宿泊
「このままではいかん!」
特別急いでいるわけではなく、車中泊をする必要がないので、俺たちは街道沿いの旅館で宿泊することになっていた。
もちろん、旅館というかホテルである。要人が宿泊するための、豪華なお宿だった。
よく考えたらブロワだって地方領主の娘だし、レインに至っては皇族の生き残りである。そういう意味では、分不相応なのは俺だけだった。
とはいえ、こういうホテルに宿泊することも初めてではないし、そもそも俺だってこれからは爵位持ちなのでこう言う所を利用していいのだろうが。
「私は勝負をかけるぞ!」
もちろん、ドレスコード的には俺の格好はアウトである。
しかし流石はソペード領地でのソペード当主。既にお兄様やお父様が宿泊予定のホテルに根回ししているらしく、俺の格好についても誰も文句はなかった。
というか、俺の名前や格好がソペード領内では有名らしい。周囲からの視線が痛い。
「この時のために、勝負下着を準備してきたのだからな!」
ソペードの切り札、童顔の剣聖。小柄で黒目に黒髪、着流しに草履、という格好のまま過ごしているのも、ある意味ではその為である。
お兄様やお父様、お嬢様は俺に目立ってほしい為、今まで通りの格好をするようにさせていたのだ。もちろん、俺に不満などあるわけもない。
「ふふん、お前の済ました顔を赤らめてやるぞ、ドギマギするのはお前の方だ!」
「ブロワお姉ちゃん、毛布にくるまったまま叫んでたら、せっかくの勝負下着が見えないよ」
とまあ、とにかく結構なお部屋での宿泊をすることになったのだが、当然のようにベッドは結構な大きさのものが一つあるだけだった。
ダブルベッド、キングサイズ。まあ二人三人で寝る用である。
「ブロワ、他の人の迷惑になるかもしれないから、静かにしよう。その恰好が無理なら他のにしよう」
「ううう……優しくするな……」
悩殺するぞ、という覚悟で勝負下着を着たブロワは、ぶっちゃけ自分の格好の恥ずかしさに耐えきれず、毛布にくるまっていた。
どうしてこう、ブロワは美味しいキャラになってしまったのだろうか。今までは結構真面目なRPGのキャラぐらいにきちんとした女騎士だったのに、いきなりラノベの萌えキャラのようになっていた。
昔が懐かしいなあ、こういうヒロインいたなあ、という想いが心を駆け巡るが、リアルに遭遇すると凄い困る。
おかしい、コイツは俺と一緒にお嬢様の護衛をしていた凄腕の天才剣士だったのに。なんでこんなことになったのか俺にはわからない。
ある意味、はめをはずしているというか、我慢しなくて良くなったからなのかもしれない。
「お前だって、別に経験豊富というわけでもないだろう。それは私だってよく知っていることだ。お前はあの森の中で五百年過ごしていたのだろう? なのになんで……」
「五百年の間に嗜好が変わってな。まあそもそも……思考が行動に反映されないというか、なんというか……」
ブロワが何を考えているのかなど、それこそ童貞でもわかる。
これでわからないのは、鈍感とかそういう問題ではあるまい。多分動物じゃないな。
とにかく、ブロワは俺とイチャイチャしたいが、羞恥心があるので上手く甘えることができないのだ。
その辺りは、乙女心というしかない。
もちろん、乙女心のある年頃の女性が、みんなこう振る舞うか、というとまた別だとは思うのだが。
「俺は行動としてはお前と仲良くしたいと思うし、お前とイチャイチャしたいとも思っている。だからあんまり行動に緊張や羞恥が現れないだけというか……」
「それはずるいぞ……」
狂戦士であるランは、戦闘中に待機や守勢に回ることが苦手だったが、ブロワはそうでもない。そういう方向での天才であることや、戦闘経験の豊富さと闘志の希薄さがそこにはある。
そういう意味では、俺やトオンのように自分への縛りがなく最善の行動がとれるのだが、それはあくまでも戦闘の話である。
今回はそういうわけではないらしい。
「というか、少々厳しいことを言うとだな、お前いくら何でも緊張しすぎじゃないか? 多分お前と同じ境遇の女性を百人連れてきても、似たようなことをするのはお前だけだぞ」
「パパ、それはとっても厳しいよ」
「仕方ないだろう、お前が普段通り過ぎて逆に混乱するんだ。というか、お前だけ一方的に私に優しくしてくるから、いけないんだ!」
じゃあどうしろってんだよ。
いや、本当にそう思う。というか、流石にレインも困っていた。
というかよく考えたら、俺は今まで通りレインの父親をやりつつ、ブロワの相手をすればよかった。
しかしブロワは俺の恋人になりながら母親をしなければならない。よく考えたら、結構しんどいのではないだろうか。
ブロワもまだ子供なんだし、その辺りは結構気にしてあげるべきなのだろう。
というか……いや、よく考えなくても、既に大分気を使っている気がするぞ。
これ以上どう気を使えばいいのだろうか。ちょっとレインと相談しよう。
「ちょっと、レインこっちに来てくれ」
「うん、パパ。ちょっと作戦会議だよ!」
レインが推奨する行為は、基本的に彼女の思惑が優先されている所ではある。
しかし、それを抜きにしても、新婚旅行ないし婚約状態にある若い男女の旅行としてはそこまで不自然ではない。
それでこれである。多分、方針が間違っているのだ。俺もレインも、彼女への接し方が間違っているのだろう。
「どうしよう、今回の旅行で妹か弟ができるってお友達と話してたのに!」
「おい、レイン。パパはちょっとお前の交友関係が心配になってきたぞ、友達の年齢と名前を後で教えてくれ」
「だ、駄目だよ! パパを怒らせたら、晒し首なんでしょ?! 私のお友達を晒し首にしないで!」
娘の交友関係が心配になったのだが、よく考えたら俺の仕事関係の方が問題だった。
そうか、娘は俺の仕事のせいで苦労していたのか。
普段から娘の気配は学内で感じているので、特に虐められているということはないと思う。それに俺が言うのもどうかと思うが、王家さえ恐れぬソペードの我儘姫のお気に入りを虐める度胸なんて大抵の奴にはないだろう。
俺の場合も同様で、『や~い、お前の父ちゃん人殺し~~』が、『お前の父ちゃんが、何百人も殺して首を切って並べて飾ってたぞ……』だからな。茶化そうとしたら周りが必死で止めるだろう。クラス全体連帯責任で晒し首になりかねないし。
一人殺せば人殺しだが、百人殺せば英雄を地で行く俺であった。結局、やってることは人殺しだもんなあ。
「分かった、そっちのことはしばらく置いておくとして……」
まあ無実の人間や、特に過失もない人間を切ったことはない。この世界において合法とされる行為だし、自然の摂理から言ってもそう間違いではないので、問題はないだろう。そもそも、あの時だって俺が殺さなかったらお嬢様もレインも酷いことになっていたし。
「ブロワが此処まで純情な乙女だとは思ってもいなかった。旅行で舞い上がっているようだしな」
「ムードが悪いとか、シチュエーションが悪いとかなんだね……」
この場合、彼女にとっては良すぎるということもあるのだろう。
途中経過を一切挟まずに、意中の同僚と新婚旅行だもんな。
俺もアレぐらい喜べれば、きっと人生が楽しいと思うのだが。
「パパ……ここはもっとぐいぐい強引に行くんだよ!」
「なぜそうなる」
「だって、お姉ちゃんはパパの事が好きなんでしょう? だったら大丈夫だよ! そのまま行けるよ!」
本気で娘の交友関係が心配になってきた。
俺たちはトオンからいろいろなことを聞いていたが、娘ももしかして学友と色々話をしていたのだろうか。
まさに幼稚な理屈である。彼女の尊厳を踏みにじるような真似は、俺にはできない。
「彼に強引に迫られて、そのまま求められて、っていうのがいいって先生が言ってた!」
俺は憶えている。娘の授業をしている女性の先生が、未婚だということを。
むしろ、特に浮ついた話もなく、それどころか飢えている人だということを。
そうか、男性関係に経験がない先生が、そんな妄想を生徒に……。
まあ、俺の方が『キャリア』があるので、その辺りは置いておこう。
「お前には保健体育はまだ早いと思うが……そうなるとお前が起きている間には無理だし、そもそも俺側の問題にもなるからなあ……」
五百年前はバカな学生であり、祭我のような立場に憧れた俺である。
ここから何をするのか忘れた、ということはない。そもそも、五百年間森で過ごしたので、動物の交尾なんて気配で感じ続けていたし。
まあ流石に猿はいなかったし……いや、本題から外れてるな。とにかく、立ち上がらない俺の部位の都合もあって、強引に迫ってもレインの妹や弟は完成しないだろう。
それをブロワが喜んでくれるかどうか、そこがまったく保証されていないし。
「俺に主人公補正がなかったら、ただの強姦だしな」
「?」
「とにかく、レインはもう寝なさい。ブロワのことはパパに任せて、ね?」
「今夜はお楽しみだね!」
「ああ、うん。そうなるといいな」
お嬢様がいたら楽しんでくれただろうけども、お嬢様いないからなあ。
とにかく、レインだけはベッドに寝かせて、俺とブロワは部屋を移動する。
最高級のホテルだけあって、寝室以外にも部屋は準備されているのだ。
「それにしても……そんな恰好をしていたら、呼吸苦しいだろう」
「……そうでもない」
軽身功で浮かせて持ち運び、ソファーの上に座らせると、ぴょこりと首だけは出してきた。
灯りのある部屋なので、彼女の赤い顔は良く見える。
「レインに、失望されてしまっただろうか……」
「失望はともかく、驚いてはいたと思うぞ。俺もびっくりだ」
「そうだな……私もびっくりだ」
オシャレな格好をして、馬車に乗って両親の元へ行く道中。
その中で手作りのサンドイッチを恋人に食べてもらい、手をつないだりする。
宿泊地の豪華なベッドで、子供が寝た時間に派手な下着を見せてドキドキさせて……。
そのまま二人はベッドイン……。
これは一種の王道なのだろう。一切面白い要素がなく、傍から見ていても何一つとして目新しい物が無く、しかし実際にやるのであればこれぐらいしたいのだろう。
「今日は、散々だ……」
涙ぐむブロワ。
そりゃあ泣きたくもなるだろう、このまま旅行を続けないといけないんだし。
ブロワが素面に戻っても、やっぱり今までの醜態を見ているレインや俺と同じ馬車に乗って移動しないといけないわけで。
「お前は結局いつも通りだし……いや、優しいけど……嬉しいけど……」
「そうかそうか……俺が悪かったよ、ごめんなブロワ。もっと大人の付き合いがしたかったんだよな」
ソファーの上で体育座りをして、膝を抱えているブロワ。
その彼女の隣に座っている俺は、彼女の肩に手を回して引き寄せた。
俺のほうが背が低く格好は付かないが、それでもなんとか彼女を俺の方に傾けることができた。
「~~~」
「嫌なら手を放す……いや、違うな。嫌だと言っても、手を離さないぞ」
「そ、そうか……じゃあしょうがないな……」
「そうそう、俺が悪い、俺が悪い。だからこのままだ、いいな」
「あ、ああ……も、もうちょっと強引にだな、もうちょっとだけ踏み込んでくれ」
「注文多いなあ、お前……どれだけ夢見てたんだよ」
俺は、肩に回していた手を腰に回して、そのまま更に密着させていた。
相変わらず、俺の体格は五百年前のままで、ブロワの方はこの五年で大分大きくなっていた。
「大人になったな、というか……うん、女になったな、ブロワ。いい女だ」
「そ、そうか! そうか、私は……いい女か!」
「もちろんお世辞だ。ここ五年で、俺も多少は……俗になったんだよ」
軽身功でブロワを浮かせて、そのままブロワの姿勢を変える。
毛布ははだけたため派手で挑発的な下着が見えて、恥じらうブロワに隙を与えず、俺は彼女を抱き寄せていた。
多分トオンだったらこうするだろう。
そのシミュレートが俺に大胆な行動を許していた。
椅子に座ったままの俺に、浮かされているブロワは正面から抱き着く体勢になっていた。
「お前は昔からいい男だ。もちろん、お世辞じゃない。ひいき目だ」
どうやらトオンっぽく振舞うことは成功だったみたいだ。
ブロワは顔を赤らめたまま、無重力状態のまま、長い髪を浮かび上がらせたまま、目を閉じていた。
その後何がどうなったのか、語るのは野暮天である。
※
「パパ、ブロワお姉ちゃん! 私はもうお姉ちゃんになった?!」
翌朝、馬車の中で興奮気味のレインがブロワに質問攻めをしていた。
オシャレな服を着て、一晩それなりに踏み込んで、さあ仕切り直しだと思っていたら娘が興味津々過ぎた。
「弟、妹、どっちができたの?!」
今まで彼女の周りに妊婦がいなかったからなのか、そもそもまともな保健体育を習っていないからなのか、夫婦が仲良くしたらそのまま赤ちゃんができると思っているらしい。
正しい知識があったらそれはそれで問題なので、とりあえず俺は濁している。
でもブロワは昨晩の思い出を人に語りたくないらしく、真っ赤な顔を両手で隠している。
にもかかわらず、レインはそのままぐいぐい押していく。ちょっとは空気を読みなさい、というのは五歳児には酷だろう。今まで散々読んでいたんだし。
「もう止めてくれ、レイン……」
「ねえ、ねえ! もう名前は決めた?! 妹だったら名前決めていい?」
「いや、その……」
「もしかして弟なの?! 男の子なの?!」
そうやってぐいぐい押していくレイン。
果たして頭をひっぱたいてでも止めるべきなのだろうか。
そう思っていると、俺はある可能性に行き着いていた。
「なあレイン、もしこの旅行が終わったとき、お嬢様から何か聞かれたら答えるか?」
「うん! 日記に書いてご報告するの!」
その言葉を聞いて、俺はレインも字が書けるようになったのか、と現実逃避するしかなく、ブロワは自決を検討し始めていた。