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仙術

 当たり前と言えば当たり前なのだが、テンペラの里はアルカナ王国からさほど離れていなかった。

 それどころか王国の内部にあり、一種の無法地帯として存在していた。サンスイやスイボクが人の手の入っていない森で暮していることを思うと、実はアルカナ王国の中には危険人物や危険思想の集団が結構いるのではないかと祭我たちは戦慄していた。

 まあサンスイでさえこの国が建国する以前から暮していたのだろうし、テンペラの里に至っては三千年前からここで生活しているのだ。どっちかというとアルカナ王国が後から勝手にやってきて、ここを国だと言い張っているだけなのだろう。


 ともあれ、バトラブとテンペラを合わせた一行は、ことこととバトラブの馬車に乗って移動していた。


「テンペラの里っていうのはどんなところなんだ?」

「面白くもない小さな里だ。拳法を伝えるいくつかの家の寄り合いで、各家が分家と本家に分かれている。私を含めて里を出た五人は全員分家の生まれだ」


 隠れ里で暮していると言ってもこの世界の住人である。基本原則からそれるということはない。

 如何に各家が『希少魔法の使い手が生まれやすい』血統を守っているとしても、生まれてくる人間が全員希少魔法を宿しているわけではない。

 王気を宿す者が生まれやすいマジャンの王家にトオンという影気を宿す者が生まれたように、他の希少魔法の資質をもって生まれることもあるし、普通に魔力を宿して生まれることもある。


「本家で生まれても拳法の資質がなければ分家に押し付けられることもあるし、分家の方でも冷遇されることもある。まあ他の家で伝えている拳法の資質が有ることが分かれば、その家に引き取られることもあるがな」


 これから文字通り里帰りをするというのに、五人が余り嬉しそうではないのは、究極的には里がそんなに好きではないからだろう。

 それでも戻ろうとしているのは一種の区切りであり、色々と学び直したいことがあるからに違いない。

 少なくともラン以外の四人は、余りにも未熟で一人前とは程遠かった。

 向こうが受け入れるかどうかはともかく、ちゃんと修行をしようとするべきだった。


「たまに里を離れて嫁や婿を取りに行く者たちもいた。里の外にも、拳法の資質を持つ者はいるからな」


 確かに、話を聞いている限りではさほど面白くもなさそうである。

 なにせ、この世界の基本原則から一歩もはみ出していないのだから。

 少なくともツガーやスナエは、その話を聞いても当然だろうとしか思えなかった。


「それにしても……今更だが、サイガよ。お前は複数の拳法を習得できる資質が有るのだな」

「ああ、そうだけど」

「くわえて、あのサンスイの弟子だという。あの男も同じように複数の拳法を習得できるのか?」


 ランの質問に対して、祭我は唖然としていた。なぜそう思うのか、まるで分らないほどだ。もしもそうなら、いよいよ彼は絶対無敵の存在である。


「違うって、複数の資質を持っているのは俺だけだ。山水は仙人で、仙術使いで、仙気しか宿してないよ。俺には仙術は教えてないし、俺達に教えてるのも剣術だけだって」

「……そうなのか?」

「どうしてそう思ったんだ? あいつは仙術しか使ってないのに」

「いや、その……そもそも仙術とはどういう拳法なのだ」


 非常に今更過ぎる質問に対して、祭我は言葉に詰まっていた。

 ランだけではなく、他の面々も同じような顔をしている。

 言われてみれば仙術とはどういう希少魔法なのか、まるで説明できなかった。


「仙術っていうのは、仙人が使う術で……えっと……ううん」


 仙人に関して知っているのは、祭我とトオンだけだった。この二人は仙人に対して共通した漠然としたイメージを持っており、それに対して山水もスイボクもある程度忠実だったため疑問に思わなかったのだ。

 縮地、軽身功、気功剣、発勁。

 これらを仙人が使うのは自然に思えるのだが、共通項がまるで思い浮かばない。


「エッケザックス」


 困ったときはエッケザックスである。

 なにせ、千年単位で一人の仙人と行動を共にしていたのだ。仙人に関してはとても詳しいだろう。


「仙術か……我も良くは知らんな。自然と同調して自然の力を操るが、具体的にこういう術だとは言いにくい。おそらく仙人本人たちに聞いても、自然の流れに沿う術だとしか説明できまい」


 何分不老長寿の仙人である。彼らには独特の感性や知覚があり、その感覚を余人に伝えるのはとても難しいのだろう。

 仙術とはこういう術である、とは説明できないようだった。

 とはいえ、こういう術が使える、という点に関してはそれなりに知識がある。


「生命力に関する術、金丹、蟠桃、人参果。気象を操る術、慈雨、氾竜、轟雷。自己を強化する術、豪身功、硬身功、瞬身功。他にも大地を揺るがす術とか色々あったのう……」


 聞いているだけで混乱しそうだった。

 それを特定の術として操る魔法があるとしても、それらを一つの魔法が網羅しているというのは想像できない。


「まあ、サンスイは殆ど使えまい。なにせあのスイボクですら全てを覚えるのに千年を費やしたと言っておったしのう。いくら何でもそれを五百年で伝えきることなどできまい。そもそもスイボクにしても一人の師に習ったわけではなく、テンペラの里同様に仙人の集う地で多くの師から学んで学んで学びたおしたらしい。普通の仙人は一人につき一つか二つぐらいしか術を覚えておらんそうな」


 二千五百年前から千五百年前にかけての千年間付き合いのあるエッケザックスでも、流石にスイボクの修業時代まではそこまで詳しくないらしい。

短く見積もっても、三千五百年前から二千五百年前までの千年間、スイボクは他の仙人から指導を受けていたのだろう。これが個人の経歴なのだから、意味が分からないにもほどがあった。

 はっきりしていることがあるとすれば、バトラブ一行が出会ったスイボクは、山水がいうように山水よりも高みにあるということぐらいだろう。

 その場の面々は、悠久すぎる個人の人生に気が遠くなりそうだった。


「一つ言えることがあるとすれば、できないことははっきりしておるという事じゃな。それこそ魔法のように、何もないところから火を出したり水を出したり、とはいかぬ。火の術を使うには火山の近くにいるか火事の最中でもなければ発動できぬし、雨を降らせるにも雲がなければ話にならぬ。」


 自然に沿う術だからこそ、そこにあるものを利用することや操作をすることはできても、そこに無いものを発生させることはできない。

 周囲の条件によって使える術が極めて制限される、ということなのだろう。


「そういう意味では、仙術での気象操作はヴァジュラに大きく劣る。我を使ってさえ、雲一つ作るにも一週間はかかっておった。まあそれでもヴァジュラは大層不機嫌そうであったが」


 農業という単位では、一週間で雨を降らせることができるのは凄い事だろう。

 戦闘中に一週間というのは、それこそ仙人ぐらいしか待ってくれそうにないが。


「生命力にかんしてものう……金丹でも蟠桃でも人参果でも阿呆ほど時間がかかる。桃栗三年柿八年という問題ではない、効果の程度にもよるが百年かかることもあるとかないとか。一度奴がちぎれた腕を治すために人参果を『練る』ことにした時は、デカい象を苗床にして儂が増幅させ続けても一年かかったしのう。そういえば、一度成熟した実を盗み取られて憤慨したこともあったのう」


 文字通りの昔話を語るエッケザックスであるが、それを聞いてスナエが顔を凍らせていた。

 どうやら、本人が昔話か何かでそうした逸話を聞かされていたらしい。世間とは案外狭いものである。


「ともかく、仙人の術とは多岐にわたるが、そもそも戦闘のための術ではない。我を含めた八種神宝でも、戦闘を極めようとして実際に俗世へ降り立った仙人などスイボクとその弟子のサンスイぐらいしか知らぬ。仙術の中にどれほど有用なものがあったとしても、まともな仙人は一々人に迷惑などかけぬ。それどころか関わろうともしまい。精々、迷い込んだ人間を里に帰すぐらいじゃな」


 戦闘用の神宝は、仙人と戦うことはないから気にするなと、なんとも割り切った発言をしていた。


「ところで……テンペラの里を滅ぼした時のスイボクとやらは、どんな戦い方をしていたのだ」


 自らも里の者を蹴散らした身ではあるが、サンスイよりも強いというスイボクに関しては興味がわいていた。

 平静を保っているランは、恐る恐る訊ねてみた。


「凶憑き同様に自分の筋力を強化する豪身功と俊敏性を上げる瞬身功、四器拳同様に自分の肉体の強度を上げる硬身功を併用し、爆毒拳同様に触れるだけで相手を攻撃できる発勁と魔法同様に武器の攻撃力を挙げることができる気功剣を基本として、天候次第では豪雨や雷を操る轟雷の術で大量の敵を焼き払っておった。もちろん状況に応じて縮地や軽身功も使っておったがの。強敵がいると踏んだ時は金丹や蟠桃も練っておったぞ。金丹の効果は強壮、蟠桃の効果は活性であったな。それらを我がまとめて強化しておった」


 話を流すように聞いても、山水の戦闘スタイルとは大きく違っている。どちらかと言えば、当時の彼は祭我に近かった。

 とはいえ、聞く限りでは弱そう、とは思えるものではない。むしろ、そんな化け物に勝てるわけがないというものだった。


「とはいえ、今のサンスイなら倒せるであろうな。お主たちでもいい勝負ができるはずじゃ。実際当時も連戦連勝ではあったが、常に楽勝だったというわけでもない。時には辛勝もあった。だからこそ、そこからの脱却を求めて、今のスイボクやサンスイがあるのであろうし」


 しかし、意外なほどあっさりと、ランや祭我なら勝てると言い切っていた。少なくとも勝ち目がないとは言い切らなかった。


「今の主がそうであるように、仙術に多彩な力があるとしても特化した者には及ばぬ。加えて戦えば戦うほど力を消費していくし、その分息切れもあった。ある意味常識的な相手であったしのう」

「つまり、今のサンスイやスイボクとやらは常識どころではないと」


 狂戦士さえ常識の範疇と言い切るエッケザックスをして、今のサンスイやスイボクは常識を外れており勝てる気がしない。

 神の作り出した最強の剣である彼女が認めた事実を聞いて、ランは閉口するしかなかった。


「何度も言うが、あの二人はもうまともな仙人になっておる。下手に絡まねば、何ということもない。情けない話ではあるが、今あの二人に挑んでも……まあ結果は見えるであろう」


 最強を目指す者だけを主と認める剣ではあるが、しかしそれなりに情もある。

 真の最強が自分を捨てたかつての主ということもあり、その場の面々をいさめていた。

 情けない話ではあるが、という言葉が彼女の精いっぱいの意地だった。

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