿なお兄様ね。四大貴族のご当主様から見れば、お兄様もお父様もそんなに変わらないわよ」


 ライヤの言葉も正しい。はっきり言えば、ヒータがどう言っても取り合う価値がない。

 たかがウィン家の次期当主でしかないヒータが実際に当主になったとしても、娘の護衛を完遂してくれてこれから寿退社するブロワの方が可愛いに決まっている。

 ウィン家の利益しか考えていないヒータの意見など、誰も聞きはしないだろう。


「大体お父様を相手に丸め込めないお兄様が、ソペードの当主様に太刀打ちできるわけないじゃない」

「……!」


 ライヤも確かにどうかとは思う。しかし、決まったものは仕方がない。

 自分に発言権がないと知っているライヤは、決まったことの中で自分にできる最善を探ろうとしていた。

 喧嘩や口答えなんて、それこそバカな男のすることである。どちらかと言えば、父の対応の方が賢い。

 今回ブロワが連れてくる婚約者と仲良くなり、コネを作ってウィン家よりもいい家に嫁ぐ。それが彼女の現在の狙いだった。

 そこから先は、姉夫婦と仲良くなってから考えればいいことである。


「それにしても、私はブロワお姉さまにはあったことがないのよね。流石に六年以上前に家を出た人の事なんてさっぱりだし……シェットお姉さまはその辺りご存じかしら、教えてくださらない?」


 ライヤは長姉であるシェット・ウィンに訊ねていた。

 なにせ当時のライヤは四歳程度、その頃に才気を見出された姉のことなどまるで分らない。向こうだって良く知らないだろう。

 もちろん年齢を重ねて変化はあったと思うが、それでも昔のエピソードを聞くことができれば、それは話のタネになるだろう。


「……シェットお姉さま?」

「どうした、姉さん」


 ブロワの兄と妹は、自分の姉が動いていないことに気付いた。

 既にウィン家の分家に嫁ぎ、数人の子供を産んでいる彼女が衝撃を受けていることに驚いていた。


「童顔の剣聖が希少魔法の使い手……不老長寿?」


 シェット、ヒータ、ブロワ、ライヤ。

 この四人はなにがしかの才覚を備え、それをソペードの当主もある程度認めている。

 それは両親にまるでないものであり、故に彼らは『鷹を生むトンビ』と呼ばれていた。

 しかし、流石に親子なので容姿はしっかりと受け継いでいる。

 つまり、貴族として美しい彼らの母の、その容貌は全員が引き継いでいた。

 しかし……年齢相応に肌の衰えている母同様に、美しかったシェットも衰えを感じ始めていたわけで……。


「あの、子供が、何百年も生きている?!」


 非常に、大変に、物凄く今更ではあるのだが。

 白黒山水が自分の年齢を明かさなかったことは、言っても信じてもらえなかったであろうということと同様に、信じられた場合にもトラブルが発生しかねないからだった。


「いったいどうやって……!」

 

 永遠の若さ、永遠の命。それは人間にとって普遍的な欲望であった。

 見た目が成長期である山水が、五年間全く容姿に変化がないことは、不老長寿の信ぴょう性としては十分であり……。


「不味いわね、シェットお姉さまがうかつなことをしかねないわ。お兄様、今から義理兄様に連絡をするべきじゃないの?」

「……そうだな、すぐ引き取ってもらうか」


 そのトラブルが起きることは、むしろ遅すぎたぐらいなのだろう。


「若返りの秘術、それを教わることができれば……!」

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