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主張

「ご当主様も先代様も、粋なことをなさるものだ」

「ああ、ありがたいな。確かに考えてみれば……初めての休暇だ」


 盆正月もへったくれもない生活だった。考えてみれば、それこそブラック企業だったのではないだろうか。

 給料がいいとはいえ、本当に命をかける仕事だけに、こうやって休暇をとるのはいいことなのだろう。

 実際、俺はともかくブロワがつぶれてもおかしくはないし。


「考えてみれば……俺はともかくブロワはそろそろ引退を考えるべきなんじゃないか? 流石にお嬢様だって、お前にはそこまで薄情じゃないだろう」

「そうだな……考えてみれば、そうかもしれない」


 寿退社、ということだろう。

 今まで休みなしで青春を浪費してきたブロワには、任期満了でもおかしくはない。

 今日まででも十分な奉公ともいえる。俺が護衛を続けることは半分ぐらい決まっているし、俺と結婚することにも最初から乗り気ではあった。

 お兄様もお父様も、なんだかんだとまともではある。お嬢様の男性関係以外には。


「そうなると、後任が必要だな……お嬢様は希少性よりも有能なものを好む。お前だけに護衛を任せるというのは……なかなか難しいだろうな」

「そうだな、こればっかりはな」


 お嬢様の護衛は、ただ戦えばいいというものではない。それこそ、お嬢様のお世話のすべてをしなければならない。

 それができるのはやはり同性の護衛に限られる。俺がやるのは色々な意味で無理だ。

 これからは屋敷でずっとおとなしくしています、というのならまあ問題ない。それこそ本職が屋敷にいくらでもいる。

 だが、お嬢様が大人しくしているなど、俺にもブロワにも想像できなかった。


「実力的には……ランでも務まるだろうが……自分で言っておいてなんだが、無理だな」

「ああ、無理だ。そもそもお世話される側だろう、あいつは」

「サンスイ……お前はランには辛らつだな。お前にも好き嫌いはあるのだな」

「まあな……こればっかりは仕方がない。実際、今のあいつにはその辺りの自覚もあるだろう」


 俺も彼女も、本来は社会に存在してはならない生物だ。

 俺の長命さも、あの娘の危険性も、どのみち社会から見れば異物でしかない。

 それを受け入れるかどうかは、結局社会側の決めることだ。少なくとも、俺たちはその辺りを許されている。

 だが、彼女は危険だ。彼女自身が理解し、社会も知っている。しかし俺がいるせいで生かされている。これで気分良く接するのは、とても難しいだろう。


「責任は取ってくれると、先代様はおっしゃってくれた。しかし……そう割り切れるものでもない。そんな俺は嫌いか?」

「ふふふ……そんなことはないぞ。お前が人間らしいところを見せてくれるのは珍しいからな。好き嫌いをあらわにしてくれて、嬉しいよ」

「そうか……」


 確かに、俺は面倒に思うことはあっても嫌いだと思うことは珍しかった。そんなに自己主張するほどでもなかったしな。

 仙人になって、我欲や執着が薄れたからかもしれない。それでもこうやって俗世で過ごしているのは、結局俺も師匠も仙人としては完成していない証拠だろう。


「もう! 二人とも固い!」


 ブロワと俺は、レインと一緒の部屋で今後の予定を話し合っていた。

 ある意味では、初めてのプライベートな時間を三人で過ごすのに、固いお話しかしないのでレインが怒っていた。

 多分、娘としてはこう……甘ったるくて甘酸っぱい時間や空間を期待していたのだろう。

 正直具体的にはどうすればいいのかわからないが、とにかく想定とは違っていたはずだ。


「パパはお姉ちゃんに言うことがあるんじゃないの?!」


 なんだろうか、結構思いつく。

 天然ボケ的な意味ではなく、こう、このシチュエーションではどうささやくのか、それなりにパターンがあるのだ。

 お前の事が好きだとか、お前を抱きたいとか、昔こんなことがあったよなとか、レインはもう寝なさい、大人の時間だよとか。

 それはブロワも同様らしく、顔を赤くしながら首をかしげていた。


「そういえば……そのなんだ、ブロワとしてはどうなんだ。いよいよ本格的に話が動いてきたが」

「その点には感謝している。確かに私達に断りなく様々なことが進んでいるが……私達は消極的だったからな。正直感謝している」


 確かに、お嬢様も懸念していたが、俺以外の人間の寿命はそんなに長くない。

 特に、女性としての旬はとても短い。不妊治療とかなさそうなこの世界では、それこそ時間が限られているのだろう。

 そういう意味でも、こうして話を積極的に進めてくれることは、俺達にはありがたかった。特に、ブロワには意味があっただろう。


「そういうお前は……どうなんだ? 正直聞くのが怖いんだが……」

「いい機会だと思っている。お前には幸せになってほしいし、それを俺がやってもいいと思っている。レインとの関係も良好だし……結婚してからイチャイチャしてもいいだろうとは思う」

「い、イチャイチャ……」


 さっきも言っていたが、結婚するとなればブロワは護衛から外れるだろうし、そうなれば俺とブロワの関係も一気に変わるだろう。

 別にお互いが嫌いというわけでもないのだから、形から入ってもいいとは思う。

 お嬢様には笑われるかもしれないが、それはそれでアリだと思う。


「それにまあ……ぶっちゃけ初めての旅行だ。色々進展することを期待してもいいと思う。レインの言うように、楽しもうじゃないか」


 別に戦争をしているわけでもなければ、要職についているわけでもない。

 どっかに魔王が封印されていて、それを倒す準備をしないといけないわけでもない。

 お兄様もお父様も怖いことを言っていたが、お嬢様の身の安全以外は問題ないだろうし、家族サービスと洒落込もう。


「やっぱり固い!」


 随分ませたことを言うレインだった。娘なりに危機感を感じているのかもしれない。

 確かに、このままだとレインに妹も弟も産まれそうにないしな。

 本質的なことを理解していなくても、このままだと今までと一緒だと思っているのかもしれない。

 レインなりにではあるが、『理想の家族像』があってそれを俺達に求めているのだろう。

 しかしレインよ、理想の家族なんてものはこの世のどこにもないぞ。

 もちろん、世間一般的に考えて大分歪な家族になりそうなことは、大分否めないが。


「パパもブロワお姉ちゃんも! もっとこう……ないの!?」

「す、すまんレイン……私も頑張るよ」


 ブロワも不満があるらしく、奮起すると宣言していた。

 よく考えなくても、ブロワもお年頃だしなあ。

 まあ、レインも具体的にどうしようというものがないのだが。


 よくよく考えてみると、レインはまともな家族というものをあんまり知らないのではないだろうか。

 そりゃあ俺はレインを育てるために仕事をしていたし、ブロワもお嬢様もレインには優しかったし、ソペードのお屋敷の方々もしつけを含めて精力的だった。

 しかし、父親と母親と娘、息子、というセットに関しては微妙だった気がする。

 少なくとも、目の当たりにはしていないだろう。


「とりあえず……どうする?」

「そうだな……トオンだったら色々アドバイスをしてくれるだろうが……明日聞いてみるか」

「トオン様の意見を参考にするのか?! それはちょっと……上級者向けすぎる気もするが……いや、悪くない気もする……」

 

 トオンはその辺り、本当に経験豊富だろう。現地妻とか本当にたくさんいそうだ。

 プレイボーイというか、本当に王子様だからな。王位継承権がない分、それはもう好き勝手にやってそうである。

 あくまでも、なんとなくそう思う程度ではあるが、たぶん外れではないだろう。『男』としてもお嬢様の『女』に負けていない、ハイスペックなプリンスだ。変に奥手で経験が浅いということはないはず。


「サンスイから強引に迫られる……悪くないな……」

「まあそう慌てることも無いだろ、流石に明日明後日でいきなり出発ということもないし」

「そんなこと言ってるからダメなんだよ! パパもブロワお姉ちゃんも!」


 無茶苦茶張り切っているなあ、レインも。というか一番興奮している。きっと、今までずっと俺に対して不満を抱えていたに違いない。至らぬ父を許してほしい。

 とはいえ、まさか『これから婚前交渉するから、部屋を出なさい』とは言えない。

 そもそも、上手くいくとは到底思えないし。


「そう言うが……レイン、どうする、どうすればいいと思う?」

「みんなで一緒に寝ようよ!」


 流石に子供の意見だった。とはいえ確かに、それなら問題はないだろう。

 実際いい時間なので、俺もそろそろ寝たいし。


「よし、じゃあ灯りを消して早速寝るか」

「ちょっと! パパもう寝るの?!」

「え……」

「寝る前に、暗い中でお話とかしないの?! パパすぐ寝ちゃうもん!」


 凄いワガママだ……というか、未だかつてないほど自己主張が激しい。

 今までずっと我慢していたのだろう、それを思うと目頭が熱くなる。

 まあいいだろう、川の字になって寝ることにするとしよう。その上で、色々話しをしようではないか。


「レイン……具体的には何を話せばいいと思う?」

「えっと……えっと……うんと……」


 話題が思い浮かばなくて困っている少女二人。

 どうやら本気でなんにも思い浮かばないらしい。

 確かに俺も全く思い浮かばない、微妙に嬉しくない似たもの家族であった。

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